敗北者の二度目の苦杯

一昨日の日記で筆者はシャープの事を随分と辛口に書いたが、実は筆者はシャープを自滅へと追いやった液晶事業に少しだけ関係したことがあるからなのである。長年香港で営業マンをしていた筆者も元をただせば理工学部の出身であり、大学卒業後は当時シャープと競合していたメーカーに就職して液晶部門に配属されたのだ。

当時の液晶は半導体を超える巨大事業になると期待されていたが、プロダクトサイクルの導入期から成長期にかけて必ず発生する巨額の設備投資の際に、シャープに比べて図体が小さく資金調達額に差が出た筆者の会社はTFT方式よりもスペック的に一段劣る別方式を選んでしまい、結局これが足かせとなって大型パネル化の流れについて行けずに後年事業撤退へと追い込まれたのだ。

ただし筆者が液晶部門を追い出されたのはTFT撤収の同時期とかなり早い段階で、当時の先見性の無い役員たちに文句はあってもシャープには何の恨みも無いのだが、そうは言っても筆者の会社を敗北にさせた液晶界の巨人であり、その一方で筆者らTFT推進派の正しさの証左でもあったシャープが20年後に何故こんな結末の迎えてしまったのか?と他人様には判りにくい捻じれた思いが心の底にあるのである。





今新聞を読めば「将来的には陳腐化すると判り切っていた液晶に注力したのは失敗だった」などとシャープ社員の弁が載っているが「ウソをつくな!と筆者は言いたい。筆者の会社だってシャープ同様に70年代終わりの第1次液晶陳腐化で痛手を被っていたが、80年代の終わりから90年代にかけて液晶の未来を疑うような人間など皆無だったからだ。

それから現に韓国サムスンは液晶でちゃんと利益を上げているのだし、筆者の香港の顧客も小さいながらも液晶パネル工場を持っていて携帯電話向けで大稼ぎしているのである。つまり液晶事業を選択したこと自体が間違いだった訳では無く、要は成長期から成熟期に入った段階では戦い方が変わるという基本的な事をシャープの社員たちは全く分かっていなかっただけである。

例えば筆者が小さいころのオーディオは20万円以上とかなり高額な商品で、パイオニアやトリオ、オンキョーなどの専業メーカーの商品を石丸電気やどの町にもある電機屋で買っていたのだが、80年代中盤にイノベーションが進むにつれ製品はコンパクト化かつ廉価となり、さらに安売り店の勃興から町の電機屋というのが姿を消し始めてしまった。





筆者の叔父は川越のパイオニアに勤める技術屋だったので当時の話は何度も聞かされたが、何をいくら頑張ろうが市場の縮小には歯止めがかからず、また製品開発から営業までのプロセスも今まで通りの十数個もある部や課を通す長いトンネル方式では市場の変化に追いついて行けなくなってしまい、結局ここでオーディオ業界のキャスティングボードを握ったのはソニー、しかもソニーでも異端であったウォークマン部隊だったそうだ。

ちょっと分かりにくいと思うので追加説明すると、ソニーもパイオニア同様に十数もの課が並立する長いトンネル(大企業特有の意思決定システムとサプライチェーンのこと)を通してオーディオを供給していたが、「オーディオは衰退期に向かいつつある!」と気づくや、設計者は設計だけでなく調達もやるし週末は店頭に立つ!というような身軽でフレキシブルな組織に商品ごと移管したのだ。

これをシャープに当てはめて言うと、イノベーションの進度が鈍化し始めた1990年代後半に液晶事業ごと中国や香港の工場に丸ごと移管するとか、ホワイトカラー社員が一人二役や三役をこなす小規模で小回りの利く組織に事業ごと移管して今後の市場環境の変化に耐えられる組織に作り替え、余った人員は新規事業立ち上げに回すか早めにリストラすべきだったという事である。





しかし液晶に代わる主軸事業を見つけられないシャープは簡素化どころか長ったらしいトンネルの権化である亀山・堺両工場を建設してしまったのである。おそらく経営者の頭の中には表通りの人通りが減ったから大ぶりなレストランを閉じて屋台村に変えなけれれば生き残れないな!というようなどの駅前にもいる商売人の発想が根本的に欠如していたに違いない。

技術者は科学の発展を呼んで自社に取り込み、商品マンは商品ポートフォリオの将来図を予想し、営業マンは商品の需給バランスによってどう流通チャンネルを変えるかを考え、経営者は組織の形態をどう環境に適合させていくかを考える。残念ながらシャープの幹部たちは細かい仕事に掛かりきりになり本来彼らがやるべきことが全然見えていなかったようだ。

名門大学の修士号を持つネクタイ組がいくらいようが、町工場から立ち上げて自分の金で一か八かの勝負をしてきたやり手の台湾人社長にかなう訳がない。おそらく今自分たちがどういう運命にあるのかも良く判っていないのではないだろうか。俺たちはこんな会社に負けたのか・・、かつての先輩や同僚たちは筆者同様に今ごろ苦杯をなめている事だろう。






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御指摘のとうり 

亀山工場だけで回しとけば良かったのに、バカでかい堺工場とか建てたのが間違い。

まあ、シャープのおかげで家・屋敷は残ってるので良しとしましょう。
早川会長も死んだし、知り合いだった社員達もほとんど定年退職してるしね。

 

台湾企業であって、中国本土企業でないことが、不幸中の幸いでしょうか?

なぜ、日本国は国策として、このような買収を許したのでしょうか?こちらが不思議だと。

 

TFT液晶技術にあぐらをかいて有機ELを日本独自で開発できなかったという要因も大きそうな気がしますが、、そして今有機ELが成熟期に入ったように見えるのでその次を開発できなければシャープをはじめ日本の関連企業は終わりそうな、、

よりよいディスプレーはまだまだ必要でしょうし、、

(補足) 

ざっくり言うと、、

液晶は、小さいフィルター(液晶)を沢山並べてバックライトと組み合わせるディスプレー

有機ELは、小さい光るものを沢山並べたもの(だからバックライトは要らない)

次は、光るものの改良かな?全く別な光るもの?

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