辻元清美と北朝鮮の紐の結び目

森友問題で名前が出るやほぼ毎日ブログを更新していた辻元清美が急に沈黙してしまった。何もかも否定して穴倉にこもり、ほとぼりが冷めるのを待つ戦法なようだが、火急を告げる北朝鮮の指示を受けて今回の国有地払い下げ疑惑に火をつけ、安倍政権に揺さぶりをかけた張本人がこの女であることは多くの国民がとっくにお見通しである。

辻元清美の今までの言動を見聞きすれば北朝鮮との特別な関係は直ぐに読み取れるが、両者の紐の結び目がどうなっているのかを見てみると、本人自身が帰化朝鮮人であるという根強い噂や(筆者はこれは間違いだと思っている)関西生コンやパチンコ屋といった在日スポンサーの存在とは別に赤軍派の影がちらつくのは割合と知られた話である。

三一書房という左派系出版社を営んでいる辻元の内縁の夫はかつて重信房子がリーダーを務めるアラブ赤軍(正式名称は日本赤軍だが組織の性格を正確に表すため便宜上こう書く)のメンバーで、スウェーデンから好ましからざる人物として強制退去させられた事があり、また辻元を旧社会党にリクルートして政治指南役だった五島昌子(土井たか子の秘書)は若いころから赤軍派の活動家であった。

それと辻元の地元支援者でもある高槻市の私立精神病院は院長はじめ職員にいたるまで大多数が赤軍派の現役活動家であり、2000年に大阪・高槻市に潜伏中に逮捕された重信房子を密かに支援していたグループも辻元清美の後援会ともかなり重複しているといった「奇妙な一致点」が幾つもあるのだが、やはりと言うか大手メディアはこの事を封殺しているのである。

さて筆者より年上の方なら「赤軍派っててんでバラバラになったんじゃないの」と疑問を持たれたに違いない。日本国内の過激な学生集団だった「共産主義者同盟赤軍派」が大菩薩峠での一斉逮捕後に瓦解し、日航機をハイジャックして北朝鮮に亡命した「よど号赤軍」とパレスチナに渡った「アラブ赤軍」、そして国内に残って別党派を組んだ「連合赤軍」の3つの組織へと分裂し、重信房子は有名な「さらば同志諸君」と決別宣言を出しているからだ・





実は筆者も3つの派閥はお互いそっぽを向いていると思っていたのだが、アラブ赤軍のメンバー和光晴生やよど号赤軍へ近づいて彼らの肉声を見聞きした高沢皓司の著書を読んでみたところ、同志殺しで内部崩壊した連合赤軍はさておいて、中東和平の進行で居場所が狭まりつつあったアラブ赤軍をよど号赤軍が組織的に取り込んだ気配がうかがえたのだ。

それは1980年あたりの事で、これまで北朝鮮に留まって金日成主義の学習ばかりさせられていたよど号赤軍メンバーが突然ヨーロッパに出現し、ウィーンに反戦反核運動を組織したり、旧ユーゴスラビア国内に拠点を設けるなど外向きな姿勢に転じたのだが、どうやらこれはパレスチナからヨーロッパの左翼運動へと軸を移していったアラブ赤軍と共同歩調を歩んでいたようなのである。

しかしよど号グループのリーダー田宮孝麿は「ヨーロッパでの活動は失敗だった。自分たちの受け皿になってくれるのは結局は日本人だけで、日本人が一番多いのはヨーロッパじゃなくてやっぱり日本なんだ」と当たり前すぎると言うか意味不明な事を高沢皓司に語っているのだが、気になるのはその「日本国内への転換」時期がちょうど当時早大生の辻元清美が主催のピースボート立ち上げの頃と重なるのである。

ピースボートの陰には過激派や訳の分からない団体が控えていることは当時の大学生の間では有名だったし、経済制裁と不作により北朝鮮が飢餓に苦しんでいる真最中に万景峰号をチャーターして北朝鮮を訪問したりと、両者が只ならぬ関係にあることは良く知られた事だが、筆者はピースボートは最初からは北朝鮮の肝いりで作られたのではないか・・と思っているのだ。

もちろん当時の辻元清美もピースボートも吹けば飛ぶような微弱な存在だし、北朝鮮が後押しした団体は他に幾つもあるのだろうが、過激な武力闘争では全く歯が立たないことから左翼が人権や環境、国際協調と言った市民運動へと路線転換してったのが1980年代である。北朝鮮がこうした日本国内の流れに目を付けるのは当然であろう。





そしてこういう団体が学生たちが集まってワイワイ騒いでいる様な柔らかい段階で北朝鮮が呑み込む場合、日本国内にある最大最強の子飼いである朝鮮総連の人間を使うよりも、10年前に日本の大学の自由な空気を吸っていて、更に一部の左翼学生からは神の様に崇められる赤軍派メンバーを使った方が事がスムースに運ぶような気がするのだ。

よど号赤軍のリーダー田宮高麿は「北朝鮮では正直肩身が狭い」と常々こぼしていたそうだが、客観的によど号グループの能力を見た場合、彼らに出来そうなのはもともと同じ釜の飯を食ったアラブ赤軍と日本国内にいる赤軍派残党、それと何も分からない青二才の学生を篭絡する事くらいなように思えるのだが、その努力の結晶として誕生したのが辻元清美なのではないか?というのが筆者の推測である。

ちょっと話が長くなりすぎたのでもう一回整理すると、筆者が言いたいのは他の左派系議員と違って辻元清美は最初から北朝鮮の子飼い、つまり旧ソ連や中国に奇妙な人権団体の息がかかっていない完全なる北朝鮮のロボットであり、社民党を見捨てて当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった民主党(当時)に移ったのも主義主張の違いではなく、日本の政策に北朝鮮の意向を反映させるためだけだったからだろう。

米韓合同軍事演習の真最中に日本の国会を空転させる、安倍晋三の息の根を止める、日本会議のイメージを悪化させて右傾化を妨害する。北朝鮮が辻元清美に粗探しをさせたのはそうした理由だろうが、いくら北朝鮮からカネと票の支援を受けていたとはいえ、こんな指示に素直に従ってしまうとはこのバカ女は一体どういう感覚をしているのだろう。

それと赤軍派の残党を調べてみると、もともと関西から発祥しただけあって京都と大阪に居住している人間がやけに多いのだが、彼らのほとんどは平和や人権などのNGOや医療機関、西成の貧困ビジネスに関係していて何ともなく関西独自の深い闇を感じ取ったのだが、これを書くと長くなるので今日のところは一旦辻元清美の悪口だけに収めて筆を置くことにします。






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