危ない東洋医学

片岡鶴太郎がヨガにはまり込みすぎて家族から見放され、現在一人で生活しているとの記事がウェブサイトに出ていた。筆者はこの方の名前を聞いたのは約30年ぶりで、俳優なり画家として成功していると今初めて知ったのだが、かつてのコメディアン鶴太郎像とはかけ離れたエピソードにちょっとビックリしてしまった。

それと同時に「やっぱり東洋医学はまずいな・・」と一人頷く筆者。今から30年前に旅したインドでサドゥーという修行僧(見た目は単なる乞食)になってしまった日本人を何人も見たが、アンタはなんでこんな風になってしまったのか?と聞いたところ、最初はヨガに興味を持って・・という答えが圧倒的に多かったのだ。

今考えればそういった連中はオウム真理教に集約されていった訳で(インドで出会った同じ大学の小林君も入信して出家した)、そして例の大事件以降この手の東洋医学はソフト化へと舵を切り替え、昨今は健康志向に乗ってブーム再燃したまでは知っていたのだけれども、鶴太郎の家庭が壊れたと聞いた筆者は改めて東洋医学の怪しさに気づいた次第である。

まあ筆者だって香港にいた最後の2年間は漢方薬や針治療に嵌った事があって、その背景である思想にも興味を持って調べたことがあるのだけれど、なぜ「やっぱり東洋医学はまずいな」と思ったのかというと、実は新入社員に毛が生えた頃に会社の先輩が鶴太郎と同じことになってしまったからなのだ。





海老原さんは筆者より15歳年上の技術屋で、鯨飲大食の当然の帰結として若いころからメタボな体形をずっと維持しており、その結果40代に入ってから成人病のデパートになってしまったのだが、出張で訪れた台湾の生産委託先から「あんたに打ってつけの医者がいるよ」と紹介されたのが幸運の巡り合わせ、いや運の尽きだった。

そこは台湾人の間ではよく知られた漢方クリニックなのだが、医師の黄先生が変わっているのは一日中寝転がっても酒を鯨飲しても構わないが、クリニックが提供する白い粉だけで三食賄いなさい!というものだったのだ。いいですか?野菜どころかお粥もラーメンも寿司も何もかも食ってはいけないのである。

食い物は人生の楽しみの半分、いや少なくとも四分の一くらいは占めている訳で、普通の人間ならこんな治療方法など拒絶するものだが、この海老原さんは相当変わった性格なだけでなくかなりの凝り性であり、また成人病の方もかなり深刻になりつつあったから一も二もなく黄医師の指示に従ったのである。

会社の食堂や居酒屋で皆がパクパク食べているのに、海老原さんは円筒形のプラスチックの蓋をカパッと空けて、中に入った白い粉を貪り食う・・。その光景には健康とかダイエットといった明るい響きよりも何か底知れぬ闇のようなものを感じ取ったが、しかしながら日を追うごとに海老原さんは目に見えて痩せていったのだ。





コケていく頬と細くなっていく胴回り。あの粉は下剤かなんかじゃないか?と皆で噂しあったものだが、たしか半年で20キロくらい体重が落ちたはずである。で、当然こんなに急激に痩せれば貧血でも起こして病院に担ぎ込まれそうなものだが、意外にも会社の野球大会で大活躍するなど体の方は頑強になっていくのである。

ただ海老原さんもここで納めておけばよかったのだが、台湾出張(=実際は黄医師のクリニックに行くのが目的の半分カラ出張)から帰ってくる度に「肉を食うと早死にする」などとまだ常人でも多少は理解出来そうな発言をし始めたのだが、半年もすると「人類は間違った食べ物のせいで滅びてしまう」とかな~り遠くへと行ってしまったのだ。

そして当然ながら彼の思想は奥さんと子供が住む我が家へと持ち込まれる訳で、今までは家族の冷たい目を一身に受けながら自分だけ白い粉を食べていたのだが、ある時奥さんが作った料理を一目見て「お前は子供を殺す気かぁぁ!」と叫んだ時から彼の家庭は崩壊し始めたのである。

味噌汁やスープに白い粉を混ぜ合わせる、奥さんが作ったオカズに白い粉をぶっかける、ついには子供の口に白い粉を無理やり押し込む所までイってしまい、見かねた奥さんの兄と姉の旦那がある日家にドカドカ上がり込むや奥さんと子供と必要な家財道具を運び出してそれっきりになってしまったのだ。





