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東電OLと自分を重ねるエリート女性たち

2017/11/21 13:45:54 | 事件と陰謀論 | コメント:0件

新人営業マン時代に筆者の教育係を務めていただいたのは先日の日記に書いた姉御である。この姉御は目黒区の出身で実家はマンション丸ごと所有しているお金持ちであり、中学高校大学と全て名門私立校に進学したのち筆者の会社に入社し、海外マーケティング部長という現在の肩書か女性初の役員として数年後に定年を迎えるであろうキャリアウーマンである。

この姉御は英語以外にも仏伊スペイン三か国語がベラベラの才媛で、3か月に一遍くらいヨーロッパに出向いては御趣味の建築や美術に耽溺しておられるのだが、その一方たまに変な事で脱輪してしまう癖があって、その中でも特に変だったのが1997年に発生した東電OL殺人事件の被害者渡邊泰子(以下ヤスコさんと略)にある種のシンパシーを感じた時だった。

慶応女子高から慶大経済学部、そして東京電力に総合職として入社したエリート女性が実は夜になると渋谷・円山町で客の袖を引いていた!というニュースに世間が騒然となったあの女性である。当時筆者は香港に転勤していたが、取り寄せた週刊誌にヤスコさんの事は詳しく載っていたし、それに毎月出張に来る姉御ら女性社員たちから事件のあらましをやけに詳しく聞かされたのだ。

あたし彼女の気持ち判るのよ・・としみじみ語る姉御らお局様たち。表向き男女平等とは言っても実際には存在するガラスの天井、社会的なステータスを獲得しても実態は一人ぼっちの寂しい女でしかなく、小学校時代にバカにしていた同級生たちは今やお母さんになって幸せそうに見える。さらには(これが一番姉御らに共鳴したようなのだが)抑え込まれたメスとしての本能の爆発などなど・・自分とヤスコさんを重ね合わせていたのだ。






で、その時の筆者は迷惑そうな顔はせずに話を聞いていただけだったが、後年日本に帰任して田舎の会社に島流しに遭っていた際に、ヒマに任せて読み漁っていたいろんな本の中に朝倉喬司のルポ本「誰が私を殺したの」や桐野夏生の小説「グロテスク」など東電OL事件を扱った本があったのだが、それらを読むにつれて「姉御たちは大きな勘違いをしているのではないか・・」と思えてきたのだ。

というのは慶応や東京電力、エコノミストといった「エリートとしての顔」と毎日4人の客を取る事をノルマにする「色情霊のような娼婦」というギャップが強すぎるので事件の全体像が怪奇趣味に走ってしまいがちだが、この2つの要因を取り除いてヤスコさんを見てみると、どうやら彼女は一つの事に打ち込む事しかできない大変不器用な人間であることが判ってきたからだ。

学生時代の彼女は勉強ばかりしていてサークルや同級生との楽しい思い出がほとんど見つからなかった事、また入社した東京電力でも自分ひとりで完結できる統計分析などの仕事には長じているものの、同僚や上司を巻き込んで横断的な仕事はお粗末そのもので、そのため総合職と言っても実際は部下を一人も与えられず、一時は別の研究機関に厄介払いされていた事さえあったのだ。

それとこの時代のOLに良く見られたお洒落や男とのアバンチュール、それとオペラや美術、外国語や古典芸能への傾倒と言ったものが見事なくらい何も無いのだ。そんなの当時のアタシたちにそんな余裕はないわよ!という意見もあるだろうが、ヤスコさんはかなりの高給取りだったし、それに毎日渋谷に立って4人客を取るくらいの時間があったのだからこの反論には当たらない。





ではヤスコさんは何をしていたのか?というと「計画どおりの一日を過ごしていた」だけなのである。同じ電車に乗って会社に行き定刻通り会社を出て決めた通り4人の客を取って毎晩終電で帰宅する。これが彼女の全てなのだ。で、なぜ彼女はそういう道をわざわざ選んだのか?と疑問に思っていたが、ある時筆者はこの質問をすること事態が間違いなこと、つまり多くの選択肢の中からどうのこうのではなく、それしか思いつかなかった・・が正しいのではないかと思えてきたのだ。

壁に「目指せ!偏差値75!」と書いた紙を貼って夜遅くまで勉強する、「次のマラソン大会で一位になる!」と決めて毎晩遅くまで公園で走り続ける。ヤスコさんはこういう目に見える形、それも自分ひとりで完結できる目標には邁進できても、オペラを聴いて心を豊かにしよう!とかモダンアートの絵画を見て美的センスを磨こう!といった抽象的な目標は全く理解できない、いや思うつくことさえ出来ない人だったと思えてきたのだ。

つまりある種の学習障害である。おそらく彼女はその事実を薄々気づいていて、しかし自分に何かが欠落している事を認めるにはプライドが高すぎるため他人の何倍も努力してきたのだろうが、この忍耐力こそが彼女の強み、というかそれしか無い人だった・・と思うのだ(実は筆者の先輩にこれと同じ症状の人がいて、経歴や言動など多くの部分で本から見えるヤスコさん像と重なるのである)。

そして売春に走ったのも実はそれが彼女にとって最も目に見える形での自尊心の回復、焦燥感の埋め合わせ、あるいは自分をがんじがらめにしてきた規定への反逆であり、1日4人のノルマの根拠も「年に千回男と関係を持つ!盆と正月と土日は休みにして残り50週で週5日、だから1日4人!」という子供のころからさんざん掲げてきた半紙に書いたスローガンと同じ類の目標設定プロセスだったのではないか・・と思うのだ。





あるいは彼女の混乱した精神は先天的なものではなく後天的なもの、それは家庭が原因なのかもしれない。多くの本にはヤスコさんが大学生時代に早逝した父親(東京電力の部長だった)を異常なほど尊敬していた、あるいはある種の精神的な近親相姦状態にあった・・などと書いているが、得てしてこういう心理状態は児童虐待の裏返しの場合もあるのだ。

それと変なのは父親が死んだ時に「これからは私が一家を養わなければならない!」とヤスコさんが強烈な自負を持っていた事である、これ普通なら(高校生だった下の妹もいるのだから)母親が外に働きに出るはずなのに、この母親は単に家にいるだけで、しかも娘に対して「あれはいけない」「コレもいけない」と細かく規定しつづける事でしか親としての正当化を図れない無能者、あるいは何かが欠落した人間だったようなのだ。

ただ遺族となった母親と妹が取材を完全に拒否してしまったため断言はできないが、なんとなく世間がイメージするのとは別の歪んだ家庭像が頭に浮かんでくるのである。ヤスコさんが壊れた行動に走ったのは歪んだ社会構造や女性差別、あるいは物質文明うんぬんやメスとして認められない事への焦燥感などが原因なのではなく、残酷な事を書くがもともと歪んだ形で生まれてきたか、あるいは歪んだ環境で育まれたのが原因だな・・と思ったのだ。

さて渋谷のラブホテル街にある通称ヤスコさん地蔵には今でも多くの女性たちが訪れては花を供えているらしい。前述のとおり筆者のヤスコさん像は非常に残酷な形に帰結するのだが、しかし彼女は死ぬことで自分を苛んできた歪んだ世界からやっと脱し、そして黒衣の聖女へと昇華できたのかもしれない、いやそう思わないとやり切れないな・・ふとそう思った。






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