寒い国のモグラたち

筆者はスパイ小説が好きで、特に米ソ冷戦期をテーマにしたジョン・ル・カレの「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」「スクールボーイ閣下」「スマイリーの仲間達」やグレアム・グリーンの「ヒューマン・ファクター」と言ったスパイの内面にまで迫った作品がお気に入りである。

どうも機密が漏れているぞ・・から始まって、長い時間をかけてスパイを探し出したらそれが全く意外な人物であり、そのスパイが国を裏切る結果へと導いたものは自分たちの社会の構造的矛盾だったり、実に人間的な弱さを付け込まれていた、あるいは実にくだらない事だったといったストーリーだ。

イアン・フレミングの荒唐無稽な007シリーズとは真逆の人間ドラマ。分かりやすく例えると松本清張がスパイ小説を書いていると思えば良いだろう。実はル・カレやグリーンの他にもレン・デイトンという小説家が・・などと急に気分が乗って来たので本日の日記ではこのスパイたちの世界について思いつくままに書いてみたい。

実は一番上に登場した3つの小説はキム・フィルビーという1960年代に世界を賑わせた実際のスパイ事件を下地にしているのだ。フィルビーはイギリス海外諜報局(俗称MI6)の幹部であり、一時はMI6ワシントン駐在員として米CIAから機密情報を入手する重要な立場にあったが、その陰ではイギリスやNATOの機密情報をせっせとソ連に流していたのである。

現在の日本で言えば公安警察のトップが中国のスパイだったというような話だ。当然ながら発覚直後のイギリスでは何人もの人間のクビが飛ぶだけでなく英米関係にまで影響してしまったのだが、イギリスにとってはさらに困った事に実はフィルビー事件は氷山の一角であり、この他にも重大なスパイがいることが露呈してしまったのだ。





外交官ガイ・バージェスにドナルド・マクリーン、美術顧問として前英国王に仕えていた学者アンソニー・ブランドや、大戦中に独エニグマ暗号解読部門にいたジョン・ケアンクロスらケンブリッジ大学卒業のエリート中のエリートたちがソ連のスパイであった事がキム・フィルビーの線から発覚したのである。

ロンドンの波止場やヨークシャーの工場で低賃金に喘いでいる赤毛の労働者がソ連工作員に釣られてスパイになるのなら理解できるが、なぜ階級社会のイギリスでもかなり上の方にいるエリートたちが・・と当時多くのイギリス人は震撼したのだそうだが、この捜査に当たったピーター・ライト(元国内諜報局MI5の職員)が自著「スパイ・キャッチャー」で実に興味深い事実を書いている。

彼らは1930年代のまだ学生時代だった頃にソ連の工作員のよってスパイに仕立て上げられていたのだ。1930年代とは熾烈な第一次大戦から20年後とそろそろ平和ボケが始まる頃で、スペインではフランコ将軍に対抗する反ファシズム人民戦線の戦いが繰り広げられていたから、時代的はベトナム反戦ムードに満ちた1960~70年代と同じような左翼的な空気が全世界に蔓延していたのだそうだ。

そういう時代にドイツ人やチェコ人のボヘミアン風な雰囲気を漂わせた人間がケンブリッジ大学にふらりと現れ、彼の進歩的な思想にすっかり感化されたエリート学生たちは自分たちの階級への贖罪感からイギリス共産党への入党を申し出るようになるのだが、後にスパイになった人物は「彼らから入党を思いとどまる様に説得された」と発言しているのである。

イギリス共産党に入れば身分が周囲に知れてしまうから君の将来はもうお終いだよ。それよりも君にしか出来ない方法で国際革命に貢献できる方ではないか。君は自分の思想信条をひたすら押し隠して体制の中に入り込み、中から革命を目指せば良いのだ」という論法である。実際ほとんどの学生はコミンテルンの通称モグラになることを了解したらしい。(続く)





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歴史は繰り返される。ですか。現在でも。

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