ここで普通の人間なら目が覚めるはずだが、この海老原さんはかなり頑な性格である上に、現実に自分は健康になったのだ!という成功体験が裏打ちされてるから自分が正しいと思い込んだままである。それで結局は奥さんと子供との関係は平行線のままとなってしまい、数年前に退職された時も別居状態だったはずである。

ただもしも海老原さんが自分が白い粉を食べ続けるだけで完結していたら、子供たちも「お父さんヘンなことしてるなー」だけで済んだはずだし、奥さんも「あたしの作った料理が気に食わないのかしら!」とむくれるだけで事は済んだはずである(だいたい女房という生き物は常に何かに対してむくれているものだ)。

だから彼の失敗は台湾出張の度に黄医師のクリニックを訪れてはこの人物の講釈に耳を傾けてしまい、かつ日本に帰ってからも文献を読み漁ることによって普通の人ならまず絶対に思いもつかない、今じゃ博物館でしかお目にかかれないような面妖な医学思想を頭の中で作り上げていったことであろう。

ずっと臨床を繰り返してきた薬や治療法を受けるだけにしておくべきだったのだ。まったく奥さんと二人の子供の事を思うと誠にお気の毒としか言いようがないが、海老原さんの頑固さと研究熱心さを考えるに、おそらく彼は自宅を植物園か何かに改造して奇妙な研究を続けているに違いないと筆者は確信している。






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香港から逃げ出す欧米人たち

香港にいた頃よく通った居酒屋の主人から「国に帰りました」と連絡が来た。彼はトムさんというアメリカ人で、若いころ横田米軍基地に勤務していた時に日本人の奥さんを貰い、紆余曲折ののち香港に移住して筆者のアパートの近所で居酒屋を開いたのだ。

蒼い目の白人の居酒屋かよ・・と最初は訝ったが、これがまた日本人以上に日本人化してしまった外国人の典型で(クロード・チアリを連想すると良い)、筆者は彼の店に夜遅く訪れては焼き鳥や煮込みをつつきながら獺祭や浦霞の冷酒を煽っていたのである。

もともと日本のカラオケ機器メーカーの駐在員として香港に来ただけあって酒の出る店には通じているから、居酒屋の傍らカラオケボックスやラウンジの経営にも手を伸ばしたのだが、競争の余りの激しさと物価上昇に人件費の高騰など様々な要因が彼の商売を圧迫し続け、ついに今年香港に見切りをつけたという事らしい。

世界一活気があるビジネス都市!などと起業関連の本では香港はえらく肯定的に書いてあるが、現実にこの街で店を開こうものなら連日店が満員でも膨れ上がる固定費に経営が圧迫され、結局店舗リースの契約期間の延長も出来ずに撤退してしまうケースが殆どである。

それは貿易なりサービス業も同じで、筆者が駐在員時代に取引していた顧客は押しなべて経営が苦しくなっていて、すでに業界から5年近く離れている筆者にまで「なんか良い打開策は無いか?」と聞いてくるくらいなのだが、出稼ぎ家政婦をやっている女房の幼馴染たちの話を聞いたら予想以上に状況が悪い事に気が付いたのだ。





なんと欧米人が香港から逃げ出しつつあるのである。幼馴染たちはみなコネからJPモルガンやシティバンクのイギリス人の金融マンやオックスフォード卒の企業弁護士の下で家政婦を務めているのだけれども、過去2年間に雇用主の約半数が香港を離れ、残り半数も帰国を準備しているというのである。

「昔は去る時に新しい雇用主を紹介してくれたけど、今回は見つからないのよ」と言うカティ。だけど香港の金融市場は相変わらず活況を呈しているじゃないか!と思った筆者は、久しぶりにキレモノのリョン女史にお伺いを立てたところ「あのね、中国大陸から来た金融マンのウェイトが増えているのよ!」というにべもない答えだった。

そういえば筆者と一時期仲が良かったジョー・アトルーという投資コンサルタントも1年前の今ごろに「これからの投資はアメリカ内陸部、香港の鉱脈は尽きた!」と言って20年ぶりに母国へと帰ったっけ・・。という事は香港は今以上に中国内陸部の余剰金融資産の草刈り場になり、国際資本のウェイトは落ちていくってことか・・。

