至高の美の前で行進する男

営業を担当されたことがある方ならよくご存知だろうが出張先での接待というのは営業マンの能力が試される重要な仕事である。この場合接待する相手は顧客のことだと誰もが思われるだろうが、筆者の場合は顧客と同じくらいの頻度で身内を案内することが多かった。

どの会社もそうだろうが数回に一回は必ず上司が同行するし、大きなプロジェクトの場合は社内の関係部署の人間や外注も一緒に連れて行くことになるが、こうなると営業はツアコンの役割も仰せつかることになる。

筆者が最初に担当したのは台湾で、同行者を悶絶させる夜のコースは自ら情熱を持って開拓した甲斐があって幾つもバリエーションを取り揃えていたが、昼間ぽっかり時間が空いてしまった場合はたいがい故宮博物館に連れて行くことにしていた。

と言うのは筆者が勤めていたのはメーカーで、海外出張の同行者はたいがい設計部とか品質保証部、商品開発部などの技術屋だから、人間の叡智を凝らした中国手工芸の傑作には食い入る様に見てしまう人たちばかりなのである。





おおっ!この象牙の玉は中をくり抜いて彫刻を施してあるぞ!。いやこっちの壺を見てみろよ!こんなに細かく花びらを書き込むなんて人間業じゃない!とどよめく技術者たち。おまけに自分たちで解説まで始めるから筆者にとっては手間いらずである。

さて台湾を担当して2年が経った頃、ちょっとしたクレームが発生したため急遽香港に駐在していた佐々木という技術屋をともなって出張することになった。筆者より10歳上の中堅社員で出身は高専。東工大や東北大が幅を利かせる商品開発部門と違い、生産技術や品質保証など日本の現場は高専卒が支えているのだ。

この人は海外駐在員なのだから相当優秀な人間だろうし、それも筋金入りの叩き上げだから故宮博物館に入ったらきっと夜まで出て来ないだろうな・・と思った筆者は主張中の休みの日に佐々木氏を連れて開館と同時に館内に入ったのだ。

ところが・・。この人は最初の展示物を一目見てウーンと感慨深げに首を45度上げて虚空を見つめ始めたのだが、一体何を言うのか待っていてもジーッと固まったままである。それでしばらく佐々木氏を凝視していたら、突然プイッと横を向いてスタスタ歩いて行ってしまった・・。





その後茶器のコーナーに行ってもスタスタ、掛け軸もスタスタと歩いて行くのだが、佐々木氏の後ろ姿を見ていて気がついたのは彼の首は左右に置いてある陳列物の方向に1度たりとも振れておらず、まっすぐ前を見据えてひたすら軍隊の様に行進しているのである。

ツウは3日間通っても見足りないという故宮博物館・・。ところが佐々木氏の場合は滞在したのはお土産コーナーでコーヒーを立ち飲みした時間も含めてたったの20分足らず・・。恐らくこの博物館に単に行進のためだけに来たのは開館史上佐々木氏だけではあるまいか。

さて昼間は真っ直ぐ前を見据えて手を振っていた佐々木氏も、夜の林森北路では左右に座った台湾美人を見つめるわ触るわ抱きつくわとご満悦だった。ところがいざお勘定の段になると故宮博物館の時の様に手をポケットの中に突っ込んで真っ直ぐ虚空を見据えたまま黙り込んでしまったのである。

結局この1年後に筆者は香港へと赴任し、佐々木氏とは昼夜両方の付き合いになるのだが、このオヤジは夜の逸話は数多く残せど仕事の方では何一つ実績らしいものを残さなかったのは言うまでもない。以来筆者は技術者を採用する場合には、伝統工芸品への関心の有無を最初に聞くことにしている。






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No title 

故宮博物館も見ましたが陳列品より生身が良いので昼は鳥来へ行きました。夜は高過ぎて予算超過のためタイへ南下しました。

No title 

人間の能力、知能、知力は個人差があって、人それぞれ限界がある。

そして、全ての人は、自分と同じか、より知能・知力の低い人たちは理解できるけれど、高い人のことは理解できない。

佐々木氏、そこまでの知力が無かったのでしょうね。そのかわり痴力は結構あったのかも(笑)

No title 

中学時代を東京上野で過ごしたので国立科学博物館は何十回も行ったが国立博物館は1回しか行かなかった。痴力は生物の本質であって知力は付け足しのような気がする。しかし何年経っても知力でフィリピン人を理解することが出来ない...

No title 

私は技術畑ではないのでわからないのですが、それでも故宮の品々の、美しい造詣や文様には足を止めました。(夜まで出てこないということはなかったのですが)

美術工芸品をネタに面接するのは、きっと人物鑑定の試金石になるでしょうね。私は落ちると思うけど

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