上皇と東宮御所

動画サイトに「天皇は退位後に東宮御所に住む予定である」というニュースが流れているのを見た筆者は思わず首を捻ってしまった。よくご存じの通り東宮御所は現在皇太子の住んでいる場所で、天皇に即位すれば皇居に移動するのだから、空いたスペースに元天皇が移り住めば良い・・という理屈らしい。

これが民間人なら別に対して問題はないし、筆者は天皇家なんて朝鮮半島・百済から移住してきた略奪者の末裔としか思ってないから退位しようがしまいがどうでも良いのだけれども、「この東宮に住む」というのは流石におかしいんじゃないか・・と思うのだ。

皇居から見て西に位置しているのに「東」宮御所と名前がついているのは太陽が昇って来る方位と次に皇位に昇って来る人物とを重ね合わせているからで、皇太子の住処の別名「春宮」も太陽が燦々と照る夏になる前の若々しい季節からそう名付けていて、しかも春宮と書いてどう見ても漢和辞典的に間違っている「とうぐう」と読ませているのはそのためである。

一般の日本の家庭で子供は東向きの部屋に住ませる習慣はなくても良いけれども、天皇家は言霊による祈りの存在、つまり言葉によって悪霊とか不運を退散するのを長年ご商売にしてきたのだから、こういったゲン担ぎを人一倍気にしなければならないはずなのに、それが一体どうして東宮御所に・・との疑問が尽きないのだ。

もうすぐ死ぬ人間を太陽が昇る、あるいは確実に実現する意味合いを持つ東の方位なり名がつく建物に住ませるということは「死が上って来る」、つまり天皇制の廃止を祈っているのと同じ意味合いなのである。怨霊や呪術、忌み地といったオカルト系に興味が尽きない人間ならこれが大変不吉であることは直ぐに判るはずだ。





だから古の作法に乗っ取って皇居内に「仙洞御所」あるいは「院」と呼ばれる建物を作ってそこに住むか、東宮御所を単に赤坂離宮とか不吉を了解するなら西宮御所、もしくは「秋宮」「冬宮」と名称変更する、あるいは方位的にもっと西にある京都に移住すべきなのだろうが、そうしないのは何故なのだろう?と考えた時に変なイメージが浮かんだのだ。

今上天皇は天皇制の安泰を望んでいないのではないか?いやもっと正確に言うと壊したがっているのではないか?ということである。何を馬鹿な!お前は頭が狂ったのか!と反論されるのは重々承知しているし筆者もそうとは思わないけれども、言葉に深い意味を見出す天皇家の習性を考えれば完全否定するだけの確証も無い。

それにそう考えると生前退位とか女系天皇、それと秋篠宮の子供たちが何故かキリスト教系の大学に通っていることも説明がつくような気がしてきたのだ。ただし筆者は皇室には詳しくないし、それと相反する証拠が世の中には腐るほどあるあろうから議論すれば確実に負けるのだろうけれども、今まで思ってきた今上天皇像と実際の天皇とは違うのではないか・・と思えてきたのである。

明治、大正、昭和と三代続いた神としての天皇とは違って今上天皇はアメリカ人の家庭教師に教育を施され、リベラルな雰囲気が蔓延する時代に成人になった経緯からも天皇制が持つ前近代性や不合理さ、国民の象徴としての虚構については一番良くご存じだったはずである。

それに徳川幕府の最後の将軍のような大いなる矛盾を体現した人物だって歴史上に存在するではないか・・。だから自身その立場にありながらも解体への舵を切りたいと渇望していたのでは・・と妄想は尽きないが、いかんせん考えるための材料が余りに少ないので今日の所はここで筆をおくことにする。






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フィリピン人家族にとって良い外国人夫とは

パンパンガ州に住むエド叔父さんが所要でマニラに出て来たので早速我が家にお誘いすることにした。本来なら外のレストランに行きたいところだが、庶民派のエド叔父さんは「シエナ(筆者の如防の名)の手料理で酒を飲むのが一番だ」と言ってきかないので結局ウチ呑みになったのである。

しかし呑み始めて1時間もしないうちにエド叔父さんはすっかり酩酊し始め、一体何を言ってるのか音声的かつ文脈的にも聞き取りにくい状態になったのだが、そこで何故だか2軒隣に住んでいる遠縁の親戚、そこの末娘が日本人と結婚している一家の話をし始めたのである。

「あの娘の旦那はお前と同じくらいでな、奥さんは15か16歳若いんだがアンヘレスのバーで見初めたんだよ」とのっけから生臭い事を言い出すエド叔父さん。つまりゴーゴーバーの女でカネさえ出せばセックスする売春婦だったと言ってるのである。

日本人の旦那は奥さんのことを愛してるから家族のために大きな家を建ててやって、今まで掘っ立て小屋に住んでた一家は急に生活が良くなって、兄と弟一家もそこに住み込んで車も2台買ってもらったんだ・・とここまではフィリピンじゃ良く聞く話である。

ところが・・。その家に血縁の無い下宿人が一人いてな・・という辺りから話がおかしくなってきたのだ。そいつは誰ですか?と聞くと、エド叔父さんはニヤッと笑って娘(つまり日本人のフィリピン人妻)の恋人だよ・・と言い出したのである。





一つ屋根の下で旦那と愛人が暮らしているのか?と聞いたら、いやいや旦那は日本で働いているから家で娘とベッドを共にしてるのはその恋人だけなんだ・・と凄い話をし始める。だけどその娘の両親や兄弟たちは何でそんな事態を放置しているのか!と聞いたら、そこでエド叔父さんは筆者質問には答えずにこう言ったのだ。

「ノーウェイ、ビコーズ ジャパニーズ ハズバンド ラヴ ワイフ ベリーベリーベリーベリー マッチ(仕方が無いだろ。だって日本人の旦那は女房をとてもとてもとて~も愛してるんだから)」

すでに相当酩酊し始めていたのでエド叔父さんが言いたいことは推測するしかないが、つまり一家にとって日本人の旦那は単なる金づるなだけであり、若い妻を貰ったんだから女房が愛人を持って同居するのも大目に見るべきである!娘に惚れた日本人はそれを受け入れるべきなんだ!と言う事らしい。

ちなみにこの日本人との旦那との間には子供が一人いるのだが、この子の父親が果たして日本人なのか?あるいはフィリピン人の恋人なのかは神のみぞ知るだそうである。全くその日本人は誠に気の毒としか言いようがないが、しかし日本でモテない男はまず絶対に外国でもモテないという厳然たる事実に気が付かなかった罰とも言える。

翌日ひどい二日酔いに悩まされたエド叔父さんに「隣人の娘の事だけど・・」と聞いたら非常にまずそうな表情をして「今度うちに来た時に娘に変な事言うなよ」と釘を刺してきた。まあ本人には言わないけど、フィリピン人の醜い現実を伝えた方が良いかな・・と思い日記に書いてしまいました。






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嫌韓派になった理由

昨日の日記で筆者は20年以上前に韓国人の女と付き合った事があると書いたが、いつもこのブログで「韓国人は死ね!」とか「滅びろ!」と書いているのはその女に相当こっぴどい目に遭わされたからなんだな・・と思われたに違いない。

まあ確かにこの韓国女はなぜか周りにいる人間を貧しくしてしまう貧乏神であり、筆者もそれゆえに毎日銀行預金の残高を見てはハァー・・とため息をつく日々を過ごしたのだけれども、彼女は別に悪意があったわけではないし、それに楽しい思い出だって沢山あったのだ。

それと別れたとは言え一緒に時を過ごした女なのだから、筆者は彼女の母国である韓国に対しては好意的な感情を持ち続けていたのだが、40歳になった頃に営業部の部署統廃合の一環で韓国顧客を担当するようになってから完全なる嫌韓流になったのである。

なんと取引先12社中10社に巨額の未払い金があって、ちゃんと支払っている2社は皆さんよくご存じの韓国企業だけれども価格や特許で様々なゴタゴタがあったし、支払わない10社のうち4社はもはや取引も切れて頬かむりしていたし、残り6社も取引を続けていたもののあーだこーだ理由をつけては督促から逃げていたのだ。

そして一番見払い金額が大きかったK社は歴代営業担当に巧く取り入って業界最安値を獲得し、さらに香港や中国に横流しすることで懐を肥していたのである。繰り返しで申し訳ないがカネを払わない上に世界一安く買って横流しする・・。まさに「不逞鮮人」という言葉を地で行く連中だらけだったのだ。





プライドが高いがお人好しで世間知らずのお坊ちゃん日本人に巧く取り入って便宜を図ってもらい、ついには主導権を握る。筆者の前任者たちは社内では結構ななエリートだったが、残念ながら全員が全員とも韓国人たちに手玉を採られていた上に、さらに心情的に取り込まれてしまっていたのだ。

「未払い金を払えば付き合いを続けるが、払わなければ切る」との筆者の通告に韓国企業は例のごとくあーだこーだと言い逃れを始めたが、驚いたのは彼らが前任者たちに手を回して筆者を宥めさせたことである。目的はもちろん1円も払う事無く更なる値下げを獲得することだが、もちろんこんな手前勝手な要求に乗るはずも無い。

そして期日までに支払いは1円たりとも来なかったため弁護士を通じて訴訟を起こすことを検討したのだが、過去十数年間のK社とのやり取り記録を見た弁護士は「これは勝つ見込みはありません」とだけ言った。韓国の法律の問題もあるけれども(書くと長くなるので省略するが)最初から向こうの策略に乗っかって負け続ける取引を歩んでいただけだった。

で、結局ウン億円の未払いは全てパーである。上司からはなぜ回収もしないうちに韓国10社との取引停止に踏み切ったのか!と嫌味を言われたが、前払いやL/C取引ならともかくどの会社もことごとく45日の後払い、しかも債務が膨らんでいるのにも関わらず取引を続けていたのだから何を今さらである。

筆者が子供の頃に大工だった叔父から「韓国人は借りた金は返さないから商売するな!」と言われてきたが、それは全くもって本当だったのである。だからご自身で商売されていたり、あるいはマンションオーナーの方がこの日記を読んでいたら是非ともこの昔からの諺を肝に銘じてほしい。韓国人が来たら扉を閉じろ、もしも既に付き合いがあったら泥濘に足を取られる前に切れ!






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KOREAに行きたい?

4月からの日本滞在のスケジュールを組み始めたのだが、女房の口から「雪が見たい」「滝が見たい」「火山の噴火を見たい」「チーズ工場を見たい」といった迷要望とともに「韓国に行ってみたい」と言い出したのには戸惑ってしまった。

韓国?そりゃまた何で?と筆者が思ったのは、実は筆者は女房と付き合う前に韓国人の恋人がいて、その女のアソコの具合が大変大変よろしかった由を迂闊にも発言してしまって以降コリアと聞くと嫌な顔をするようになったからである。

まあその他にも香港で勤めていたブティックで体験した韓国人客たちの理不尽な悪態や、フィリピンにいる韓国人たちの高慢ちきな態度といった理由もあるのだけれども、他の親戚たちと違って女房は韓国ドラマが始まるとチャンネルを替えてしまうほど無関心であった。

それがまたどうして?と女房に聞いたら「料理が美味しそうだから」という答えが返って来た。なんでもグルメ番組で東大門だか南大門市場の特集をやっていて、生きたタコとか色んな海産物を使った鍋料理がとても美味そうに見えたのだそうだ。

正直そんな料理なら大阪の鶴橋や今里あたりにいくらでもありそうだが、確かに2か月半も日本にだけいれば飽きるだろうし、関空とソウル往復もLCC利用なら2万円以下である。これだとJR特急で北陸の温泉地に行くのと大して変わらない金額ではないか・・。





その時筆者の頭をよぎったのは5月9日の大統領選挙である。もちろん筆者は反日左派の頭目ムン・ジェイン当選を祝いに行くのではなく、こういう亡国政治家が勝利した瞬間に大喜びして小躍りしている低能民族の顔かお顔FACEを眺めに行くのが目的だ。

昨年のタイ国王崩御の時にバンコクにいたように、最近の筆者は歴史的瞬間に居合わせたいな・・と思うようになったのである。今後10年20年先を考えれば今年5月9日は韓国にとってヒトラー政権が誕生したのと同じような意味合いを持つのはまず間違いが無さそうである。

アメリカとの軍事同盟を破棄して親中政策をとり、北朝鮮と高麗連邦を結んで徐々に南北一体化が進んでいき、気が付いたら財産のあら方を失った上に国が丸ごと収容所になっていた・・。人類史上まれに見る大ポカになったきっかけは何もかもあの年の5月9日の選挙だった・・というストーリーだ。

まあ南北朝鮮が滅亡する頃には筆者は墓場に入っているだろうが、それでも20年後には病院のベッドでテレビ画面に映った「高麗連邦は悪天候の影響から今年の冬に200万人の餓死者が出る見通しです・・」なんてニュースが流れている可能性は十分あり得る話である。

そして隣のベッドにいる別の患者に「おれはムン・ジェイン当選の日にソウルに居たんだが、あの時の韓国人たちのはしゃぎっぷりといったらそりゃもう・・」などと自慢話をしていたいのだ。ゴールデンウィークに微妙に引っかかる5月8日出発だと少し高いけど、後々のことを考えるとこのチケット買いである。






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屋根があれば勝手に住み着く貧乏人ども

筆者のアパートの裏には洗車場と低層商店ビルが建設中で今までトンカンガーガーギーギーとうるさくて仕方が無かったのだが、ここ最近現場で働いている作業員の人数がやけに減っている事に気が付いた。以前は30人くらいがエッチラオッチラ働いていたのに今は4人しかいないのだ。

建物は骨組みが完了したくらいで外壁は吹きさらしのままである。普通だったら今ごろブロック組みの作業員が鉄骨にへばりついている段階なのだが、3人の作業員の動きをよく見るとゴミ掃除みたいな事しかしていないのだ。

日当目当てのサボりだな・・。3年間に女房の叔母の一人が家を建てた時に当初は30日だか40日で完成するはずが期日になっても半分しか完成していないことが判明して大騒ぎになったのだが、要するに最初に決めた金額よりも余分にカネを取ろうと施工業者と作業員たちが結託してわざとゆっくり働いていたのである。