キャピタルゲインゼロタックス政策のために余剰資金が不動産市場に流れ込むことでベラボーな価値となり、今や香港人がまともに働いても一生住宅を買えない状態になって久しいが、欧米人がそろそろ潮時・・と逃げ出し始めたところを見ると、次は普通の香港人が逃げ出すか、あるいは大きな崩壊が来るかもしれない。

筆者と女房は香港の永住権を持っているので、ここで住宅相場が大きく崩れれば何もかも駄目なフィリピンなんかサッサとおさらばしても良いのだけれど、しかし先見の明があるシティやウォール街関係者が逃げ出し、民主化が封印されだんだん中国に呑み込まれていく香港の姿を見ると・・。やっぱり香港はオワコンだな。






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日本に押し寄せる香港人

香港人はフェイスブック好きで、筆者の友人たちもパーティーやレストランでの一幕をアップしては「最高!」とか「おいしかった!」などとコメントを入れているのだが、ここ半年ほどの彼らの行動をよく見てみたところ、ある奇妙な事に気が付いたのだ。

日本旅行が多い、いや正確に書くと日本にしか海外旅行に行っていないのである。こう聞くと「そりゃ日本企業勤務とか日本とビジネスの付き合いがある香港人だからだろう?」と思うだろうが、確かにそういう面はあるものの何度見直してみてもおかしいのだ。

数年前のページにはタイや中国・雲南省、台湾あたりの写真で占められているが、2~3年前から日本の写真がチラホラと増え始め、そして今年に入ってからは海外旅行先は全部日本の写真だけになっているのである。

例えば昨年末に札幌雪まつりの写真をアップしていたサンディーは先週には沖縄に出没し、那覇市内の九州ラーメンらしき店で麺を頬張っている写真がアップされていたし、金持ちの実業家リョン氏と奥さんは社員旅行と称して今年だけで4回大阪に来ているのである。

スキューバダイビング好きなキャットは日本の文字が書かれた船に乗り込んでいる写真をアップしたし、筆者の元秘書役だったカレンは今年5月に富士山付近から「この界隈の(?)美味い寿司屋を教えて」とピントのズレた電話をかけてきたし、代理店のマックスは(どういう理由か知らぬが)世田谷区桜新町近辺に頻繁に出没しているのだ。

この他にも海鮮丼を持ってニンマリ笑うジェニファーに、講師の指示のもと蕎麦打ちに励んでいるブランカとその友人一行、名古屋の熱田神宮でお祈りしてるクリスタル、それと大阪・新世界で熱燗を呑んでるキャロルと旦那などとにかく全てがすべて日本なのである。





それで何人かの友人に「最近日本に来るのが多いね!」と聞いてみたところ、全員が全員とも「今までいろんな国に行ったけれど日本が一番居心地が良いからね」と回答し、タイとかマレーシアには行かないのか?という質問には即座に「NO」と書いてきやがったのだ。

その昔日本の芸能人が海外で年末を過ごすのはハワイと相場が決まっていたが、どうやら香港人の間では急速に「日本で週末を過ごす」という雰囲気が広がっているようなのだが、何事もリアリストな筆者は正直こりゃちょっと困ったな・・と思えてきたのだ。

と言うのはこいつら日本に住み着こうとするからである。1997年の香港返還の前に数十万人の香港人がカナダやオーストラリアに移民したのと同じように、彼らにとって居住地を変えるとか国籍を変えるのは想像以上にハードルが低い事なのだ。

「こんなに居心地が良いんだったら住んじゃおうよ!」というのが香港人の感覚で、それに香港の住宅価格の高騰で現在所有している狭苦しいアパートにも1億円なんて値がついてるから「だったら家を売り払って日本にマンションでも買うか!」と言い出しかねないのだ。

日本の永住ビザ条件がどうなってるのかは筆者が知らないけれど、仮に5千万円くらい投資すれば永住できます!なんて法律が出来ようものなら、筆者の感覚だと多分香港人だけで10万人、中国の政治圧力が強まればその倍から3倍くらい平気で居ついてしまうのではないだろうか。

