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名も無きラーメンの先駆者

筆者が泊まっているホテルの近くには美味いラーメン屋が2軒あって、九州豚骨系が好きな女房は「青龍」、鳥系好きな筆者は「七星」にそれぞれ別々に毎日通っている。フィリピンにもそこそこ食えるラーメン屋は何軒かはあるが、歩いて1分以内にこういう店が複数あると涙が出るほど嬉しくなってしまう。

それで写真をFacebookにアップしたところ、毎年冬をタイで過ごす旅の先輩K氏から「だったらここの店に行ってみろよ!」と何軒かの名前が書き込まれていて、「今バンコクのラーメンは相当レベルが高いから寿司や居酒屋なんか行かずにラーメンばっかり食ったらどうだ!」という有難いご指摘である。

日本のラーメンが急に海外展開したのはここ10年くらいの話で、今や日本の○○がアジア進出!と聞くと真っ先にラーメン屋だな・・と思い浮かべるほどだが、筆者が香港に始めて赴任した1990年代半ばは日本料理と聞くと寿司!割烹!居酒屋!のどれかであり、ラーメンは亜流も亜流、特に香港じゃ鼻も引っ掛けられなかったのである。

「僕は香港でラーメンは絶対に流行る!と確信したんですよ」と言って自分のこだわりを説明し始める30代前半の店主。時は1995年、香港島の東部にあるクオリーベイの横丁にあるラーメン屋での事である。店名は北海道だかサッポロとかいうこの地域にしては多少大きめの店であった。

筆者はそこから歩いて10分ほどのコーンヒルという大規模住宅に住んでいて、当時は女と別れて独り身だったから顧客との接待が無い日は近所の店で外食していたのだが、この北海道出身の店主の店には週一度くらいの頻度で通っていて、彼とは毎回1時間とか2時間くらいもの長きに渡って話しこんでいたのだ。





何故そんなに長く話せたかと言うと客が全然いなかったからである。当時の香港は返還前で異常に景気が良く、日本料理店は夕方になるとどこも予約で一杯になったと言うのに、この店はいつ行っても客が一人か二人ポツンといるだけなのだ。確かに場所は良くないけれども味は結構いけるのにも関わらず・・である。

実はこの話は以前の日記で書いたことが有るのだけれど、中国人と言うのは自分たちの食文化に無いものに対しては案外鷹揚に受け入れるが、ワンタン麺や牛肉麺と基本コンセプトが同じな日本のラーメンを前にすると途端に保守的になってしまい、「スープが熱すぎる」「麺が縮れているのは気に食わん」「出汁が複雑すぎる」と全否定してしまうのである。

信じられないだろうが当時の香港にはラーメン専門店は数件しか無く(寿司系は軽く二百店はあった)、しかも香港人にも受け入れられるよう味を変えてしまったために不味くて仕方が無い店ばかりで、筆者などはマニラに遊びに行った際に当時マラテのアンバサダーホテル近くにあった「道産子」という店でラーメンを食っては余りの美味さに目頭を熱くさせていたくらいなのだ。

その香港に本格的な札幌ラーメンを、しかも東京人の筆者でもよく知っている名門西山製麺の麺を持ち込んで来たのだからこの店主の意気込みは相当のものだったが、その結果として筆者と何時間話そうが売上には全く影響しない状態が続いてしまったのだ。。

しかもこの店主は陽気な性格な上にやけに前向きで、筆者が香港人が好きなサーモン海苔巻きみたいなメニューを幾つか作らないと客が入りませんよ!と説明しても、ええ、ええ、そうですね・・などと最初はおとなしく聞いているのだが、最後には必ず「でもね!僕は本物の日本のラーメンを!」という何十回も聞かされたいつもの哲学に最後は帰結してしまうのだ。





それで筆者も説得は諦めて、先週行ったマカオの夜遊びなんて話ばかりをしていたのだが、北海道から綺麗で性格の良い姪御さん連れて来て若い香港人男性の客が増えたりしたのだが、ついに1年半ほどたった頃に「実は店を売ることになりまして・・」と言われたのである。

正直その時は言わんこっちゃない!と思ったが、この店主は頑固なところを除けば非常に快活な人物であり、それにたった1年半だったが美味いラーメンを随分とこなれた値段で食べさせてもらったので「ご苦労様でした」と感謝の意を述べ、ちょっと悲しい気分で彼の手作りの味噌ラーメンをすすったことは今でも覚えている。

さてそれから十年たって香港にもやっとラーメン文化が花開き、今じゃ香港人の同僚達が「一蘭の行列に20分も並んじゃった」「なんでもっと色んな店が進出して来ないのかしら?」「日本人は何を手をこまねいてるんだ」なんて記事をFacebookにアップしているが、だったらなぜ君たちはもっと早くクオリーベイのあの小さな店に行かなかったのか?と問いたくなってしまう。

まあビジネスにはタイミングが付き物だから筆者みたいな後だしジャンケンでモノを言うのはルール違反だけど、あの美味しかったラーメン屋が見事なまでに惨敗を喫して撤退していったのは本当に残念としかいいようがない。(これと同じ様なケースでコーズウェイベイの麺太郎という店とフォートレスヒルの名前も忘れた店も見事に撤退してしまった。いずれも90年代の話である)。

さてこの店主は結局最後まで名前を聞くこと無く永遠の別れとなってしまったのだが、あれから20年近くたった今この店主に美味い麺を食わせてくれてありがとう!と感謝の意を述べたい。でもあんた来るのがちょっと早すぎたね。あと10年後だったら今ごろチェーン店のオーナー様になっててオレと話なんかするよりも札束数える方で忙しかったかもしれんよ。






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