閑散とした博物館

新入社員のころ同僚の女性から小説「橋のない川」を薦められた筆者はこの大河小説を読破したのだが、今回関西を訪れた機会に小説の舞台となった水○社発祥の地、奈良県橿原市を訪れることにした。目的はもちろん水○社博物館を見学する事である。

今までこの日記で反日運動の根源は在日と○○の二つである!と何度も書いて来たように、筆者は彼らについて正直斜め視線で見ているのだが、東京出身の筆者には○○問題というのはあまりピンとこないし、それに今まで向こう側の言い分というのをちゃんと聞いたことがない。

それで一時間に一本しか通っていない電車に乗って掖上(わきがみ)という無人駅に降りたち、そこからコンビニひとつない田舎道を15分ほど歩いてやっとこさ目的地へとたどり着いたのだが、ネットに書かれていた様にこの博物館はあまりにも閑散としていて、一時間半滞在した最中にも筆者以外ただの一人も訪問者が来なかったのだ。

さてこの博物館は名前の通り戦前に政府主導系の中央○○会(自由○○会の前身団体)と並ぶ二大人権団体であった水○社が、第二次大戦時の挙国一致体制下で発展的解消するまでの歩み、つまり明治初期から太平洋戦争までの時期の活動史を展示しているのだが、しかし丹念に資料を見た筆者は奇妙なズレを徐々に感じてきたのだ。

第一はこの地域の○○民は実はもともとそれほど貧乏ではなかったという展示である。地元の名産物ニカワのおかげで「一般の村と所得の違いはほとんど見られない」という館内の説明を読むにつれ、思い描いていた○○の人たちの心の叫びがなんだかトーンダウンしてしまったのである。

アメリカの黒人やインドのアウトカーストの悲惨さを訴える文物は筆者も何度か見た覚えがあり、そこに感じ取れた彼らのパワーの源泉は食うものも食えないという貧困への憤りである。そしてその怒りをバネにした生活闘争に思わず共鳴してしまったのだが、それがここ奈良・橿原では「他の地域と違いは見られない」という記述にいきなり出鼻をくじかれた格好になったのだ。

第二は共産主義者、無政府主義者との連携をやたらと訴えていることである。堺利彦に佐野学、幸徳秋水といった戦前左翼や無政府主義者のご歴々の方々の名が展示物に頻繁に登場し、水○社は戦前の社会主義運動の一翼を担ったのだ!と謳っているのだけれども、そういう面はあるにせよ現実にはアベコじゃないか・・という疑問が燻ってきたのだ。(続く)






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