「昨年訪れた大阪が余りに素晴らしかったから、今年も行こうと思うの」と筆者が妹のように可愛がっていたキャンディーがメッセージを送ってきたが、その後ビザ関係の質問がいくつか入っているのを見た時に筆者は複雑な思いになってしまったのである。それでキャンディーからの問い合わせには未だに返事しないままでいる。






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教会を壊す男

フィリピンじゃめったに教会に行かない女房も異国にいれば信仰心が増すらしく日本滞在中にはしょっちゅうカミサに参加していた。2か月いた京都では2週間に一回開かれる河原町教会の英語ミサに参加し、松山や広島、函館と言った訪問地でも週末には欠かさずカトリック教会に出向いていたのである。

その中に日本の北の方の教会があった。差しさわりがあるから具体的な場所は書かないが、ある日曜日にその町にある教会へ入ると、過疎化が進んでいる町だけに参加者は日本の老人ばかりだったのだが、礼拝堂の端っこの方にフィリピン人らしき女性が数人座っているのを見つけたのだ。

後で話しかけてみるわ!と女房が言うので黙ってミサを見守っていたのだが、伊武雅刀に似た信徒会の幹事らしき男性が壇上に進み出て「このあと各部会の方たちはそれぞれ集まって今回の議題について話し合ってください!結論は私に報告するように!」と言ったのである。何となく険悪な空気があたりに漂っていた。

教会に入口で目についた張り紙には「信徒数の減少に伴い他の教会との併合することに・・」云々の事が書かれていた。過疎化に高齢化が進めば数年後に行き詰まるのは確実・・。なるほど教会も民間企業と同じなんだな・・と妙に納得していたのだ。

ところがミサを終えて帰途に就こうとすると幹事役らしき伊武雅刀が筆者に近づいてきて「あなたの顔は初めて見ましたね」と声をかけてきたのだ。いやいや妻がフィリピン人なので‥などと説明をしたところ、この教会にも日本人と結婚したフィリピン人が来るんですよ・・と説明したのだ。





へえ、そうなんですか!と適当に相槌を打っていると、そこで伊武雅刀が「どうです?ちょっとお茶でも飲みませんか?」と言ったのだが、その瞬間に筆者は「えっ?」と思ったのだ。なぜなら少ないとは言え百数十人の信徒たちは各部会に分かれて将来の方向性について現在議論を始めたばかりであり、幹事役はその仕切りをする必要があるはずだからだ。

いえ、自分たちは午後の飛行機でこの町を出ますので・・と申し出を断ると(実際そうだった)、伊武雅刀は残念そうな顔をしたのだが、その顔つきにも何となく薄気味悪さを感じたのだ。通常ごくごく普通の宗教のリーダーはシンプルで快活な人間が多いのだが、この伊武雅刀はいくつもの隠れた小部屋を抱えた一筋縄で行かない人間に思えたからである。

気まずい雰囲気のさなかに女房が筆者を呼び止めたので振り返ると、そこにはフィリピン人の女性3人がいて、今から彼女らと話をするの!と言うから近くのファミレスへ向かったのだが、筆者が先ほどの伊武雅刀のなんとなく嫌な感じを伝えると、女性3人はしばらく沈黙していたが、女房に対してタガログ語で話し始めたのだ。

筆者は空港の待合室で説明を聞いたのでその場で詳しくは聞けなかったのだが、この伊武雅刀は他所からやって来たのにたった数年で幹事役に就任し、そして他の教区との合併を強行に進めているそうなのだが、彼はカトリックの信者ではない!韓国人だ!と現地在住のフィリピン人女性は言ったというのである。

ただ間接的に聞いたニュアンスだから正確かどうかは自信がないが、カトリックのふりをした他の宗教の信者の韓国人!と言う捻じれた話なのである。それで昔からの信徒たちは伊武雅刀の進める他の教区との合併に相当戸惑っていて、反対の意向を示したため各部会で話し会い・・みたいな日本人的抵抗を試みているらしい。





こう聞くと荒唐無稽な話、あるいは韓国人は何でそんな意味のない事をやってるんだ!と笑うかもしれない。しかし冷静に考えてみれば実は恐ろしい事態が進行しているのではないか‥と思えてきたのだ。だって日本のキリスト教、それもカトリック教会という世界に対して最も発言力のある教団が過疎の進む末端から韓国人に侵食されているのだ。

例えば仮に民進党の蓮舫が台湾人ではなくカトリックの韓国人二重国籍者だったらどうだろう。政治家としての資格云々を敵対政党が攻撃した時に日本カトリック教会が「日本人はキリスト教徒を弾圧している!」「キリスト教徒の政治参加を拒んでいる!」と公式表明を出したら一体どうなるのだろうか?

