嗅覚が働かない〇〇の子供たち

今までさんざん食い物関連の日記を書いてきた筆者だが、実は自分が選ぶ店はそれほど美味くないという弱点がある。例えば新しい町を訪れて最初の晩メシを食いに行くとすると美味い店に当たる確率は限りなくゼロに近く、可もなく不可もなくの店がせいぜい50%、残りは不味い店である。

一方世の中にはこういうのに長けた人間がいて、例えば学生時代にタイで出会ったI氏が見当をつけた店はまず外すことは無い。東京・下町の酒場で抜群にうまい煮込みをつつきながら「あんたはどうしてこんなに嗅覚が効くのか?」と尋ねたが、I氏にしてみればそれが常識だから筆者の困惑など理解出来ないのである。

そして筆者の女房も昨年の沖縄・那覇でフランス料理店が大外しした以外はたいてい旨い店を見つけ出すので、恥ずかしながら日本に来ても店選びは女房にお願いしているのだが、いったい自分は何故こんなに嗅覚が効かないのか・・という疑問に対し半分くらい答えが見つかったのである。





バンコク在住の後輩K君も日本に来ていたので新宿で一杯呑むことにしたのだが、実はこのK君も筆者同様に店選びがかなり下手糞で(舌が肥えてないのではなく店選びで外す‥と言う意味)、過去何度かバンコクで再会した折にもJTBのガイドブックに載っているような店ばかり連れていかれたのである。

それで酔いに任せて「20年もバンコクで営業マンやってるのにあんな店しか知らないのか・・」と皮肉ったところ、このK君は自分が選んだ店のせいで今までどれだけ接待の場で恥をかいてきたのか・・などと説明し始めたのだが、最後に「酒を呑まない堅物のオヤジの子ですから・・」と言ったときにハッとしたのである。

そう、筆者の父親も酒を一滴も呑まなかったのだ。いやそれだけでなくK君と筆者の父親は二人とも公立学校の教師、しかも現在だと高卒に相当する旧制尋常師範学校卒業ではなく、旧制高等師範学校(現在の筑波大学)や旧制大学を出た上の部類に属する教師という共通点があったのだ。





これ現在の日立の社員に当てはめると、工業高校卒の機械工と国立大学工学部で修士課程を取得したエンジニアが同じ職場で同じ仕事をしているようなものなのだ。それに貧乏人の子供が集まる学費タダの尋常高等師範学校と違って、旧制中学→旧制大学・高等師範学校コースは目の玉が飛び出るほど学費が高かったから、当然ながらここを卒業したという事は中産階級の子弟を意味するのである。

職場では気品と教養のない尋常師範学校卒の教員を鼻で笑い、家では本棚にずらりと並んだ難解な専門書を読みふける。オレは違うのだ!という強烈な自負と大衆的なものへの深い侮蔑心。K君が話した父親像は筆者と全く同じで、で・・ここから本題に入るのだがつまり週末に近所の焼き肉屋でカルビやミノを肴にビールを煽るなんてことは人生ただの一度も無い人だったのだ。

外出しても食べに行くのはデパートの最上階にあるレストランか、スエヒロ5みたいなチェーンレストランだけ。これは教育程度と言うよりも戦前の中産階級出身者として大衆が行くような店などいけるか!というプライドが原因だろうが、しかしだからと言って老舗の天ぷら屋に行けるほど給料が高い訳だから行く店の選択肢は狭くなる。





裏通りにある小汚い店こそ美味いものの宝庫である!という感覚が子供時代に十分に培われなかったんですよね・・とこぼすK君。合理的説明はつかないが、確かに小綺麗でサービスは良いが大して美味くもない店でばかり食べ続け、でもこの店には価値がある!と思い込んでいくことは何かを欠落させるに十分だ。

もう夕飯だから父ちゃん呼びに行っといで!と母親から命じられたは良いが、近くの大衆酒場の止まり木でだらしなく飲んでる父親は一向に帰ろうとしない。そして店の女将から「おなか減ったろう!これ食べな!」と出された小料理を食って余りの美味さに目を剥く。こういう瞬間に美味いモノを見抜く本能が醸成されるのではないだろうか。

だから酒を呑む習慣がない父親に言いたい。ファミレスなんか連れて行くのは今すぐやめて今週末から昼間から煙モウモウの大衆酒場に出向き、煮込みや焼きトンをつまみにホッピー(焼酎入れずにノンアルコールで)を流し込んでみよう。合理的な説明はつかないけれど、学習塾よりもこっちの方が絶対子供の将来役に立つような気がするよ。






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