旅立つ前に覗き見れる過去の自分

2018/04/14 13:07:42 | 日記 | コメント:0件

会社員時代の仲良し顧客の一人がポーランド人のトーマスで、ワルシャワに行くたびにあちこちのローカル向けレストランに連れて行ってはお互いヘベレケになるまで酔っ払うのを常とする付き合いをしてきたが、ある時にちょっと心が温まる話をしてくれたことがある。

起業前はスキー選手だったトーマスがロシアだかベラルーシ人の選手から聞いた話だそうだが、人は死ぬ前にほんの一瞬だけ過去の自分の姿を見に行くことが出来る・・というのだ。で、お前さんはあの世に行く前にどの時代のどんな自分を見たいんだ?と聞かれたのだが、答えに窮していたら「お前は最後に笑って死ねないな!」と大笑いされたのだ。

この話にはもう一つ奥行きがあって、ついにあの世に行く直前に誰かが現れて「キミはどの時代を見てみたいのかね?」と聞かれた時に、筆者みたいに考えあぐねていると一番悪い時代へ連れていかれて惨めな自分を見ることになってしまうらしい。だから人間いつでもその答えを用意しておかねばならない!という事のようである。

それでトーマスに「アンタはどうなんだ?」と聞いたら、そりゃスキー大会で最初に優勝した時の俺さ!と言って隣にいる奥さんの顔をちらっと見たのだが、将来奥さんになる女との初Hとか最初の子供が生まれた時とか、そういう答えこそが模範的である!という考えがポーランドにもあるものの、トーマスは東アジアの紳士と同じくその基準内に収まらぬ男だったのだ。

で、あれから10年以上経つのだけれど、一体筆者が最後の瞬間に垣間見たい過去の自分自身とはいつのことだろう?と今でも考えてしまうのである。当たり前すぎるが苦虫を噛み潰していた四十過ぎの自分では絶対に無いし、かといって大して面白くも無かった子供の頃の思い出では絶対に無いから、やはり十代後半から三十になるかならないか辺りのころだ。





候補として挙がるのは香港に住み始めた27歳の頃の自分、そして学生時代にバックパックを背負ってインドやタイを旅していた自分、あるいは新宿・歌舞伎町で遊び歩いていた高校時分の自分だが、今の気分だとやはり高校生の時だろうか。一体自分が将来どうなるかも考えずに朝帰りしていた筆者、深夜営業のファミレスでコーヒー一杯で朝まで語りあかしたあの頃のような気がする。

もちろん見る事が出来るだけで話しかけることは出来ない。で、そういう時に自分は一体どんな感情が湧くのだろう?と考えてみるのだが、子供がいない筆者がこういう事を書くのはバカみたいだが、やっぱり孫を見た時のほほ笑み?あるいは「思い切り笑える人生を生きていけよ!」なんて叫んでしまう気がする。

ほんの一瞬だけれど目の前に若き日の自分、あるいは別れてしまった懐かしい恋人ともう一度だけ出会うことが出来る。そしてその後はこの世とおさらばで、プツンと音がして何もなくなってしまうのか、あるいは昇華してしまうのか知らないが、そういう最後のチャンスが与えられるというのは・・これってロマンティックな話じゃない?

だからこの日記を読んでいただいた方に伝えたいのは、死神だが悪魔だか、あるいはシルクハットをかぶった紳士が目の前に現れて「お前はどの時代の自分自身を見たいのか?」と聞かれた時には死への恐怖にあたふたせずに、また答えに躊躇しないよう予め答えを用意しておいて欲しい事である。

これはポーランド人の友人が筆者に伝えてくれたちょっとした人生のエッセンス。だからくれぐれも最悪の時に引き戻されないように心に留め置いていていただきたい。そして・・最初の瞬間に思い出すのは今日現在その時である事こそが本当の幸せなのだから、今この瞬間を充実して生き抜こうではありませんか。



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