コミンテルンの風を受けた男たち

2016/12/15 11:46:04 | 事件と陰謀論 | コメント:1件

ケンブリッジ大学時代にコミンテルンにリクルートされたエリートたちは思想信条を隠したままイギリス外務省や国防省に入り、自分たちの目の前を通り過ぎる機密情報をソ連に流す「もぐら」として活動するようになったのだが、出自の良さと頭脳明晰さがモノを言いぐんぐんと出世していくにつれ彼らが提供する情報の価値も飛躍的に重要なものになっていったらしい。

しかし何度もこのイギリスの裏切り者たちに関する本を読み返している内に筆者が興味を持ったのはエリートたちの心情よりもコミンテルンのやり口の方だった。イギリスは徹底した階級社会であり、革命家を募るならロンドンの赤毛の工場労働者を組織する方が合理的なはずだが、どうもケンブリッジの上流社会の申し子たちの方を重視しているように思えたのだ。

そして実際にケンブリッジの学生へオルグを行ったコミンテルンの工作員たちも、プロレタリア風で武骨なソ連人ではなく、ドイツやチェコ、オーストリア出身の比較的裕福な環境に生まれた人間たちであった。後にスパイ罪で尋問を受けたあるイギリス政府高官は自分は理論的傾倒と言うよりもオットーやエリと言ったコミンテルン工作員たちとの繋がりから共産主義者になったと証言しているのである。

イギリスの階級と人口を三角形に見立てると、人口が大きい下の方にいる赤毛の労働者には同じ地区出身の無教養で暴力的な指導者からイギリス共産党への入党を勧め、工場デモや破壊活動など危ない工作にも手を染めさせるが、三角形の天辺にいるエリート層には彼らと共鳴できそうなブルジョア出身の中欧人を使って取り込むが、イギリス共産党への入党や危ない事は一切させずに密かに温存する。

なぜソ連がこんな手の込んだ二面作戦を採ったのかと言えば、言うまでも無く彼らケンブリッジ大学の学生は将来絶対にイギリスの中核に入り込むからで、赤毛の工場労働者1万人よりも遥かに重要だったからであろう。そして後にスパイ摘発捜査に当たったMI5のピーター・ライトは自著でもう一つの危惧を述べているのだ。





ケンブリッジと並ぶ名門オックスフォード大学でも同じ事態が進行していたはずだ。常識的に考えてイギリスの名門大学の二つのうち一つだけしか手を出していないと考える方が間違っている訳で、実際に1930年代のオックスフォードの古い記録や関係者の証言を集めていくにつれ疑わしい人間がゾロゾロ出て来たそうである(その中には労働党選出のウィルソン英首相もいた)。

そしてこの本の「一つだけしか手を出してないはずはない」という記述を見た時に筆者はピクンとしてしまったのだ。ケンブリッジ大学だけでない様にイギリスだけで無く、当時急速に復興して軍事的脅威となりつつあったドイツや、世界最大の大国になっていたアメリカにも同じような工作を仕掛けていたはずだが、同時に極東で軍事的に対峙する日本に対しても同じなのではないか・・。

こう書くと真っ先に頭に思い浮かぶのはリヒヤルト・ゾルゲだが、この事件のアウトラインを調べていくとゾルゲはすでに共産主義のモグラに仕立て上げられていた尾崎秀実ら日本人を活用しただけで、彼自身が若くて有望な学生を青田買いしたような形跡は無い。筆者の興味は尾崎はいつどこで誰にモグラにされたのか?であった。

1930年代当時、将来の日本のリーダーになる人間を育んでいた教育機関と言えば真っ先に2つの系統が頭に浮かぶ。一つは日本のケンブリッジとオックスフォードとも言うべき東京帝大と京都帝大で、外務省や内務省など日本の中央官庁の情報を入手するためにはベストな人選であり、なるほど確かに調べてみると東大新人会や河上肇ゼミなど疑わしいのがある。

しかに日本の場合はそれとは別系統の学校卒業者が国家の中枢を握っており、しかも帝国大学卒業の官僚よりもそちらの情報の方がソ連にとっては遥かに有難かっただろうな・・と思わせる学校がかつて存在したのだ。将来確実に重要機密に接することになる人間がまだ思想的に柔らかい状態のまま集っている場所。それは明治維新から終戦にかけて歴代首相の半分近くを輩出した陸軍士官学校と海軍兵学校である。






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コメント

2016/12/15(木) 21:02:11 | URL | #-
種村佐孝や松谷誠につながってくるのかな。

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