731都市伝説への反論

3日間にわたって筆者が731部隊の事を書いた理由はあるメディアで「731部隊は都市伝説である」という論調がなされていたからである。このメディアは自ら保守を名乗るだけあって中国・韓国による歴史の捏造については中々立派なモノもあるので時々拝見しているのだが、こと731部隊に関しては全くお粗末としか言いようがない代物だったのだ。

確かに731部隊の正式名称である関東軍防疫給水部という組織はあったが、ここは戦地での飲み水確保のための浄水器製造や殺菌処理をしていただけで、細菌の兵器転用のための培養や生体実験など丸っきりのデタラメであり、さらにはアメリカの国立公文書館にもそんな資料は一切見当たらない!とかなりの事実誤認をしているのである。

実際はその手の文書はアメリカからぞろぞろ出ているのと、それと戦後ソ連に捕まった隊員がソ連の軍事裁判にかけられて細菌研究の事を証言しているのだが、しかしこの件を説明するととんでもなく長くなるので、今日の日記では誰でも簡単に理解できる方法で731部隊は単なる保健所みたいな部隊では無かったことを証明したい。





まず最初に筆者の祖母が語った満州からの引き上げ時のキーになる部分だけを説明すると、夜中に祖父から「ソ連が攻めてきた!」と連絡が入り、指示通り直ぐに荷物をまとめるとハルピン駅に部隊がチャーターした列車が何両も待機していて、もの凄い人数の部隊員と家族が乗り込んだ。これはおそらくソ連が攻めてきた8月9日か遅くとも翌日の事と思われる。

そして道中いろんな所で停車したりとスムースな移動は出来なかったが、朝鮮半島を南下中に「日本が負けた!」というニュースを聞き、やがて8月の終わり頃に釜山から船に乗って山口県の仙崎港へと到着、一同はそこで解散命令を受けて各自がてんでバラバラに故郷へと帰ってった。

どうだろう?満州引揚者のことに詳しい方ならこの祖母の言うタイムラインに違和感をもたれるはずである。満州国皇帝だった愛新覚羅溥儀でさえ侵攻してきたソ連軍に捕らえられているのに、731部隊の関係者は隊員のみならず女子供までほぼ全員が1カ月以内に日本に無事帰還しているのだ(ソ連国境にあったチチハル支部の隊員は捕まっている)。





それと「もの凄い人数の部隊員が列車に乗って・・」の下りである。ソ連の侵攻を食い止めるため関東軍の兵士たちは前線で戦っていたわけだから、当然ながら司令部は弾薬や食料とともに安全な飲み水を提供する資材や専門家を前線に送り届けるはずである。ところが膨大な人数の731部隊隊員たちはソ連侵攻の当日或いは翌日にさっさと日本へと引き上げ始めたのだ。

つまり731部隊は部隊のつけられた正式名称の防疫給水なんて業務は全然やってなかったという事ではないだろうか。そして最後にこんな脅威ともいえるスピードで、しかも満州国皇帝よりも早い段階で撤収しなればならなかったのはバレたら大変な事態に発展しかねない秘密を抱えていたからであろう。

当時の国際法では細菌兵器の研究や開発は禁じられていたわけではない。にもかかわらず全部隊員を速やかに接収し、さらに部隊施設を自らの手で徹底的に破壊しなければならないほどの秘密とは、やはり生体実験であったと考える方が自然なのではないだろうか。それでも731は都市伝説だと唱える方は筆者の説明に対して合理的に反証していただきたい。






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人間をマウス並みに扱えるなんて医師にとっちゃ天国でしょう。管理人さんだって、もしもその立場にいたら誘惑に勝てたかどうか大いに疑問。ただ個人的には、健康な人体を興味本意で切り刻んだとは思いたくはないな。患者に色々な実験をしたとしても。まあ、これは希望だけど。

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