蝶になった男

2018/06/08 08:50:46 | 人間万華鏡 | コメント:2件

(前日からの続き)いくらかつての恋人、実の親とはいえ何故こんな蝶みたいにヒラヒラ無責任に飛んでる男の生死をメリーとキム母子は案じているのか。それにこの男Mが死んでいようが生きていようが彼女たちにとっては辛い知らせになる。だからMの住所や電話番号は判らなかった・・で止めるべきだったのだろうが、しかし出発前に「死んでいるのが分かるだけでも良いのだ!どうしても知りたいのだ!」と何度も何度も懇願していたメリーの声を思い出した筆者は、京都嵐山駅前の公衆電話から横浜のとある番号へ電話をかけたのだ。

もしもし、Mさんのオタクですか?わたくしF銀行香港支店でMさんにお世話になった○○と申します。銀行再編成のゴタゴタ時に退職して今は別の銀行で働いてまして、今回日本旅行に来た折にかつての同僚と会ったらMさんがご病気と聞いたので、それでこうして電話させていただいたのですが・・と受話器の向こうにいる夫人と思しき女性に語りかけると、意外にも相手は拒絶はせず、エエ、エエ、もう20年前に香港の支店にいらっしゃったんですか・・そうなんですか・・とポツポツと語り出した。

変な話だが夫人の口調が非常に親切な事に筆者は戸惑ってしまった。卑怯な男Mが何が何でも守りたかった、メリーよりも大切に思っていた夫人だからこそ「何ですか!あなたは!」とヒステリックに叫んで電話をガチャン!と切られた方が気が楽だっただろう。しか彼女は実に親切丁寧に受話器の向こうにいる昔の同僚と名乗った実はニセモノである筆者、彼女にとっては厄介な存在の側にいる筆者に対し夫の消息について実直に話したのだ。

Mは今年3月2日に死んでいた。死因は多臓器不全で2年前にメリーに肝臓ガンらしき症状を語っていた事からもしばらく病に臥せった上での死のようである。そして葬式は近親者だけで済ませてしまい、銀行の方達には知らせてませんでして・・と夫人が申し訳なさそうに言うのを聞いた時に、変な話だが筆者が十数年間持ち続けたMに対する印象は表面的で一面的すぎるのではないか・・と思えてきた。





ただ筆者はMと面識が無いから下手な推測をここで書くべきでは無いだろう。ただこのとき筆者の脳裏に浮かんだのは「羊たちの沈黙」の背景となった「蛾=醜い幼虫から美しいモノへのメタモルフォーゼ」という人間の深層心理で、Mが蝶に夢中になるのも結局は少年時代からの何かの欠乏、変身願望、あるいは現実逃避が奥底にあって、だからこそ長じても無責任な 自身を顧みる事が出来ないのだろうが 、ふと香港ワンチャイの地下にあるバーの扉を開けた時に真っ先に目に入るカウンター内のメリーの姿を想像したら・・そう、艶やかな蝶の姿に重なって見えた。

で、この悲しい知らせをどうメリーに伝えようかと考えあぐねていると、その役割はアタシがやる!と女房が名乗り出てきて、奇しくもこの日5月22日はメリーの誕生日だったのだが、何故かそのタイミングでヌエバエシハ州のメリーの住む地区だけは停電で伝えるのが1日遅れてしまったのだが、女房から最悪の結果を聞いて大泣きしたメリーはその後で「実はその時期に夢にMが現れてサヨナラ言いに来た」とフィリピン人らしい話をし始めたのである。

以上がこの顛末のすべてである。読んでいただいた方にとっては在り来たりでつまらない話だろうが、筆者にとってはなにか一つの短編小説を読み終えた時のような、或いはなんか一本の線が紆余曲折の上に出発点に戻って一つの円を描いたような感覚に囚われてしまい、しかしその一方で落とし所を見つけられず、どう整理したら良いのか分からないでいる。

今からちょうど20年前の今日6月8日、香港の病院の一室でキムは生まれたが、その二十歳のお祝いをすることなくMは死んでしまった。アゲハチョウの一種の名を付けた娘キムの夢の中に現れてお祝いと詫びの言葉くらい発しにくるのか、あるいはあの世の秘園で虫取り網を手に蝶を追いかけて遠くへと行ってしまったのか、いや醜い幼虫から脱皮してM自身がアゲハチョウになったのかもしれない。





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コメント

泣けてくる

2018/06/09(土) 22:05:13 | URL | 名無しさん #-
綺麗に終わらせすぎですよ。女達が自分を信じ切っていたり、優しすぎるのに乗っかって自分勝手にひらひらと行く先々で寂しさを紛らわせて。私はMは嫌いだ!
横浜のMの奥様やメリーがかわいそうです。
ほにょ様の奥様はやっぱりいい人ですね。

M様のご冥福をお祈りします。

2018/06/11(月) 11:41:10 | URL | #-
本当に羨ましい人生ですよね。
90年代の香港駐在員だと、不動産投資でお金稼いだ人多いですよね。
エリートで退職して落ちぶれる人もいれば、ブログ主さんみたいにアーリーリタイアで悠々自適な暮らしあれてて。

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