フィリピン人のウソとヒロイズム

2017/01/29 11:47:36 | フィリピン雑学帳 | コメント:7件

先日の日記で近所のガス充てん業者が爆発して7人が死亡する事故が起こった話を書いたが、土曜日の親戚一同が集まった飲み会の場でリサール州の奥地から来た義弟が何気なくその一件を質問したところ、事故現場から200メートルほどの距離に住むダニー叔父がしゃしゃり出て来た。

タガログ語なので何を言ってるのか判らないが、身振り手振りから察するに凄い爆発音と爆風に驚いて目を覚ますと辺り一帯は火の海で、その炎をかき分けて現場に向かったオレは余りの惨状に呆然としてしまい・・というアクション映画の主人公みたいなことを表情豊かに語っているが、実のところこれは全てウソである。

正確に言うと事件当夜に自宅アパートから爆発の方向を見て青ざめた筆者と女房がダニー叔父の家に電話を掛けたところ、妻のエスター叔母は「こっちは音も何にもしないわよ。あたしたち寝てるから話はまた明日ね」と言っていたのである。だいいちダニー叔父の家は平屋であり、辺り一帯には背の高い建物で囲まれているから爆風なんて絶対に受けないのだ。

このダニー叔父の嘘っぱち英雄譚を聞いているうちに、どう考えても爆発時に5キロ離れた家に戻っていた筈の従兄弟ジェンまでもがオレは現場から1キロ離れた店に居たんだけど爆音と爆風を体験したのだ!と言い張るのだ。実はフィリピン人には大惨事や大事件が起こると自分との間になにがしらの関係性を捏造する癖があるのだ。

これは筆者の女房も同じで、香港SARS蔓延の時は自分の住んでいるアパートの住人たちがバタバタ倒れてしまい生きた心地がしなかったとか、WTO反対デモ隊が街を壊し始めた際には取り囲まれて行き場がなくなってしまい、さらにそこへ警官隊が押し寄せて来て・・などと事実とは全く違う話をするのだけれども、しかし女房の中で格好のチャンスを逃してしまい何とも口惜しく感じている大惨事があるのだ。





それは2004年のクリスマスに起こったスマトラ島沖地震とインド洋大規模津波災害である。死者22万も出した人類史上未曾有の大惨事で、皆さんもプーケットやピピ島のビーチリゾートに滞在していた観光客たちが津波に呑み込まれて生命を落としたことは記憶に新しいだろう。

実はその頃の筆者ら夫妻は毎年クリスマスから正月までプーケットで10日ほど過ごしていて、いつも宿泊するのはパトンビーチの砂浜の上、歩いて10歩で海という格好の場所に平屋のヴィラがズラーッと建っているプーケット・カバナというホテルだったのだが、この年だけは仕事の関係上で全く休みが取れなくなってしまい、仕方なく香港の自宅で寂しく過ごしていたのだ。

ところがクリスマス明けの26日朝にテレビをつけると物凄い映像がニュースに出ているではないか・・。海から10歩しかない文字通りオン・ザ・ビーチのホテルに10メートルの高さの津波が押し寄せれば死ぬのは確実だから、昨日まで「あのバカ上司め!」と悪態をついていた筆者ら夫妻は思わず目を見合わせて「助かった!」と呟いたのである。

しかし翌年プーケットを再訪し、恐る恐るパトンビーチを訪ねてみたところ、案の定プーケット・カバナは前衛芸術のオブジェみたいにグチャグチャに壊れていたのだが、ビーチに出てみると良く知ってるビーチパラソル業者の一家にオカマの洋服売り、焼きイカ行商のおばちゃんやビーチバレーをエサに客を釣る売春婦らは皆ちゃんと生きていたのに驚いたのだ。

ホテルは確かにぶっ潰れたが滞在客みんなが死んだわけではなく、それに顔見知りのホテル従業員たちとも数年後のホテル再建時には再会しているのだ。被害甚大だったのはパトンビーチの南半分であり、中央部にあるこのホテル一帯は建物はぶっ壊れたものの案外と生存率は高かったのだ・・と彼らから聞いたのである。





ところが・・。このプーケットの津波災害の件はなぜか女房の中では「アタシがおかしな夢を見たからプーケットに行くのをキャンセルした」と歴史修正されていて(旅行を決める際に奇妙な胸騒ぎがずっと続いたのよ・・という別バージョンもある)、さらにホテルにいた客やビーチで毎年会っていた知り合い達も殆どが津波に呑み込まれて死んでしまったのだ・・となっているのである。

同じことの繰り返しで申し訳ないがプーケットで出会った人たち、例えば毎冬ドイツからやって来るホモカップルや浜辺で営業している刺青師らはちゃんと生きていて、はっきり言うと知り合いで「あいつは死んだ」という人間は筆者の知る限り一人もいないのだ。それに女房も筆者と二人の時は「あのビーチ業者の息子ニックはもう大きくなったでしょうね」なんて話しているのである。

