遺言トラブル

2015/11/11 00:00:09 | フィリピン雑学帳 | コメント:0件

日本では葬式や墓のことで遺族と親戚が揉めるケースが多いという話を聞いた。例えば死んだ人間が創価学会やエホバの証人の信者だとまず100%葬式は別々に行うことになるし、もっと身近な話だと本妻と愛人が遺骨の取り合いになったとか、逆にウチの墓に入れるな!と一族で紛糾することなど珍しくも無いらしい。

さて筆者の女房の家系は全員ともローマン・カトリックだし、みんな中がとても仲が良いから葬式や墓で揉めることは無いだろう・・と思っていたのだが、意外や意外ここに来てちょっと一悶着起こってしまい、一族の関係者が一体どうすんだ・・と頭を悩ますようになってしまったのだ。

事の発端は今年5月に亡くなったボウイ叔父の遺言である。この方は女房の亡母の弟に当たるのだが、死の床にあって「俺が死んだら故郷パンパンガ州サンタアナに埋葬してくれ」と「先に亡くなった女房と娘のアダと隣り合わせにするように・・」と2つのことを言い残して死んだのだ。

ボウイ叔父の奥さんは10年前、娘のアダは4年前に25歳で亡くなったが、実はこの二人はマニラ首都圏のパッシグの墓に葬られているのである。と言うのはボウイ叔父も10代半ばに故郷を出てからパッシグに移り住み、以来ずっとパッシグで家庭も商売も構えてきたのだし、それに死んだのもパッシグの病院なのだ。

それだけでは無い。ボウイ叔父の兄妹のエスターやエド、その子供達合わせて13人中10人がパッシグ市内、それも1キロ四方の距離に住んでいて、さらに孫に当たる世代も入れると合計数十人がお互い歩いて行ける距離でコミュニティを形成しているのである。筆者ら夫婦がもっと便利な場所でなくパッシグなんかに住んでるのもそのためだ。





しかしボウイ叔父の遺言だから・・と言うことで葬式はパッシグとパンパンガで二度行い(筆者ら夫妻は日本にいて参加できなかった)、ボウイ叔父が子供の頃遊んだという場所に随分と立派な墓を作って埋葬したのだが、問題はもう一つの「女房と娘のアダもそばに」という遺言である。つまりパッシグの墓を掘り起こして遺骨をパンパンガに移す必要が出てきたのだ。

それで亡くなった奥さんの血縁に骨を移す由の話を切り出したところ早速物言いがついた。奥さんも娘のアダともども生まれも育ちも死んだのもパッシグで、パンパンガなんか冠婚葬祭で数年に一度訪れただけで何にも関係ない!だいいちあの二人がパンパンガが好きだったなんて話は一度も聞いたことが無い!と言い出したのだ。

参ったな・・と悩む幹事役のフィリン(ボウイ叔父の三女)。しかし実はフィリンもパンパンガなんて殆ど行ったことが無いし愛着も無いので反論出来ない。さらに奥さんが亡くなった時には「パッシグに葬って」と遺言したのをボウイ叔父だって目の前で聞いてたんだから、これは契約違反では無いか!と凄まれておずおず帰ってきたのだという。

そこを何とか調整しろよ!と兄のクリスとスプーク、姉のティナイは命令してくるが、兄二人は豪華クルーズのシェフとして地中海と大西洋の洋上にいるし、姉はスペインのリゾート地に住み込んでいるから母方の親族と交渉するのはフィリンだけである。こうしてほとほと困り果てたフィリンはいとこ達に相談を持ちかけるようになったのだ。

アホな上司がよくやる矛盾指示という奴だが、こんなのどう考えたって当事者3人(故人)の多数決判定で「ボウイ叔父の亡骸をパッシグに移す」だろう。しかしフィリピンの場合は土葬のために肉が完全に腐り落ちて骨になるまで数年は移動出来ないのだそうだ。まあ間違えたのはボウイ叔父なのだから、ここしばらく孤独に耐えてもらうしか無いね・・。






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