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異形の一族

外国人から「日本人社会の特徴を端的に表す言葉は何か?」と聞かれた場合、筆者は「身分の上下に関係なく同じメシを食う事である」と答えている。江戸商家を描いた小説など読めば大番頭と丁稚奉公たちが大勢集まってワイワイ食事をしているシーンが多いことを話すと、階級社会が根付いた欧米人は「信じられない」という顔をするのだ。

社会の中での位置や給料も違うし、お互い色々と文句もあるだろうけど食べ物に差は付けない。徳川時代の百姓は粟や稗みたいな雑穀しか食べられなかったと明治政府は喧伝したが、当時の米の生産量(約3千万石)と日本の総人口3千万人は釣り合いが取れていたからこれは全くのウソであり、庶民だって武士や寺の坊主と同じように白米を食べていたのだ。

それから武士と言うのは戦が商売だから、彼らが支配した時代とは人間の生命の価値が軽んじられていたのだ!などと言う御仁もいるが、戦争は数と言う諺通りどれだけ多くの人間を駆り出されるか?とともに、どれだけ安定した工業農業生産を確保できるかが鍵になるから、武士は自分たちの生産の担い手をむしろ出来るだけ大事にしていたのである。

もちろん江戸時代には身分制と言う現代人の目から見れば極めて非人道的な制度があったのは事実だけれども、しかし未熟な文明社会で安定を確立するにはヒエラルキーが重要であり、それに階層が上の人間たちも下層の人間がちゃんと生産活動に従事できるよう知恵を巡らせた施策を出していたのだから、今日われわれが考えるような過酷な社会とは実像は随分と違っていたようである。





ところが日本の歴史を俯瞰の目で見てみるとそういう上下一体の意識が全然ない時期があって、それは皆さんもうお察しの通り平安時代である。白黒映画にはすっかり荒れ果てた都の様子が良く出て来るが、この一見平和そうな名前の付いた400年間とは国家財政は完全に破たんし、都には盗賊が跋扈して人心はすっかり荒れ果てた暗黒時代そのものである。

そうなった原因は時の権力者藤原氏が国の財産をあらかたネコババした上に行政上必要な事を何一つしなかったからで、この一家は儒教という鼻持ちならない自己中心的な脳内麻薬的思想に囚われてしまい、我々の様な高貴な人間は下々の些細な事にかまわずに詩でも詠んでいればよい!と本気で思っていたのだ・・と言われてきた。

しかし本当に儒教だけでこの説明がつくのだろうか?。例えば後年の日本でも儒教は随分と盛んに学ばれたが、上杉鷹山のような高貴な人間が自ら肥桶を担ぐことが儒教の美徳と全くアベコベの解釈がされたように、日本の儒教は本来のグウタラ君子を目指せ!からすっかり姿かたちを変えてしまい、むしろ上下関係なく同じメシを食うとか労働は正しい!というプロテスタント的性格を帯びてしまうのである。

日本人に外来の思想を与えても全く別のモノに換骨奪胎されてしまう・・。これは日本人には何もかも古代共同体的な思考に変えてしまうプリズム的特性を持っているからなのだが、なぜだか平安時代の藤原氏だけはプリズム化せずに純粋な儒教の体現者でいれたのだ。この不思議な現象がなぜ起こったのかと言えば、藤原氏は日本人では無かったからだ・・と考えるのが妥当ではないだろうか。






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