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70年前の負の遺産

2018/04/03 11:59:21 | 日記 | コメント:0件

今日は韓国・済州島事件から70周年にあたる日らしく。韓国国内では虐殺された済州島民への追悼式典が各地で開かれるそうである。

筆者は韓国の歴史は詳しくないのだが、大戦終結で南北に分断された後に北朝鮮から逃げてきた地主階級が済州島に数多く住み着いたらしく、しかし昔から住んでいた流刑民の末裔との折り合いが悪かったこともあり、ちょっとしたことで暴動になってしまったらしい。

その暴動を共産革命の狼煙と判断した韓国の右派民兵組織とアメリ占領軍が鎮圧にあたり、その結果8~20万人が殺されたそうなのだが、この事件の概要を韓国のニュースで見た時に筆者は思わずこう呟いてしまった。

なんで一人残さず殺さなかったんだ!





だって一説によると4万人にのぼる済州島民が船に乗って日本に逃げてきて、大阪・生野界隈に住み着いてしまったからである。この連中は李承晩への恨み、米軍への恨みに満ち満ちており、その後多くの人間が金日成になびいていくのだが、なぜかそこで反日思想を植え付けられてしまったのだ。

日本の庇護を受けながら反日を叫び、やがては同和団体や社会党と結びついて無敵なる弱者としての立場を確立し、生活保護の不正受給から脱税、窃盗、強盗・強姦、放火に殺人と何でもし放題の極悪人集団、この源流は済州島からの逃亡者たちなのだ。

だからもしも済州島事件の虐殺が100万とか200万人なんて敵性規模だったら日本はもっともっと安全で豊かだったわけである。害虫は漏らさず駆逐するのが定石なのに、全く当時の米軍と西北青年会なる暗殺組織の手ぬるさに歯がゆさを感じてならない。

毒ガスでも使えばよかったのに!






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