ジキルとハイドのような映画監督

2014/05/31 00:01:48 | 日記 | コメント:0件

先日筆者の大学時代の後輩A君が卒業後20年以上にも渡って自主映画を制作し続けていることを日記に書いた。筆者が全く興味の無いオタクの世界を描くアマチュア日曜監督とは言え、脚本から編集、更にはDVDへの焼き付けからコミケとネットでの販売まで全部一人でこなしているのだから並の人間ではここまで情熱が続かないだろう。作品の質は別にしてもAの映画への愛情にすっかり感動した筆者は早速Aに励ましのメールを送ったところ、その日のうちに返事が来て「今はアニメ制作の勉強中なんですよ」と書いてあるのを見て、いやはやAの飽くなき創作意欲に尊敬の念さえ感じてしまった。

さて同じ映画サークルに属していた後輩のN君から「ちょっとお話ししたい事が・・」とフェースブックのメッセージが来た。つい先日Aの活躍をお互い讃えあったばかりだから用件はAの事に決まってる。それで筆者から先に「あいつ今度はアニメもやる気らしいぞ!」と書いたのだが、このNは「どうもAの事をあんまり感心しない方が良いかもしれません」と冷水を浴びせる様な書いてきた。ん・・どういうこと?ひょっとして実は映画は作って無かったとでも言うのか?と返すと、「いえいえ、映画は確かに作ってるんでしょうが、問題はAの頭の中の事でして・・」と気になる言葉で始まる長文を打ってきた。


後輩Nが調べたところでは、Aは映画評論家の町山智浩や漫画家の竹熊健太郎、と学会の有名幹事に数人の著名人とツイッターで毎日の様に激しく言い争っていて、それを見た外野の一般人から2チャンネルでスレッドまで建てられて激しくバッシングされているというのだ。だけど単なるアマチュア監督(というより市井の人)がどうやってそれら有名人達に相手にされるのか?と不思議に思い、N君がツイッターの履歴を遡っていったところ、2つの異常な点がだんだん見えてきたという。

「どうもAの頭の中では自分が相手と対等な立場にいる著名な表現者だと思い込んでるみたいなんですよ。それと評論家たちへの攻撃というのが実に粘着的かつ執拗で、相手を屈服させるまで四六時中続けているんです」。この文を読んだ時に25年前のAの姿が頭に浮かんだ。サークルのメンバーが音を上げるまで持論を展開して自分の正しさを認めさせる独善性と激しい思い込み。確かにその素地は充分あったな・・。そうか・・この20年間Aを突き動かしていたのは映画への情熱と言うよりも奴の「ズレ」が広がって行ったからというのが正しい表現なんだ。

さてAからのメールを見ると「○○先輩!日本に来られた際には是非ともお会いしたい。なんとか都合をつけていただいて一緒に呑みましょう!」と書いてあった。この人懐こさも紛れも無く筆者のよく知ってるAの一面なのである。だけどこのAが方々で悶着を起こしてるだと・・本当かよ・・? しかしNの次の言葉が決定打になった。「Aの名前で東京都知事に凄い文書が出てるんですよ。自分ら芸術家の創作活動を支援しないならお前に天誅を下すって。しかも右翼団体の代表という肩書でして。団体の名前は大日本・・・」。筆者はすぐにAから来た返事を消去した。

にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://dadesigna.blog.fc2.com/tb.php/249-c666ce95
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)