京都の豆腐

今年の春先、京都の姉小路通りを歩いているともの凄く古めかしい豆腐屋を見つけた。この一流料亭が立ち並ぶ一角に店を構えているという事は相当美味いに違いない!と思った筆者は早速××豆腐店の店内に入ると「木綿豆腐240円、油揚げ240円」とかなり高めの値段が紙に書かれていた。

豆腐好きな筆者はたちまち木綿二丁を持ち帰り、マンスリーマンションで料理を作っていた女房を追い払うや豆腐に包丁を入れ、富山で買ってきた銘酒「勝駒」に合わせる肴を作り始めたのだが、さてこの豆腐を一口ふくんでみたところ・・・全然旨くないのだ。これだったらちょっと高めのスーパーの豆腐の方がよっぽどマシである。

筆者が子供の頃に近所に美味い豆腐屋があって、また物ぐさな母親にとって豆腐は最も手がかからぬ食材の一つだから、我が家の食卓にはほぼ毎日何らかの豆腐料理が並んでいたのである。毎日豆腐かよ・・と呆れるなかれ。本当に美味い豆腐は新潟産の上等米と同じでいくら食っても飽きないものなのだ。

大事の風味と甘みが口いっぱいに広がる時の快感たるやもう・・。しかしこの美味い豆腐も筆者が高校生の頃にできた大型スーパーの価格攻勢にさらされて店を閉じてしまい、以降筆者は美味い豆腐を日常的に食う事は叶わぬようになってしまったのだが、それから十年以上たって思わぬところであの懐かしい豆腐に再会したのだ。

香港である。それまで筆者は食材はすべてジャスコやそごうなど日系スーパーで買っていたのだが、当時付き合い始めたばかりの女房が「あんた、街市(ガイシー)の方が美味しくて安いものが揃ってるわよ!」というので黙って従う事にしたのだ。街市とはアジア各地で見られる零細商店が集まった露店集合体のことだ。





で、女房が買ってきたのは出来損ないのオニギリみたいな姿をした豆腐であった。香港では四角い枠に入れて固めるという発想がないため全ての豆腐は違う姿かたちをしているのだが、その食欲を全然そそらない外見とは裏腹に味の方は「これだ!」と叫びたくなるほど美味かったのだ。

たしかに街市の一角に店を構える豆腐屋はみんな個人商店である。毎日万単位の人間が街市を行きかうとは言えケチだけと舌が肥えている香港人は不味いものにはビタ一文払う気などない。だから街市の豆腐屋は大量生産品で割安なスーパーとは差別化した昔ながらの豆腐作りにこだわらないと生き残っていけないのだ。

ただそれもフィリピンに行けばお終いだから筆者はここ数年まともな豆腐を食ってない・・。それで京都で見つけた古びた豆腐屋に期待したものの、これがとんだハズレだった訳だが、さて木屋町通にある居酒屋でマスターと豆腐の話をしたら「えっ?あの××豆腐店は美味いんで評判ですけど?」と驚かれてしまったのだ。

その時筆者の脳裏には日本の東西で豆腐の味は微妙に違うとか、ニガリが違うのではないか?といった疑念が過ったが、しかしカチンときたのはこのマスターが「お客さんは何処のご出身ですか?」と聞いてきたので「東京だけど」と答えたら・・、一瞬このオヤジの顔に「東京のお方は京都のお味は判らんようどすなぁ・・」という嘲笑が垣間見えたのである。

この関西の田舎もんがあ!!と叫びたかったが、しかしこの店は昼から飲めるほぼ唯一の店だからケンカしたくない。それで実はその懐かしい豆腐に成人してから再会してね・・と話を続けたのだが、それは何処ですか?とのマスターの質問に「香港ですよ」と答えたらマスターの顔にさっきよりもちょっと長い嘲笑が浮かんだ・・。もう二度と京都で豆腐の話かんかするもんか。






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私のメル友で「お母さんの料理が一番おいしい」と言っていた子がいましたけど、ある意味それは真理でしょう。

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