筆者はフィリピンで家を建てた事は無いので詳しい事は判らないが、契約どうのこうの以前に発注側は毎日現場に足を運んで「全然進んでねえじゃねえか!」と現場監督に文句を言い続けないといつまでたっても建設完了にならないのがこの国の常識だそうである。





それで「どうも洗車サービス業者は監督を怠ってるようだな・・」と思っていたのだが、郵便ポストがぶっ壊れた件でアパート管理オフィスに出向いた際、気さくな女性スタッフに「裏の建築工事はいつ終わるか連絡が入ってる?」と聞いてみたら予想とは違う答えが返ってきた。

なんと工事自体が無くなる可能性があると言うのである。それは騒音が原因で役所が止めたのか?と聞いたら、いえいえ違いますよ、施工主がお金を払ってないらしくて建設業者たちが一斉に引き揚げちゃったみたいなんです・・と言うのである。

じゃああの建物はどうなるんだ?とか、あの4人は誰に雇われてるんだろう?となどの疑問が頭をよぎったが、しかし何事も無計画なフィリピン人ゆえ自己資金も充分無いまま建物を建ててしまうのは十分あり得る話である(土地も買ったんじゃなくてリースに違いない)。

それで部屋に戻ると「裏の工事は金払ってないからストップだってよ」と女房に言ったら、これがまた変な事に「それは問題だわね」と言う。へっ?なんで?静かになるから良かったじゃないの・・と思ったが、女房が「スカッター(不法占拠者)が住み始めるじゃない!」というのに思わず納得してしまった。





女房の生まれ故郷リサール州では「屋根があると貧乏人が住み着いてしまう」という諺があるらしい。だから誰かが常時見張っていなければならないのだが、遺棄された建築現場などガードマンを雇うはずも無いから、ひとたびスカッターが目を付ければ連中の巣になってしまう可能性が高いと言うのだ。

日本のホームレスと違ってフィリピンじゃ家族単位で移動するから1年もすれば子供がポコポコ生まれ始める。そして数年後にはこのガキどもが物乞い、窃盗をおっぱじめるようになり、金のない両親は生計の手段はガキの窃盗にお任せして朝からシャブでラリパッパになるらしい。

ちょっと待て・・。と言う事は俺たちは安全なのか?と聞いたら、まあ最上階だからスカッターがよじ登ってくる事は無いだろうが、1階と2階はかなり危なくなるし、窓をぶち破って建物の中に入ってくればもう観念するしかないわね・・と怖い事を言い始めた。

いやはや・・えらい事になりつつあるようだ。かくなる上はガーガーギーギー煩くても良いから工事が再開してくれることを願うしかないが、もしもそうならず蟻みたいにスカッターが壁をよじ登って来るようになったら・・。今のうちこのアパート売っぱらったほうが良いかな。






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東西同舟

先日の日記で「他の国の医者なら豆を喰うな!とアドバイスするのに、フィリピンときたらもっとクスリ飲め!としか言わない」と書いたら、豆の事なんか言う医者いるの?というコメントをいただいた。どうやらこの方は豆は身体に良いものなのに何で?と思われたらしい。

どうも筆者の書き方がマズかったが、ここで言う「他の国」とは具体的には香港のことなのである。今まで日記に何度も書いたが筆者は二十代後半から都合16年間の長きにわたって香港に住んでいた事があり、健康診断も日本国内よりも香港で受けた回数の方が圧倒的に多いのだ。

で、なんで豆が駄目なのか?と言うと筆者は痛風持ちであり、豆は痛風の天敵プリン体が多く含まれていることと、漢方医学では筆者のような体内の水の循環が良くない人間(痰質と言う)は豆類を控えた方が良いと言われているからである。





地元の名門香港大学やイギリスの医学部で西洋医学を修めた医者でも漢方医学的な考えを診断に混ぜるのが香港医療の特徴で、これは香港人と深く付き合った方ならよくご存じだろうが、心配性の日本の母親のごとく彼らはやたらと頻繁に東洋医学クリニックに行くものであり、香港では西洋東洋それぞれの医学が同じくらいのウェイトを占めているのだ。

筆者など熱が38度を超えるまでは医者など行かぬが、ちょっと喉が痛い、体がだるいとなると香港人がまず行くのは漢方医である。筆者は彼らの早引けや治療費用の補助とかもろもろのサインをしていたが、香港人従業員たちの漢方医訪問回数は均すと月3~4回、一方の西洋医は1~2回くらいであった。

日本人が漢方医学と聞くと何だか野蛮なもの、劣ったものというニュアンスを感じるかもしれないが、漢方医が広く浸透していることは予防医学の観点からは大変よろしい事であり、ストレス溜まりっぱなしで酷く脂っこいものを喰ってる香港人の平均寿命がアジアでも飛びぬけて高いことに大いに貢献しているのだ。





それに筆者の通っていたバカ高い私立病院にも東洋医学治療院という別セクションがあって、そこでは鍼治療や薬草を使った治療のスペシャリストが集結していたし、西洋医学の内科医たちだって毎日のように患者から「漢方医から悪い気が溜まってると言われました」なんて聞かされるから、彼らのアドバイスも自然と漢方的匂いが交じっていくのである。

かく言う筆者も実は若いころに一度だけこの別セクションを訪れたことがあって、筆者の診断を終えた漢方医は「お前の身体は水はけがよくないから気を付けろ!」と言って幾つかの病名を紙に書いたのだが、その頃の筆者は健康診断の結果「どこも問題無し」だったから漢方医の言う事など気にも留めなかったのだ。

ところが現在その紙に書いてあった病気に全部罹っているのだから「あの時素直に従っていれば・・」と後悔するのだが、もちろん時すでに遅しである。なので今のところオレは健康だ!と思っている四十代の方も慢心せずに(ちゃんとした)漢方医の門を叩かれることをお勧めしたい。それとその際いただいたアドバイスは素直に聞くようにしましょう。






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お前が言うなぁぁ!!

今日26日実施の香港行政長官選挙に関するニュースがここ数日フィリピンでも結構見かけるようになった。フィリピンは香港に10万人以上の出稼ぎ家政婦を送り出しており、中近東やアメリカに比べれば規模は劣るものの結構な海外送金元であるから、フィリピン国内でも多少は興味を持っているらしい。

ある番組で中国の横暴に多くの香港人の怒りは溜まっている、香港の政体は民主主義とは言えない・・との防有名女性司会者のコメントにずらりと並んだコメンテーターたちがウンウン肯いているシーンを見たのだが、しかし筆者はこの光景を見て違和感を持ったのだ。

筆者は1994年から足掛け16年も香港に住んでいて、香港返還から民主化デモに行政長官選挙なんかもこの目で見て来たけれども、筆者の周りで政治活動とまでは行かなくとも昼間の飲茶や酒宴の席で政治からみの話をする人間というのは贔屓目に見ても5%くらいしかいなかったからである。

もちろん世界各国には外交・国家安全保障政策と富の分配政策を混同してしまう人間は沢山して、左右上下は別としてリアリティーのある一つの政策レベルに落とし込めている人少数だけれども、香港人の大多数はそれ以前のレベルで、安い税金と高い株価だけ実践してくれれば後は興味がない・・という人たちなのだ。





香港は100年もの長きにわたってイギリスの植民地であり、政治に関与せずに金儲けに邁進するよう自由放任主義政策(レッセフェール)を採ってきたために、(人間と言うのは本当に恐ろしいものだが)香港人は会社でも家でも電車の中でも投資話ばかりにかまけている人間になってしまったのである。

だから香港人の顧客で名誉人士とか産業団体の大物なんか務めている人物との酒宴でも、昨今の経済状況なんかの話題になるとワアワアギャアギャア口角飛ばして演説するが、時期行政長官の政策について質問すると急にキョトンとするや言葉に詰まってしまうのだ。

今のところ香港が便利だからここに住んではいるが、状況が悪くなったら海外に移住すれば良いだけで、政治に関与どころか考える事さえしない。まあ香港人の大多数は混迷する中国大陸から逃げて来た難民とその末裔だから愛国心とか郷土愛がかなり薄いのは仕方が無いのかもしれない。

ただしどの国のメディアもこういう不都合な真実は伝えないから、あたかも香港人の大半は民主派を支持していて、人々の意思を捻じ曲げる政体に対して憤慨しているように報道しているけれども。この民主派も良く見ると法輪功の信者や尖閣デモで先頭を歩いているプロ市民たちである。





さてもう一つ変なのはフィリピン人は「香港は民主的ではない!」と言っては如何にもフィリピンの政体が優れている様な表情を浮かべるのだけれども、街のあちこちに政治家の名前が付いたホールやスポーツ施設、それにバス停が立ち並んでいるような状態を別に疑問も持たずに受け入れている事だ。

ちょっと書き忘れたがこれ政治家が寄付したわけではなく全部税金で作ったものなのだ。例えば東京都の予算で「小池百合子記念体育館」「小池百合子高校」を都内あちこちに作っているのと同じである。そういう政治化が票を集めているような状況を是正できない国が香港の事をとやかく言うのはおかしくないだろうか。

さて冒頭のテレビ番組に話を戻そう。「香港のこの不公正なシステムは是正されなければなりません」と某有名女性司会者は意を決したような表情で言った。しかしその世界の正義を味方につけたようなモノの言い方にカチンときた筆者は思わずテレビに向かってこう叫んでしまったのだ。

おまえのアニキがやってたことの方がよっぽど不公正だろうがあああ!!!!







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製薬会社直属クリニック

健康診断の結果が出たのでオルティガスにあるクリニックへ出向いたところ、やはり思った通り筆者の体調はすこぶるよろしくない事がレポートから読み取れた。中性脂肪にγGTP、尿酸値に血糖値、コルステロールなどの諸々の数値が上がっていて、下がっているのは視力だけという体たらくである。

まあ朝から晩まで寝っ転がって株価ばかり見てればこうなっても仕方がないな・・とは思ったが、今回筆者にとってちょっとショックだったのはレントゲン検査の結果にATHEROMATOUS AORTAという見慣れない文字が医師所見の欄に書き込まれていた事である。

AORTAって確か心臓近辺の大動脈だったはず・・。それがATHERなんとかって何の事だ?と思ったところで筆者は診察室に呼ばれた。そこにいたのは前回かちあったクスリを売りつける事しか言わなかった菅井きん似の女医ではなく割合とマトモそうな初老の紳士である。

このクリニックは女房の従弟ラフィーが勤める製薬会社が経営しているためか、本来なら「この病気は不摂生が原因ですから運動してください」とか「アルカリ性の食事を増やしたほうが良い」とアドバイスするところを、菅井きん似の女医は「この○○○というクスリが聞きます!」としか言わなかったのである。

ところがこの老紳士医は「平地をゆっくり歩くよりも階段の昇り降りをした方が良い」とか「肉より魚、それと豆類は気を付けて・・」などとちゃんとマトモな説明をするので筆者もフンフンと聞いていたのだが、例のATHERなんとかって病気については何故だかスカッと飛ばしたのである。

あの~、レントゲンの検査結果に気になる事が書いてあるんですが・・と聞いてみたら、ああこれね、これはね加齢だよ、私みたいに年取るとみんなそうなるんだよ・・としか言わない。だけど幾つか質問したところATHEROMATOUSというのは大動脈硬化症によって血管の形状が変形しているという意味らしい。





たしかこの状態が進行すると大動脈瘤になってある日突然心臓がバーストするんじゃなかったっけ・・。まあ一気に死ねるから人生最後の形の選択肢としては悪い病気じゃないんだろうけれども、しかし手術で治るなら早いうちに治療した方が楽である。

それで老紳士医にどの程度進行しているのか?と聞いたのだが「全然心配することはないよ」「年を取れば誰だって同じ症状を抱えるものだ」としか言わない。そして医者は「心臓も元はと言えばコルステロールや中性脂肪が原因だ。必要なクスリを処方するから帰りに薬局で受け取るように・・」と言うやニコヤカにファイルを閉じたのである。

ところが・・。会計を済ませて薬局に行くと窓口の女が「ミスター○○ですね、ドクター△△から処方されたクスリがこちらです!」と言って目の前に出てきたのがプラスチックのバスケットにどっさり盛られたクスリクスリクスリの山・・。

あんたこりゃ一体何日分あるんだ?と聞いたら受付の女はケロッとした顔で「すべて3カ月分です」と言い張る。そしてこれがコルステロールでこっちは痛風の・・と説明をし始めたのだが、一番気になってる大動脈硬化症のクスリはないのか?と聞いたら、それは医者からの処方リストに入っていません!と言う。

帰り道に隣のビルに勤務している従兄弟ラフィーに車で送って貰う際にこの話をしたら、ああ、そりゃウチの会社には心臓とか大動脈関連のクスリは作ってないからね!と呆れたことを抜かした上に、料金と処方量を見せたら「こりゃ随分と盛られたもんだね」とケラケラ笑いやがった。

製薬会社が経営するクリニックだから売り物は治療ではなくクスリである。普通の国じゃ考えられないがココはフィリピン、非常にわかりやすいと言えばそうだけど、せめて循環器の専門家を紹介するとか少なくとも「違う病院に行った方がいいよ!」くらい言って欲しかったね。






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またガキが生まれた

従兄弟ジェンとジュミ夫妻との間に生まれた3番目の子供のお披露目会があったので筆者と女房もお土産を持って参加してきた。こう聞くと「そりゃ大変めでたい事だからさぞかし盛り上がったんだろう!」と思うかもしれないが、実は筆者は案外とそうでもなかったのである。

というのは昨年の今ごろにも同じことを2回やっているのだ。一度は他ならぬジェンとジュミ夫妻の2番目の子で、もう一人はジェンの妹メイが生んだ「父親が誰だか不明の子」である。その度にお土産を持っていくと、そこで嬉しそうにしているのは無数にいる子供たちである。

あんまり具体的に書きたくないが、合わせて25人いる女房の従妹世代の子供たちのうち、両親がマトモな職に就いているのはたったの8人しかおらず、残り17人はコールセンターの夜勤や零細小売店主、料理人にシャブ中、そして離婚中とかメイの子のように父親が居ないどころか判らないなんて子供たちなのだ。

