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数テンポ遅れる男

2018/04/02 12:20:50 | 日記 | コメント:0件

久しぶりにフェイスブックを覗いたところ、相変わらず大学時代の後輩の大森君の投稿が多かったのだが、大学OB会のコミュニティサイトに「みんなどうして近況を知らせてくれないんだよ?もっとフェイスブックに書きこもうよ!」と書いてあるのを見て思わず吹き出してしまった。

なぜなら大森君がフェイスブックを始めたのは7年も前だが、その頃は筆者の友人たちも「今日のウナギはうまかった」とか「出張でシンガポールに来たけどお勧めの店を知らないか?」なんて毎日のように投稿していたのに、片や大森君は完全に休眠状態だったからだ。

自分が投稿しないだけでなく他の人に「いいね」も押さない・・。だから幽霊部員よろしく幽霊アカウントと見なしてきたのだが、フェイスブックのピークが完全に終わった今ごろになってせっせと家族との旅行写真や近所を歩いていたらこんな花が咲いていて!なんて写真を投稿しているのだ。

ただ今やオワコンになったフェイスブックを見る人間などろくにおらず、よって大森君は誰も「いいね」を押してくれない事に一抹の寂しさを感じているようだが、しかしこの大森君のタイミングの悪さというか出遅れ感と言うのは今に始まった話じゃないな・・と思わず笑ってしまったのだ。





筆者より一学年下の大森君は筆者と違ってちゃんと授業に出ていたためか大学院へと進学し、そこで修士を取得した時点で止めれば良いものを博士課程に進んでしまい、ところが1年たった頃に家庭の事情で学業を断念して就職せざるを得なくなってしまったのだが、それが大ハズレだったのである。

史上空前の求人ピークは筆者ら平成元年入社組から始まっていて、そこから4年間は各企業とも目の色を変えて採用しつづけたのだが、そこで景気の先行きに不透明感が漂い始めたのと、なんせ20代前半の社員でどの会社も溢れかえっていたから平成5年は一気に採用を絞ったのだ。大森君はその年に当たってしまったのである。

それで大森君は全国各地の会社を受けまくり、神奈川県出身なのに大阪の電機メーカー、それもPがつく最大手ではない方なのだが、そこで随分と長いこと独身生活を送った後に遂に結婚したのだけれど、下の子が生まれ直後に働いていた職場が無くなってしまったのである。

いや正確に言うと職場が無くなったというよりも会社が丸ごと左前になってしまったのだが、京都の大手メーカーから転職のお誘いをうけたものの定期的に奥さんが奈良の実家に戻って両親の面倒をとか、子供の学校がうんたら・・なんて聞いてさっぱり判らない理由からこのチャンスを逃してしまったのだ。





そしてついに大森君のいた会社が瓦解してしまい、ただしその時たまたま居合わせた職場が他の会社へ丸ごと事業売却されてしまったから一瞬助かったように思えたのだが、これがまた困ったチャンな会社、皆さんがご想像した通りアメリカの原子力事業で思い切り躓いてしまった会社だったのである。

京都の会社だったら大阪の家から楽勝で通えたのに、東京の会社に移ったおかげで単身赴任となってしまい、それでもまあつかの間の平和な時を過ごしたものの2年前の危機で再び大森君の将来は真っ暗になってしまい、目下抜き差しならない状況下にあるはずなのだ。

そんな最中に「みんなフェイスブックにもっと投稿しようよ!」と書き込んだのだから、いや、お前さあ、フェイスブックってハッピーな気分の時に自分の写真をアップするもので、誰がどう見ても君はいま沈黙しなければならないはずなんだが・・と思ったが、しかしそこで学生時代の大森君が蘇ってきたのだ。

そういえば大森君は履修要綱の出し忘れとか試験日間違えたこともあったし、遅刻や電車乗り遅れの常習犯と言うかタイミングが変と言うか認知のずれ、タイムラグみたいなのがあったのだ。となると大森君はひょっとして自分が置かれた環境をまだ認知できてなくて、相変わらず頭の中では今やイオンモールになってしまった最初の職場に通っているのかもしれない。となると今はまだ幸せなんだろうな。






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