天皇訪比で思う事

天皇夫妻が1月末にフィリピンを訪問するというニュースを聞いた親戚たちは「嬉しいでしょう」とか「式典には参加するの?」などと聞いてくるので筆者は正直答えに困っている。それで一応は「香港時代ならともかく、こんな流れ浪人の筆者がお呼ばれするわけないだろ!」と答えるだけにしているのだが、実際は天皇って言われてもピンと来ないのだ。

ちなみに筆者は朝鮮系でも左翼でもないし、日本は通常兵力を最低でも3倍に引き上げた上に核武装、それも戦略核ミサイルを数百基配備し、いちいち国会など諮らずに首相と防衛大臣、統幕議長の3人の合意があればいつでもどこへでも躊躇せず核攻撃できる体制を作るべきだ!と考えている右寄りの人間だが、「陛下」とか「さま」とか動詞の前に「御」なんてつける気にならないのだ。

チャンネル桜とか小林よしのり氏の天皇論なんか見ると、天皇とは日本国民にとって実に素晴らしい存在であると説明されているけれども、筆者はそれをいくら見ようが何もかもこじつけで無理やり関係性を見出さなければならない。だから筆者の天皇制に対するスタンスは新右翼の野村秋介氏が討論番組で言った通り「せっかく昔からあるんだから残していけばいいじゃないか」という程度である。

なお天皇制の議論がどうしてこんなに捻じれてしまったのか?という原因は全て昭和天皇の行いにあると筆者は思っているが、これは長くなるので以降の日記に書くことにするけれど、「戦前の日本人は本当に天皇を尊敬していたのか?」という素朴な疑問について、筆者が子供の頃に亡くなった親戚たちから聞いた興味深い話があるので本日の日記にしたい。

筆者の母親の家系は埼玉県川越市近郊のごくごく普通の農家であり、祖母や祖母の兄妹たちはそりゃ凄い天皇信者であった。これはいちいち説明しなくともテレビや映画に出て来る戦前の家庭そのものを想像していただくと良いが、当然ながら天皇制は無くせ!みたいな雑誌の見出しを見るだけで本気で怒り出す人たちだったのである。





一方、父方の祖先は東京都杉並区の井荻八幡宮の神主を代々勤めていて、さらに父の母親の一族は京都の大変有名な神社の神主の出身なのだが、この祖母の兄妹に当たる「京都の叔父さん」たちから「俺だけじゃなく周りの京都の神主たちも戦前から天皇家なんて本気で信じちゃいなかったよ」という話を子供の頃の筆者は何度も聞かされていたのである。

ちなみにこの叔父さんたちは京都帝大卒や筆者の父親と同じように東京・渋谷の国学院大学の予科から本科に進んだ戦前のエリート階層で、話を聞いた40年前当時は家業の神社の神主や神社庁関連の要職を務めていたのだ。つまり天皇を頂点とするヒエラルキーの中ではかなり上の方にいたわけだが、中の下あたりにいた母方の一族が熱狂的な天皇信者だったのとは対照的に非常に冷めた目で天皇を見ていたということらしい。

もちろんヒンズー教や近代軍隊のように組織を熱烈への忠誠心が高くルールを厳格に守るのは主に下級階級であるのは良くある事だから、明治から昭和初期にかけての上級階層が案外といい加減であったことだって十分あり得る話だ。特に他人の目を気にしてなんでも付和雷同してしまう普通以下の階層などファナティックに押し込めば洗脳しやすい存在なのはどの国だって同じだ。

ただし旧制のリベラルアーツ教育で今の東大生なんぞ及びもつかないほど徹底的に知性を磨かれ合理的な考えを持っていた戦前のエリートはそんな底の浅いプロパガンダには屈することは無いし、それに何百年も続く名門神社の跡取りたちにとっては歴史上実際には存在せずに後世創作されたアマテラスの子孫を名乗る天皇家などとんだお笑い草だったのだろう。

それで戦前に天皇を信奉していたのはバカばっかりだ!と筆者は(天皇ではなく人々に対して)大変不謹慎な考えを持っていて、右翼の街宣カーが「天皇制なんとかあぁ!」と叫んでるのを見かけると「バーカ!」と呟いていたのだが、ここ10年ほど日本の近現代史を調べているうちにこの仮説、つまり天皇制への信奉心の違いを教育や知性レベルで線引きするのは間違いであることに気が付いた。(続く)






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年を取ってくると保守的になる? 

最近、家族で神社参りしてきたが、何か感じるものがある。
両親が飾っていた天皇一家の写真も色あせてきたが中々好いな。

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