そのガキどもも今はアドボと米の粗食を食ってればよいが、15年後には制服を着て学校に通うようになるわけだし、その一方彼らの両親はと言うとどう考えてもその頃にはコールセンターなんて業種はとっくに別形態に変わっているはずだから収入の方は正直頼りなげに思える。





となるとフィリピン特有の親族で一番懐具合が良い人間に助けてもらうわけで(正確にはタカる)、筆者はその頃生きているかどうかは判らないがタカリ先候補の一人には入っているはずだから、親戚にガキが生まれると言うのは正直あんまり嬉しくもないのである。

もちろん4年前にフィリピンに来た時は筆者も人並みに可愛がったが、その両親たちが筆者のところにカネを無心しにきたり、貸した金を回収するために住んでいた家を丸ごと買い取るとか、或いは義妹の様に借金返済の話になると植物の様に一切の動きを止めてしまうのを見るにつけ考えが変わってきたのだ。

無計画に子供を作り、無計画に出費をし、何か問題が起こったら誰かにすがりつくが、あとは神に感謝してお終い、これがフィリピン人である。もちろんマカティあたりの裕福な家は違うのかもしれないが、筆者はたった4年しかフィリピンにいないけれど程度の差が有れどもフィリピン人は皆同じに見える。

「ブラザー!さあオレの子供を抱いてくれよ!」と従兄弟ジェンが言うので仕方なく従ったが、スヤスヤ寝ているガキの顔を見ながら「お前、大きくなってもオレの所に頼りに来るんじゃねえぞ!」と頭の中で念じていたのである。もちろん顔ではニコニコしてたけれどもね。






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平成の一大疑獄事件の真相

昨日の日記で一時帰国の際のケータイ保有が不便で仕方が無いのは全てNTTら電話通信事業コングロマリットの利権体質のせいである!との怒りから腹いせ返しの日記を書き始めたが、本日は時代が平成に入ったころ日本中に激震を走らせたリクルート事件と旧電電公社(現NTT)を結ぶ点と線について日記にしたい。

リクルートの江副会長は紙の出版物はいずれ先細りになる、これからは通信だ!と考えていて、(当時の技術・世界観で言うと)電話回線を使った情報提供サービス業、つまり当時リクルートが発行していた「ケイコとマナブ」や「ABロード」「とらばーゆ」といった数十にも及ぶ出版物をより発展させたサイバー空間を立ち上げることを考えていたらしい。

そこで電電公社(現NTT)の経営陣にアプローチしたところ、相手もリクルートの構想には興味があったらしく、真藤社長ら電電公社の幹部たちもリクルート社を訪れたりとかなり交流が盛んになっていき、色んなプロジェクトの話が実際に動き出しつつあったのだそうだ。

そしてリクルートが政治家らに未公開株を渡したのは電電公社民営化の暁にはその回線を使った事業の許認可を良しなに・・という口利き料だったのだそうで、その額は「森喜朗が上場時にの売却で1億円儲けた」なんて報道されたが、実際はそんな微々たるものではなく、少なくとももう1ケタ多かったそうだ。

ところがリクルート社が下手を打ったのは通信族のドン、つまり電話回線を引くだけで7万円もの加入権の徴収し暴利をむさぼり、実質コストの10倍もの値段で公衆電話を売りつけていた電電ファミリー事業体の後見人的存在に賄賂を渡してしまったため、彼らから徹底的に反撃される羽目になってしまったと言うのだ。





前述の京セラにNEC、日立、東芝、富士通、沖電気、それと町中いたるところにいる電話回線工事下請会社。独占企業体の下で甘い汁を吸っていた電電ファミリーの関係者は日本全土で数十万人もいて、その連中が新設の第二電電の株主となってNTTとの言わば出来レースを演じる筈だったのに、そこへやり手で新進気鋭のリクルートが入り込めば勝てる見込みはない。

そのドンが誰だったのかについては寿一さんは「時の総理」としか言わなかったが、未公開株を渡していた時期だと中曽根康弘、事件発覚時だと竹下登になるのだが、この二人は未公開株を受け取っていて少なからず政治的ダメージを受けた側なので、筆者はもっと別の筋なのではないか?と思っている。

「リクルートの江副会長は大変優秀な人で、逮捕されたのは日本にとって痛い損失だった」とホリエモンは語っているが、確かにあれだけの切れ者がNTTの回線を自由に使えたのならヤフーやソフトバンク、楽天なぞ今頃なかっただろうし、もしかするとグーグルはカリフォルニアではなく日本にあったのかもしれない。

しかし大変残念な事に日本の中には電電ファミリーのような「何にもしたくないけどオレが全てを管理する」といったロクでもない御仁が沢山いらっしゃったため、日本の通信やマルチメディア界は内向きで世界相手に勝負することが出来ない仕組みを維持してしまいガラパゴス化が進行してしまった。

と言うわけで海外じゃ当たり前なる短期通話SIMカードもオレオレ詐欺のおかげで日本じゃ取得できず(この詐欺も背後にNTTがいると筆者は疑っている)、海外旅行者に不便をかける状態がそのままになっているのだ。政府も観光立国を目指すのなら、こういう電話業界の利権体質を切り崩したらどうだろうか。






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面倒くさい帰国時のケータイ電話

フィリピンの猛暑を避けるため来月から一時帰国するのだが、筆者の頭を悩ませているのは携帯電話である。他の国なら通話用プリペイドSIMを購入すれば即時に電話番号を貰えるのに、日本の場合は2週間の短期SIMかあるいは携帯電話ごと2年間契約するしかなく、筆者の様に3か月間だけというプランが見当たら無いのだ。

まあ年間2万円とか3万円でキャッシュバックがどうのこうの・・という抜け道はあるのだろうが、その為にわざわざもう一台携帯を増やすのも面倒だし、それに筆者のコミュニケーション手段はメールやSNSメッセンジャーが中心だから多分電話料金は年間5千円以下に収まるはずだ。

それとIIJmioなる会社が出している訪日外国人向けSIMは「専用アプリで電話発信ができるブラステルカード添付。050番号を取得することで、着信も可能です」と謳っているのだが、野蛮人の筆者には「こうすればこうなって、こういう事も出来なくもない・・」みたいに説明が回りくどい商品は嫌いなのである。

それで毎年2~3カ月だけ帰国している皆さんはどうされているのか?と知りたいのだが、それはさておき日本の電話がなぜこんなにややこしいのか?と誰かに聞くと、それはオレオレ詐欺の被害を広げないためである!と尤もらしい事を言う御仁がいるが、嘘つけ!これは全部NTTの利益保護のためだろう!と叫んでしまうのである。

日本だけSIMフリーの携帯が売られていないのは電話料金が薄利多売になるのを防ぐため、独占は無理でもほんの数社しか参入できないようにしてカルテルを結ぶためである。だいたいその昔から電話事業というのは利権体質がはびこっていて自由競争を出来ないように政官財の三位一体でしてきたのである。





と言う事で筆者の腹立たしさを紛らわすため本日の日記では年ほど前にネットラジオで聞いた「えっ?そうだったの?」という話をご披露したい。話をしてくれたのは元リクルート社の幹部で、現在は引退されて埼玉県の田舎に引っ込まれている「寿一さん」である。その題名はずばり「リクルート事件の真実」である。

大変有名な事件だからここでいちいち説明する必要もないだろが、概略だけ書くと当時情報発信企業として急成長していたリクルート社が有力政治家、官僚、通信業界有力者に対して子会社リクルート・コスモス社の未公開株を譲渡していたことが発覚し、何人もの政治家の首が飛んだ一代贈収賄事件である。

竹下登に中曽根康弘、宮澤喜一に橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗など未公開株を受け取った政治家のリストにはとんでもない大物がズラリと顔を揃えていて、これだけでロッキード事件なんかより遥かに規模がデカい疑獄事件だと当時大学4年で就職活動中だった筆者にも判ったのだが、しかしリクルート社の目的となるとなんだか曖昧だったのである。

当時のニュースでは川崎市の駅前開発への便宜とかスーパーコンピューター導入、就職解禁日の前倒し、或いは新興企業ゆえ軽視されがちだった立場を逆転したいなどと色んな理由を書き立てていたが、おそらく筆者同様に皆さんも「そんなちっぽけな事でこんな巨額の賄賂を渡すもんかね?」と思われていたに違いない。実際どう見ても桁が2つくらい違うのだ。

その答えを停止してくれたのが前述の「寿一さん」である。この方は当時リクルート社の部長職にいたそうだが、事件が発覚した時に「通信事業の件でやられたのだ・」と直ぐに思い当たったのだそうだ。リクルートが賄賂を渡していた当時は通信自由化、つまり電電公社の民営化が始まりつつあった時期で、リクルート社の目的はここにあったのだそうだ。(続く)






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ソウルが火の海になる

米ティラーソン国務長官が過去20年間の対北朝鮮外交は失敗であると発言し、今後アメリカは金正恩政権に対して武力攻撃も含めた強硬措置へと転換することを示唆したが、この発言を受けて左がかった識者たちは早速「とんでもない事だ!」と騒ぎ出したらしい。

朝鮮総連や統一教会の意向を受けた基地外は別として、いささか良識ある方たちでさえもアメリカの外交転換に及び腰なのは「ひとたび北を攻めればソウルが火の海になる」という昔からあるロジックに囚われているからなようである。

北朝鮮との軍事境界線からわずか四十数キロの距離に人口2500万人の人間が住んでいる。ロンドンを超える世界4位の都市経済規模が甚大な被害を受ければ世界経済に与える影響は計り知れない。戦争になればたった数日で世界大戦に匹敵する死者が出る・・という話だ。





しかし筆者はそういった話を聞いても「だったら火の海になればいいじゃねえか」「2500万人死ねばいいじゃねえか」としか思わないのだ。だって1951年の休戦協定から66年間にわたって南北朝鮮はずっと一触即発の状態にあるのだから、ソウルが地理的に非常に危ない場所にある事はどんなバカだって判っていたはずだからだ。

ふつうの人間が「この街は津波に襲われそうだ」とか「地盤が緩んでいる」と知れれば引越しするはずだ。だから韓国もさっさと釜山とか或いは日本も怖いのなら北朝鮮と日本両方から攻めにくい大邱や大田にでも首都を移転し、ソウルは京畿道の中心都市くらいにダウンサイズさせるべきだったのに、それをしなかったのは韓国人が総じてバカだからである。

バカな人間が危ない地域に大量に住んでいるために世界最悪の危険国家をみずみずと育んでしまった。これが南北朝鮮問題の根本原因ではないだろうか。だったらバカな事やってる2500万人がさっさと滅びた方が選択肢が広がるのだ!と発想転換すれば朝鮮半島も少しはマトモになるだろう・・というのが筆者の考えである。





それと世界経済ウンヌンについても、確かに投資家や銀行にとっては一時的に損失が発生するが、もともと朝鮮人は借りたカネは返さない!をモットーにしている踏み倒し民族なのだから長い目で見れば同じ事ではないだろうか。それに韓国が徹底的に破壊されるのは日本企業にとっては大変好ましい事態である。

日本が戦争による破壊から数年で立ち直れたのは朝鮮戦争の特需があったからだ。競争相手がいなくなる上に儲かる、それに反日運動を叫んで金をせびるダニが半分くらい死滅するのだから、朝鮮半島全土が火の海になるのは経済的損失や悲劇どころか日本にとっては微笑ましい出来事である。

だったら何もアメリカが攻撃するのを待っているのではなく、日中戦争の発端になった柳条湖の謎の一発のように、愛国心溢れる日本人ネトウヨに韓国軍の制服を着てもらい、板門店の見学がてら一発北へと発砲してもらったら如何だろう。と言う事で日本の未来を憂いている方、宣伝カーに乗って叫んでないで韓国へ一発撃ちに行きましょう。






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七つの顔を持つ男

原発廃止を主張する市民団体の動画を見ていたら、壇上に上がって演説している爺さんのテロップに見覚えがある名前が書かれていた。このM氏は××県教職員組合、いわゆる日教組の県の委員長だった事から元学校教員だったことが判るのだが、筆者はこの男が持つ別の肩書を他の件で見たことが2回あるのだ。

日本教職員チュチェ思想研究連絡協議会、あるいは旧名の日教組内のキムイルソン思想研究会、もしくは単にチュチェ研の親玉の一人と言った方が判りやすいかもしれない。チュチェ研とは日教組に限らず大学や各労働組合の中に設置された学習サークルで、定期的に集まっては北朝鮮がいかに素晴らしいか!を唱えているおバカさんたちである。

日本人の拉致を実行したのは北朝鮮の工作員ではあるが、海岸に上陸して誰でも構わず麻袋に詰め込んだのではなく、あらかじめターゲットになる日本人は国内協力者によって下調べをされていたわけだが、朝鮮総連と並んでこのチュチェ研(電力労連と自治労、日教組の中のチュチェ研が特に深くかかわっている)がその作業に当たっていたことは一部には知られた話だ。

そのチュチェ研の親玉がなんで原発廃止運動の呼びかけ人になっているのかと言うと、このM氏は退職後にエコロジー絡みのNGOを自宅に立ち上げているのと、なぜか中核派の機関紙に登場しては「国鉄闘争への思い」など今や誰もが忘れてしまった旧いJR社名を用いて労働者の権利ウンヌンを熱く語っていることからも左翼のマルチプレーヤーだからである。





どうもM氏は中核派の秘密党員のようなのだが、さらに不可解なのは自分のいる県には米軍基地など全く無いのに「米軍による騒音公害被害を問いただす!」と息巻いて沖縄へと乗り込み、地上戦で虐殺された無念の人々に報いるため!とか叫んで沖縄からの米軍撤退と非軍事化、さらに琉球独立を主張していたのだ。

元学校教師にして日教組の活動家、北朝鮮の国内シンパ、エコロジストに中核派、沖縄独立運動家とK氏の肩書は実にバラエティーに富んでいるが、しかしながら実はこれらはM氏にとっては仮の顔でしかない。こう聞くと驚くだろうが、日本の左翼団体は日本共産党を除きほぼある特定の方たちの影響下にあって、それぞれの団体は彼らの「容れモノ」になっているのである。

