ドヤ街で仲間はずれ

ゴールデンウィーク中の京都の余りの人の多さに呆れた筆者ら夫妻は大阪まで出かけることにした。とは言ってもユニバーサルスタジオなんか行けばもっと悲惨な目に遭うので、心斎橋から難波にかけて歩き、その後は女房を天王寺のキューズモールに残して筆者だけでディープな大阪巡りに出かけたのである。

日本一の居酒屋である明治屋で絶品の日本酒を二号ほど呑み、西へと延びる新開筋商店街の横道から昔ながらの遊郭の風情を残す飛田新地へと入り、昼間から客待ちをしている美女たちを冷やかした後で釜ヶ崎へと向かう。ここは北九州と並ぶ危険地帯と言われているが筆者は何故だかここが好きなのだ。

2年前の秋に女房と釜ヶ崎を訪れた時に筆者は「ここに来たことがある」という既視感(デジャブ)に捕らわれたのだが、25年前の店頭支援の時は働いていた日本橋の上新電機一番館より南には行かなかったから釜ヶ崎を見たはずは無いのだ。しかし筆者は意味不明な心の騒ぎの正体を暫く考えた結果、ある簡単な事実にたどり着いたのである。

ここは筆者が学生時代に訪れたインド・カルカッタのサダルストリートやバンコクのヤワラート、そして赴任したばかりの頃に呑む買う打つで頻繁に出入りしていた香港のド下町モンコックにそっくりなのだ。つまり釜ヶ崎はデジャブじゃなくて自分が若いころ沈殿した土地の香りがする場所なのである。

しかし残念なの事に筆者は釜ヶ崎が好きなのに向こうの方は全然懐いてくれない事で、2年前の日記にも書いたけど人寄せのオヤジに引っかかろうとワザとオドオドして町を歩いたり、かなり如何わしいと評判のNGOがやってるカフェなんか入ったのに、相手は筆者の事は客にならないと思ったらしくスカッと無視されてしまったのである。





それで今回はもっと現地の雰囲気に浸ろうとワザと一番汚い服を着てドヤ街をさまよい歩き、昼間から酒を呑んでる労務者たちの仲間に入れてもらおうとビール片手に釜ヶ崎のシャンゼリゼである三角公園へと向かったのだが、筆者が近づこうとすると労務者たちが「何やねんお前!」といった感じで睨む。凄い排除モードである。


その後萩之茶屋駅のそばの路上もつ焼き店に立ち寄って焼酎片手にアテを頬張っても、労務者たちは筆者の隣にいたスーツ姿の30代の男(なんでゴールデンウィーク中にこんな服着てるのか変だが)には「あんちゃん何処から来たんや?」と話しかけるのに筆者には誰も声をかけない、いや声どころか目も合わせないのだ。

香港時代に日本人の同僚や出張者たちが不法滞在中国人に間違われてIDカードを見せろ!と警察官から頻繁に呼び止められていたのに対し、筆者の場合は通算17年滞在してもただの一度もそういうことは無く、その代わり頻繁にかけて来るのは不動産会社の新設マンション展示会とかクレジットカード会社の店頭売り込み員という外見をしているのである。

「こいつワシらの仲間ちゃうで・・」「違う臭いがするでえ・・」。釜ヶ崎にいる労務者のうち99%は筆者をそう断定したようである。その後立ち寄ったカラオケ居酒屋でも筆者が入ると場が一気にシーンと冷え込み、筆者が中国人のママさんに話しかけるとまたシーン、トイレから戻るとまたシーンと客たちが一斉に静まり返るのだ。

周囲の冷たい対応に呆れた筆者は結局当初の計画よりも大幅に短い滞在2時間にして一人寂しく釜ヶ崎を立ち去ったのである。あのさぁ、俺の住んでるマニラのパッシグの片外れって町のつくりや歩いてる人の服装、それと知性も釜ヶ崎と大して変わらないし、それに俺も今じゃ無職の身なんだけど・・、それでも駄目かね?






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なにげない仕草や動き、目線、一番重要なのは、オーラというか、生気(精気)の強さでしょうね。

溶け込むのは、無理無理。(笑)

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