その場合主戦場は日本国内ではなく海外になるのである。だから日本の憲法の規定がどうのこうの!なんてミクロな話は払拭されてしまい「日本=弾圧者=悪」のイメージが世界的に喧伝されてしまうのだ。日本じゃマイノリティーだからキリスト教徒はついつい忘れがちだが、彼らの世界への発言力はホワイトハウス以上である。

それと気になるのは伊武雅刀は実はカトリックではない!という話だ。これには筆者は思い当たる筋があって、これはずいぶん前に日記に書いたのだが、プロテスタントの最大会派であるペンテコステ派(福音派)の一部が近年韓国の汝矣島福音教会に乗っ取られてしまい、米韓両国を起源とする反日運動本部として機能しているらしい。

だからこんな田舎町で大きな教会との統廃合を進める韓国人がいるのを「バカじゃないの!」と笑ってはいられないのは、グローバルな見方をすれば伊武雅刀は大きな計画の一部としてそれを着実に実践しているからである。住民からも見捨てられつつある僻地の町が悪意を持った異民族に侵食されている・・。この現実はあまりにも苦すぎるではないか。






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騒音コンペティション

3か月の旅から帰って来て一番困ったのは騒音である。筆者の住んでいるアパートは目の前に大きな運送会社のトラックターミナルがあるのだが、なんとその敷地の一部がフィリピン風の屋台村(数軒のキッチンと共有座席150席くらいの飲食店)になっていたのだ。

スウィッシュ、スウィッシュ、ビッシュ♪
アナザー・ワン・イン・ザ・バスケット♫
キャント・タッチ・ディス♪
アナザー・ワン・イン・ザ・カスケット♬

ケイティー・ペリーのリズムと歌声は良いけれども問題はその音量だ。なんとかデシベルという単位で測ったわけでは無いが、イメージ的には50メートル先で選挙カーが「○○党の円より子をお願いします!」と叫び続けているのと同じくらいの音量なのだ。





うるせえな!こんな夜中に!と怒った住民たちはバランガイ・キャプテン(町内会長)を通じて屋台村の責任者に文句を入れたのだが、なんでも3日くらいは音量を少しは下げただけで再び元の騒音状態に戻ってしまい、それでまた抗議するとまた3日・・という状態が繰り返されて来たらしい。

スピーカーのすぐ近くに住んでいれば夜も寝れないだろうが、まあ筆者の部屋は騒音元からは離れているので窓を閉めればある程度シャットアウトできるのだ。それでバランガイ・キャプテンへの抗議グループには参加してなかったのだが、つい一昨日にシャレにならない状況になったのだ。

以前の日記にも書いたが、アパート裏のターミナルに出入りするトラックの中にカーステを大音量で垂れ流す輩がいるのだ。それも真夜中に2~3時間である。思うにこのドライバーはシャブ中で聴覚がマヒしてる様だが、ターミナル側も深夜勤務の連中は同じくラリパッパになっているらしく放置しているのである。





幸運にも筆者が帰国してからはこの壊れたドライバーはしばらく現れなかったのだが、それが一昨日ドンスカ♬ドンドン♪ドンドンスカ♬という重低音が近づいてくる窓のが聞こえたのだ。そのうるさい事うるさい事、これはカーステというよりスピーカーを車外に向かって取り付けた街宣車である。

で、困ったのはその直後に階下の屋台村がボリュームを最大にして対抗しやがったことで、深夜1時にも関わらず辺り一帯にドンスカ♬ドンドン♪ドンドンスカ♬の重低音と、テイラー・スイフトの伸びやかな声がこだましたのだが、そのうるさい事と言ったらガラス窓を締めきっても眠れたもんじゃないのである。

昨夜は例のドンスカ♬ドンドン♪ドンドンスカ♬トラックは来なかったので屋台村も音量を押さえていたが、これじゃ沖縄の極左団体デモに右翼の街宣車が突っ込むようなものである。と言う訳で筆者ら夫妻は一体いつ騒音抗争がおっぱじまるのかと戦々恐々としている・・。






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