七つの顔を持つ男M氏。しかし今まで書いた彼の肩書を数えていただくと6つしかないのにお気づきだろう。では彼の本当の正体、彼が生まれてこのかたずっと左翼活動に専念していた本当の理由は全てここに行きつくという真実の肩書をご披露しよう。教員になる前のM氏は○○▲▲同盟に所属していた、それが全ての解である。

以前の日記でも書いたが西早稲田の反日ビルや日本ユニセフ協会、日本基督教団、夫婦別姓を叫ぶフェミニズム団体、そして創価学会に旧民社党といった有象無象の左翼グループには多くの良心的かつ無知な日本人が手弁当で参加しているが、こうした下っ端と名誉職的な理事たちを省いてみると中心となるメンバーはたいてい2つの方たちである。





日本史的に最下層に位置つけられた○○と在日韓国朝鮮人である。片方は自分たちの祖先を踏みにじって来た日本を徹底的に壊したい!という潜在願望を抱えていて、もう一方は近代化が遅れて併合されてしまった劣等感は実は表向きで、実際は日本を自分たちの癒合の良いように作り替えて丸ごと乗っ取るという別の目標を持っているのであるだ。

両者とも日本の強固な日本のエスタブリッシュメントを破壊する事で手を組んでいたが、しかし多額の援助を政府から受けている内に、「ごねればカネになる」という甘い汁を知ってしまったため、ここでも両者は手を携えて旧社会党に人を送り込み、最後の20年間くらいは実質的に乗っ取ってしまったのである。

革命とか国際的連帯などと絵空事を叫ぶ学生と違ってマイノリティーは生活が懸かっているから運動は実践的になるし、さらに恨みつらみや乗っ取り目的が重なるとより戦闘的になるので、どんな労働運動や社会運動でも彼らの動員力は一桁違うし、ひとたび彼らが執行部に入り込めば夢想家を蹴散らして実権を握ってしまうのはある意味当然である。

ただし長年にわたって巨額の補助金が○○に与えられ、在日もその分け前を貰っていたからある意味政府とは出来レースだったのだけれども、2002年に国からの巨額の補助金が打ち切られ、さらに同じころに北朝鮮の金正日が日本人拉致を認めた事で日本中が反朝鮮一緒に染まってしまったのは両者にとって大打撃であった。





で、正攻法では戦えないから今度は旦那衆を他所に切り替えて、従軍慰安婦とか南京大虐殺、男女平等、ヘイトスピーチに外国人参政権など別の問題に軸足を移すことで彼らは生存をかけている訳で、そのためにM氏のようなタカリのプロはもう1つか2つ肩書をこしらえるようになった・・というのがここ15年の反日活動の原因なのだ。繰り返しで申し訳ないが全ての源流は2002年の打ち切りにあるである。

しかし大変残念な事に日本の右の思想の人間や一部メディアはこういった事態に「韓国と中国はケシカラン!」と叫んでいるだけで、そもそも現在世界中に広がっている反日運動の潮流について目を向けないのはおかしいのではないか?いや意図的に目を背けるのはずるいのではないか?と筆者は思うのだ。

なぜなら最も反日国家なのは他ならぬ日本自身だからだ。そうなった理由は敗戦後の社会・教育制度の欠陥が大きいけれど、実は長年にわたって補助金でのうのうと暮らしていたマイノリティー達が現在でもありとあらゆる悪だくみをこしらえているのに、人権への配慮と言う綺麗ごとのせいでこの醜い事実に対して何もできないからだ。

自分の生徒たちの中で血統がずば抜けて良くて性格的にも御しやすそうな横田めぐみに目を付けて北朝鮮に売り飛ばしたM氏らチュチェ研教師と同じように、日本国内の構造的矛盾を見つけ出して中韓朝の反日包囲網に売り飛ばしているマイノリティーの利権屋たちがいるという事実を、日本のメディアはタブーに怯むことなくスポットライトを当ててもらいたい。






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不安産業医

年に一度の健康診断を受けにオルティガスのクリニックへ行ってきた。以前は旧宅のあるタイタイ市の私立病院で受けていたのだが、どんどん費用を上乗せしていく割には検査が実にお粗末なので昨年からここに変えたのだ。このクリニックの経営母体はトータル・ヘルスケア・カンパニーを標榜する製薬会社で、女房の従兄弟ラフィーはここに勤務しているのである。

料金は日本の会社の健康診断とほぼ同じ内容でたったの2400ペソ。超音波とかMRIは別料金になるが、製薬会社直営とは言えタイタイの病院で懲りているからこういうのは全部パスである。それにパッケージ料金内の検査項目も「こいつは要らないな」と思うものは昨年スキップしていたのである。

ところが今回は受付の女が「あなたはドクターの問診を昨年していませんから今回は絶対に受けて下さい」としつこく言い張る。こんな途上国の検診医者なんてろくなもんじゃないから不要ですよ・・と本音で返答するのも気の毒だから渋々従うことにしたのだが、そこで出てきたのが菅井きん似の女医であった。






まずは糖尿病やガン、高血圧など筆者の病歴と現在服用している薬を聞いてきたので、糖尿病が発覚したのは4年前でずっとメトホルミンを500ミリグラム処方している、痛風の最初の発作はスペインの臓物料理を大食いした20年前の朝で以来アロプリノールを毎日とか、8年前に回転性めまいを起こしたが原因は遂に分からなかったのだ・・などと答えていたのだ。

そこから親族の死因に質問が移ったのだが、これが結構細かい。父方の祖父が脳卒中で死んだのは高血圧だったからか?と聞いてくるから「いや、アルコール依存症だったのだ」と答えると、では肝臓の病気は併発していたのか?などと追加質問が来る。そりゃ毎日欠かさずウィスキー1本飲んでりゃ肝臓は悪いでしょうが、オレは小学生だったから祖父のγGTPなんか知りませんよ・・と答えた。

続いて祖母の死因がガンだと言うと、どこが発症部位でどう転移したのか?とこれもやけに熱心である。ふつう健康診断の問診なんてガンです!と言ったら「あっ、そうなの」でお終いなはずなのだが、この女医は患者の死因に興味を持つ性質なのだろう。それで叔父もガンで死んで・・と言うと、これまた胃から始まって転移状況を説明させられる羽目になった。





ところが話が父方の死因になると女医の様子が違ってきたのだ。こっちは遺伝的に脳神経系統マヒが原因で死ぬケースが圧倒的に多く、亡父の場合はある日突然マヒが全身に広がり、固形物が食えないため衰弱してしまいマヒ発症から1か月半後に間質性肺炎で死んだのだ・・と説明したら、この女医はパソコンPNEUMONIA(肺炎)と書き込んでいる。

先生、肺炎じゃなくて脳神経ですよ、ニューロン病ってやつですよ!ALSとかパーキンソン病が一瞬にして進行した様な病気ですよ!と指摘したら、あら失礼!と言って今度はSTROKE(脳卒中)と打ち込む。いや、先生、MRIの結果では父の脳血管は正常だったんですけど・・と説明しても女医の表情には反応が無い・・。

この女医はニューロン病知らないんじゃないか・・との疑念が頭をよぎったが、案の定パソコン上の父親の死因については空欄のまま・・。この女医は絶対に探求熱心なタイプではないな!と確信するとともに、おそらくパソコン上に予め設定された「ガン」や「糖尿病」らメジャー系病名以外には思考が出ない人間なのでは・・と思ったのだ。





それでほとんど意味のない問診を終えて部屋を出ようとすると、この医者は「回転性めまいは主に三半規管の・・」と少しは神経系の話をし始めたのでオッ!と思ったが、続いて「この場合○○○という薬品を服用すればある程度症状が・・」と言ったのがマズかった。そう、思い出したよ、このクリニックは製薬会社がオーナーだったな・・。

あなたの病歴はおそらく母方の遺伝を大きく影響を受けているので、この場合は免疫力を復元する▲▲と副腎皮質系の□□という我が社の薬に服用すれば!と説得して顧客を薬つけにして利益を貪る・・。これがこのクリニックの目的だったのだ。なるほど今のところ薬どころか有効な対症療法も無い神経系統の病は対象外だったんだな・・。

「実は母には兄弟か姉がいたようなのですが堕ろしてしまったようで・・」と言う相談者に対し「水子霊が憑いています。早く供養しないと大変な事になりますよ」と脅し上げて多宝塔や壺を売りつけるのと基本的には同じ仕組み・・。女医は急に親愛の籠った表情になって薬の説明をしようとしたが、当然こんな不安産業の申し子の話など聞くはずも無くさっさと部屋から退出した。






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メラルコの誇り

中流以下のフィリピンと親しく付き合っている方なら年かさの連中から「私はメラルコで働いてた」という話は何度も聞かされたことにあるに違いない。ふつう「アナタは何の仕事をしているのか?」と聞くとエンジニアや看護婦、あるいは経理やセールスマンといった職種を答えるのが普通なのに、メラルコ社員は会社名から答えるのだ。

マニラ電力株式会社、略してMERALCOである。この会社は日本で言うと東京電力に相当し、マニラ首都圏向け電力を独占しているため競争相手がいない、つまりモラルの低い途上国では独占企業は値段を付け放題だから、会社の経営陣のみならず従業員に対しても待遇が大変あま~いことで知られてるのである。

女房の父方の叔父はメラルコの単なる送電線技術屋だったのだが、同じ学校を出た連中に比べると給料は飛びぬけて良い上に仕事は楽、そして福利厚生はしっかりしているし、ただ同然の社宅や家を買う際の住宅補助のおかげで相場の半分の値段で家を持つことが出来たのだそうだ(あちこちにメラルコ・ヴィレッジを作っては、社員には儲け無しで販売していたらしい)





当然そんな会社は就職ランキング万年一位だったわけで、女房の実家があるリサール州では一昔前まで息子が海外に出稼ぎに行くかフィリピン税関に勤める(=賄賂が貰える)、もしくはメラルコかサン・ミゲールの2社に入れば両親の老後は安泰!と言われていたそうである。(アヤラやPNB銀行はそれほどでもないらしい)

さしずめ日本で言うと田舎の老母が「うちの息子は三菱銀行から内定をいただきまして」とか「三井グループの一員なんですよ」と近所に自慢しに歩いていたのと同じくらいバリューがあるらしく、なるほどこっちが聞いても無いのに自分から「メラルコ!!!」、叔父など一日5回くらい「メラルコ!」と言い出していたわけである。

だからもしもフィリピン人と最近付き合い始めたばかりの方で、親兄弟や親戚の誰かから「メラルコ」という名前が出てきたら、相手は水戸黄門みたいに「この御印籠が目に入らぬか!」と同じ意味で言ってるので、「ああ、そう」と素っ気なくせずに「そりゃ凄いですね!」と驚いたふりをしてあげてください。






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無頓着な男

先日フィリピンの臓器売買の日記を書いたので、ついでに今から30年ほど前同じゼミにいた星野君の怖いアルバイトについて書きたい。彼は期待に胸を膨らませて故郷富山県から東京に出てきたものの、如何せん実家が貧乏ゆえ当時の平均的仕送り額の半分も貰えず、それならバイトに精を出せば良いものを根がグータラなため、いつもピーピーしている貧乏学生であった。

さらにバクチ好きが昂じて入学後半年でフリー雀荘に入り浸る様になり、当時の貧乏学生が良くやった丸井カードのキャッシングを繰り返し続けた結果として性質の悪い学生ローンに手を出し、多重債務者への道をまっしぐらに進んでいたのだが、ある時久しぶりにゼミに姿を現した星野君の姿を見て一同騒然となったのだ。

赤い斑点が顔中に出来ているのだ。遠目に見るとニキビのようにも見えるが、20歳を超えているからそんなはずも無いし、それに初夏だったのになぜだか長袖のシャツを着ているのである・・。それで教授の講義を聞いている間中「星野はシャブに手を出したな」と筆者は思っていたのだ。

その半年前にヒッピーの聖地インド・ゴアのアンジュナビーチで1か月間ラリパッパな生活をしていたおかげで筆者は薬物中毒者の特徴がある程度判ったのである。それでゼミが終わった後に他のゼミ生と一緒になって星野君を問い詰めたところ、いやいや違うよ、オレは投薬実験のバイトをしているんだ・・と白状したのだ。





ひょっとして鳳仙診療所か?と顔を見合わせる筆者ら問い詰めグループ。このクリニックは日刊アルバイトニュースに「日給3万円」「お気楽に稼げます」「即日対応OK」という謳い文句で募集をかけているが、一度フォーカスかフライデーで恐怖の片鱗が暴露され「あそこに行ったら人生お終い!」と誰からも恐れられていたのだ。

驚愕した半面興味津々の筆者らは一体どういうことをされたのか?と星野君に聞いたところ、診療所の受付で「なにが起ころうとも訴えません」という書類に捺印させられた後で奇妙な錠剤を飲まされ、後は頻繁に血を抜かれたり血圧や脈拍を調べられたけれども後はベッドの上に寝てるだけなんだ・・と何でもないような口調で言う。

お前それヤバいんじゃないか・・と言ったが、星野君は「大丈夫だよ、オレの前に犬や猫で実験して大丈夫だったんだから」とちょっと常人の理解の及ばぬ返事をする。それに星野君はすでに投薬実験で生計を立てるようになって久しいらしく今さら止めても遅かったし、他に借金を返せる術があるわけではない・・。

こいつに何を言っても無駄かも・・と思った筆者らは星野君にもっとマトモなバイトに切り替えるよう説得するのを止めてしまい、その後もゼミで会うたびに彼がフラフラしているのを見かけることになったのだが(売血に手を出していたのかもしれない)、ある時彼が「いてて!」といってシャツをめくると脇腹の位置に真っ赤な脱脂綿が見えた時にギョッ!となったのだ。





「自分で抜糸をしたのがまずかった」と言う星野君。抜糸って?おまえ手術でもしたの?それを自分で抜いた?と一体どこから質問して良いのか判らなかったが、ゼミ生全員は口では「あいつ新しい縫合糸の実験でも受けたのだろう」という処で留まったが、当然ながら頭の中では「奴は禁忌の領域に足を踏み入れたのでは・・」という疑念で一杯だったのである。

その後筆者はタイに2か月ほど旅行に行ってしまったのだが、後でゼミの友人に聞いたところ星野君の「人口骨折って指より腕、さらに足だといい金になるらしいんだけど、しばらぅ拘束されるらしいんだ」という話を聞いて全員凍り付くとともに、コイツはもう遠くへ行ってしまったんだな・・と思ったそうである。

さて当時の日本はバブルの真最中で大変景気が良く、大学より雀荘にいる方が遥かに長かった星野君と言えども一部上場企業くらいは簡単に内定を戴けたのだが、なぜだか彼は故郷の富山石油とかいうしょぼい会社に就職を決めてしまい、そして卒業コンパ以降まったく音沙汰が判らなくなってしまったのだ。

さて星野徹(ほしの・とおる)君、こういう表現は失礼だがキミは昔から自身の身体だけでなく人生設計もかなりぞんざいな所があったが、今は奥さんと子供に囲まれて故郷高岡市で幸せに暮らしているのだろうか?もしもキミがこの日記を読んでいるようなら近況を知らせて欲しい。それとももう角膜を売ってしまったかね?






