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マカオの人肉ホテル

2017/09/20 12:09:55 | 香港中国 | コメント:0件

マカオの中心部、旧宗主国ポルトガル風情緒を色濃く残すセナド広場近くに相当古ぼけたホテルがある。新中央酒店、英語名でHOTEL CENTRALと言うこのホテルがいつごろ建築されたのかは定かではないが第二次大戦中に営業していたのは確かで、今じゃいつ崩れてもおかしくないこのホテルもその昔は毎晩マカオの紳士淑女が集って舞踏会が開催されていたのだ。

今行くとロビーには中国人売春婦が屯していて幾何かのカネを渡せば上の階にある小汚い部屋へと案内されそこで事に及べるのだが、この超一等地にあるホテルがベラヴィスタホテルのように改装されて生まれ変われなかった理由はこのホテルには幽霊がでる、それも幽霊が出て当たり前の恐ろしい歴史があるからである。

1940年代前半の地図を見ていただくとアジアは何処も戦争状態にあって、香港も日本軍の侵攻により戦乱状況に陥り、やがてイギリスの降伏後に約4年ほど占領下におかれたのだが、しかしよく目を凝らして地図を見ていただくと、この地域にポツンと戦争に巻き込まれてない都市マカオがあることに気づくはずである。

宗主国ポルトガルが連合国・枢軸国いずれにも属さない中立的態度をとったために戦争とは無縁でいられたのだ。ただアジア全体が戦争にあったわけだから当然ながら水面下では熾烈な諜報戦が繰り広げられていたのだが、そうは言っても鉄砲の玉が飛んでこない安全な地は他にない訳だから中国大陸の人間たちは大挙してマカオへ押し寄せたのだ。

わずか二十数平方キロのマカオに推定で百万人が逃げ込んだのだから超すし詰め、ウルトラ過密状態である。当然着の身着のままで逃げてきた人間は家などないから路上生活者となり、身に着けるものを全て売り払った後は女なら娼婦に身を落とし、男なら追い剥ぎや強盗で生計を立てねばならぬからマカオの治安は相当悪化してしまったらしい。





しかし上海や広州から逃げてきた富裕な商人・高級官僚たちはセナド広場界隈の瀟洒なポルトガル風住宅に居を構え、夜は着飾ってマカオ髄一のHOTEL CENTRALで享楽にふける毎日を過ごしていたのだが、1943年だか44年に軍事衝突によって中国との国境が閉鎖された際に、食料品を調達するルートが絶たれたためマカオは深刻な飢餓に襲われたのである。

20平方キロの面積に100万単位の人間を養うための農地など出来るはずも無い。それで状況は刻々と悪化したが、肝心の海からの物資搬入も港湾の水深の浅さが原因で大型船が入港できないという命的欠陥が災いして思うように捗らず、また機雷を怖がって漁師たちも船を出さないからマカオの飢餓はついに餓死者が出てくるほど深刻化してしまったのだ。

食うものがないから木でも虫でも何でも口に入れる。そこまで状況は悪化していたのに何故だかCENTRAL HOTELは毎晩煌々と電灯がともり、今までと同じように夜ごと舞踏会が開催されては豪華な食事と高級ワインが供されている・・。一体あの食料は何処から来るのだろう?という噂がマカオ中で立ち始めた。

前述の通り港には船が入らず中国との国境は封鎖されたままなのだ。ワインは樽として貯蔵されていたものがあるにせよ肉はそう保存がきくものではない。それで飢えればホテルに忍び込んで食い物を盗もうとする輩が出てくるのは当然なのだが、ある日そうした盗人の一人が通風孔の隙間からあるものを見てしまったのだ。

地下の部屋に集められた小さな子供たちである。そこは監獄の様になっていて貧乏そうな服を着た子供たちは中でじっとしていたのだが、盗人がそのまま見ていると屈強な男が降りてきてそのうちの一人をどこかへと連れて行ったのだそうだ。高級ホテルになぜか貧乏な子供たちがいて、そこでは日々豪華な肉料理が供されている・・。その意味するところは・・





あのホテルでは人肉が出されている!と気づいた盗人は大急ぎでホテルを脱出し、そのことをあちこちに触れ回っていたのだが、当時はなんと言っても飢えていたし、それに中国人にはもともと人食いの習慣があったから別に大騒ぎすることもなかったのだそうだ。それが世間で取りざたされるようになったのは戦争が終わって人々の腹が満たされるようになってかららしい。

筆者はこの話をカレンと言う同僚とチョイ女史と言う顧客から聞いたのだが、この猟奇的な出来事があまり表に出なくなってしまった理由は当時人肉を食っていたホテル利用者たちが戦後もマカオに残って政官財界の大物になっていたこと、そして自分の子供を食用に売り飛ばした親たちがまだ存命中だったからで、マカオ政庁とマスコミは彼らの事を配慮したからだそうである。

で、肝心の幽霊の話だが、夜間に大勢の子供たちが立っている、じっとこっちを見ているだけというスタンダードなものから、手がない女の子や足が片方ない女の子、あるいは目がないとか腹が裂かれて臓物が飛び出ている子供が現れたなどいくつかバリエーションがあるのだが、共通するのは場所が地下フロアで出るのは子供という2点である。

香港に比べてマカオは地味な存在なので、こうした怪奇話も日本にはあんまり伝わってこないのだが、前述のように戦争に巻き込まれていない分だけ戦前の古い建物がそのまま残されていて、このHOTEL CENTRAL以外にもマカオの目抜き通り「新馬路」の北半分から内港という旧市街には幽霊の噂がある建物がいくつも残されているのだ。

だからもしあなたがオカルト好きで、こうした惨劇の血をこの目で見てみたい!と思うのなら、迷うことなくマカオのHOTEL CENTRALにチェックインして血の滴るレアステーキを食べ、夜間に地下フロアへと足を運んでみることをお勧めする。なお犠牲者の数は諸説あるが百単位じゃ効かず、おそらく千から万単位に上るそうである。






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