野球狂の詩

筆者が通っていた高校は中央線沿線の長閑な住宅地にあって、毎日駅から高校まで15分の道のりを歩いて通っていたのだが、この道の途中に当時とても有名な漫画家が住んでいた。野球をテーマにしたメガヒット作品をいくつも世に送り出したM氏である。

筆者は野球に興味が無いのでM氏の漫画はろくに読んでいなかったのだが、一緒に通学する友人たちはM氏の漫画の熱烈な愛読者が多く、家の前でM氏に出くわす度に「あー!Mさんだ!ぼくら先生の大ファンなんです!」と声をかけていたのである。しかしMさんは筆者らの存在がまるで見えないかのように眉ひとつ動かさず黙って家を出入りするのを奇異に感じていた。

それともっと不思議なのはこの出くわす頻度というのがちょっと普通じゃないくらい多いことだ。筆者らは朝8時45分ごろと午後4時くらいの1日2回Mさん宅の前を通り過ぎるのだが、週5日のうち最低4日は朝夕ともMさんを道端で見かけるのだ。しかもMさんはいつも野球のユニフォームを着ているのである。





Mさん自身が熱狂的な野球好きで実生活でも草野球チームを運営していることは有名だったが、最低週4日、それも朝から夕方までご本人が野球をやってるというのはちょっと異常である。ふつう漫画家というのは締め切りに追われているはずなのだが、M氏ときたらリトルリーグの小学生よりもダイヤモンドを駆けまわっている時間が長そうなのだ。

「たぶん優秀なアシスタントを沢山抱えてるんだろうよ」「でもアシスタントたちも毎日野球させられてるらしいぜ」「だとしたら全ての漫画は幽霊ライターが書いてるんだな」などと筆者らは噂しあい、全くMさんはお気楽な商売で羨ましい限りだよ、俺も将来はMさんもアシスタントにでもなるかな・・などと筆者らは批評をしていたのだ。

ところがそれから30年以上が経過したつい先日のこと、アマチュア怪談師の放送を聞いていたら唐突に「M氏に関する奇妙な都市伝説」という話が始まった。なんでも野球雑誌の編集者のインタビューの場で「M氏から見て最も優秀なプロ野球選手は誰ですか?」という質問にM氏は「う~ん、やっぱり山○太郎かな・・」と答えたと言うのである。





ご存じの通り山○太郎はM氏の漫画に出て来る高校球児(のちに漫画ではプロ進出している)で実在の人物ではない・・。それでM氏は冗談を言ってるんだな・・と思った編集者は「先生、実在のプロ野球選手でお願いしますよ」ともう一度頼むと、今度は王貞治やイチローなどとともに別の漫画の主人公あ○さんの名前が出てきてしまい、実在の超名投手との死闘場面を真剣そのものの表情で語り始めたと言うのだ。

M氏は現実と虚構の区別が付かなくなっている・・。その異常さに気づいた編集者は慌ててインタビューを切り上げたところ、M氏は急に立ち上がるや「よっしゃー!じゃあ今からもう一試合やるか!」と言って何処かに電話をかけまくり、やがて別室に移るや野球ユニフォームに着替え始めたのだそうだ。

M氏に異常なモノを感じた編集者も一応場を取り繕うため帰り際に「先生は年間どれくらい野球をされてるんですか?」と聞いたところ、「う~ん、最近は400試合くらいかな」という凄い答えが返ってきた。すでに70歳を超えているにも関わらずM氏は1日1試合以上のペースでバットを振り続けていたのである。





「どうもMさんは野球の漫画ばかり描いているうちに壊れてしまったらしいね」とアマチュア怪談師は結論付けていたが、30年以上前にM氏を毎日見続けていた筆者は彼の寡黙さの中に潜む不思議な違和感を今さらながら思い当たるとともに、M氏がなぜ野球漫画であれだけヒット作を生み出せたのか何となく分かった気がした。

おそらくM氏の脳は野球の事以外ははじいてしまう構造になっていて、株価はそろそろ上限だねとか娘の進学先は白百合よりもちょっと遠いけど青山学院の高等部の方がいいか、さらには犬が夜鳴いてうるさいね・・といった問題に使われる思考力は全て野球に振り分けてられているのではないだろうか。

しかし一体いつ漫画にペンを入れているのかは謎として残るのだが、ゴッホにしろ芥川龍之介にしろ情人と違った狂気のエネルギーを持っていないと後世まで語り継がれる作品は残せないのであろう。筆者は今後もタダでチケットを貰っても野球場に行く予定はないが、狂人の頭の中見にはちょっとばかり興味があるので、来月日本に帰国の際は漫画喫茶なに立ち寄ってM氏の作品を読んでみようかな・・と思う。






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文化系の感想ですがね 

すぐ横のラーメン屋の娘婿・元プロ野球選手、今はダダの中年オヤジ
双子の息子が二人、地元のアホ高校の野球部でバット振り回してます
その隣は以前、実業団で活躍していたが、監督とケンカして今は肉屋勤め

まあ、日本の少年野球の練習も凄いが、身体を壊さん程度にしとかんとね
あと、英語の授業中は野球部の生徒は寝てるとか友人の教師が言うとりましたが
ちゃんと英語も勉強しとかんと、フィリピンにでも逃亡した時に困るがね、爆!

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