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重慶森林

筆者が香港に初めて赴任した頃に向こうで封切られて評判になっていた映画がウォン・カーウァイ監督の「重慶森林(日本名:恋する惑星)」である。独特のカメラワークにアンニュイでポップな感覚、4人の登場人物の刹那的な生き方は当時の筆者が感じた香港そのものであり、今でもこの映画を見る度にあの何もかも新鮮に感じた時期を思い出すのだ。

映画の舞台になった重慶マンションは繁華街尖沙咀のネイザン通り沿いにある17階建てのビル5棟連なる巨大な建築物で、地下から地上3階までは有象無象の店舗が軒を並べる商店街、そこから上は客室数20程度の小規模なゲストハウス(安ホテル)が各フロアにびっしり犇めいていて、おおよそ4000人の旅行者が住み込んでいるアジア屈指の人間交差点だ。

当時筆者が住んでいたアパートは重慶マンションから歩いて5分ほどの距離にあったから、週末にペニンシュラやハイアットホテルのバーで飲む前に時々ここに寄っては行き交うインド、パキスタン、アフリカ人など眺めてエキゾチックな雰囲気に浸ったものだが、その2年後に筆者は仕事でここに出入りするようになってしまったのだ。

意外に思われるだろうがこの猥雑なビルは実はアジア貿易で案外と大きなウェイトを占めているのである。例えばあなたがニコンやオリンパスの営業部員で、カイロやイスタンブールの正規代理店から「お前んとこのデジカメがやけに安く大量にこっちに流れてきているぞ!お前はウチの会社を潰す気か!」との抗議を受けたとしよう。

それでその製造番号からルートを辿っていくと、どうもコイツは在庫過多でにっちもさっちもいかなくなった時にショッタレ品専門のブローカーに売りさばいたモノであり、インボイスを良く見ると荷揚げ地は香港になっていて、そこを探っていくと結構な割合で重慶マンション、あるいはここから半径100メートル範囲内にあるエラくしょぼいカメラ屋に辿り着くのだ。





狭苦しい店内にはデジタルカメラが所狭しと並んでいるが、値札を見ると大して安くもないし店主らしき頭にターバン巻いたオヤジは愛想が悪い。しかし試しに「ニコンの○○型を10ダース買いたいんだが幾らだ?」と聞けば忽ちターバン頭は電卓に数字を打ち込みはじめ、長い論争の末にめでたく商談成立となれば助手らしき若いインド人が何処からか大箱を担いでやってくるという商売なのである。

この重慶マンションはバンコクのカオサン通りのようなバックパッカー向け安ホテル街のように思われているが、実は3階までのしょぼい店はその貧相な外観とは裏腹に結構な規模の問屋も兼ねていて、その昔田舎から買い付けに来た商人向けの木賃宿がズラーッと立ち並んでいた上野・御徒町をよりグローバルかつ思いっきり金にセコくしたと思っていただくと良いだろう。

香港はフリーポートで輸入税・消費税がかからない上にニセモノや違法ソフトなんかも実質取締りゼロだから安く仕入れたいのならば香港を置いて他にないのだ。そしてインドやパキスタン、トルコにモロッコ、南アフリカなどから来た一発勝負の買付人は重慶マンションに陣取って1回あたり2~300万円くらいのブツをハンドキャリーで故国へと持ち運ぶのである。

そういうのを毎月繰り返していけば結構な販路を築けるし、抜け目のない奴は故国での販売は奥さんや弟に任せて本人は香港に居ついてしまい、今まで13階の南京虫宿にいた運び屋もいつの間にか2階の商店街に店を構えはじめ、電話一本で世界中に似た者相手にウン千万円の商売を転がすご身分へとカーストアップしていくのである。

例えば筆者の客だったアリーがそうだ。こいつはパキスタンのラホール出身で、デジタルカメラからDVDプレーヤー、携帯電話にラップトップパソコン、違法ソフトまでかなり手広く商売をしていたのだが、こいつの秘訣は各国の税関のお偉いさんにたんまり鼻薬を嗅がせて密輸をお目こぼししていただいている他に空白地帯を巧く見つける才能にあったのだ。





例えば彼の故郷ラホール一帯である。ここはパシュトゥン人が多く住むエリアで、最大都市カラチのパンジャブ人とは人種も商圏も微妙に違うのだが、外国企業はこういう点を見抜けないからカラチの取引先にパキスタン総代理店の地位を与えてしまい、結果としてラホール一帯はいくら頑張ってもシェアがちっとも伸びない一種の空白地域になっているのだ。

アリーはそういう隙魔を目ざとく見つけてはショートカットの販路を築き、筆者のような外国企業と直談判して正式ではないがお目こぼしを戴く裏代理店的な地位を確保するのだ。当然カラチの正規代理店からは文句を言われるが、放っておけばパシュトゥン人地域は他社に盗られてしまうのだから間に筆者も一段別会社を噛ませて誤魔化したのだ。

インド・カルカッタじゃボンベイの正規代理店経由の品物よりもバングラデッシュから密輸で入った方が多いんだとか、東ヨーロッパも昔はウィーン経由だったが今はイスタンブールの保税区からブルガリア経由で横流しだね、中南米はパナマよりもマイアミ経由の方がリスクが少ない・・などと激しい価格交渉の合間に聞かされた筆者はビジネスのアウトラインを脳内に型どって言ったのだ。

しかし昇格すればもっとまともな会社を任されるもので、2年後にはさっそうとニューヨークへと飛んで、顧客とディナーを囲みながら億単位のビジネスなど話すようになったのだが、不思議な事にあの重慶マンションの猥雑で狭苦しい店で電卓片手に喧々諤々ネゴしていた時のように自分が世界とつながっている感覚はあまりなかったのだ。

ユダヤ人の諺に机の上から世界を眺めることほど危険な事は無い!というのがあるが、あのずる賢いインド人やアフリカ人が行き交うビルにはまさしく生きた経済があったと思う。最近の日本では和僑とか称して海外に飛び出す人も多いようだが、立派なオフィスを構える前にまず最初に香港・重慶マンションに出向いて地の底から這い上がって来た連中相手に腕を磨いてみることをお勧めする。






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震災を生業にする人たち

大学の後輩H君は一昨年まで仙台支局で東北大震災担当デスクという肩書を務めていた新聞記者である。彼とは昨年のOB会で久しぶりに酒を酌み交わすことが出来たのだが、デスクと言うからキミに部下は何人いるのか?と聞いたところ「自分ひとりでやってるんです」という答えが返って来た。

震災直後には何十人もの記者が東北各地に配置されたが、数年も経てば人々の関心は薄れてしまうもので、もともと東北出身のH君ただ一人震災復興を追いかける仕事を与えられたわけだが、「あそこには変な連中が一杯いるんですよ・・」とこぼしていた処を見ると、明るい未来的なイメージからは程遠い現実がそこかしこに有るらしい。

その時H君が代表例として話してくれたのがあるNGOの事である。仕事上H君はいろんなボラティアに取材に行くのだが、東北の復興支援を謳って多額の寄付金を集めているNGOの事務局メンバーを調べたら彼ら全員とも1年前まで神戸で活動していた事に気が付いたのだそうだ。

この団体は地震専門で最近東北に移ったのかな?と最初は思っていたが、神戸の支局に問い合わせたとことNGOの設立幹部たちは東北に住民票を置いてあるものの神戸に居ついたままだし、集めた寄付金と彼らの東北での活動はどう見ても釣り合いがとれないことが判って来た。

これ、集めた金は神戸に流れてるんじゃないか!と疑ったH君は早速このNGOに取材を申し込んだところ、これが見事に取材拒否・・。しかH君の下に部下でもいればこのNGOの追及取材が出来るのだが、前述のようにH君一人だけで、仕事は溜まりに溜まっているからそうもいかない。





それで結局このNGOの事は何も調べられないままなのだが、それを聞いた筆者らは「それが本当ならとんでも無い話だ!」と怒り始めたのは言うまでもない。善意ある人々は東北の人々のための募金をしたのだから100%東北に使うべきで、それをNGO独自の判断で神戸に向けるのは詐欺と同じではないか。

しかし筆者らが怒っている最中にH君の口から「神戸の震災支援は長らく利権化してましたから」という言葉が出て筆者らは一瞬言葉を失ってしまった。利権?それどういう事?と聞いたら「20年も前の地震の事をTBSやテレ朝が今でも盛んに番組で取り上げていること自体変だと思いませんか?」という答えが返って来たのだ。

筆者は長いこと海外にいるので良く判らないが、確かに一時帰国した際に神戸震災のニュースが流れるのをみて「しつこいな・・」と感じたものだ。今でも復興公営住宅に・・とか番組内でキャスターが憐れみの声で説明していたが、20年経っても自分の家を建てられないって、こいつら一帯どういう経済感覚してるんだ・・と思ったのである。

しかしH君が「神戸の人たちは被害者を演じることでメシを喰うつもりだったんです」と言うのを聞いて思い当たることがあった。神戸震災で最も被害を受けたのは日本の最下層に位置づけられた人たちが多く居住する地域だ・・。そこには当然ながら人権ビジネスのプロたちが昔からずっと根を張っていたのである。

何百年も前の不当な扱い、有りもしない強制連行を理由に行政を恫喝し何十兆円もの補助金をせしめて来た連中である。彼らにとって阪神淡路大地震とは天から降って来た格好の機会であり、左がかったメディアを動員して国民の憐憫の情を一手に集め、孫、曾孫の代までカネをせしめる気だったのではないだろうか。





ところが運悪く16年後に東北でもっと大きな地震が起こってしまい、しかも困った事に東北人と言うのは関西人とは違って何事も自分で解決しようという気風に満ちた人たち、良識的な人たちである。だから5年くらい経過した段階で「もう自分たちでやれますから援助は要りませんよ」と言われでもしたら神戸の人間たちは困るのだ。

それで東北に乗り込んで「永遠無限に東北を援助すべき」というプロパガンダを展開し(関西人だけあって口だけは達者である)、集まったカネをネコババするようになったのか!と聞いたところ、H君は「ええ、そんなもんですが、それもほんの一部でして・・」と答える。なんかもっとドでかい事がありそうな口ぶりだ。

しかし心優しく真面目な東北人のH記者はそれ以降口を閉ざしてしまったのだが、その後ニュースなどで時たま「東北大震災で家族を失った○○さんです・・」と紹介される人を見る度に、大変失礼ながら「あんた本当は関西の人間なんじゃないの?」と疑るようになってしまったのである。

それにしてもH君が言いよどんだのは一体どんな内容なのだろう?民間ボランティアが集めた金だけでなく復興交付金の一部が神戸に流れているとか、あるいは復興庁自体が神戸震災被害者グループに乗っ取られていて、国民の知らないところで背後にいる人権団体の貯金箱にされているとでも言いたかったのだろうか。

6年前の大震災は日本にとって悲劇であり、この震災によって大切な人を失ったり甚大な被害を受けた方たち対しては筆者は援助を惜しむ気はないけれども、そこに付け込んでカネを騙し取る輩がいるとは言語道断である。それにしてもこういう輩を黙って放置しているとは神戸とは一体どういう空気感が支配しているのか・・と首をかしげてしまう






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小奇麗なスラム街

高級ホテルを展開する星野リゾートが大阪・通天閣のお膝元、新今宮にリゾートホテルを建設するというニュースを見た。なんでも場所はJR新今宮駅の北側にある4200坪の空き地で、1泊2万円程度のホテルになるそうだが、地元大阪からは「信じられない!」という声が上がっているらしい

この一帯は1泊1000円程度の木賃宿が立ち並んでいるし、すぐ東側には大阪新世界、線路を超えた南側はドヤ街釜ヶ崎という日本屈指の底辺地域だからだ。朝から酒飲んで酔っ払ってるオッちゃん達で溢れている場所に高級ホテルの客なんか来るわけが無い!ということらしい。

しかしアジア圏で暮らした事がある方なら、この論理はあくまで日本国内だけに当てはまる話で、現在日本各地に溢れている中韓アジア旅行者は適用外な事はよくお分かりだろう。彼らアジア人から見れば日本はどこでも大変クリーンな国であり、日本の底辺と言ったって世界的にはかなり上の方にいるのだ。





例えば筆者が16年間住んだ香港である。旅行者はセントラルや九龍の表通りしか見ないが、ちょっと裏道を入れば築50年のボロボロのビルが建てそこかしこに建ち並んでいるし、世界的に有名なペニンシュラホテルだって通りを渡って1分のところにインド人やアフリカ人だらけの魔窟「重慶マンション」があるのだ。

だいたいアジアじゃ路上売春婦やシャブの売人、物乞いに違法屋台と窃盗犯はありきたりの風景の一部なのである。筆者の女房も一昨年初めて日本を訪れた際に大阪・阿倍野から新開筋商店街を西進して飛田新地、萩ノ茶屋の玉出スーパーまで歩いてみたが、女房の目には「儲かって無さそうな割には小奇麗で立派な商店街」としか映らなかったのだ。

