叛乱者たちの復讐

2015/08/17 01:18:47 | 事件と陰謀論 | コメント:0件

宗教はアヘンと説くマルクス主義者が宗教で飯を食ってるだと?と当時の筆者は釈然としなかったが、先日長崎で大学時代の旧友が口走った「反日団体による日本プロテスタントの汚染」話を聞いた際に突如この昔話を思い出し、そして思い切り納得したのである。

この友人が語ったのはプロテスタントの合同組織である日本基督教団が韓国のヨイド教会に乗っ取られてしまったという話だが、実は一昔前に韓国人が入り込む際に彼らの橋頭堡になった日本人グループが教会内にいてね・・という事だった。

日本基督教団には昔風の教会派とは別に社会運動にもっと参加すべきだという社会派という二つの派閥があって、この社会派というのが件の韓国人達を浸透させた張本人なのだそうだが、ここの指導層はキリスト教の牧師であるもののアタマの中身は真っ赤っかだというのだ。

確かに伝統的なプロテスタントは労働の重要性や社会の公正性、弱者への救済に熱心な宗教であり、思想的には社会民主主義辺りに位置していそうだから、闘争に打ち果てたムショ帰りの左翼学生たちが逃げ込むには非常に向いてる組織のように思える。

それに、おそらく一度過激派の思想的束縛に体の芯まで染まり切った人間は、神の存在など思想的に相容れない部分が多いにしても、同じ様に教条的で禁欲的で選民意識に思い切り浸れるキリスト教の神職というのは案外居心地が良かったのでは無いだろうか。



ムショを出た過激派も食って行かねばならないが、70年代中盤の左翼の退潮でカンパは集まらないし、かと言って市民団体で利権に食い込む才覚もなければ田舎で農業を継ぐくらいしか無い。と・・そこへ誰でも門戸を開く教会があった。国立大のエリートにとってはドヤ街に行くよりも、こっちの方が受け入れ易いように思える。

それから浄土真宗も悪人正機という理念通り、社会の最下層にいて蔑まされていた人々の救済を目指した宗派である。つまり黒人差別撤廃や植民地からの独立闘争の様なニュアンスが強い宗教だから、革命家達の思想と相通じる部分が大きい。

自分たちの主張と根本は大して変わらない主張を持った団体が何とすぐそこにあったのだ。しかもこの団体は公共的に認められていて国家権力も下手に手出し出来ない。ならここを根城に革命を、いや国家権力に復讐をしようじゃないか・・、と筆者は彼らの決意を想像してしまう。

「娘が立教に受かって・・」と嬉しそうに太鼓腹を揺する思想転向した元過激派のサラリーマンたち。彼らはもう還暦を過ぎて年金をたんまりと貰う結構なご身分になったが、彼らよりもう一列前にいてパクられた闘志たちは全く別種の人生を歩んでいる。

もうすでに白髪の目立つ初老になった闘志たちが復讐心をずっと胸に抱いたまま日本破壊を目論んでいる・・。筆者は左翼とは全く思想を異にする人間だが、彼らの革命はまだ終わっていない・・。そう考えると、なぜだか不思議な事に愉快な気分になった。




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