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バンコクで出会った奇妙な男の正体

2014/04/08 10:20:01 | タイ・インドシナ | コメント:0件

筆者がラマ4世通りをシーロム方向に歩いている時に、目の前に大柄な日本人が通りかかって「おい!キミキミ!」と慌てたように声をかけてきた。「キミはジュライホテルに泊まっている・・え〜と・・え〜と・・何号室だったかな・・」と頭を抱えるような感じで思い出そうとしている。どうも筆者を知っていて何やら要件があるらしいと思ったので部屋番号を告げると「そうだ!422号室だよ!実はその部屋に行こうとしたら君が出てきたんで驚いたんだよ!僕と約束した人と違うからね」と真面目な表情で言う。

しかしこの男の話をこれ以上書いても意味がない。全てデタラメだからだ。ただしこの時に筆者はこの中年男が筆者の部屋番号を騙る誰かに約束を反故にされて可哀想だと思ってしまい、やがて男に即されるまま一緒にシーロムへと歩いて行ったのである。筆者に自分の口で情報を喋らせ、憐憫の情を植え付けさせて仲良くなるキッカケを作る。これこそがこの男の目的なのだ。これは1988年秋のことである。

キミは何処を旅したの?ゴアか・・僕も若い頃行ったよ。へ〜2ヶ月タイに来たのか。内定もらっても喜んじゃダメだよ。会社って自分を殺す嫌な世界だしね。今夜でも僕の家に来なよ。女房に手料理作らせるよなどと、大柄の男は何が楽しいのかニコニコ笑顔を浮かべて筆者に語りかけた後、「キミはバンコクで1人なのか?」と聞いてきた。

いえ・・恋人がいますと答えると、大柄の男は「日本人だろ!だったら尚更彼女を連れて僕のウチに来なよ」と嬉しそうに誘うので「いえタイ人なんです。今から行く日本料理店に勤めているんです」と答えた時だった。男は突然黙り込むとそのまま横道へとスタスタ歩いて行ってしまったのだ。えっ?俺なんか変なこと言った?と不思議に感じたが、思い当たる節はない。一人残された筆者は道端で呆気にとられてしばらく立ち尽くしてしまった。

しかし筆者は大柄の男をその後もチャイナタウンで何度か見かけることになる。ただし筆者に話しかけるどころか、目で挨拶することもなかった。そしていつも筆者と同じく大学生らしい青年と話し込んでいた。一度スリクルンホテルのカフェで席が隣り合わせた事があったが、大柄な男は3人の若者に「◯×のサービスを受けるなら三井だな」と銀行か保険らしき話をレクチャーしているところだった。

この男は旅行者相手の詐欺師か何かではないのか・・だけど大学生のから引ける金なんて多くてもせいぜい10万円くらいである。そのために毎日道端でカモを引っ掛けるのも変だなあ・・と思っていたのだが、後日この男の奇妙な一面をスリクルンのテーブルにいた3人組のうちの一人から聞くことになった。

「アンコールワットに一緒に行こうって言われたんですけど断ったんですよ」と明治大学の学生は言った。1週間の日程で旅費は大柄な男持ちという大盤振る舞い。しかも当時は入国が困難なカンボジア(UNTAC統治以前は内戦状態である)である。それで筆者はどうして行かなかったのか?と聞いたら「だって話が美味しすぎるし、それに他の人から聞いたんですよ。前にあのオッさんと一緒に1週間の予定でカンボジア行った奴がいるけど、オッさんは3日後にバンコクに舞い戻っていたって。そいつカンボジアに置き去りにされたってことでしょ!そんなの危なくて行けるもんですか!」

その後大柄な男とはそれっきりになったが、数年経ってから意外な形で彼の正体を知ることになる。男の本名は田中義三。偽ドルを所有していたとしてカンボジアで逮捕された男であるが、それよりもよど号をハイジャックして北朝鮮に渡った赤軍派メンバーと言った方が分かりやすいだろう。香港で定期購読していた雑誌を見た時にバンコクで話しかけてきたあの男だと筆者はすぐ分かった。でもその時にはこの男はバンコクで何をしたかったのかよく理解できなかったのだ。

その答えを提供してくれたのは高沢浩司の「宿命」という本である。ここにはよど号メンバーとその妻たちがヨーロッパで有本恵子など日本人を巧妙に説き伏せて北朝鮮に拉致していた事実が記されていた。そして筆者はロンドンやマドリッドよりもバンコクの方が拉致を実行するのに向いているだろうなと思った。バンコクのチャイナタウンにいる日本人旅行者の多くははみ出し者で基本的には社会制度への反発傾向が強く、それに2〜3年かけてこれから放浪しようという糸の切れた凧のような連中がここには掃いて捨てるほどいたからだ。

なおよど号メンバーの動きを調べてみるとヨーロッパで活動していたのは1980〜1983年と筆者の体験よりも5年以上前であり、また田中義三は途中からリーダーの田宮高麿らとは行動を別にしていたとの記述もあるので(ただし田中の妻の水谷協子はマドリッドで二人の日本人男性を拉致した実行犯と言われている)、あれが拉致行動だったとは断言できないが、あの大柄な男が田中義三であることは間違いない。

気になるのは田中義三と一緒にカンボジアに入って置き去りにされた日本人の消息である。小泉訪朝期の一連の拉致報道ではバンコクで拉致された日本人の話は聞かなかったが、おそらくバンコクの日本大使館はチャイナタウンにいる貧乏旅行者の行方などろくに調査もしなかったんだと思う。「海外旅行中に行方不明。本人素行不良」でお終いだ。筆者らはそんな扱いだったのである。

それにしても自分のすぐ側まで希代の犯罪行為が忍び寄っていたのかと思うと身震いしてくるが、一方なぜ田中義三が筆者の「恋人はタイ人。今から行く店に勤めている」という言葉を聞いた途端にプイといなくなってしまったのか今だに分からない。田中さん!あんたは逮捕されてもよど号グループの活動について沈黙を守り、収監中に突然亡くなってしまったけど、墓場から出てきて真相を教えていただけないだろうか。



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