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茶の湯とキリシタン(3)

2017/12/19 10:59:30 | 古代史歴史 | コメント:0件

利休は全国の大名に銃を卸す武器商人であり、また茶道を言う精神世界のリーダーである。さらにその背後にはキリスト教徒と西欧列強が・・と筆者が推測したような構図が秀吉の脳裏に浮かび、そして元々利休の存在を疎ましく思っていた石田三成や側近グループの戯言を受けて利休の処刑を決断したのではないか・・というのが筆者の考察である。

こんなの考えすぎだ!と思う方もいるだろうし、実際筆者の説は証拠がある訳ではないのだが、しかし利休が本当にキリシタンだったかどうかは別にして、処刑を命じた秀吉が利休はキリシタンである!と思っていたとすると、利休をめぐる最大の謎「なぜ町人身分にも関わらず切腹を命じられたのか?」がすんなりと解けるのだ。

言うまでも無く切腹は武士階級の死の作法であり、いくら信長・秀吉に取り立てられて最後は「内々の儀は宗易(利休)、公儀のことは宰相(秀吉の実弟秀長)存じ候」と宮廷長官の地位に就いたとはいえ所詮は町人身分なのだから、釜茹でや磔獄門、のこぎり引きなど他の犯罪者と同じ処刑方法が採られるはずなのだ。

しかし秀吉が「利休はキリシタンだ」と信じていた、あるいは疑っていたという前提なら切腹を命じるのは理にかなっているのだ。なぜなら切腹は正確に言うと処刑ではなく「自殺および介添人による自殺ほう助」であり、自殺した人間は天国に行けない!とするキリスト教の教えに真っ向から反からだ。





千利休を処刑(殺す)すれば殉教者になってしまうが、自殺であれば棄教者になるから聖人化されない。もちろん利休は自身キリシタンと公言していた訳では無いから死後そこまで祀り上げられる事は無いのだが、しかしこれはあくまで後世からの後出しジャンケン的な見方で、すでに自分たちはそうとう侵食されている・・と疑っていた秀吉が合理的な見方が出来ていたかどうかは疑問である。

これは邪推だけれど。人間の本質を良く知りぬいた秀吉は自殺(切腹)を命じることで利休に名誉ある自死を重んじる日本人としての美徳を取るのか、つまりキリシタンとして棄教するのか、あるいはキリシタンとしての信仰を取って自死を拒むが利休が作り上げた茶道はしょせんはキリシタンの変形であるという不名誉な帰結を取るのか・・の残酷な踏み絵を踏ませた様に思えるのである。

で、実はここから最後の瞬間に利休の脳裏に何が浮かんだのか?を推測してみる気だったのだけれど、その答えは利休が想像した茶道の中にのこされていて、その精神世界を極めた人間たちであれば見つけることが出来るのだろうが、生憎と筆者は茶の湯を嗜まぬし何せ凡人だからその能力がまるで無い。

しか500年にも渡って多くの人間を魅了する普遍性と、全くの門外漢でさえ茶道と接した時に感じるあの凛とした気高さ、高潔さは形式美がどうのこうの以前に何か骨太なモノに裏打ちされているような気がしてならないのである。棄教という自己犠牲、あるいは茶道という精神世界を守った一人の老人、磔にかけられた男・・。いろいろ思いは尽きぬが一旦ここで筆をおきたい。(完)






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