天安門事件の元闘士の光と影(1)

先日フィリピンの詐欺女の日記を書いたので、ついでに筆者が会社員時代に知り合った一人の中国人詐欺師について書いてみたい。今から10年以上前に筆者の会社の先輩H氏が長期出張で滞在していた深センのホテルに筆者を呼び一人の中国人を紹介してくれた。「初めまして!私はJと言います!」と流暢な日本語を使う男である。年の頃は筆者と同じ位だが随分と背が高い男だった。

飲茶をしながらJ氏の話を聞くと、彼は大学生時代は民主化の活動家だったが、天安門事件の時に一時投獄された経験があると言う。「あの時は思想改造所に行く一歩手前でしたよ」と苦々しい表情で言った後、「その後直ぐに日本に来たんです」と一気に話が飛んだ。は・・?どうやって?と聞くと留学生試験に受かったからですよ・・と言う。よく出国出来たな・・何か変だと思った。

「それで東京の○○大学の修士課程を終えた後は東京の中国大使館の商務部で働いていたんです」とますます解せない答えが・・。何で元反政府活動家が政府組織に・・。いっぽう彼のくれた名刺には日本の中小企業S社の中国工場総経理のタイトルが書いてある。筆者の視線に気づいたらしく「ああそれですか。S社の社長にどうしても来てくれって頼まれて大使館を辞めて手伝うことになったんですよ」と鷹揚に笑った。

この物の言い方・・短時間で自分の経歴だけを披露する癖・・。こいつは慢性的な嘘つきだなとすぐに分かった。ただし当時の筆者はほぼ毎日の様に嘘つきを相手にしていたので、特にこの人物については警戒もS社への通告もしなかった。筆者が聞きたかった質問にも快く答えてくれたし、何より会社の先輩であるH氏がこのJに惚れ込んでいたからだ。H氏は中国という国に魅せられていて、JはそんなH氏の中国への架け橋だったのだから、H氏の夢をぶち壊したくはなかったのである。

数ヶ月してH氏からJが筆者と話をしたがっていると言われた。ついに来たな・・と思った。単なる飲み友達として関係をスタートし、相手の様子を探ってから商売の話を切り出すのが中国人のやり口である。案の定次の日にS社中国工場で行ったミーティングではJが設立した新会社で筆者の会社の製品を取り扱いたい、中国国内の包括代理店契約を結びたい、マージンはこれだけでシステムはこうで・・と淀みなく話をして行くが、肝心の「何故顧客はこの会社から買うのか?」という顧客視点がすっぽり抜けていた。

それで話が終わった後でアンタの話はハリボテの虎だからビジネスにならん!と言ってやったら、このJ氏そばにいたH氏の方を悔しそうに睨んだ後で席から立ち上がり、「こっちの部屋に来てください」と言った。見るとそこは会議室の続き部屋になっていて、部屋の真ん中にある大きなテーブルの上にガラスケースが置かれている。「これが今手がけているプロジェクトだ!」と筆者に見せたのは巨大な工業団地の模型だった。総床面積20万平方メートル、総工費1億5000万元(当時のレートで12億円)という代物だという。


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