それにグーグルアースを使って女房の従姉妹たちに「これが日本のスラム街だ!」と見せた時にも、従姉妹フィリンの口からは「あんたは低所得者向け住宅というけれど、日本のスラム街の住人というのは随分と立派なマンションに住んでるじゃないか・・」と劣等感の入り混じった嫌味を言われたのである。





よほど豊かな環境に生まれ育ったのでもない限り殆どのアジア人旅行者の目には渋谷センター街と大阪・新世界との違いはあんまり感じないし、銀座四丁目のスノッブで落ち着いた雰囲気は彼らにとっては「ここって寂れているね」としか思えず、道頓堀の食い倒れ横丁やかに道楽界隈の方が遥かに一等地に見えるのである。

その一等地通天閣の目と鼻の先に坪単価が道頓堀の七十分の一という破格の値段で眠っていた・・。今回の入札では星野リゾート以外には誰も手を挙げなかったようだが、香港の不動産屋の目から見ればこれはとんだ掘り出し物である。正直星野リゾートは余った敷地を外国企業に転売を考えているのではないか?などと考えてしまう。

このホテルは今から4年後に開業するそうだが、その時の大阪には今よりも多くの外国人旅行者が押し掛けているに違いない。おそらくこのホテルにはもっと辺境に住む中国人や、フィリピン人、インドネシア人にインド人、ケニア人、ロシア人なんかで溢れかえり、現在よりも遥かに強いエスニック臭を辺り一帯に放っている事であろう。エッ?ここにそういうの持ってくるの困る?でも今だって同じだからいいじゃないの。






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蟲ケラ以下の冷血人間

筆者の日記にはフィリピン人の親戚との付き合いが良く出てくるが、実は親しくしているのは女房の母方の一族だけで、父方の方は没交渉となって早くも3年経過している。理由は祖母の葬式の際に露呈した彼らのカネへの汚さであり、ややこしい輩とはいちいち話さずピシャリとドアを閉じてしまうのが筆者の信条だ。

相手の中にある血族への情けを利用して自分に都合よく利用する・・。まあこういう人種はどこの国でもいるものだけど、フィリピンの場合は根が貧乏なために今まで善良そうだった人間がいつ変貌するか分かったものではない。それで筆者は自分を助けてくれたルーシー叔母と義父以外の全員と関係を断ったのだ。

フィリピンみたいな何もかも不合理に出来ている国で親戚付き合いを切るとは自滅への近道だ!と言う人もいるだろうが、下手に付き合った方が破産へのカウントダウンが早まってしまうのだ。それに家族が何より大事!を標榜するフィリピン人だって切るべき人間はちゃんと切っているのである。

その代表例が女房の母親の弟ボウイ叔父の子供たちである。末っ子のフィリンは陽気な性格で毎日色んな友人や従兄妹たちと遊び歩いている女だが、彼女の口から母方(ボウイ叔父の妻)の話題が出ることは一切ない。そして実際「そうなっても仕方が無いな・・」と思わせるあるエピソードがあるのである。

ボウイ叔父は若いころ内務省の役人としてたんまり賄賂を貰っていたのと、副業の製氷業が結構儲かっていたため、自分と妻の甥や姪っ子たちへの経済的援助を惜しまなかった人だが(筆者の女房もボウイ叔父の家に住み込みながら学校に通っていた)、やがてボウイ叔父が商売に失敗して貧乏になると奥さんの姉妹たちが豹変したのだ。

カネの切れ目は縁の切れ目とは良く言ったものだが、ボウイ叔父の下の子供二人の学費を援助してほしいと今まで散々助けてきた中でも一番豊かな親戚に頼みに行ったらけんもほろろに追い返されたのである(当時ボウイ叔父の奥さんはガンで死んでいた)。それで結局はボウイ叔父の妹と弟が少ない家計からやりくりして何とか二人は卒業にこぎつけたのだ。





ここまではまだ良い。こんなのフィリピンじゃ良くある話だから関係を切るほどの事ではない。しかし今から6年前にボウイ叔父の次女アダが脳動脈りゅう破裂で病院に担ぎ込まれ、医者から既に脳死状態に陥っていて生命維持装置を使っても数日持つかどうか怪しい状況だ・・と告げられた後で決定的な事が起こったのである。

いくら縁が切れたと言っても一応姪っ子の生き死にの問題だから叔母たち(ボウイ叔父の奥さんの姉妹)も病院へ駆けつけていたのだが、なんとアダの臓器を売ろうじゃないか!とボウイ叔父に持ち掛けてきたのだ。この病院費用だって結構かかるのだから、臓器を売れば幾分か取り返せるではないか!という理屈である。

フィリピンの中級以下の病院に入院された方ならご存じの通り、こういう処には臓器ブローカーの手が蜘蛛の巣のように伸びているもので、叔母たちの説明だと病院の職員から「あんたの姪は二十代と若いし子供も産んでないから臓器が高く売れるよ」と持ち掛けられたのである。

これを聞いたボウイ叔父は「お前らは何を言ってるんだ!」と激昂したのだが、この叔母たちはボウイ叔父の怒りの理由が良く判らず、それどころか「せっかく良い話を持ってきたのに!後で病院費用を援助してくれとか言いに来なさんなよ!」と逆ギレしてその場を立ち去ったと言うのだ。

「あの時あたしも傍にいたんだけど、もうこの叔母たちとは付き合っていけないと思ったの」と言うフィリン。筆者も残酷な現場には随分居合わせた事があるけれど、血の繋がった姪の不憫さを思いやるどころか体の中身の算段を考えていたとは・・。この叔母たちは鬼畜、いやそれ以下の蟲ケラである。

ちなみにこの叔母たちはケソンシティーの結構な住宅に居を構えているから下層フィリピン人ではない。にもかかわらずそういう残酷な禁忌領域へと平気で踏み越えて行ける人間がいるのもフィリピンの現実だから、もしもこちらに在住していて「金の切れ目が縁の切れ目」を感じさせる人間が周囲にいたら、向こうが切る前にこっちから絶縁することをお勧めしたい。






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首が伸びちゃった田舎娘

フェイスブックを見ていたらタイ人のノーイが日本料理を美味そうに食っている写真が何枚もアップされていた。場所はタイ東北部イサーンと称されるド僻地の中心都市コーンケーンのお好み焼き屋で、住んでいるロイエット県(ものすごい田舎)から買い物に来たついでに友達と一緒に昼食を摂ったらしい。

タイじゃ日本料理がブームなのに一体何が珍しいのか?と思うかもしれない。筆者も他の女なら別段気にもしないが、この写真を見た瞬間に今から30年前のバンコクでの一コマを思い出したのだ。場所はサイアムスクエアにあった大同門という焼肉屋で、一緒にいたのはノーイの母親アイと仕事仲間のニーである。

アイとニーは当時バンコク中央駅フアランポーンのロータリーにゴザを広げて酒とソムタムやツマミを売っていたイサーンからの出稼ぎ女で、筆者は同じジュライホテルに陣取った仲間たちと毎晩のようにここに訪れては安酒で気炎を上げていたのだが、彼女たちが翌日に映画を見に行くと言うので一緒に行くことにしたのだ。

何の映画を見たのかなどとっくに忘れてしまったが、今でもよく覚えいるのはその後で一緒にメシを喰おう!と言う事になり、筆者が週2回のペースで通っていた大同門のドアを開けたのだが、席に着くなりアイとニーの異変に気付いた。物凄く緊張していて首が伸びちゃってた事だ。





同行したUさんが「この娘たちにとってエアコンが効いてる店はすごく敷居が高いんだよ」と言ってもまだタイの田舎に言った事が無かった筆者には??だったのだが(売春宿への身売りが蔓延るくらい貧しい地域だった)、カルビやロースを目の前で焼いて彼女たちの皿に取り分けてやっても何も食べない・・、いや食べるどころか何も話さないのだ。

こりゃ参ったな・・と思って大同門の従業員に「ちょっと君たち!彼女たちに食べ方を教えてやってくれないか!」と頼んだが、説明する店員は標準的タイ人でアイとニーはイサーン人(東北部のラオス系住民で少数派なため一段低く見られている)なためか、店員の話を聞けば聞くほど一層心を閉ざしていく・・。

こりゃダメだ!そう言えば同じイサーン人の店員がいたな!あの店員なら話しくらいはするだろう!と無理やり呼び出して、彼女からイサーン語で説明してもらったら、さすが同胞なのかアイとニーはもの凄く口数は少ないものの話を聞いて頷くくらいはするようになったが、相変わらず料理には手を付けようとしない・・。

やっぱり彼女たちには大衆食堂のカオパット(焼き飯)くらいしか食えんのだ!と言うU氏。なんでも以前ピザハットか何処かに連れて行こうとしたら入口で体が固まったまま動かなくなってしまった前科があるらしい。だったら最初に言ってくれよと・・と思ったが、そこで奇跡が起こったのだ。





イサーン女店員が運んできたユッケがテーブルに置かれるやアイとニーの目が釘付けになったのである。えっ?こんなもん気持ち悪くて食わないんじゃないの・・と思ったが、二人とも恐る恐るフォークを使ってユッケを口に運ぶと・・。これがもう堰を切ったようにご飯とユッケだけをガツガツガツガツ・・と喰い始めたのだ。

筆者は全然知らなかったのだがイサーン人は生肉が大好物で、これを見ると涎が止まらなくなるらしい。それでまあユッケだけは見事に平らげたのだけれども、それが終わった後は再び首が伸びちゃった状態に戻ってしまい、結局他の肉類には最後まで手を突けずにお勘定となったのだ(店を出た後はリラックスしたのか急に多弁になった)。

そのアイの娘ノーイがお出かけついでに日本食を喰うようになるとは・・。あの当時は日本料理店と言ったら日本人くらいしか客が入らなくて、そこそこ所得のあるタイ人をお誘いしても一口喰うなり「なんだ!ちっとも辛くねえぞ!味がしねえじゃねえか!こんなもん食えるかー!」と怒り出したもんだけどね。

昨年秋にタイを再訪したらチェンライにも日本料理屋があって、タイ人の一家が美味そうに寿司とか天ぷら食ってるのを奇矯な目で見ていたが、ついにド田舎の娘たちまでごくごく当たり前に日本食を喰うようになったのか・・と何だかしみじみした思いでいるのである。






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関西が熱かった季節

筆者が高校生から大学生の頃に全国の注目が関西に集まった時期があった。1984年のグリコ森永事件と1985年の豊田商事会長刺殺事件、1987年の赤報隊事件に1990年に露呈したイトマン事件などである。生粋の東京人である筆者は連日のように関西のニュースが新聞やテレビを賑わせているのを奇異の目で見ていたものだ。

関西弁の脅迫状に記者たちの目前で起こった流血の暗殺劇、不気味な暗殺部隊に住友グループの闇、そして全く機能しない大阪府警といったニュースを見るにつけ「関西ってすごいなぁ」と誰もが思ったに違いないが、この手の犯罪がこの時期に目白押しになった理由を提供したのは「突破者」の著者で自身キツネ目の男に間違えられて警察に取り調べをうけた宮崎学である。

日本の闇社会を抑え込んでいた児玉誉士夫が死んでしまい、そして同じ時期に関西最大の暴力団が分裂して内部抗争へと突き進んでしまったため地獄の釜の蓋が開いた、つまりこの時期は今まで押さえつけられてきた犯罪組織がやりたい放題になっていたのだ・・というのが宮崎学の主張である。

あるいは抗争によって巨額のカネが必要となり、抗争中の二つの暴力団とも道義や権力者との暗黙の合意とか四の五の言ってられない状態になっていた・・と言うべきかもしれない。そういうチャンスをうまく活用して街のゴロツキたちが禁じ手だった「事業」に手を出し、暴力団もカネさえ貰えればお墨付きを出していたと言った方が判りやすいだろうか。

当時の事件を描いた本によればグリコ森永事件の場合は切られた下請け企業、豊田商事はマルチ商法を流れ歩いた知能犯集団、そして赤報隊の場合は殺された朝日新聞記者が追っていた土地不正取得に関係する利権団体、イトマンは名古屋のワルが仕掛け人で、「事業」が順調に成長するやもっと大物たちに「事業売却」された・・という形をとっているそうである。





しかしこの4つの事件の買い手を探っていくと、事件師と暴力団、政治家以外にもう一つ顔を見せる連中がいるのだ。弱者利権団体である。ここは大雑把に分けると半島系と日本古来系の2つがあって、実際両方ともどの事件にも周辺部で名前が取りざたされているのだが、濃厚に関与しているのはやはりと言うべきか日本古来系であった。

諸々の事情から具体的な名称は書かないが、日本古来系には良く知られる旧社会党系と共産党系の2団体とは別に自民党系というのがあって、1980年代半ばまではこの3団体が政府の交渉団体として巨額の補助金の窓口となっていたのだが、その当時の自民党系団体は恐喝や詐欺といった経済事件で大変恐れられた存在でもあった。

例えば大学病院の病室で札束を数えている時に射殺された同団体の顧問は徹底的な調査とクレバーな頭脳を武器に、役所に訪れては暴れる壊す恫喝するを繰り返して金でも土地でもふんだくるので知られた男だったし、それ以外の幹部も大なり小なり似たような状態だったために、良識あるメンバーたちはついに新団体を作って脱退してしまったのだ。

それが起こったのはちょうどこの関西が熱い時期で、この時に分裂していたのは何も関西最大の暴力団だけじゃなかったのである。そして政府は交渉窓口として新団体の方を指定してしまい、不祥事だらけの旧団体は切り捨てられてしまったため、国の補助金だけで33年間に15兆円、仮に3団体で均等に割るとしたら各5兆円(年間1500億円)の財源を失う羽目になったのだ。

さんざん甘い汁を吸ってきた旧団体の幹部や傘下企業が今さら共産党や社会党系に鞍替えして雑巾がけから始める訳にもいかない・・。それで彼らは自分たちに残された恫喝力とアンタッチャブルパワーという資産をテコに「事業」へと手を染めていった。それが関西の熱い季節の原動力の一つであるように思えるのだ。





そんなのオマエの妄想だ!と言う人もいるだろうが、当時写真週刊誌「フォーカス」を毎号読んでいた人間ならば納得するはずである。そこには人権の名を借りた黒い事件簿や自民党竹下派との関係、褒め殺しの皇民党事件や街宣右翼の元締めである勝共連合との奇妙な連携などかなり事細かに書かれていたから、疑っておられる方は大宅壮一文庫にでも出向いてバックナンバーを読まれることをお勧めしたい。

