化け猫ユーピン

2016/10/13 08:36:37 | 旅行 | コメント:0件

今から四半世紀前の夏の日、会社に入って3回目の夏のボーナスを懐に入れ颯爽とバンコクへと旅立ったのは良いが、やはり学生時代の貧乏旅の癖からか泊まっていた結構立派なホテルが全然肌に合わず、結局途中でチェックアウトしてチャイナタウンの安宿ジュライホテルへと戻って来てしまった事がある。

しかし最後の滞在から3年も経てば馴染みの売春婦やホアランポーン駅のソムタム姉ちゃん達もいなくなってしまうもので、何と無く体の大切な一部が無くなってしまったみたいな喪失感がじわじわと広がっていったのだが、夕方何処かの売春宿からホテルに戻ると入口周辺で懐かしい顔を見つけたのだ。

ユーピンという屋台を広げているオバちゃんである。筆者は昔この屋台で炭焼きの貝や鯖、エビを肴にメコンウィスキーを毎晩のように飲んでいて、ユーピンと妹、それと石を投げれば届く距離にある看板屋の事務員をしているソムという美人の姉とよくバカ話に興じていたのだ。

あれー!あんたタイに戻って来たの!と嬉しそうに言うユーピン。因みにオバちゃんと言っても老けて見えるだけで実際のユーピンは29歳とまだ若く、その気さくで開けっぴろげな性格から多くの日本人に慕われていたのだが、実は彼女には他人には伺い知れないもう一つの顔があったのだ。

「おい!早く開けてくれよ!」とドンドンとドアを叩くルームメイトの怒鳴り声。それは3年半前の筆者の学生時代最後の旅も終わりに近づいた頃の事で、ドアを開けると脂汗を大量に垂らした旅の先輩K氏がドッと流れ込むように部屋に入って来て、「いやあ、重かったああああ!」と地響きのするような声で言ったのだ。

一体どうしたんですか?とK氏に尋ねたところ、「いやっ、実は今日ユーピンに誘われるがまま一緒に映画館に行ったんだがな、映画館のライトが落ちて暗がりが広がっていくに連れユーピンがオレの側にすり寄って来るや手を握り始めて、それでオレの手を彼女の・・」とちょっとここで書くのが憚れる様な事になったと言うのである。

あのユーピンがですか・・?と筆者は驚いてしまったが、そう言えば彼女がタイの男の性質の悪さに絶望していて、出来れば外国人と結婚したいのだ・・と言っていたのを思い出した。そう考えると色黒でブヨンとした体型だが何と無く男好きのする顔つきをしているし性格的にもかなり濃そうだし、年齢的にも言わば女盛りに入った頃だから十分あり得る話だ。

それで運悪くユーピンの標的になったのがK氏で、暗がりに紛れてついに化けの皮を表しやがったということらしい。なおK氏はユーピンが原因かどうか知らないがその晩タイ最南部のタルタオ島へと旅立ってしまい、一人残された筆者は以降ユーピンの屋台には近づかず遠巻きに眺めるだけにしたのだ。

そのユーピンとの3年ぶりの再会である。さっそく路上に設けられた椅子に座り焼き貝を肴にビールをやりながら近況を話していると、そこにユーピンの妹がヒョイと現れて「ねえ、あんた明日の昼ヒマならあたしと姉さんと一緒にサイアムスクエアに遊びに行かない?」と誘われたのである。

前述の通りユーピンは化けて出る性質を持っているが、妹は割合と美人で清楚な感じなのと、何より昔の知り合いがみんな居なくて寂しさを感じていたから正直渡りに船である。それで快く了承したのだが、これが重大な失敗で有ることに気がつくのはそれほど時間がかからなかった。

翌日待ち合わせ場所を間違えて大幅に遅刻して現れたユーピンはいつもと違ってかなりめかし込んでおり、さらにいつもハイテンションだがこの日はさらにオクターブが一段高く、昼メシのため入ったカントンレストラン(タイ風しゃぶしゃぶの当時の有名店)では席に着くなりビールを注文し始めたのだ。

それで「君が酒を飲むところ見たこと無いだけど・・」と聞いたら、今日は◯◯(筆者の名前)がいるから特別なのよ!とユーピンの妹が意味ありげな笑みを浮かべて言う・・。思わず背中に冷や汗がツーッと伝わるのを感じたが、まあこんな公衆の面前で化けやしないだろう・・とたかを括り食うことに集中することにしたのだ。





