昆布ロードの果てにある国

キッチンで女房が何かをコトコト煮込んでいるので蓋を開けて覗いてみたところ、中には豚バラ肉と共に昆布がべローンと入っていた。あれ?我が家では和食は筆者が作ることになっているし、面倒だから出汁はいつも顆粒である。だからこの昆布も昨年に日本で買い込んだものの結局使わずに戸棚の奥に眠っていたのだ。

本来昆布は沸騰した段階で引き上げるものだが、女房はそんなことは知らぬから煮立てたままである。案の定夕食に豚肉煮つけが出された頃には昆布はゴミ・チリ・ケバの類に化けていた。そしてその日我が家に遊びに来ていた従姉妹フィリンとアニーと一緒にその料理を食べたのだが、彼女らは一口食べるや「マサラップ!(美味い)」と声をあげた。

もちろん旨味の塊である昆布を煮詰めたのだから味の裏打ちがどっしりしているのは当たり前だが、この煮つけを食べた筆者の印象は沖縄料理モドキだった。それで女房にどこで沖縄料理を覚えたのだ?と聞いたところ、従姉妹フィリンは「なに言ってるの?これはフィリピン料理よ!」と言った。





従姉妹アニーも、違う調味料で味付けされているが本体はまごうこと無きフィリピン料理だ!と言いはるので、議論好きな筆者はiPadを出して説明しようとしたが、そういえば香港にいた時に女房の友人たちをよく食事に連れて行ったのだが、数ある日本料理店の中で彼女らが最も高く評価していたのは沖縄料理店だったことを思い出した。

南九州から沖縄、台湾、フィリピン、インドネシアの料理が何となく似ているのは、もともとは同じ海洋民族の文明圏だったからだという話を聞いたことがある。その後はイスラム、中国やスペイン、オランダの影響により味の化粧がほどこされて各国の料理は枝分かれしていったが、地肌は同じなので互換性があるという話だった。

しかし純粋日本民族である筆者の舌にはフィリピン料理というのは不味さ爆発!であり、味覚の互換性など1ミリたりとも見つけることなど出来ないのだが、その反面フィリピン人の方は沖縄料理にはかなりの互換性を見出せるようだ。そういえば初めてソーキソバを食った義妹は「これはロミだ!」と喜んでたな・・。





沖縄料理店の日本人マスターが「味の基本は鰹節と昆布なんですよ」と言うので、南国だからカツオは判るけど北海道の昆布が沖縄に来てたんですか?と聞いてみたら、江戸時代の初めに海洋交通が劇的に発展して昆布が来るようになり、やがて沖縄料理を劇的に変えたのだ!と言っていた。

この論理でいえば、江戸時代より前は沖縄もフィリピンも「海洋民族系+中国風」の二層料理を食っていたが、その後フィリピンはスペイン風、沖縄は昆布の味付けがそれぞれ三層目として上塗りされたことで片方が劇マズ、もう片方はニッチだけど味わい深い料理に枝分かれしていったという事になる。

「あ~、本当に美味しいわね!この料理」と言いながら汁までスプーンですするフィリンとアニー。彼女らの満足そうな表情をみるにつけ、もしも江戸時代の船舶工学がもっと発展していて大量の昆布がマニラ港に入っていれば、オレもフィリピンの激マズ料理に苦しめられることは無かったのに・・と恨めしい気分になった。






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