ところが事情を知らない人たちの前では、あの悲惨な出来事から幸運にも生き延びることが出来たヒロインになっていて(使い分けていて)、その嘘っぱちの話をフィリピン人たちはウンウンと頷きながら聞いてるのである。余りにもバカらしくて筆者はいちいち女房の言う事に反論もせずに黙っているのだが、これ年を追うごとにストーリーが劇的になっていくのだ。

まあ日本人にも台湾に駐留したため鉄砲の一発も撃たずに終戦を迎えたのに「オレは南方戦線で地獄絵図を見たんだ」と言い張ったり、若いころ男に引っかかって福島の実家から家出しただけなのに戦災孤児としてゼロから這い上がったと主張する銀座のママなんているからフィリピン人だけを非難は出来ないのだろうが、しかし近所のガス爆発みたいなつまんない事でも作り話をしてしまう習性はなんとかならないのだろうか。

さてフィリピンのテレビを見れば「両親は日本軍に連行されてそのまま消えてしまい、家は燃やされて兄弟とも散り散りになって・・。そのあと私は必死に働いて・・」なんて語り部たちが出て来るが、この場合はほとんどフィリピン人特有の脳内妄想ヒロイズムの産物なので、皆さんこの手の話は真に受けず話半分、いや話十分の一で聴きましょう。






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コメント

2017/01/29(日) 14:05:14 | URL | STAR CHILD #XeNBjOg6
>まあ日本人にも台湾に駐留したため鉄砲の一発も撃たずに終戦を迎えたのに「オレは南方戦線で地獄絵図を見たんだ」と言い張ったり

第9師団ですか。北陸の。
沖縄決戦に向けて満州から沖縄に移動後、運よく台湾に移動、アメリカ軍は、台湾をPASSして、直接沖縄に。

台湾は、本部や官庁ビルが空襲を受けただけで、殆ど死傷者なし。

終戦後も復員まで、楽しく暮らしていた(国民感情が良かったので)ラッキー部隊ですね。

太平洋戦争中、一度も交戦しなかった。奇跡の部隊(笑)

Re: タイトルなし

2017/01/29(日) 15:43:15 | URL | ほにょ #-
北九州の12師団です。
この兵士がたちが悪いのは自分のウソを息子に信じ込ませてしまい、
その息子が今度は「俺のオヤジは地獄をみて」と若い世代に説教じみたウソ話を伝播した事です。
詳しくは
http://dadesigna.blog.fc2.com/blog-entry-624.html
をどうぞ

2017/01/29(日) 18:25:38 | URL | STAR CHILD #XeNBjOg6
太平洋戦争開戦前の1940年(昭和15年)7月に師団の衛戍地が満州に変わり、第3軍の指揮下東寧に駐屯、開戦後も満州国内にて対ソ戦の訓練や抗日パルチザン掃討等の治安維持活動に従事していた。
しかし戦局の悪化から1944年(昭和19年)11月台湾派遣が決まり、第10方面軍戦闘序列に編入、新竹に在って台湾西部方面の警備に当たったが、連合国軍は台湾を通り越して直接沖縄本島に上陸したため、戦うことなく陣地構築中に同地で終戦を迎えた。

WIKI 抜粋

第9師団とは違い、満州から台湾に直行したようですね。

サービス精神?

2017/01/29(日) 21:18:10 | URL | K-chan #-
最近の若者は、話を大げさに脚色することを「話を盛る」と言いますね。
これは、聞き手に対するサービス精神の表れかも知れません。
奥様のように、事実を知悉しているご主人が聞いているところでもドラマチックな演出を加えたストーリーを語るというのは、聞いている人の興味や好奇心を満足させてあげたいという、一種のサービス精神かも?と思いました。(それとも、やっぱりヒロイズム?)

プーケットは良かったな

2017/01/29(日) 21:53:48 | URL | oyoyo #-
一度バトンビーチのホテルに家族で泊まりましたが良かったですよ。
確かあの津波を題材にした映画がありましたね。題名は忘れました。

台湾の陸軍航空隊に居た人の話を面白がって聞いてましたが
偶にアメリカ軍の爆撃機か戦闘機が飛来していたそうです。
墜落した機体からエンジンを取り外して分解して調査していたと言ってました。

身近に日本軍から祖父を殺されたフィリピーナが居ます。
戦後しばらくは、日本人がフィリピンに居るだけで危険だったとか。
現在は、朝鮮人の悪が沢山殺されてますね、いい気味だ。。

Re: サービス精神?

2017/01/30(月) 13:45:26 | URL | ほにょ #-
常識的に考えればそうですが、うちの女房の場合は脳内に本当に虚像が映写されています。

Re: プーケットは良かったな

2017/01/30(月) 13:48:23 | URL | ほにょ #-
うちの近所の韓国人は危ないから日本人のフリをしてます。

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