1時間後・・、筆者のそばにしなだれかかって饒舌に「アンタは日本よりタイの女の方が合うタイプなのよ!」と言い続けるユーピン。すでにアルコールの酔いが回ってかなり大胆に燃え上がり始めた様だが、その反対に筆者の心は冬のバイカル湖の様に冷え切っていたことは言うまでもない。

そしてここでユーピンの妹から「あたしはここで失礼するけど、あなたはお姉ちゃんと映画を観に行ったらどうか?」と遂に出たな!なセリフが発せられたのだが、予めこういう事態になるかも知れない・・と予想していた筆者は1秒、いや半秒の気まずい沈黙時間も与えずに「いや、実は君たちとの再会の記念にプレゼントを買いたいと思っているのだ」と言ったのである。

当時筆者が足繁く通っていた池袋や錦糸町の大衆キャバレーにはユーピンみたいな顔も情も濃くて乱れちゃうタイプの女が結構多く働いていて、彼女らは揃いも揃ってハンドバッグや香水、それも見てくれは立派だが案外とチープな品物に目が無いことを筆者は身を持って知っていたのだ。

それで待ち合わせ時間よりも1時間ほど早く来てお隣のMBKセンターを下見し、だいたいここら辺までなら損害として許容出来そうだ・・という店を3〜4軒目星を付け(高くても二人分で1万5千円くらいだった)、プレゼントのお勘定が済んだタイミングで「では自分はここで・・」と逃げる計画だったのである。

流石にモノをくれるという申し出を断る女も居ないから、妹も筆者とユーピンを二人だけにさせること無くMBKセンターへとついて来たのだが、MICHELLE RENEやCHARLES JORDANなんて派手だけど実は安い店に行っても喜んでるのはユーピンだけで、妹は何か所在無さげでいる。確かにいつもジーンズとTシャツ姿でいるから、こういう品物には興味が無いのか・・。

それで今度は時計屋やレコード屋、ついには電器屋にまで行ったのにそれでも妹は興味を示さず、ユーピンは調子付いて「せっかくのチャンスなんだから!」と攻め立てるが、その一方でいつの間にか筆者の腕にねっとりとユーピン自身の手を絡めて来た上、身体を密着するようにしなだれかかって来るし、妹はと言えば「やっぱりあたしは帰ったほうが・・」とまた言い出すのである。

ふとユーピンの方に顔を向けるとウットリした目でジーっと筆者の顔を見つめていたのだが、目が合ったすぐ後に歯茎を丸出しにしてニヤリと笑うその姿は鬼才リドリー・スコットの「エイリアン」に登場する爬虫類系異生物の様であった。表皮が剥けてヌメリのある皮膜がついに現れたようだ・・。

いかん・・このままではこの化け物に言い寄られてしまう!と慌てた筆者は「遠慮しないで何でもいいから早く選べ!」と半分怒りながら言ったところ、さっきまでモジモジしてた妹が「本当にいいのね?だったら前から欲しかったものが一つだけあるんだけど」と何か溜め込んでいたものを吐き出すような口調で言ったのだ。

10分後、MBKセンターの上の階にある金行(純金製品ショップ)にいるユーピン姉妹と筆者。さっきまでのモジモジ感は完全に吹きとんで腕輪やアクセサリーを手にとっては店員と派手にやり取りしている妹と、同じように目の色変えて金製品を掴み取るや「もっと太い腕輪は無いのか!」と捲したてるユーピンを見ながら憮然とした表情で佇む筆者・・。

爆発するのを抑えながら代金10万円を支払うと「ではオレはここで・・」と切り出したが、ユーピンは筆者の腕をとって「ごめんなさい!高い買い物をさせちゃって!」とすまなそうに謝ってくる(と同時に身体を絡めようとする)。しかしここでアタシの身体でお礼返しを!などと言われたらもっと困るので、思い切りニッコリと作り笑いを浮かべながらその頃流行っていたトレンディドラマの俳優の様に颯爽と踵を返したのである。

あの頃の金価格とタイの物価水準を考えると多分今なら50万円くらいに相当する贈り物をしてしまったわけで、この出費のために筆者はその頃ハマっていたタニアのクラブ桜のゴブという女とパタヤに遊びに行く計画は断念するしかなくなってしまい、福ちゃんという居酒屋で一人憤然として酒を煽っていたのである。

しかしあれから25年が経ってあの頃よりも幾分か金持ちになった筆者は、あのユーピンの上目使いな淫らな目と体全体から発していた異様なオーラ、そして舐め回す様にしつこく絡みつく視線を思い出す度に、あの時失ったかも知れない大切な何かを考えれば10万円は随分と安い出費であり、ちっとも惜しくなかったという思いを強くするのである。






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