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蕎麦と縄文人の因果関係

筆者が出雲に滞在した際に毎晩酔っぱらうと食いに行ったのがホテルの近くにあった蕎麦屋である。筆者は日本にいた頃は良く蕎麦屋で日本酒を引っかけていた蕎麦好きなのだが、この出雲市の蕎麦屋の店主は他に客もいないことからツマミを出す度に筆者に話しかけてきた。

この店主はどうも話好きらしく筆者が海外に住んでいるがその昔は蕎麦で有名な場所にいたのだ!と言ったところ、そうですか!出雲蕎麦はね、日本の三大蕎麦なんて呼ばれていますが、元々なんでもトップ3を作りたがる日本人の悪い癖でしてね・・と長い前置きの後でこれまた長い話を始めた。

なんでもこの店主によれば盛岡のわんこ蕎麦、長野の更科蕎麦、そして出雲の割子蕎麦が日本の三大蕎麦と呼ばれているが、本当に蕎麦が美味いのは実は山形とか福島、栃木あたりで、あそこら辺の美味い蕎麦に匹敵できるのは三大蕎麦でも出雲市かありませんやぁ!と結局は自慢話になったのだが、この店主がその後面白い話を始めたのである。





岩手に長野、出雲に山形、福島、栃木というのは全部出雲系の土地、つまり縄文系の色が強い場所であり、蕎麦は彼らの主食だったと言うのである。その一方近畿地方はうどんやそうめんなどの小麦を原料とする白色麺が名物だが、これは出雲系と対立関係にあった弥生人の末裔である事の証であり、そもそも近畿人は渡来人の末裔だよ!と言い出した。

筆者はそもそも素戔嗚尊を祀る氷川神社の末裔であり、それに天皇家と藤原氏の歴史を調べれば調べるほどコイツらは善良なる日本人にとって害悪そのものだと思うようになっているので、この店主の話の真偽は別として言ってる事の方向感は好きなのである。だけど・・ちょっとこの話って穴がありすぎないだろうか?。

確かに店主の言う通り出雲は大国主、長野はタケミナカタ、そして関東北部は毛野氏という強力だがその痕跡がなぜか抹消されてしまった古代豪族が治めた場所である。それと東北はこれはアテルイから奥州藤原氏まで縄文系の巣窟と言ってもよい場所だから、店主の言う通り蕎麦の名所は縄文人とはゆかりがあるとは言える。





しかし縄文系の色合いを良く残した平将門の配下や鎌倉武士たちが蕎麦ばっかり食ってたのか?というと実はそうでも無く、それにこれぞ縄文系そのもの!とも言える筆者の母方の出身地埼玉県川越市一体は昔から武蔵野ウドンという武骨な小麦粉麺を長年にわたって食ってきたのだ。

つまり昔から言われた通り蕎麦は他の作物の栽培に適さない痩せた土壌でも取れる植物であり、出雲も岩手も長野も単に蕎麦しかとれなかった貧乏な土地なだけではないか・・と思えてきたのだが、この蕎麦屋の店主はその後も「縄文人がずっと培ってきた伝統がねえ・・」と嬉しそうに話し続ける。

まあ商売人たるもの自分の商品になんか物語性を持たせたいのは判るけど、縄文人と蕎麦ってのはねえ・・。それに店の中でケータイで調べたら蕎麦が日本列島に渡って来たのは稲作渡来の頃と大して変わらないと書いてあったから、蕎麦にそんなに古い歴史があるようにも思えないんだけどねぇ・・。






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私は、製麺とは、実は深いつながりを持つものですが・・・。山形も岩手も、いまやそば粉は中国産100%
なんのロマンもありません。

そばの畑を持っていて、自家製でやっているところは確かにあります。それは確かにうまいです。

「るるぶ系」は全滅だと思ったらいいです。

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