ブラック・タイ

先日の日記で鹿鳴館みたいな恰好をしてレストランに現れるフィリピン女のことを小バカにする論調で書いたが、今じゃ一年中ステテコ姿でいる筆者も昔はけっこう服装には気を配る人間で、いつもスーツをビシッと決めて颯爽と客先へと向かったものである。

ちゃんとした服装をする目的は自尊心を満たすよりも相手を不快にさせないためであり、いやらしいイタリア~ンな服装や蛇革のブーツなんてのはもっての他!40歳まで男は紺かグレーのスーツに白いワイシャツで身を固めるべし!なおワイシャツもボタンダウンは不可!というのが筆者の信条である。

それと財布に余裕が無いので青山とかアオキの吊るしを買うのは仕方が無いけど、男たるもの少なくともブルックス・ブラザースあたりの上質なスーツを一着は持つべきであろう。ホテルのドアマンやウエイターたちは服装の良し悪しを一眼で見抜く力あって、向こうの対応もササッと丁寧になるからこれは是非とも試してみることをお勧めする。

しかし高級スーツとは言え限界はあるもので、筆者の場合は今から約20年前の7月1日、ちょうど香港返還の日にそのことを知ったのだ。その日の晩に筆者と上司2名とよびその奥方の計5人はイギリス人顧客が開く返還記念パーティーに招待されており、会場のペニンシュラホテルから一番近い場所に住んでいた筆者の家で夕方待ち合わせすることにしたのである。





ピンポーン!というチャイムが鳴ったのでドアを開けると、そこにはタキシード姿の日本本社常務A氏が瀟洒なドレスを来た奥様を伴って立っていた。こりゃずいぶんと奮発したなぁ・・と思ったが、そのまま黙って自室へと招き入れお茶など飲んでいると続いて2回目のチャイムが・・。そこにはS香港支店長が上等なスーツ姿で現れたのである。

ところがその姿を見たA常務が「キミは!何をやってるんだ~!」を叫ぶや(S支店長夫人の面前である)、カバンの中から招待状をガサゴソ取り出して「この部分を見てなかったのかー!」と喚き始めたのである。え?なに怒ってんの?と訳が分からないS支店長と筆者が招待状を見ると端っこに小さな文字でただ単にBlack Tieの文字が刻まれている。

ブラック・タイとはドレスコードで黒い蝶ネクタイ、つまり一般的にはタキシードの着用が義務つけられていると事だとは当時30歳の筆者はもとより若い頃アメリカ勤務が長かったS香港支店長でさえ知らなかったのである。さすが若いころからヨーロッパ諸国で駐在を重ね、つい数年前まで元ロンドン支店長だったA常務である。

あの~・・じゃあ葬儀用の黒いネクタイをすれば・・と言う筆者の質問に「バカモノ!」とピシャリと返すA常務。ご察しの通り筆者もブラックタイの意味は全然分からずに当日はS支店長同様にダークスーツにえんじ色のネクタイで行く気だったのだ。しかしここで幸運だったのは筆者は学生時代に買った吊るしのタキシードを香港まで持ってきていたことである。





戸棚の奥から取り出した安物のタキシードについたホコリをセロテープで払う筆者とA常務(この方は口は悪いけど根はものすご~く親切なのである)。そして筆者のタキシードを手に取ってS支店長の身体にあわせるなり「○○くん!キミには悪いがこのタキシードはS支店長に今日一日貸してあげなさい!」と言い出した。

主催者であるイギリス人社長と一番近しいのはS支店長だから恥をかかせるわけにはいかない!と言うのである。まあこの点は筆者も十分納得できたので、じゃあワタクシメはどうすれば・・と聞いたところ、A常務の口から「キミは本日パーティーを欠席して日本から来た招待客の接待役チームに入りなさい」という命令が・・。

そりゃないよ!!と内心怒ったが、只でさえ申し訳なさそうな顔をしているS支店長の奥方をこれ以上追い込む訳にはいかない。それにA常務は「幸運なことにキミは独り者なのだし、それに物事には優先順位があるのだよ」と厳粛な面持ちで言い渡すので、仕方なく香港ジョッキークラブに向かって役員面々の奥方や会社のお局様たちの相手をさせられたのだ。

まあ正直言うとこっちの方が気楽だったし、それにフルコースのフランス料理と最高級ワイン、そして香港返還という歴史的な日に居合わせたことに酔いしれて急に発情しはじめるオバさんがいたりとこれはこれで結構面白かったのだが、でもドレスコードって言ったってここは香港なんだぜ!だいたいA常務は何でもかんでも杓子定規すぎるんだ!ケッ!などと内心思っていたのだ。





しかし休み明けの朝一番、同じくパーティーに招待されていた関係会社T社のT社長からの電話が掛かって来るや開口一番「なんで事前に言ってくれなかったんだよ!」と大声でわめくのを聞いた時に筆者は自分が間違っていたことに気付いた。このTさんはなんとネイヴィー・ブルーのブレザーにグレーのパンツ、そして足元はローファーという御自身の持ち味な格好で出向いてしまったと言うのである。

会場に着いてみると招待客全員が男はタキシード、女性はイヴニングドレス姿なのに自分だけはアイヴィー・ルック・・。しかもイギリス人社長が入口で狼狽えるT社長のもとに歩み寄り迎え入れたために「この人物はドレスコード適用外」の御朱印をいただけたのだが、正直追い返された方がまだマシだと思うほどの酷い疎外感を後から味わったらしい。

だからもしもあの時A常務からブラックタイの意味を聞いていなかったら・・と思うと今でも背中がむず痒くなるのである。ここ最近は高級ホテルのバーの常連として認められるようになりまして・・程度のモノサシでは測れない世界というのが案外とそこら中にあって、そこで快適に過ごすためにはまずは身だしなみから・・なのである。

となると香港の小洒落たレストランで鹿鳴館みたいな服装をしていたあのフィリピン人のオバさんは、周りの人間が全員カジュアルでいるという現実を受け入れなかった事、そして周りが「あの人たち変じゃないか?」とヒソヒソ囁かれているのに耳を傾けなかった事を除けば案外と真っ当な事をしていたのかもしれない。という訳で笑ってごめんなさいね。イメルダ・マルコスみたいなオバさん。






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蝶ネクタイの役割が分かったような 

そういやあ、オーケストラの演奏会の時も蝶ネクタイだった。
あれも起源がヨーロッパからの流れなんでしょうね。

フィリピン革命後にマラカニアン宮殿の中を見学した事があったけど
バカでかいフランスの香水とか3000足の靴とか、ドレスの数々。
その辺りの路上では物乞いのガキが徘徊しているというのにね。
その後、ロハスブルバードで物乞いのガキが手を差し出したので
マラカニアン宮殿に行って金もらって来いと、どなってやりましたとさ。

 

豪華客船は、食事時間帯やイベント、曜日などで、ドレスコードを決めている場合が多いとか。

それでも、そのドレスコードで観光するのは、これドレスコード違反というかセンスがおかしいのでは?

ブラックタイ セミフォーマルの事でしょうね。

https://en.wikipedia.org/wiki/Semi-formal

ビジネススーツは、良くてインフォーマル止まり。


フィリピンは、バロンタガログが。これ、フォーマルからセミフォーマル、インフォーマル (素材、デザインの違いはありますが)までカバーできるから、楽ですね。

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