暗闇に放り出された駐在員

そのむかし宇宙に打ち上げられたら国が無くなってしまい、どこに帰還するのか判らないまま大気圏外を漂流し続けたソ連の宇宙ステーションがあったが、筆者が香港駐在時代に日本から派遣されている駐在員が同じような境遇に陥るのを何度か見たことがある。

香港の業界団体の懇親会で出会った山一証券のA君や中国語講座で机を並べたそごう百貨店のB君がそれで、つい先日まで「我が社は今こんなプロジェクトを!」などと鼻高々な表情で語っていたのが、ひとたび新聞に債務超過の話が流れ始めると沈痛な面持ちになり、破綻が決まった頃には表情よりも姿格好がだらしなくなっていった。

ただ両名とも元々は優秀だから、当然ながら競合他社からヘッドハンティングの話は来たし、破綻したとはいえ退職金はたんまり貰えるから、一時的なショックは相当なものの再起のチャンスに恵まれた訳だけれども、日本の会社とは言え底の底というのはあるのだなあ・・と呆れたのはC君のケースである。

国際的に展開している日本の流通企業と聞くと現在ならイオングループの名前が思い浮かぶが、筆者が80年代から90年代半ばにかけてその栄冠を享受していたのはヤオハンで、筆者が住んでいた香港でもホンハムやツェンワン、ラムティンといった住宅街にデン!と店を構えるヤオハンは連日多くの地元顧客で賑わっていた。

ヤオハンは90年代初頭に本社機能をタックスヘイブンである香港に移転し、会長自らビクトリア・ピークの豪邸に移り住んで采配を振るっていたのだが、この会長と一緒に管理部門の一員として来たのがC君で、筆者と彼はコーンヒルという香港島東部の住宅街にあるラーメン屋で週に1~2回顔を会わせては、その後Hなサウナやおさわりバーに流れ込む仲であった。

低賃金な会社ほど社員に犠牲的精神を求めるというが、このC君もその給料袋の薄さと反比例するかのような愛社精神の塊であり、さらに生長の家というヤオハンじゃこの信仰を持ってないと出世できないという宗教の信者に改宗してしまうほど身も心も会社に捧げた男であった(Hな店好きはさておいて、この点筆者はC君とは真逆である)。

しかし筆者と同年配の方ならご存じの通りヤオハンは上海の巨大商業施設の投資に失敗してしまい、筆者の記憶だと香港返還の時期に破綻してしまったのだが、C君が気の毒だったのはその時に帰国するのでも転職活動を開始するのでもなく、全店舗の閉鎖を取り仕切る残務処理部隊員に任命され、それを受諾してしまった事だ。

いくつかの店舗はイオングループに引き継がれたとは言え、契約金を払ったばかりのテナント主や取引先の怒りは凄まじく、その怒号を一身に受けたC君は会うたびになんだか落ち武者みたいな風体へと変化していったのだが、しかしC君は持ち前の愛社精神(実際は対象となる会社はもう無かったけど)と信仰心で何とか全てをやり遂げたのである。





しかし頑固なC君も信じていたものがすべて崩れ去る日がついにやって来たのだ。待ちに待った日本帰国の日に空港のイミグレを通過しようしたら係員から「ちょっと別室に来てください」と呼び止められたのである。何だろう‥と思いながら言われた通りついていくと、出てきた上役らしき人物から驚愕の事実を告げられたのだ。

あなたは所得税を払ってないから出国できません・・・。日本のヤオハンが目下倒産手続き中とはいえC君は正社員、それも会長直属のスタッフである。現地採用なら税務署で自ら手続きをするけど、普通どんな会社でも駐在員の所得税は国内勤務同様に支店の経理とか総務が手続きをするものである。だからこの話はC君にとって寝耳に水だったのだ。

ところがなんとヤオハンはその年どころか過去数年に渡って支払うべき所得税も払っていなかった事を知らされたのである。あまりの屈辱感と怒りにC君はすっかり赤面してしまったそうだが、手持ちの日本円(香港ドル貯金を日本円に変えていた)を再び香港ドルに交換して何とか出国は出来たものの、日本に帰ったらさらにとんでもないことを知ったのだ。

年金も払ってなかったのである。一応法律上では日本国内の住民票を抜いていれば国民年金の支払い義務は無いのだが、しかし最低でも厚生年金の積み立てはしていたはずだし、現に給与明細には社会保険料を差し引いた形になっていたのに、実は払ってなかった・・(と言うより騙し盗られていた)という事実を前に今まで積み上げてきたモノが完全に崩れ去ったのだそうだ。

それ本当なの?と数年後にC君と再会した折に何度も聞き返したのだが(筆者の理解だと会社の厚生年金基金があるはずである)、C君は出鱈目を言う人間ではないし、それに払ってない(正確には騙し盗られた)のは香港の税金と日本の年金だけでなく、香港赴任の最後の半年は給料さえも貰えなかったのだ・・と聞いてそれ以上の言葉が出なくなってしまった覚えがある。

まあ人間追い込まれれば平気で友人を騙すくらいうだから、会社だって最後は社員を食い散らかすものだけれども、こんな無責任極まりない会社のために粉骨砕身していたC君の純粋な姿を思い出すたびに気の毒に思えて仕方がないのだ。(なおC君は帰国してから転職を試みたものの、めぼしい所はずっと先に職探しをした元同僚たちに抑えられた後だった)。

さて何でこんな昔話を書いているのかと言うと、筆者といささか関係があった日本企業が経営再建のため巨額の追加支援を要請した由のニュースを見つけたからである。一応企業規模的には大手とは言え構造的に将来お先真っ暗だから筆者の古い知り合いの中から新たなC君が出てくるのでは・・と危惧しているのだ。

まあ寄り合い所帯とは言えヤオハンと違って企業倫理的にはまともな会社が集まっているから大丈夫とは思うが、しかし何かが壊れていく時は何処にも行き場のないヘドロ社員が最後まで残って最後の瞬間まで采配を振るうのが常、そんな状態で一番馬鹿を見るのはC君のような・・。旧友たちよ、早く酸素があるところへ逃げ出しましょうね。






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