ミサの最中に閃いた250年間の壁

2015/12/18 00:01:12 | 日記 | コメント:0件

クリスマス前なので筆者が住むアパートでも二日前からミサが行われるようになった。教会に行くのを面倒に思う住民たちの要請で近くの教会の司祭がクラブハウスに十日間来てくれるのである。それで筆者はキリスト教徒では無いのにもかかわらず女房に強制的にミサに参加させられる羽目になっているのだ。

最初のミサで司祭がお祈りを捧げている最中に筆者は美人の奥さんでもいないかと周りをチラチラ見回していたのだが、住民たちの敬遠な表情を見るにつけ「こいつらは本当に信心深いんだな~」と今更ながら感心してしまった。筆者は神社の末裔であるが、残念ながら途中で勘当されて学校教師になった父親から無神論の精神を引き継いでいるのである。

そのため皆のように聖書もお経も唱えられぬから日本とキリスト教の伝来などを頭の中でずっと復習しているのだが、結局いつものようにある時点で考えが行き詰ってしまう。なぜ現在の日本は他のアジア諸国に比べてキリスト教徒が極端に少ないのか?という誰もが考える疑問にいつまでたっても答えられないのだ。

そんなの江戸幕府が250年もキリシタンを禁じていたんだから少ないのは当たり前だろう!という反論は筆者も重々承知している。だから筆者はキリスト教が国教化したフィリピンと日本を比べるつもりはないのだが、日本と同じように19世紀の半ばまでキリスト教が無かった、もしくは有っても微弱な存在だった中国と朝鮮と比べてみても明らかに少ないのである。

日本ほどでないにしろ清王朝はキリスト教を排除していたし、キリスト教系の太平天国の乱や欧米列強との不平等条約締結後に増え続けた宣教師への脅威から義和団の乱がキリスト教徒を殺戮している。そして清朝が滅亡して奥方がキリスト教徒の蒋介石が政権を握った折には信者数が急増するが、その後に登場した共産党は人類史上稀にみる徹底的な弾圧を加えているのは衆知の事実だ。





ところが1980年以降の開放政策で中国人の間にキリスト教徒は徐々に増え続け、今でも共産党は教会に色々な嫌がらせをしているのにもかかわらず信徒数は人口の8~10%にも達しているらしいのだ。つまり中国人の場合は清朝や共産党などの政府が弾圧しなければキリスト教徒は自然に増えていくという構図なのである。(蛇足だが台湾の場合は4%と非常に低い)

これが朝鮮になるとそもそもキリスト教の本格布教が始まったのが19世紀初めと遅く、さらにガチガチの儒教信者である朝鮮人たちの間ではキリスト教は邪教だ!という風潮が強くて、日本が明治維新をやってる頃にキリスト教信者8000人が虐殺される丙寅教獄(Korean Martyrs)という事件まで起こっている。中国の場合は義和団と言う反政府組織だが、朝鮮は国としてキリスト教徒に激しい弾圧を加えていたのである。

1871年に朝鮮が開国すると欧米から宣教師が押し寄せた影響からキリスト教徒が増え始めたが、1910年の日韓併合から1945年の敗戦ま期間は総人口の2%程度であった。ところが南朝鮮が韓国として独立して以降、とくに60年代半ば以降はプロテスタント信者が10年ごとに倍々のペースで増え始め今や国民の30%がキリスト教徒になってしまったのである。

筆者は文章が下手なのでもう一度書くが、キリスト教を布教する側から見ると1867年の明治維新の段階では日本も中国も朝鮮もはっきり言ってドングリの背比べだったということである。そして日本では太平洋戦争の期間に一時期キリスト教への制約が加えられたが、当時併合されていた朝鮮も事情は同じであり、さらに毛沢東の様な殺戮が行われたわけではない。

そして現在中国や韓国が膨大なキリスト教人口を抱えているのに対し、日本のキリスト教人口はなんと0.8%、しかも明治維新以降ただの一度として1%を超えたことが無いという驚くべき数字なのだ。明治から大正には国を挙げての欧米コピーが進められ、多くの日本人が欧米人の精神的支柱であるキリスト教に興味津々だったなど日本のキリスト教は中国や朝鮮よりよっぽど恵まれた環境にいたのにもかかわらず・・である。





いや、日本人のメンタリティは中国人や朝鮮人とは違っていて、日本人の精神には神道が深く刻み込まれているとか、キリスト教は祖先信仰を否定するからダメなのだ!信じないものは地獄に堕ちる!など縁起でもないことを言うから嫌われるのだ!、あるいは祈れば極楽へ行ける阿弥陀信仰が先に来ているからキリスト教に用はないのだ!などと説明する御仁がいる。

また日本は長らく政権を握る公家や武士と、象徴として天皇という二元論的な世界で構成されており、ここにキリストの神が来ると天皇と役割がダブってしまうためキリストの神は頭の中で排除してしまうのだ!という説もあるが、これらの意見は筆者にとっては当たらずも遠からずというよりも、そういう影響も少しはあるのかもね・・程度にしか思えない。

なぜなら日本人が今よりももっと信心深かった戦国時代にはキリスト教が燎原の火のごとく日本に広がって行ったからである。ザビエルが来てから60年後の1610年には日本国内には37万人(60~65万人、中には100万人説もある)ものキリシタンがいて、当時の人口の3~5%も占めていたからだ。

ちなみにこの3~5%というのは宣教師が行けない東北のど田舎農村部も含めての人口比率である。だから九州や大阪、京都などの重点布教地域ではおそらくキリスト教徒率は10%を超えていたのではないだろうか。しかも秀吉や家康ら時の権力者から絶えず迫害の危機にさらされていて、それこそ命がけで信仰を守っていた時代の話なのである。

ところがバテレン追放令から250年たって宣教師が再び日本にやって来たら1%の信者しか獲得できなかった・・。こうなると神道とか仏教、天皇に祖先崇拝などのメンタリティ面がキリスト教不信の原因とは考えにくい。だから明治期に限って言えばこの2回の布教開始の間、つまり江戸時代に日本人の中に何かが起こって、そこで形成されたある事がキリスト教を頑なに拒むことになったとしか思えないのだ。(続く)






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