黄泉がえり

亡くなった親父は生前「俺が死んだときには幽霊になってお前に会いに行くぞ」と筆者がガキの時から繰り返し言っていた。親父は東京中野区の沼袋氷川神社の神主の跡継ぎとして昭和3年に生まれたのだが(少年期は同じ系列の本郷氷川神社で育った)、青年期にB29の焦土爆撃と勤労動員先の栃木県大間々とかいうところで過酷な飢餓状態を経験したことから、終戦直後は左翼運動にどっぷりとつかり、その結果として実家の神社から追い出され、慌てて教員資格を取って同じ中野区の中央中学校と第九中学校という公立中学の国語教師になった筋金入りの無神論者である。ところが何故だか知らないが幽霊の話が大好きで、夏休みなどテレビで幽霊系の番組が始まると「おい!〇〇!始まったぞ!早く起きろ!」と2階で寝ている筆者を起こしに来て無理やり番組を見させるのだ。当時は夏休みに1日5回くらい幽霊番組が放映されてたし、学校教師は40日間まるまる休みを貰えたから、親父と一緒にひと夏200番組は見させられたことになる。  
  あなたの知らない世界2

親父にはたった一度だけ霊体験があって、祖父(親父にとっては父親)が亡くなった時に親父に会いに来たという。明け方寝起きざま寝室の横の廊下越しに灰色の人影がじっと佇んでるのを発見、ビックリして起き上がろうとしたが金縛り状態になってしまい、そのままジッと顔の無い灰色の人影を見ていたという。その時間30秒・・その後なんとか声を振り絞って「アッ」と叫んだところ、灰色の人影も金縛りもフッと消えてしまい、呆然としているうちに電話のベルがリリーンッと鳴りはじめ、病院に詰めていた叔母(親父にとっては姉)から祖父が亡くなったと告げられた・・という話だ。この話は親父から何百回も聞かされたのですっかり飽きてしまったし、幽霊番組をさんざん見たおかげで強力な免疫力を身に着けた筆者にとっては全然怖くも何ともない霊体験話なんだけど、親父はこの経験で強烈な影響を受けたらしく、無神論者だけど幽霊の存在だけは例外として信じることになったらしい。それに國學院大学時代に折口信夫教授のゼミに入っていて「死者の書」とか「まれびと」などの研究していたくらいだから幽霊関連のアカデミックな下地はあったのだろう(だけど一体どうやったら無神論と折口信夫の学問が両立できるのか筆者には未だにさっぱり理解できないのだが・・)。旧制の高等教育を受けたインテリで酒・バクチは一切やらない堅物の無神論者だが、幽界にだけは並々ならぬ興味を持つ風変わりな親父であった。
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さて時間は半世紀ほど過ぎ、この親父も3年前に亡くなった。亡くなる前の2年間は日本の本社に出張する機会が急に増えたので、筆者は親父といろんな話をすることができたのだが、ここでも「俺が死んだらな・・俺は香港まで会いに行くからな・・寝てるところをおどかしてやるから楽しみに待ってろよ!」と嬉しそうに言っていた。やがて数か月してから親父が倒れたというニュース、どうも塩梅が悪そうだから帰ってきてくれとの母親からの電話、辛気臭くなるのでこれ以上は書かないが、親不孝な筆者も親父の最後の瞬間を看取ることが出来た。さて可笑しいのはその後の事である。あれだけ繰り返し何度も会いに来ると言ってたのに、未だに一度たりともバケて出てこないのだ。お盆になると先祖の霊が戻ってくるというが、過去2回のお盆には幽霊どころか夢にさえ姿を現さない。筆者が最後を看取ったので満足してアッチの世界にさっさと行ってしまったのか、それとも香港に行く方法が分からなくて成田あたりで迷子になってしまったのか・・。あれだけ何十年にもわたって筆者をおどかしてきたのだから、親として有言実行を実践すべきじゃないだろうか。今年のお盆は今日までですからね、道に迷わずに今年はマニラまで来てくださいよ!お父さん!
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