死神と呼ばれた男(1)

2016/02/29 00:27:58 | 昔話 | コメント:1件

数年前のある日のこと、日本帰国時にお偉いさんから「香港支店に1名赴任者を追加する」と言い渡された。当時の筆者の下には部下が30人ほどいたのだが、日本人の方は主力選手たちが任期切れでごっそり帰国してしまい、メンヘラなバカ女と使い物にならない初老の男の二人しかおらず、日本の本社や工場とのやり取りはボスである筆者が兼務せざるを得ないほどテンテコ舞いの状態だったのだ。

それは有難いですね!と言うと、なあに礼には及ばんよ!それにキミの要望通り一度海外経験がある男だから一から教える必要も無いさ!と鷹揚に言う。それでその新しい赴任者は一体誰なんですか?と聞いたところ、「Yだよ。かつて東京勤務時代は君の上司だったからよく知っているだろう!今度は君がYの上司になったという訳だ!」と笑いながら言うのだが、その名を聞いたとたんに筆者は背筋が凍りついてしまった。

Y・・。筆者より10歳上のこの男は確かに筆者が20代半ばにごく短期間だが上司ではあった。名古屋大学工学部修士課程修了と会社ではそこそこエリートだが、仕事の方ははっきり言ってお粗末そのもので、それに酒を飲むと思い切りだらしなくなり、訳の判らない理由ですぐに激高するなど人生の吹き溜まりのような人物である。しかも元上司だったからやりにくくなる事この上無いのだが、実は驚愕した理由はそれらとは別の異次元レベルの所にあったのである。

それはYが配属された職場は数年以内に潰されるか大幅に縮小されるなどの不運に見舞われてきた事なのだ。仕事のできない男だから毎回ダメな職場に回されたんだろう?と思うだろうが、筆者のいた会社は海外営業部門は人材が極端に不足していたし、一応英語と客あしらい位は出来るからダメ社員のYでもけっこう花形と言われる職場を渡り歩いてきたのである。





Yが入社して最初に配属された海外工場設立プロジェクトが相手国の政変で白紙になってしまったのを皮切りに、ニューヨーク支店の技術サービス部門に赴任したら直後にプラザ合意で円の価値が倍になってしまい、顧客サービスを拡充せよ!という赴任時の命令が「お前の人件費がバカ高いから、アメリカ人に仕事を引き継いで一刻も早く日本へ帰れ!」へと変更されてしまったのである。

それで志半ばどころか十分の一で帰国させられて東京の海外営業部へ配属されたのだが、その課が扱っていた商品がある日突然代替製品の出現で一気に陳腐化してしまい即時事業撤退となった。そして今度は国内販売部に移籍したものの日本のバブル崩壊でニッチもサッチも行かなくなり事業ごと競合他社に売却されたのだが、ここで競合他社はYの只ならぬマイナスのオーラを感じ取ったらしくYのみ受け取りを拒否した。

行く場を失ったYは同じ東京にある関係会社に配属されたが、入った途端に売上減少に拍車が止まらなくなり業務ごと上海支店に移管されてしまい再び社内失職、そしてついに新潟県の田舎工場に転籍を命じられて経営管理の仕事に就いたが戦略スタッフとして全く使い物にならない事がすぐさま判明して追い出されてしまった(賢明な判断をしたためか、この職場だけは今でも残っている)。

そこで特殊な技術をアウトソーシングする新設の職場に移されたが、2年の不毛な時を経て巨額な赤字だけを残して事業がとん挫してしまい、Yはその残務処理をする唯一の人間として毎日無聊の日々を過ごしていたのである。そして後始末が終わったのちに日本国内すべての職場がYの引き取りを拒んだため、会社としてはYが退職するまでの数年間を香港に追い出すことにしたという訳だ。(続く)






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コメント

2016/02/29(月) 00:51:29 | URL | star child #/9hBKkrU
ネガティブオーラの人っていますよね。過去の恨みをかっているのかな?
でも、その影響で、被害にあっている同僚が可愛そうですね。
で、香港はどうなったのですか?
昔、同じような記事を読んだ記憶が??また別人ですか???

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