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焚書が示す隠された真実

筆者はここ数年古代史に興味を持っていて、古代ヤマトの王だった饒速日命と東海地方一帯を治めた尾張氏の祖先である天火明命は同根同族だというが、この両者の名前に出て来る「日」と「火」はともに「ひ」と発音することに何か別の重要な意味があるのではないか?などと頭に浮かんだ何気ない疑問を解決すべくネットで色んな文献を読み漁っている古代史オタクある。

しかし経営学や近現代史に女性のアソコの構造など過去興味を持って調べた学問と違って古代史とは迷宮の世界であり、古事記と日本書紀にウソをたんまり盛り込んで古代の日本像を分からないものにした藤原不比等を罵る日々を過ごしているのだが、土地の由来や古い神社は案外昔のままでいることもあるから、虫眼鏡で遺留物を探す鑑識の様に日々悪戦苦闘しているのだ。

そんなある日の事、近畿地方のある古の土地を調べていたら、驚いたことに「そんなものが出てくるはずがない!」と誰もが思う資料があったのだ。この資料の性質上ここではその名称も具体的な名前は一切記入しないけれども、これは全国に数千カ所ある○○の情報を集めた一冊の本のページ200枚のPDFファイルなのだ。戦後最大のタブーの書、徹底的に消滅させられた焚書が事もあろうにネットに出ているのである。





○○に関する本は幾つかバージョンがあって、その多くは企業の人事部向けに興信所が作成したと言われているが、筆者が見たのはその元になった原本、戦前に日本の公的機関が各都道府県の行政府から入手した情報を集計したもので、例えば東京都千代田区一丁目一番地には「こうぐう」と呼ばれる○○があって、そこには120世帯800人が居住していて、本業は祭事で副業は農業と言った事が書かれてあるのである。

これ通報した方が良いんじゃないか・・?と咄嗟に思ったが、しかしその時の筆者は自分がいくら調べても判らなかった考古学上の答が知りたかったので見ることにしたのである。そして膨大な資料ゆえ全体像を把握するのには都合3か月ほどかかったのだが、全てを見終えた今、これまで筆者が思っていた、あるいは聞かされていた○○の話と実像とはかなり違いがあることが見えてきたのだ。

要点を書くと、まず職業についての誤解である。○○と聞いて真っ先に思い浮かぶのは家畜の屠殺と皮革加工、精肉に廃品回収業、特定の植物を使った染物に刑場の管理や下級警吏などが挙げられるが、これは大阪や京都、東京などの大規模商業都市や各地の城下町にある○○だけで、全国に散らばるほとんどの○○は農業や漁業に従事している、つまり他の人間との職業的な違いというのは殆ど見られないのだ。





第二に○○の地域的偏在である。良く○○は西日本が中心で東日本には非常に少ない、あるいは全く無いなどと言われるが、この原本が作成された頃の各都道府県の人口統計と照合してみたところ、この噂は概ね正しいものの西日本でも四国のある一県だけは極端に少ないとか、反対に東日本の二県だけが西日本並みに突出して高かったりと東西の中でも地域によってかなりバラツキがあるのだ。

三番目は徳川幕府の影響が無さそうな事である。○○を作ったのは徳川家(あるいはそれ以前にあったものを江戸幕府が組織化した)と言われるが、じゃあ徳川幕府の政令を充実に執行したはずの直轄領や親藩・譜代大名が統治した地域に○○が多いのかと言うとこれが全然そうではなく、むしろ外様大名が治めた土地や朝廷とゆかりのある地域の方が○○人口率が高いのである。

四番目は古墳との地理的重複である。円墳、方墳、前方後円墳など日本各地には色んな古墳があって、形状によって渡来人系とか原住民系といった違いがあるのだが、大きさや年代、形状如何を問わず古墳と○○の分布図はかなり一致するのだ。ちなみに日本で古墳造成が急激に減っていったのは蘇我入鹿が殺害された乙巳の変(645年)あたりである。





最後は○○の昔の地名に使われる漢字に特殊なモノが多い事だ。これは水の出が悪いとか地形の悪さを表す、あるいは死体を投げ込む場所を表す漢字などだが(特定しやすいので記述は避ける)、その他に「櫛」や「須加」という特定の古代豪族との関係がありそうな、あるいは「垣」や「(発音で)さく」「別」「散」「囲」といった何かを囲い込む、隔離する状態を表す文字がやたらと多いのである。

○○の発生は実は徳川時代ではなく中世であると言う説は筆者も聞いた事があって、それは仏教の布教により死の穢れに触れる仕事をしている人間たち、あるいは農業や漁業といった常民の枠組みに属さない浮遊民が社会ヒエラルキーの外に追い出されてしまい、それが後年○○という階層になったのだ・・という説明に筆者は長らく納得していたのだ。

しかし今回この資料に出て来た特殊な漢字や古墳との分布の重なりを知ってからは、筆者は中世よりもずっとそれ以前、つまり古墳時代と大化の改新あたりの時代に○○の起源があるのではないか?と思えてきたのだ。そしてもしそうだとすると、実は○○に関して誰もが感じるある率直な疑問が実にすんなりと解けるのだ。(続く)






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