古来日本系団体の不祥事と聞くととかく旧社会党系に目が行きがちだが、実は自民党系旧団体も同じくらい闇に手を染めていて、ただし人権の壁と政権与党の庇護と言う二重の壁に守られていたことから世間の目にはそれほど晒されてこなかったのである。そしてこの日本古来系の問題を再び調べてみたところ、やはり今でも闇は深いな・・と感じてしまうのだ。

とうのは日本古来の人権問題に対する対策事業は2002年に集結しているのにもかかわらず、共産党系を除く3団体は今でも存続しており、昨今は在日や障害者、ジェンダーフリーにアイヌなど別の問題を盛り込んで総合人権商社としての立ち位置へと移りつつあるが、でもやってることは今も昔も同じだからだ。

国の補助金は終結しても地方自治体によっては今でも続いている処があるし、現ナマではなく格安で土地を払い下げるとか、人権団体が文化や福祉、国際交流に教育といった別団体を立ち上げて、国や自治体から随分と上積みされた補助金を受け取れるからだ。で、昨日の日記に戻ってしまうけれども今回の森友学園問題はその一環じゃないか・・というオチになるわけね。

この森友学園の理事長のやった事は前述の大学病院で射殺された顧問に比べれば遥かに規模は小さいけれど、行政に食い込むやり口や右翼を装ってる点とかなんだか同じ雰囲気が漂ってくるし、それにマスコミもなんか及び腰なのである。だからどのTVコメンテーターも「大阪独自の事件」とかで寸止めしないでズバッと核心ついて欲しいよね。






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冷や汗たら~りな団体

テレビ番組「そこまで言って委員会」を動画サイトを見ていたら、資金が乏しいにも関わらず大阪・森友学園が学校法人の認可を受け、さらに国有地を格安で払い下げられたのは「政治家でもヤクザでもないもう一つの勢力が背後にいるからだ」という発言が出て来た。

興味深い話である。筆者はずっと海外にいる身だが、こういう日本の闇みたいな話が好きなのでじっと成り行きを伺っていたのだが、前述の発言をした須田慎一郎と末延吉正の2人のコメンテーターが番組中で以下のようなヒントを残してくれたのだ。

① その勢力は弱者の立場を使って恫喝してくる
② 土地代8億円値引きは単純に補助金と考えた方が良い
③ 大阪独自の政治風土に関係している
④ その勢力から今まで逮捕者が出た事は無い

すごく興味深い話である。筆者は一橋文哉の「闇に消えた怪人」や「赤報隊の真実」を読んでからというもの、「こいつらに触れたら死ぬ!」と言われる組織を調べたりするのが好きなのだ。(もともと心霊マニアなので、猟奇殺人事件や危険ウィルス同様に「怖い」系の延長として楽しんでいるのである)。





「弱者の立場を・・恫喝」となると誰もの頭に浮かぶのは2つのマイノリティー集団である。なるほど、日本会議なんて釈迦からイワシの頭までてんでバラバラな信仰を持つ烏合の衆よりもマイノリティーに辿りつくほうが自然だな・・と何だか胸のつかえがストンと落ちたのだ。

それでその種の団体をいくつかWORDに書き込んでいったのだが、この学園が児童に教育勅語を読ませたり、韓国と中国の悪口を言わせたり、また安倍総理夫妻を賛美していることからも、もともと社会党の支持基盤でバリバリの左派の最大団体は一旦は除外して良さそうである。

となると残るのは右の方・・。まず半島系だと大韓居留民団と統一教会系の勝共連合である。奇しくも森友学園の舞台となった大阪市淀川区や豊中市は30年前に世間を賑わせた許永中の地元であり、あんまり知られていないが民団は朝鮮総連と大して変わらない利権・略取のゴロツキ悪党揃いの団体だ。

それと街宣右翼の元締めだった勝共連合の凋落と期を合わせるように日本会議が日本国内では勃興しているから、筆者はこの両組織は末端では重なっているのではないか?と思っているのだが、今回の森友疑惑では何かと日本会議の名が取りざたされるから背後にいるのは「半島右派である」と言えなくもない。





さてもう一方のマイノリティーである日本の〇〇の右派を調べてみたら、出てきたのは政府の交渉団体として認められた三大団体の一つとそこの源流であるもう一つの団体・・・。これを見た瞬間に筆者はある閃きが脳内をビビビッと走るとともに「こりゃ相当ヤバいぞ・・」と思わず呟いてしまったのである。

世間の厳しい批判にさらされて続けた同マイノリティーの左派団体と違い、この両右派団体は長いこと自民党の庇護下にあったため体質が温存されており、特に片方の団体は80年代に社会問題になったエセ○○の元締めだった上に、前述のグリコ森永事件と赤報隊事件にも深く関与していると噂されているのだ。

たしかにこの2つの団体なら国会議員や地方議員に脅しをかけるのが仕事みたいなもんだし、役人にゴリ押ししてタダで土地や補助金せしめるのはお手の物だよな・・と納得してしまう筆者。そして前述の①から④と照らし合わせると全部当てはまるのは半島系右派ではなくてこっちの方なんだよね・・。

もちろん実は創価学会が黒幕だった・・という可能性も残されているが、筆者は何となくこの2つの団体が・・と日記を続けようと思ったのだけれども、しかしここを突くと本当に危なそうなので中途半端なままだが一旦筆をおくことにしました。なお知人の新聞記者が呟いた「一番ヤバいのは左じゃなく右だよ」という一言が妙なリアル感を持って脳裏に蘇ってきました、ハイ。






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ぎっくり腰で寝込んでます

ここ最近筆者の日記に外出の話が出てこないのはぎっくり腰をこじらせて家から出れないからである。半月ほど前に腰のあたりがなんかヤバそうだな・・とは思っていたのだが、ステテコを履こうともう片方の足を突っ込んだ瞬間にスビビビビ~ン!と痛みが走り、そのまま横倒しになってしまったのである。

これよりひどいぎっくり腰を10年前に一度経験したが、今回厄介なのは直るのにやたらと時間がかかることで、発症後3日目に義父と義弟が遊びに来たのでテーブルで一緒に酒を飲んだら即座に痛みがぶり返し、つい3日前も塩梅が良くなったので従兄弟ジェンと近所の飲み屋に行ったら帰りは肩を支えられないと歩けなってしまう始末である。

あなた!運動不足が原因よ!と女房は小言をぬかすが、こんな状態で運動など出来るはずも無いからタイで買ったSiangPureという薬を塗り込ませていたのだが、先日女房が「これを試してみろ!」と筆者に見せたのがドクター・ホーなる低周波治療器である。





ドクター・ホーはフィリピンのテレビ通販に力を入れていて、怪しげな中国系ホー博士が痛みに苦しむ白人女性に低周波治療器をあてたら「あら不思議!直ってしまったわ!」というストーリーのCMを筆者は冷たい目で見ていたのだが、女房が親戚に電話をしたら肥満が原因で慢性的な腰痛を抱える従姉妹フィリンがこの治療器を貸してくれたと言うのだ。

あのなあ、オレはオムロンかパナソニックの治療器でないと・・と抗議したが、女房は4つのパッチを腰の周りに張り付けスイッチをオンにするとビビビビビ・・と電流が流れ始めた。以前筆者が試した治療器と違ってこのドクター・ホーの治療器は複数のパターンがあるのだが、このビビビ感は思ったよりはマトモである。

おい、腰の方はもういいから首の方にあててくれ・・と頼み筆者。実は筆者は一昨年末に頸椎と首の筋肉を傷めてしまい、それ以来顔を右に曲げる時にズキッとした痛みが走るのにずっと悩まされていたのだが、この時この選択をしたのは実に正しかった事を翌朝知ることになる。





首が回る様になったのだ。もちろん完全とは言えないが昨日までとは雲泥の差である。一方の腰の方はまあ相変わらずといったところだが、このドクター・ホーの低周波治療器って実はすごい優れものなんじゃないか・・と思って翌日も朝昼版と当ててみたら、首の方にさらに劇的な改善が見られたのだ。

これずっと使いたいな・・と思ったが、いつも鼻の頭に脂汗を浮かべているフィリンが腰痛を起こして「低周波器を返して」と言ってくるのは確実だから女房に通販で買うように命じたところ「値段は4000ペソなんだけど入荷は3週間先になるんだって・・」という答えである。

そんな先になるのか・・と落胆する筆者。かくなる上はフィリンが階段を踏み外したり夜張り切りすぎて腰をひねったりしない様ねがうしかないが、このドクター・ホーがインチキ臭いCMとは裏腹に商品の方は結構優れモノなのでお勧めですよ。






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ウナギ屋の二代目

ネットを見ていたら高校・大学の同級生S君がインタビュー記事に出ているのを見つけた。その記事は「次のトレンドを先読みする!」的な題名が付けられていて、S君はフードクリエイターという肩書で持論を語っているのだが、しかしこの肩書もさることながら彼の一問一答を読み進むうちにある旧友ながらも腹を立ててしまったのだ。

このS君は東京近郊にある老舗のうなぎ屋の倅で、遊び仲間ではないが高校時代に彼とはそこそこ親しく付き合っていた仲だけれども、彼が何ゆえ私立大学の付属高校に進んだのかが最初は良く理解できなかったのだ。ふつう老舗料理屋の息子といえば中学か高校を出た後に築地なり大阪の料亭に修行に行くはずだからだ。

しかし筆者がS君と同じ立場ならおそらく店を継ぐ事はないから、きっと彼は大学まで進んで彼が能力を発揮できそうな広告とかファッション業界にでも進むつもりなのだろう・・と思っていたのだけれども、大学4年の企業から内定をいただいた頃に何かの席でS君に進路を聞いたところ「店を継ぐことになった」と聞いて驚いてしまったのだ。

大学時代の彼はイベント企画みたいなバイトをしていて料理など一切関与してなかったからである。そして何年か後に高校時代のクラスメイトと再会した際にS君の様子を聞いたところ、大阪の大変有名な料亭に修行に出たが店主の運転手みたいな仕事をしているだけで、包丁を握っている訳ではないと聞いて納得してしまった。

料理界の事は詳しくないが、有名料亭に集まって来た全国各地の跡取り息子たちにも能力差というのは歴然とあるため、S君のような全く経験が無い上に年齢的に出遅れた人間は雑用的な仕事に回されてお茶を濁すだけらしい。地方銀行の御曹司が都市銀本店の経営管理室なんてハリボテ職場で人脈作りだけに特化して数年過ごすのと同じである。

それで数年後に筆者は日本に一時帰任した際にS君の店を尋ねたところ、店の奥には板長らしき帽子をかぶったS君が職場を仕切っていているのが見え、筆者の顔を認めるとテーブルにやって来て「やあ、久しぶり!」などと親しく挨拶を交わしたのだけれど、出て来た特上のウナギを一口喰った瞬間にウム?と思ったのだ。





S君の父親が仕切っていた頃からはかな~り味が落ちていたのだ。ちなみにウナギの稚魚が枯渇して国産ウナギが使えないんだ・・というようなお手軽な値付けなどでは勿論ない。域外の人間にも知られた老舗なため店は結構繁盛していたのだが、食っている人たちの表情をよく見ると・・、あんまり美味そうには見えない。

「時間があったらこの通りの先の●●ってバーに来てくれよ。オレが最近開いた店なんだ!こっちの店が終わったらオレも行くから!」と言うので、まあヒマだったからそのバーへ入ったのだが、これが東京郊外にしては随分とスタイリッシュな店なのだけれど、そこのバーテンダーの作ったギムレットはバーと言うよりファミレスの飲み物のような代物である。

やがてS君がやって来たので昔話に花を咲かせようとしたのだが、彼は出店準備中のフュージョン料理店の話を切り出し、店の内装や客あたりの単価、ターゲットとなる顧客層なんかの話をベラベラと話し出したのだが、一体どんな料理を提供するのか?という肝心の話が全然出てこないので興ざめしてしまい、終電まで待たずに店を辞したのである。

何もかも形だけ・・。箱は立派だが中身は何にもないのだ。その当時もこの手の店が筆者のいた香港でも増え出していて、テレビにもフォード・コーディネーターとか○○楼プロデュースド・バイ・某有名芸能人なんて肩書の人間がメディアに頻繁にが出て来るが、もともと設計開発者でモノつくりが本業の筆者は「アンタら包丁握ったことあるの?」と聞きたくなったものだ。

さてS君のインタビュー記事に話を戻すけれど、筆者が激昂したのは聞き手の「昨今日本料理が海外で高く評価されていますが・・」と言う質問に対し、S君が「先人たちの築きあげてきた料理文化を継承した人間の一人として、この出来事は全く嬉しい限りで・・」と答えているのを見た時である。

日本の料理文化どころかオヤジの作った味さえもお前は継承してないだろうが。それが何を偉そうに抜かしてやがんだ。お前みたいな人間が料理界に溢れていることが問題なんだ。それとお前の肩書はフードクリエイターじゃなくてウナギ屋Sの店主だろうが!(以下悪態こんこんと継続・・・・)。





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四十年目の浮気

昨日の日記で従兄弟ジェンの義母(ジェンの女房ジュミの母親)がシャブ中の長女に手を差し伸べたおかげで周りに多大な迷惑をかけている話を書いたが、そもそも何でこの義母が米アリゾナ州から突然帰国したのかがやっと判った。夫が別の女と深い仲になっていたのである。

「相手の女はフィリピン出身だがアメリカ市民権を持つオールドミスでね。空軍にいたから結構金持ちらしいんだよ」と変な事を言うジェン。軍人ってのはどの国も薄給でピーピーしてるもんだし、フェニックス市内の中古住宅売買で結構儲けている義父の方が懐に余裕があるように思えるのだが、まあそのオールドミスは財テクが得意なのかもしれない。

二人の出会いはフェニックス市のフィリピン人同郷会のパーティーかなにかで、出会ってからたった1か月で相当深い関係まで行ってしまい、義母と長男夫妻、それに孫たちまでもが猛反対したのだが、どうやら妨害が大きければ大きいほど燃え上がってしまう性質らしく、ついに二人は駆け落ちしてしまったのだそうだ。

