低次元ドキュメンタリー

一か月ほど前に滞在先の沖縄でBS深夜放送を見ていたらイスラム教徒に関する番組を放映していた。これはアメリカのテレビ局によって製作された長編ドキュメンタリーなのだが、筆者はこの番組を見ているうちに余りの内容の稚拙さに腹が立ってしまった。いや、これが本当に余りにも酷すぎるのだ。

番組はアメリカに移住したイスラム教徒の子女たちに自分たちの祖先の文化圏についてどう思うか?という質問や、イスラム教徒たちが過去行ってきたテロなどについて幅広く取材をしているのだが、大人数が登場するわりに意見のくみ上げが余りにも一方的なのである。

番組の主張は以下の3点だった。
① イスラム教は危険で排他的で異常な宗教である。
② アメリカは大変優れたシステムを持つ国家である。
③ しかし残念ながらアメリカ人はイスラム教徒という遺物に対する寛容さが不足している。

一旦は敵に対して徹底的に悪のレッテルを張るが、民間人に対しては手を差し伸べるべきである・という論法は沖縄戦やベトナム戦争で民間人を一旦は撃って後で治療することで自分たちの人道性をアピールしてきたアメリカ特有の姑息なやり方である。





まあアメリカは上の③があるだけ大英帝国よりもマトモな国なのだけれども、筆者がこの番組を見ていて呆れてしまった事の一つにイスラムゲリラたちが「イスラム原理主義万歳!無神論者万歳!」と叫んでるシーンを映し出したことなのである。

一応念のために説明するとこのフレーズは聖教新聞と赤旗を両方とっているのと同じ様な事なのである。それとユダヤ教にしろキリスト、イスラム教にしろ彼らが信じている神はあくまでも同一で、単に神の言葉を託された人間がモーゼなのかキリストなのか、はたまたムハンマドなのか?という違いがそれぞれの宗教になっているだけである。

そして原理主義というのはモーゼなりムハンマドなりのいう事を忠実に守りましょう!ということだから、原理主義者というのは神様絶対主義者と同意語である。その一方の無神論者とは神の存在を認めないという意味だからお互い180度反対の方向に居る訳で、そもそもこの2つを同時に叫ぶ人間など精神異常者を除けば地球上にはいないはずなのだ。

それからもう一つ呆れたのは1980年代のガダフィやアサド、フセインによる対米テロがイスラム原理主義の一環であるかのように描かれた事だ。筆者と同時代の方ならよくご存じの通り、彼らは独裁者ではあるが欧米の独占資本と戦う民族主義者なのであって、サダム・フセインが国内の宗教指導者を弾圧したようにイスラム原理主義者とは根本的に対立関係にあったのである。





国家主義(ナショナリズム)とは共産主義やアメリカ型資本主義、或いはイスラム原理主義のような国際主義(グローバリズム)とは対極にあるのだという基本的な構図を踏まえれば誰でも判る事なのに、残念ながらこの簡単な区分をわきまえない人間が多い事によってアメリカでは誤判断が起こっているのである。

その原因はアメリカの田舎のキリスト教徒たちの基本姿勢である反知性主義が大きく影響しているのだが、ちょっとこの事を書くとものすごく長くなるので今日の日記では割愛するけれども、筆者が怒ったのはこういう間違いだらけの番組をなんでNHKが放送しているのか?ということである。

いや、もしも番組の最後にコメンテーターが出てきて「こういう根本的な勘違いがまかり通るところにアメリカの病理がある」と解説するなら筆者も噛みついたりはしない。ところが最後の最後まで画面にはアメリカの番組が映し出されるだけで、ついに脚注でさえも間違いをただす様な事が無かったのだ。

筆者が学生の頃は日本の番組はこういう低次元の間違いは如何なるメディアであろうとも起きなかったのに一体どうなってしまったのだろう?。筆者は日本を離れて20年以上になるが、日本のメディアもアメリカの田舎の連中の様に反知性主義化してしまったのだろうか?。もしそうだとすれば大変由々しき事態である。






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反知性主義。日本では今、ブームだそうで。

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