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メコン河に沈んだプン

筆者の旧友M君は3ヶ月ほど前にタイ北部を虱潰しに周り、メーホンソンやタートン、チェンセーンやパーイと言った僻地の写真をこれでもか!と言うほどFacebookにアップしていたのだが、彼の足跡をよく見ると彼にとってはいささか古い縁があるチェンコーンだけは訪れて居ないことに気がついた。

チェンコーンの目の前にはメコン川が悠々と流れていて、対岸はラオスという地の利を生かして国境を超えるバックパッカーも多く、ツウなら必ず訪問する町なのだが、T君の足跡を辿って見るとここチェンコーンだけポッカリと抜け落ちているのだ。

ここはプンの生まれ故郷かつ最後の場所だからな・・、心優しいM君の中ではまだ消化しきれて無いのかもしれない・・。それが筆者がとっさに思った印象なのだが、このことを説明するためにここで時計の針を四半世紀ほど前に戻したい。

数日前に書いた「エレベーター茶室のヨーニカ」という日記の通り、学生時代の筆者は休みの度にバンコクのヤワラートにあったジュライホテルに陣取っては冷気茶室という売春宿に沈殿していたのだが、M君はその時ルームシェアをした仲間の一人であり、彼も筆者ほどでは無いが冷気茶室に通った口である。

ただ筆者とM君が違うのは、筆者が抱いていたヨーニカ嬢は涙も枯れ果てて完全にすれっからしの女になっていて、筆者から金を巻き上げる為に嘘八百の涙ばなしを耳元で語っていたのに対し、M君の相方であるプンはそういった事が全く無いばかりか、皆さん嘘だと思うかもしれないがM君のことを愛していたのだ。





プンにとっては時々訪れるM君とほんの少しの時間を過ごすだけで十分であり、M君が休みを終えて日本に帰ってもバンコクの消印がついた手紙が毎週の様に送られてきて、中には「早く戻ってきて欲しい」「あなたに会いたい」と書き綴られていたのである。

監禁され一日十人もの客を取らされる彼女らにとって、客のうち一人くらいを本当の恋人だと思い込まなければ生きていけなかっただけなのかもしれないが、たとえ仮想現実であろうとも心優しいM君はプンの恋人役を引き受けたのである。この世の地獄に咲いた徒花の様な愛である。

しかし人間の憐憫の情には限界があるわけで、バンコクを再び訪れた時にM君はプンに対して「君が本当に欲しいものはなんだ?」と(大変失礼ながら軽率にも)聞いてしまい、その時のプンの表情を見た瞬間に自分がした事を後悔したのだそうだ。

結婚してほしい・・。プンの顔にそう書いてあったそうである。しかしプンはそれを言い出すことが出来ずにただ泣きそうな顔でM君を見ているだけで、その重苦しさに絶えられなくなったM君は適当な用事を言ってはその場を去ってしまった・・と言った。

さてM君とプンが破綻へと向かっている時に筆者は新潟県の工場で新入社員としてこき使われていて、タイで一緒だった仲間とはほんの時たましか会えなかったのだが、ある時新宿で久しぶりに別の友人と再会した際に、彼の口からプンが故郷のメコン川で薬を飲んで入水自殺した事を聞いたのである。





M君の精神的打撃はかなりのもので誰も声をかけられる様な状況では無くなってしまい、現実に筆者もM君と再会したのは5年ほど後に彼が香港に遊びに来た時になってしまったのだが、その時悪いと思ったもののM君にプンの話をきいたところ、彼はカバンの中から一枚の写真を取り出して「これが彼女です」と言った。

川の中を泳ぎながらじっとカメラを見つめる聡明そうな女、それが筆者が初めて見たM君の恋人プンの姿だった。もう何もかも嫌になっていてこの川に飛び込んだのか・・と可哀想に思ったが(同時になぜよりによって川の中の写真を持ち歩いているのか・・と奇妙に思えたのだが)、もちろんM君が責められる筋合いではない。ただあまりの救いの無さに筆者とM君はカクテルグラスを前にしばらく黙り混んでしまったことを覚えている。

さてあれから20年以上の時が経過した今でもM君とは時々会う関係を続けているが、筆者の女房はM君について「なぜあんなナイスガイが今でも独身でいるのかしら?どうせなら姪のイナを紹介しちゃおうか!」と言い張るので、いやいや、M君には昔プンという恋人がいて・・と起こった事をかいつまんで説明したところ「それは違うんじゃ無いか」と言い出した。

彼が過去を引きずっているのでは無く自殺した女がずっとそばに居て、他の女を寄せ付けないのだろう・・、というのだ。苦海に堕ちた自分をM君が受け入れられない事に気づいたプンはタイ人らしく来生で一緒になることを選択したのか?あるいは冷気茶室で言った通りずっと一緒に居たくて仄かなる水の底に身を沈めたのだ・・と言いたいらしい。

なるほど・・だから自分の生まれ故郷でありながら辛い思い出しか無く、自分の現生の終焉の地であるチェンコーンにだけはM君を連れて行きたく無かったのか・・と思ってしまった。もちろんこんなの筆者の勝手な思い込みかもしれないが、プンのあまりにも不遇な業を思うたびに「おそらくそうなのだろう・…」という思いを強くする。






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うわ~…これは切ないわ…。一緒になってたら彼女、命懸けで尽くしただろうな、と思うと哀しすぎる。
絶望があまりに大きくて耐えられなかったんでしょうね。感謝こそすれ恨んでなんかいない、そんな聡明で健気な女性のイメージが文章から伝わってきて、しばらく考え込んじゃいました。
殆どの男は多分、一生忘れられないと思いますね。『結婚して』と言えなかったその娘の顔。

ピーナとは違うか 

タイからピンピンに移り住んでた人が言うには
タイ人のほほえみに対して、ピーナはガハハと大笑いの感じ。

マレーシアとかシンガポールてもタイの売春婦は多いね。
彼女の気持ちは分かるような気はするが、思い出だけの方が良いのでは。

もののあはれ… 

美しくも哀れな話。同じアジアの国のメンタリティなのか、吉原の遊女の悲話や近松心中物とかが目に浮かんだ。
貧しさは荒んだ心を生み出すのが世の常だが、稀に純粋な「美しい心」を生み出す事もあるのだろうか。
飽食な先進国の人の心が常に美しいわけでは無い事は誰もが知っているが…。
作られた造園に咲き乱れる花よりも、貧しく荒れ果てた大地に健気に咲く一輪の花の方が、美しく崇高に見えるの何故だろうか。

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似たような 

いつも楽しみに覗かせていただいてます。ありがとうございます。私も過去に似たような経験をし悲しくて立ち直るまでかなりの時間がかかりました。それからは深入りしないように気をつけてます。

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