ステンレス食器と古代文明

少し前の日記で、インド人と韓国人がステンレス製の食器を多用する理由は彼らが忌み嫌うケガレを簡単に洗い流せるからではないか?という話を書いたところ、日記を読まれた方から「インドネシアでもステンレス食器を使う習慣があるよ」というコメントを戴き、自分がどうも間違っているらしい事に気付かされた。

インドネシアもはるか遠い昔はヒンズー教国家であり他の東南アジア諸国同様にインドの習慣を今でも残しているが、13世紀に信者はみんな平等をモットーとするイスラム教が浸透したことでカースト制度は完全に破壊されているため(一部バリ島には残っている)、インドネシア人にケガレの概念が残っているとは思えないからである。

それに同じくケガレの概念を色濃く残す日本でも金属製の食器を使う習慣はないので(ただし別々の食器を使っていたようである)、どうも筆者の推理は見当違いだったようである。それで何気なくインドと韓国の文化的成り立ちなどを調べているうちにちょっと他に気になる説が見つかった。

現在の韓国・慶尚道にあたる古代新羅で製鉄業を行っていたのは遥か彼方の中央アジアからやって来た民であった、いやもっと大胆に言うと新羅という国自体が中央アジアの民によって作られたか、もしくは少なくとも新羅の支配層に中央アジアの民が数多く入り込んでいた鉄の国であったという説である。





この西からやって来た種族というのは現在のトルコにあたる世界最初の製鉄国家ヒッタイトの末裔で、紀元前13世紀にヒッタイトが滅亡した後に製鉄民はあちこちへと四散して各地に製鉄技術を伝えたのだが、その一支流がトルキスタンからシベリア南部を経由して新羅へとたどりつき、ここに東アジア有数の製鉄地帯を育んだというのだ。

そしてアジアへと向かった支流は中央アジア=新羅ルート以外にもう一つあって、それはバビロニアからペルシャを経由してインドに辿りついた集団で、インドは新羅よりもずっと早い紀元前10世紀に当時世界最大級の製鉄国になっていたというのだ。

もしかして韓国とインドの二国民がステンレスを多用するのは彼らが製鉄民の文化を色濃く引き継いでいて、彼らのDNAが金属を求めてしまうのではないか!と脳内にピカッ!と光ったが、線香花火の様に数秒後にはポッポッと暗転しはじめた。

筆者の知る限り古代新羅とスサノオや蘇我氏などの現日本人は密接な関係があって、日本のタタラ製鉄という名称はヒッタイト族が新羅へと向かう際に経由したであろう「タタール」地域を正しく表しているのだが、だけど日本で最もタタラ製鉄が盛んだった中国地方一体の住民がみんなステンレス食器を使っているという話は聞いたことが無い・・。


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それとヒッタイトとインド、韓国を結ぶ2つのルートの中間にあって、両国よりよっぽど早い段階で製鉄文化が花開き、両国よりよっぽど経済的にも文化的にも発展していたペルシャ人と中国人たちは末裔はステンレスの皿を多用していないし、台北の故宮博物館に「中華文明の至宝」として展示されているのは陶器ばかりである。

それから、これは一番最初の疑問に戻ってしまうけれど、そもそもインドと韓国でステンレスの食器がやたらと使っているのは外食産業だけで、一般家庭内では案外と木製や陶製の食器を使っているのだから、筆者の頭にピカッと光った真実の光りはたった数秒で脆くも消え去ってしまった。。

でももっと調べれば何かが出て来るかもしれない・・と思ったが、ヒッタイトは案外とマイナーな存在なためネット上の情報は少なくて、こうなると図書館に閉じこもって考古学の分厚い本でも読まなければ先に進まぬから打ち止めにするしかない。したがって何故インド人と韓国人は外食産業ではステンレス製の食器を多用するのか?については未だに答えが見つからないでいる。

なのでもしも考古学や文化人類学にお詳しい方がこの日記を読んでいて、中国山地の山奥にいたタタラ製鉄民は明治維新前まではみんな鉄器を使ってたとか、中国も実は一時期鉄製の食器がブームだったのだ!とか、実はヒッタイトはヒンズー教もビックリするほどのカースト制度があった!等々ご存じだったら是非とも筆者にご一報いただきたい。






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