死の病院が連なる町(2)

2015/03/18 12:51:06 | オカルト系 | コメント:0件

父の話では国立療養所中野病院というのは東京都内にいくつかあった結核病院の一つに過ぎず、もっと多くの患者を収容する病院が密集している結核の終末治療の地があると言うのである。な!なんだって!それは何処なの?と興奮を抑えられない筆者をじらすように父はゆっくりとした口調で「き・よ・せ」と答えた。

清瀬市。そこは筆者の生まれ育った地区の隣の隣の隣、駅で言えば数駅の距離にあるこれと言って特徴の無い地味な住宅地である。あんなところに結核病院が沢山あったなんて?と驚いたが、父の話によれば清瀬市には国立と私立も合わせて十数もの結核病院がひしめいていただけでなく、近辺にはハンセン病患者を隔離する大規模な施設などがある日本最大の伝染病隔離地帯だったのだと言う。

「清瀬から東村山にかけての一帯は古代からから忌み地と見なされ悲田処が置かれていたんだ。つまり明治時代どころか途轍もない昔から清瀬はそういう場所なんだよ」という父。千年以上にも渡って世間から見捨てられた人たちが悲嘆に暮れていた土地だなんて・・。ここには江古田の森公園なんか目じゃないウルトラ級の怨念が籠っていそうである。





しかしネットで調べても清瀬の心霊話はあんまり出てこない。変だな~と思ったが、ここでまたしても父が助力を出してくれた。つまり江古田中野病院の心霊話が世間に広まったのは公園になって誰でも敷地内に入れるようになったからであって、清瀬は今でも病院として稼働しているのだから一般人の目撃例が限られるのではないか?と言うのだ。

調べてみたらなるほど清瀬にはビックリするくらいの数の病院が今現在でも営業中である。それに十年以上前に祖母が入院していた清瀬の複十字病院も元々は結核病院だったようで、叔母は「この病院はいろんな怖い噂があるのよ」と言っていたから、おそらく病院職員や入院患者の限られた間ではかなりの心霊目撃談があるに違いない。

しかし・・病院にオカルトマニアがズカズカ入り込むわけにもいかないので、清瀬がオカルトの聖地になるにはいくつかの病院が取り壊されて空き地になるのを待つしかなさそうだ・・。そのために一体何十年かかるのか分からないので清瀬をあきらめた筆者は江古田の森公園に深夜出かけて行ったのだが、期待と裏腹に幽霊どころか猫一匹見かけることもなかった。





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