パキスタン右翼の涙(2)

筆者は知らなかったのだが旧英国領インド(現在のインド本国とパキスタン、バングラデッシュの3国)に住んでいるイスラム教徒たちも先祖を辿れば皆ヒンズー教徒であったが、彼らの大部分はカースト制度の中で最下層に位置付けられるアンタッチャブル(不可触民)であったため、厳しい蔑視と迫害から逃れるために万人平等を謳うイスラム教へと改宗したのだ・・と言ったのである。

ただしイスラムに改宗しようがヒンズー教徒たちからは蔑視され続けたのだが、少なくとも自分たちがヒンズー教社会の中では最も価値の無い人間であるという精神的に耐えがたい事実を受け入れる必要は無くなったし、迫害に対して一緒に戦える根拠と仲間を得たことで我々は自由になれたのだ!という話を何度も回りくどく説明し続けた(リピート多数)。

そしてその次に彼が言いたかったことは万人平等のイスラム教の下で自分たちは精神の自由を手に入れ、やがて半世紀前にジンナー博士の指導で自分たちイスラム改宗者が生きていける土地を手に入れ、そして何千年にもわたって自分たちの祖先を迫害し続けたヒンズー教徒と今や伍していくまで慣れたのだ!という事であったはずなのだろうが、そこがそうはいかなかったのだ。





と言うのはこのバリー氏、よりにもよってジンナー博士の名前が登場した辺りで感極まったのか思いっきり泣き始めたのである。しかも嗚咽は漏らすわ鼻水ヨダレはまき散らすわで汚いことこの上ない。パートナーのシャリフがこれはマズい!という表情で立ち上がりバリー氏を化粧室へと連れて行ったが、周りのテーブルにいる客から好奇の目で見られた筆者は居心地悪い事この上なかった。

「○○さん!言ったでしょ!あのジジイは気をつけろって!」とD君は言うが、だったらオレにじゃなくてオマエがバリーのオヤジと話せよな・・と思ったが、しかしバリー氏のちょっと常識から逸脱した言動を2日に渡って見たことで何故パキスタンが軍国主義的でアメリカや中国、そして中東の怪しげな独裁者たちを相手に巧みな二枚舌三枚舌外交を繰り広げていたのか分かった気がした。

要するにパキスタンは迫害され続けた人間がやっと手に入れた約束の地、もう一つのイスラエルなのだ。虐げられたものが自分たちの生存権を死に物狂いで守るのは当然だし、周辺国や大国に対して踏み込めば大やけどを負うと思い込ませるとともに、核兵器による不安定要因をちらつかせることで外交交渉でのイニシアチブを確保する。そう、やってることはイスラエルと基本的に同じだ。





と、本当はそこまで話をしたかったのだろうが、残念ながら激情にかられたバリー氏は結局レストランからお帰りになってしまったことと、大変不幸なことにその数か月後にバリー氏は脳溢血だか脳梗塞を発症して経営の一線からは退いてしまったために(おそらく彼の特異な性格が脳に悪影響を与えたに違いない)、結局パキスタンの近現代史と外交政策のレクチャーはお預けとなったのである。

さてあれから10年以上が経過して彼らの会社もそれぞれの子供たちが経営にあたるようになり、それと筆者も会社を辞めてしまったから最早バリー氏の消息を聞くことは叶わぬが、昨今のパキスタンのテロや暴動、そして政治的混乱を見るにつけ、バリー氏の「パキスタン・ナンバーワン」という決め台詞がなんだか年を追うごとに色あせていくように思われる。

明治の元勲が死に絶えて陸軍士官学校卒の頭でっかちが国の中枢を握ったら滅びてしまった大日本帝国のように、パキスタンでも惨めさを嫌と言うほど知っている旧世代が国を仕切ってないと駄目だと言うことか。バリー氏がまだ棺桶に入ってないのなら最後の力を振り絞ってイスラマバードへと向かい、今度こそ途中で泣きじゃくる事無く閣僚たちに口が酸っぱくなるまで説教して欲しいものだ。(完)






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ディスクリミネーション。男女差別か、階級差別か。インドネシア程度のOPEN モスリム国がちょうどよいのかも。

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