スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

赤いバックパック

昨年秋に所用で東京の実家に滞在した際、屋根裏のガラクタ倉庫を整理していたら目の前に懐かしい品物が現れた。大ぶりな赤いバックパックである。このリュックは筆者が学生時代にアジアへと貧乏旅旅した際に背負っていたものだ。

筆者は最初メタルフレーム付きの登山用リュックを先輩から安値で譲って貰いインドを2か月ほど旅したのだが、こいつは案外と嵩張るのと見た目と違って容積がかなり少ないため代わりに新宿の旅用品店で買い求めたのがこの赤いバックパックなのである。

筆者は就職してからは日本国内や香港などあちこち引越しが多かったため思い出の品はあらかた無くなってしまい、アジアを旅した思い出の品もいつの間にか消えてしまいすっかり諦めていたのだが、それが何とひょっこり25年ぶりに姿を現したのだ。

オレはこいつを背負って旅したんだなあ・・と思うとバンコクのヤワーラート(中華街)に沈殿していた薄汚い格好をした自分自身の姿と、夜行列車に乗ってたどり着いたスラーターニやコーンケーンの埃っぽい街並みが脳裏に浮かんできた。

この赤いバックパックと一緒に2回旅した後で筆者は嫌々ながら就職し、その後紆余曲折を経て世界中のいろんな国を訪れる仕事へとつくことが出来たのだが、不思議なことにビジネスクラスに乗ってハイアットやマリオットの朝快適な部屋に泊まっていた日々よりも、アジアの安宿のきしむベッドであと幾ら懐に残っているかなぁ・・と小銭を数えていた学生時代の旅の方が鮮明に覚えている。

アクアスキュータムのコートを羽織ってサムソナイトのキャリーバックを転がすような立場は3年前に自ら終止符を打ちマニラへと移住した。そして学生の頃の貧乏旅の証である赤いバックパックが目の前に突然と戻って来た・・。たしかに元々オレはこの赤いバックを背負い続ける方が性に合ってたんだからな。これは何かの天啓なのだろう。

それで今回の旅から筆者はこの赤いバックで旅をするようにしたのだ。もちろん昔の様な体力などは無いしバンコクのジュライホテルやカルカッタのパラゴンホテルの様な安宿に泊まるのは気が向かないが、でも慣れればそれも気にならなくなるのだろう。これからはずっとこの赤いバッグを背負って行こう、最後の最後の瞬間まで。






にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

コメント投稿

  • URL
  • コメント
  • パスワード
  •  管理者にだけ表示

 

実は俺も、そんなザックを持ってます。
(同じく赤いんですよ。)

あのころって、海外が新鮮だった 笑

 

私的には、木賃宿に泊まるのがバックパッカーとは考えていません。
旅行中は、宿は自分を守ってくれる唯一つの場所ですので。
やはり、青年時期のバックパッカーと、成人のバックパッカーは一線をひくべきだと。

予算さえ許せば、4駆のボックスカーで、バックパッカー的な旅をしてみたいです。ホテル代も抑えられるし。(笑)

トラックバック

http://dadesigna.blog.fc2.com/tb.php/944-b55b7279
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。