無気力くんのヒーローの本当の姿(2)

若者たちの救世主、偉大な反逆者死す!といった派手な見出しでテレビや雑誌は尾崎豊の特集を組んでいて、そこには悲しみともしくは理解不能な怒りから叫んでいるファンたちが大写しされていたが、筆者はその時も彼らに何か異様なものを感じ取ってしまった。

尾崎豊は別に機動隊に殴り殺されたり、宗教裁判で火あぶりの刑に処せられたわけでも無く、単に薬のオーバードーズで死んだだけで(ただし身体中のアザには不審な点が多い)、殉教者のようにまつりあげられる死に方では断じて無いからだ。

なんだか分からないけど怒っていて、それを崇める人間たちも何かに怒っている。そしてお互いに涙を流して抱き合いながら戦う事を誓うが、よく見てみると身の回りには火炎瓶や鉄パイプ、ナイフどころか爪楊枝一本も持ち合わせていない。筆者から見た尾崎豊と仲間たちというのはか様に奇妙な連中だった。

一体あの連中は何に対して戦っているのだろう?。筆者はずっと不思議に思って来たのだが、先日動画サイトで元角川書店の見城という人物のトーク番組を見つけたのだが、その番組の中で見城氏が「尾崎豊との付き合いが一番キツかった」とこぼしているのを見て「コレだ!」と叫んでしまった。






月刊カドカワに生前の尾崎豊が手記を書かせたのがこの見城氏なのだが、尾崎から「自分だけを見てくれ!自分だけを注目してくれ!自分だけを愛してくれ!」と何度も何度も迫られ、見城氏は息が詰まるどころか精神をすり減らしてしまったと言うのである。

ちなみに尾崎と見城氏はホモ関係でもなんでもなく、単に作家と編集者というビジネス上の関係なのだけれど、尾崎はそれだけでは満足せずに見城の公私全てを独占しようとしたのだという。ここでは見城氏はあまり具体的な事例はあげなかったが、尾崎のあまりのエネルギーに最後は自分が破滅するしか無いな・・と思ったのだそうだ。

その時に筆者は尾崎豊の怒りの正体を垣間見たと思った。こいつは強烈なナルシズム、いやもはや精神障害である。病名で言えば自己愛性パーソナリティ障害とでもいうのだろうか。小学校で一番前の席に座って教師の全てを独占しようとする駄々っ子、自分の話だけを一方的にまくし立てる頭のネジが緩んだ人間、これが尾崎豊の姿だった。

自分の頭の中では自分自身を完璧な存在へと作り上げてしまっているが、現実の世界との接点で発生する理想と現実の姿のギャップが受け入れられず、またその問題を解決しようとする意思も能力も持ち合わせていないためにフラストレーションが溜まって爆発している火山島みたいな男だ。





俺はこんなに能力があるのに認められない、それは社会システムが悪いからだ・・とか、私はこんなに美人なのに女優として成功しないのはショービジネス界が腐っているからだ!というところで思考停止をしてしまい、押してもダメなら引いてみろという子供でも分かる発想の切り替えが全く出来ないおバカさんである。

そう、そうなのだ。尾崎だけでなく初期の尾崎のファンもそんな奴らばっかりだったのだ。実際は不甲斐ないアオナリ野郎なのに妙にプライドだけは高いクラスの嫌われ者、批判は口にするが自分から何かをしようという意思が全くない無気力くん。コイツらは自分と同じ匂いのする尾崎豊を見つけては同類哀れむでカリスマとして崇めたのだ。

そして尾崎が死んだ時に叫んでいたのも、本音をいえば尾崎が死んで悲しいのではなく、自分の脳内で尾崎の死を自分に重ね合わせることで自分が殉教者になった事にし、強烈なナルシズム、いやカメラを前にした優越感に浸っていただけなのではないだろうか。

集団ヒステリーならぬ集団ナルシズム、これが尾崎豊と彼を取り巻くファンたちの真の姿であろう。そして戦っていたのは社会の矛盾という虚構の鏡に投影された自分の不甲斐なさであり、自分の指を一本も動かす努力もせずに自己憐憫に浸っていた無能者の詩的世界であった。こりゃはなから俺と1ミリも重なるわけ無いよ・・。






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自己愛性というより
境界性でしょうね

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