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説明するのが面倒な日本の象徴

日本に興味を持つ外国人と話をしていて質問される度に「まいったなあ」と思うのは天皇に関する事である。ヨーロッパ人なんかだと日本人はみんな天皇信者だと思っているから、この自分たちの理解の範囲外にいる日本独自の存在についてかなり無邪気な感覚で質問してくるのだ。

筆者は親切な人間だからわかる範囲で説明するのだけれども、一番困るのは「なぜキングでなくエンペラーなのか?」という素朴な質問で、これは皇帝の定義について日本と外国ではかなり理解の違いがある事と、話が進むと宗教とか世界観の話にまで進んでしまうためやたらと面倒なことになってしまうのである。

日本では皇帝(エンペラー)とは沢山いる王(キング)の上に立つ存在、つまり島津家とか伊達家ら地方王権(キングダム)の親玉、王の中の王の事である!がという説明がされてるけれども、この理解だけで外国人に対して日本の天皇を語るとどえらい恥をかくことになる。





皇帝(エンペラー)とはバチカンなり東方正教会、あるいはイスラム教、もしくは中華思想といった1つの宗教、1つの世界観、1つの普遍的正義から「地上の統治者」として任命された人間への称号なのだ。日本では京都の天皇から征夷大将軍の役職を与えられた人間が武家の頭領として認められるのと同じである。

例えばフランスのルイ王朝はヨーロッパでも抜きんでた軍事力と経済力を持っていたのにも関わらず王(キング)止まりだったのは、ハプスブルグ家というライバルが同じ世界観(カトリック)の中にいて、法王はこっちのほうを「地の統治者」と任命していたからであり、極端な話カトリックが権力的にはうんと格下のボヘミア王を統治者認定すれば皇帝(エンペラー)になってしまうのだ。

カトリックは神聖ローマ帝国皇帝からハプスブルグ家やナポレオン、東方教会は東ローマ皇帝からロシアの皇帝家、中国の場合はちょっとヨーロッパとは違うが明や清の代表者というように各宗教は統治者を一人だけ選び、その人物が神のお墨付きをいただいた行政官として信者たちがいる世界に君臨している・・、これが皇帝(エンペラー)なのである。





さて外国人の目から見ると日本は仏教国で、仏教の総主教が日本の王様を皇帝に任命したなんて話は聞いた事が無いから「日本のエンペラーは実際はキングなのではないか?」などと言い出し始めるので、いやいや日本には神道という独自の宗教がありまして、イングランド国教会のうける英国王と同じ様な立場の・・などと説明するのだが、ここで議論が進むとまた壁にぶつかるのだ。

神道には創造主の概念が無いからである。一神教の場合はこの世の全てのモノを作った絶対なる存在、何が何でも正しいお方がいらっしゃって、皇帝はその創造主から御免状をいただいた人間だからこの世の統治権がある!というセオリーなのだが、「ところで神道はこの世の創造をどう説明しているのか?」と聞かれてしまうと・・・空白なのだ。

「いや、日本のエンペラーというのは自分でそう名乗っているだけで、国際的な定義だとキングですね!」とすっかり降参してしまう筆者。日本の近代化のために天皇を引っ張り出した明治の元勲達の慧眼には感服するが、もうちょっと神学上の定義をファナティックではなくプラクティカルに設定してほしかった・・とつくづく思ってしまう。






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私の個人的な感想では、
日本の天皇は、西洋的・中国的な意味での「皇帝」より、
より「法王」に近い存在だとは思いますが・・・

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