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重慶森林

筆者が香港に初めて赴任した頃に向こうで封切られて評判になっていた映画がウォン・カーウァイ監督の「重慶森林(日本名:恋する惑星)」である。独特のカメラワークにアンニュイでポップな感覚、4人の登場人物の刹那的な生き方は当時の筆者が感じた香港そのものであり、今でもこの映画を見る度にあの何もかも新鮮に感じた時期を思い出すのだ。

映画の舞台になった重慶マンションは繁華街尖沙咀のネイザン通り沿いにある17階建てのビル5棟連なる巨大な建築物で、地下から地上3階までは有象無象の店舗が軒を並べる商店街、そこから上は客室数20程度の小規模なゲストハウス(安ホテル)が各フロアにびっしり犇めいていて、おおよそ4000人の旅行者が住み込んでいるアジア屈指の人間交差点だ。

当時筆者が住んでいたアパートは重慶マンションから歩いて5分ほどの距離にあったから、週末にペニンシュラやハイアットホテルのバーで飲む前に時々ここに寄っては行き交うインド、パキスタン、アフリカ人など眺めてエキゾチックな雰囲気に浸ったものだが、その2年後に筆者は仕事でここに出入りするようになってしまったのだ。

意外に思われるだろうがこの猥雑なビルは実はアジア貿易で案外と大きなウェイトを占めているのである。例えばあなたがニコンやオリンパスの営業部員で、カイロやイスタンブールの正規代理店から「お前んとこのデジカメがやけに安く大量にこっちに流れてきているぞ!お前はウチの会社を潰す気か!」との抗議を受けたとしよう。

それでその製造番号からルートを辿っていくと、どうもコイツは在庫過多でにっちもさっちもいかなくなった時にショッタレ品専門のブローカーに売りさばいたモノであり、インボイスを良く見ると荷揚げ地は香港になっていて、そこを探っていくと結構な割合で重慶マンション、あるいはここから半径100メートル範囲内にあるエラくしょぼいカメラ屋に辿り着くのだ。





狭苦しい店内にはデジタルカメラが所狭しと並んでいるが、値札を見ると大して安くもないし店主らしき頭にターバン巻いたオヤジは愛想が悪い。しかし試しに「ニコンの○○型を10ダース買いたいんだが幾らだ?」と聞けば忽ちターバン頭は電卓に数字を打ち込みはじめ、長い論争の末にめでたく商談成立となれば助手らしき若いインド人が何処からか大箱を担いでやってくるという商売なのである。

この重慶マンションはバンコクのカオサン通りのようなバックパッカー向け安ホテル街のように思われているが、実は3階までのしょぼい店はその貧相な外観とは裏腹に結構な規模の問屋も兼ねていて、その昔田舎から買い付けに来た商人向けの木賃宿がズラーッと立ち並んでいた上野・御徒町をよりグローバルかつ思いっきり金にセコくしたと思っていただくと良いだろう。

香港はフリーポートで輸入税・消費税がかからない上にニセモノや違法ソフトなんかも実質取締りゼロだから安く仕入れたいのならば香港を置いて他にないのだ。そしてインドやパキスタン、トルコにモロッコ、南アフリカなどから来た一発勝負の買付人は重慶マンションに陣取って1回あたり2~300万円くらいのブツをハンドキャリーで故国へと持ち運ぶのである。

そういうのを毎月繰り返していけば結構な販路を築けるし、抜け目のない奴は故国での販売は奥さんや弟に任せて本人は香港に居ついてしまい、今まで13階の南京虫宿にいた運び屋もいつの間にか2階の商店街に店を構えはじめ、電話一本で世界中に似た者相手にウン千万円の商売を転がすご身分へとカーストアップしていくのである。

例えば筆者の客だったアリーがそうだ。こいつはパキスタンのラホール出身で、デジタルカメラからDVDプレーヤー、携帯電話にラップトップパソコン、違法ソフトまでかなり手広く商売をしていたのだが、こいつの秘訣は各国の税関のお偉いさんにたんまり鼻薬を嗅がせて密輸をお目こぼししていただいている他に空白地帯を巧く見つける才能にあったのだ。





例えば彼の故郷ラホール一帯である。ここはパシュトゥン人が多く住むエリアで、最大都市カラチのパンジャブ人とは人種も商圏も微妙に違うのだが、外国企業はこういう点を見抜けないからカラチの取引先にパキスタン総代理店の地位を与えてしまい、結果としてラホール一帯はいくら頑張ってもシェアがちっとも伸びない一種の空白地域になっているのだ。

アリーはそういう隙魔を目ざとく見つけてはショートカットの販路を築き、筆者のような外国企業と直談判して正式ではないがお目こぼしを戴く裏代理店的な地位を確保するのだ。当然カラチの正規代理店からは文句を言われるが、放っておけばパシュトゥン人地域は他社に盗られてしまうのだから間に筆者も一段別会社を噛ませて誤魔化したのだ。

インド・カルカッタじゃボンベイの正規代理店経由の品物よりもバングラデッシュから密輸で入った方が多いんだとか、東ヨーロッパも昔はウィーン経由だったが今はイスタンブールの保税区からブルガリア経由で横流しだね、中南米はパナマよりもマイアミ経由の方がリスクが少ない・・などと激しい価格交渉の合間に聞かされた筆者はビジネスのアウトラインを脳内に型どって言ったのだ。

しかし昇格すればもっとまともな会社を任されるもので、2年後にはさっそうとニューヨークへと飛んで、顧客とディナーを囲みながら億単位のビジネスなど話すようになったのだが、不思議な事にあの重慶マンションの猥雑で狭苦しい店で電卓片手に喧々諤々ネゴしていた時のように自分が世界とつながっている感覚はあまりなかったのだ。

ユダヤ人の諺に机の上から世界を眺めることほど危険な事は無い!というのがあるが、あのずる賢いインド人やアフリカ人が行き交うビルにはまさしく生きた経済があったと思う。最近の日本では和僑とか称して海外に飛び出す人も多いようだが、立派なオフィスを構える前にまず最初に香港・重慶マンションに出向いて地の底から這い上がって来た連中相手に腕を磨いてみることをお勧めする。






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