70年前の駅長への黙礼

JR大阪駅を通りかかる際に筆者が黙礼するのを見て女房が「あんた一体ナニやってんだ?」と聞いてきた。ああコレか!実は俺の母方の一族はこの駅の偉い人に大変お世話になったんだ!。なので今だに感謝の意味を込めてお礼をしているんだよ!というと、女房は一体どういうことだ?とでも言いたげに首を傾げた。

時は今から70年近く前の1945年の9月初めのことである。当時筆者の母方の一家は軍属だった祖父に伴い旧満州国のハルピンに住んでいたのだが、ご存知の通り同年8月9日にソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄して軍事侵攻を開始し、満州国は文字どおり阿鼻叫喚の地獄と化した。

筆者の祖母は4人の子供と一緒にハルピン市内の馬家溝(まじゃこう)という地区にある一軒家に住んでいたのだが、陸軍の特別な部隊にいた祖父から「ソ連が攻めてきたから日本に戻れ」という連絡を受け取ったという。ちなみに近所に住む他の軍人一家らは緊急帰国どころかソ連侵攻のニュースさえ知らされていなかったらしい。

ハルピン駅の停車場には列車が何両も停留していて、祖父の属していた部隊の家族たちだけが集められていたという。祖父は通信部門にいた単なる軍属だったにも関わらず、関東軍の将校たちの家族よりも先に脱出出来たのは所属部隊の秘匿性が余りに高かったかららしい。実際この部隊の関係者は他の在満日本人と違ってほとんど全員が無事日本に帰国しているのである。





しかし部隊が家族の面倒を見てくれたのは日本上陸までで、ハルピンから釜山まで一直線に進んだ祖母達も、オンボロ船で山口県の仙崎港にたどり着くや「日本帰国完了!ここで解散!」と放り出されてしまったという。祖父は千葉の人だったが部隊の残存業務という事で拘束されてしまったから、祖母は出身地である埼玉県の川越まで子供4人を自分一人で連れて帰らなければならない。

仙崎から列車に何度も乗り継いで何とか大阪までたどり着いたが、ここでお金は尽きてしまった。それに換金出来そうな衣類や備品はとうに売り払ってしまい最早すってんてんである。おまけに3番目の子供である長男は生まれつき体が弱く、大阪駅構内で一度本当に息が途絶えたというのだが、たまたま通りかかった人が持っていた梅酢を無理やり長男の口に注ぎ込むと、やっと息を吹き返したという状態だったらしい。

言っておくがこれは現代の大阪駅の話では無い。敗戦直後の国中がメチャメチャになった時代の話である。大阪駅には祖母らのような行き場を失った避難民で溢れかえっていたし、大阪市自体が空襲で焼け野原だったのだ。どうしよう…このままでは全員飢え死にしてしまう…。しかし国全体が飢え死にしつつある状態だったのだから、誰かに助けを求めても何も期待出来ない。

しかし気丈な祖母は子供たちを連れて駅事務所に出向き、自分達をどうか埼玉まで帰らせてくれ!と懇願したのだが、当然ながら駅員達は「そんなの認めるわけにはいかん!」と言って取り合わない。しかし祖母は諦めずに(諦めれば飢え死にするか強盗になるしか無い)懇願を続けると、奥の部屋から偉そうな人が出てきて「一体どうしたんだ!」と言い始めた。





何やらお偉いさんに説明をする駅職員たち。しかし祖母は恥も外聞もかなぐり捨ててお偉いさんに自分達を何とか助けて欲しいと懇願した。そして駅長は4人の子供をジロリみると、ペンをとって紙に何かを書き込み、そこへ大きなハンコをベターン!と押して祖母に差し出した。ハンコは大阪駅長のものだった。

この紙にはこの人物たちが埼玉県川越市へ戻れるよう便宜を図ってほしい!と言う様なことが書かれていた。(ただし切符では無かったと祖母は言っていた)。そして実際この紙の効果は予想以上に絶大であり、米原や名古屋などの乗り換え駅でこの紙を駅員に見せるだけで優先的に列車に乗せてくれたそうである。東京駅駅長に次ぐ国鉄ナンバー2の威光というのはそりゃ物凄いものだったのだ。

「あの駅長がいなければアンタ(筆者のこと)も生まれて来なかったんだよ!。だからあたしはあの大阪駅には一生足を向けて寝れないんだよ」と15年前に亡くなった祖母は生前よく筆者に言っていたものである。なので筆者は名前も知らないこの駅長という人物には幼少期より尊敬たてまつっている(筆者が幼児期に使っていた変な日本語)のである。

「へーえ…戦争期の日本にも立派な人がいたんだね」と驚く女房。当たり前だ!戦前の日本人の方が今よりよっぽど道徳心が高かったんだぞ!と説明したが、アメリカによって残虐で冷酷な日本人というイメージを植え付けられたフィリピン人には言葉で説明しても理解出来ないだろう。さてこの場を借りて名前も知らない駅長さんに感謝の念を言いたい。あなたのおかげで俺は生まれることが出来ましたよ!。本当に有難うございました!。






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