ちなみに二人とも齢60に手が届くロートルで、夜の営みの方はどうなんだろう?などと疑問が湧くけれど、燃え上がった愛は一向に鎮まる事なく続いてしまい、義母は夫が返ってくるのを待ち続ける日を送っていたもののそれも半年が限界で、遂に3か月前にフィリピンへの帰国を決意したのだそうだ。





で、自分がまだ若い母親だった頃に戻りたい!という回帰願望からシャブ中になった長女を呼び寄せて、自分を中心にした大家族生活を送ることを命じたのだが、シャブ中長女の壊れ方は生半可なものじゃなく、たった一か月で次女夫妻が逃げ出してしまい、3か月後にはシャブ中長女と愛人が施設に強制入院となってしまった・・という次第である。

それでジェンの義母は夫についてどう語っているのか?について聞いてみたところ「優しくて真面目な夫で結婚以来40年も浮気なんかしたことが無かったのに、あんなことになってしまうなんて・・」と嘆いているとジェンは答えたのだが、それを聞いた瞬間に筆者は唖然としてしまったのだ。

というのは筆者はジェンの義父と3年前の孫娘チェルシー(シャブ中姉の長女)の成人式祝いの場で会ったのだが、二十代から三十代にかけてバンドマンとして日本にちょくちょく出入りしていたと自称するこのオヤジは怪しげな日本語を駆使して「奈良と静岡の女がサイコーね!」と何度も何度も力説していたのだ。

ゼンジー北京似の顔を緩ませてニヤニヤ、グフフッ、ヒヒヒッといやらしい笑いをするその姿から察するにこのオヤジは相当な好きモノであり、誰がどう考えても「真面目で40年間浮気なんか・・」という表現とは対極にいる人間である。





ジェンの義母って人間を見る目が徹底的に無いんじゃないか・・。例えば高校生のころから男関係の出入りがやたらと多くて妊娠騒動を度々引き起こせば長女には頭に欠陥があることは判りそうなものだが、それを見抜けず何の対処もしなかったため長女は自身の不貞が原因でクズのような男たちと結婚離婚を繰り返し、4人の男との間に4人の子供を産むことになってしまった。

さらに長女にシャブを教えこみ、最初の子供のチェルシーを犯そうとした前科のある現在の男(こいつもシャブ中である)も家に招き入れてしまう。そして長女とこのシャブ中が朝から家の中でラリパッパになっていても放置していて、次女が家から逃げ出しても母親である自分の力で長女を更生できると思っている・・。

それで筆者が思っていることを率直にジェンに言ったら、「全くその通りだ。もともと豊かな家の生まれで夫はバンドマンとして結構な稼ぎがあったから、義母は世間と言うのを全く知らないんだよ。だけど自分が何もできない人間だとはこれっぽっちも思って無いから厄介なんだ」という答えが返って来た。

ちっこい子供三人と海外から結構な額を送金してくる夫に恵まれて幸せいっぱいの若い母親。ジェンの義母はその時から全く進歩することなく今まで生きて来てしまったが、60を手前に世の現実が一気に押し寄せて来たらしい。でもこういうのって現実に適合していくよりも軌道修正できないケースが圧倒的に多いんだよね。可哀そうだがジェンの義母は長女の破滅の道を見続ける事になるんだろうな。






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シャブ中がリハビリ施設に入所

3か月前パッシグ市からタイタイ町へ引っ越したはずの従兄弟ジェン一家が再び元の家に住み始めた。このパッシグの家は元々ジェンの女房ジュミの実家で、この住居の一部を改装して大衆食堂を営んでいるのだが、夫婦にとって疫病神のジュミの姉(ジュリーと言う名だが似ていてややこしいので「シャブ中姉」とする)が移り住んできたのが事の発端だった。

シャブ中姉は4人の男との間に4人の子を産んだ下半身が緩い女で、さらに現在交際中のクズ男と昼間からシャブでテンパって子供たちの目の前でセックスをおっぱじめるほど頭が壊れているのだが、アメリカから帰国したジュミの母親が「アタシがシャブ姉の面倒を見るから同居しろ!」と言い出したのが問題の始まりだったのである。

冷蔵庫に頭を突っ込んで中のモノを貪り食うシャブ姉と愛人の男と小さい子供たち、そして小奇麗にしていた家の中がたちまちゴミだらけになる、家具や調度品があちこちぶっ壊れ始めたのを見たジェンとジュミ夫妻は「この家には最早いられない」と二人の子供を連れて逃げ出したのである。





それが何で元の鞘に・・と不思議に思った筆者がジェンを呑みに誘って話を聞いてみたところ、なんとシャブ姉とクズ男はリハビリテーション施設に入所中の身となったので、残された義母とシャブ姉の4人の子供の世話がてら期間限定で家に戻ったのだそうだ(大衆食堂はまだ同地で営んでいるから職住接近で便利である)。

へえ、留置場じゃなくてリハビリセンターねえ。良く本人たちが同意したな・・と言ったところ、「いやいや、そうじゃないよ。それだって一悶着あったんだ」と苦笑するジェン。なんでもリハビリセンターには①本人が自主的に入所を申し込む、②家族もしくは公的機関の要請に基づいて強制的入所する、の2つのコースがあって、シャブ姉とクズ男は当然ながら②のケースである。

いざという場合に備えてジェンは弟のジャネルに仲間数人と共に強制連行の現場に居合わせたそうなのだが、朝ライトバンで現れた屈強な2人組が家の奥に入るや、パリーン!と何かが壊れる音がした以外は案外スムースに事が運び、シャブ姉も泣きわめいたり暴れたりすることも無く車に押し込まれたそうである。





「あの二人は6カ月リハビリを受ける予定なんだが、シャブってのは一生直らないらしいから、戻ってきたらまた打ち始めるんじゃないかな」と愉快そうに言うジェン。6カ月たったら一旦はタイタイに引き上げるつもりだと言うが、シャブ姉はどうせまたリハビリ施設に戻されるだろうから、厄介者を追い払う便利な手段が見つかってせいせいした気分に見えた。

もはやネズミやゴキブリ並みの扱いとなったシャブ姉。一家の中で唯一見捨ててないのはアメリカ帰りの実母だけだが、どうもこの3か月間に見てはいけない姿をさんざん見させられたおかげで流石に実の母親とはいえ心の中の何層もの壁は半分くらい崩れてしまったらしい。

保守的なアリゾナ州じゃ家族愛の力で薬物から脱せられるのかもしれないが、ここフィリピンじゃ人間いったん悪いものに手を出せば堕ちるところまで堕ちていくのが定め。60近くなって頭の中身がお花畑だったことに気づくのは可哀そうだが、男癖が悪くて最初の結婚が破綻したあたりで気が付かなかった実母がバカなんだよ・・とジェンはにこやかな表情で語っていた。






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日本企業のお荷物は法務部だ!

アメリカの企業と取引された経験がある方なら商談に弁護士が登場してきて面食らった覚えがあるだろう。新製品の共同開発や投資案件ならまだ理解できるが、汎用品・既製品の売買でも十億単位の規模になると弁護士がヌッと現れ、彼らの編み出したオプションという罠を見抜くのに四苦八苦する・・。筆者も何度か苦い思い出がある。

それでこっちも青い目の弁護士と対抗しようとするのだけれども、職制上のルールに沿って本社の法務部に相談しても「英文契約書ひな形その1」をメールで送りつけて来るだけ・・。おいおい!相手さんは弁護士が矢面に立っているのに、社内法務部はオフィスにデンと座ったままか!との抗議しても「交渉の経緯は逐一報告してください」と言ったきり後はバタン!とシャッターを閉じてお終いである。

売買契約に環境規制、児童労働防止などなど世の中ありとあらゆる法律が登場し、ファストフードのコーヒーが熱すぎるだけで何億円という賠償金を課される時代である。だから営業マンが競合他社や市場動向を見張るのと同様に法律担当者だって灯台のように全方位360度灯りを照らすべきなのに、残念ながら筆者の会社の法務部は前方30度くらいがせいぜいで、しかも灯りと言っても豆電球程度の体たらくだったのである。

さて東芝関連のニュースを見るにつけ「東芝の社長のそばに国際業務専門の弁護士を一人でもつけて置けばこんな事にはならなかっただろうに」という思いを強くしてしまった。社内に法務部門を置きたがる日本とは違い、欧米はもともとアウトソーシングが発展しているとはいえ法務部門は外部の弁護士事務所と顧問契約を結ぶのが基本である。

その理由はいろいろあるけれども、最も重要なのは社内法務部だと他流試合が出来ないから相対的に弱くなってしまうからだ。平和憲法に守られた国の軍隊にソマリアへの上陸作戦や化学兵器戦を戦え!と言うのと同じで、日ごろから多種多様な戦闘で鍛錬されていなければ思考空間が狭まってしまい実戦で使い物にならないのだ。

何ごとも揉め事を嫌い、訴訟なんか無い方が良い!というメンタリティーが強い日本社会では法務部というのは忙しく無い方がよろしい職場だ!という何とも情けない理由もあるが、その安住の地にぬくぬくと埋没してき社内法務部サラリーマンたちは青い目の弁護士相手にいざ揉め事が起こっても「困りましたねえ・・」と言って腕組んだまま黙ってるだけ・・というケースが良くあったのである。

セクハラ対策にパワハラ対策、コンプライアンスなど連中が得意なのは全部内向きの仕事だけで、大規模消費者クレームが起こった場合はどうするのか?と言った議題には「それは品質保証部がガイドラインを作ってください」、競合他社が特許侵害してる可能性がある!と言うケースだと「それは知的財産部に頼んでください」と言うだけ・・。その余りの怠惰さに筆者は何度も閉口したものである。





それである訴訟沙汰が起こった際に、海外支店と言う本社の目が届かない地の利を生かして香港の弁護士を単発で雇ったところ、さすが法律大国イギリスの旧植民地だけあって事態は当方の優位な形で解決となったのだが、この弁護士君は「こういうケースに直面した場合のリスクはこうで、この場合相手に全額弁済させる方法は・・」と実に丁寧にレクチャーしてくれたのだ。

なるほどオレの脳内にある商取引の固定概念にはこんな落とし穴があったのか!とすっかり感服した筆者は、もう一つ抱えていた係争案件をこの弁護士に頼もうと日本の上司にお伺いを立てたところ、何をトチ狂ったのかこの阿呆上司は今まで何度も煮え湯を飲まされて憤慨していた本社法務部に話を持ち込んでしまったのだ。

筆者を呼び出した法務部の男は「あなたの行為は社内規定に反していますから懲罰案件として人事部に連絡しました、なお企業機密上の観点から香港の弁護士とは今後一切関係を持たぬよう申し渡します」と言うやスッと紙を出す。見るとそこには「私は法務部の言う事を承服しました・・」という書類で、そこに署名しろ!というのである。

日本じゃ署名なんて習慣が無いので変だな・・と思ったが、よく見ると別にもう一枚英語版があったから香港でも通じるようにわざわざ作成しやがったのだ。顧客や競合他社の訴訟から会社を守るためには決まった雛形をペロッと送るだけなのに、自分たち法務部の権益を犯す輩に対しては速やかに対応する。その厚顔無恥さに呆れ果ててしまったのだ。

で、こんな連中が法律の番人をしているから筆者のいた会社はただ今訴訟が捻じれに捻じれて大変な事になりつつあるようなのだが、元同僚の訃報を教えてくれた後輩に本社法務部は一体なにやってるんだ?と聞いてみたところ、なんと法務部長以下全員が全員とも自分たちに一体何が欠けていたのか?ということが未だに知覚出来ず、「まったく現場の人間は法律を判ってない」と宣ってお終いだそうだ。

まあ世の中こんな法務部だらけとは言わないが、シャープしかり東芝しかりで連中に法律全般を任せようものなら100%外国人にしてやられることは間違いがない。世間と社内がガラスのパイプで結ばれているとすると日本の大抵の社内法務部はパイプのくびれた部分と同じだから、海外と伍していくなら何よりこれを取っ払う必要がある。

なので営業の前線や開発現場を仕切っている方で海外との間で現在重大な訴訟に発展しそうなケースを抱えているようだったら、社内法務部に何度も掛け合っても欧米人の弁護士に比べて思考空間の狭い彼らから有効な打開策が出て来ることはまず望めないので、社長に直談判して社外弁護士を動員することをお勧めします。その方が会社にもあなたの精神面にも良い方に作用します。






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北朝鮮旅行中止

大学時代の友人と北朝鮮に旅行に行く計画を進めてきたが、先日のキム・ジョンナム暗殺とそれに続く政治的緊張で友人たちのノリが一気に萎んでしまい、ついにこの話はいったん棚上げにしよう!と言う事になってしまった。事実上の中止である。

筆者らが申し込んでいたのは北朝鮮と国境を接する中国・丹東市の旅行会社で、旅行代金は出発当日に旅行会社に現金で払うシステムだったから損はないのだが、しかし楽しみにしていた旅を諦めなければならないとは何ともやりきれない思いだ。





30年ぶりに皆で旅をするのに国内じゃ味気ないし、ハワイやタイはみんな行ってるから「だったら絶対記憶に残る国に行こうじゃないか!」という事で北朝鮮にしたのである。それが危なくなったからって言うけど、あの国が安全だった時なんて一度たりともあったのかね?と思ってしまう。

筆者が仕事で良く出向いたモスクワにはビジネスや観光でドイツ人やイギリス人がわんさか押し寄せていたが、バーやレストランで出会った連中と話すと決まって「ソ連時代のモスクワ、それもスターリン時代に是非とも訪れたかったよ」と語っていたのだ。





出会う人々が「私たち以上に幸せな国民はいません!」と口を揃えて言うが、その背後では秘密警察に見張られているアンバランスさ、見世物小屋感覚が楽しいのだ。今や地球上にはそういう国がごくごく限られてしまったから「今のうちに・・」と思って北朝鮮を推してきたのである。

まあそうは言っても友人達には家族や仕事があるから仕方ないのだろうが、幹事役のUから代替案として出てきたのが韓国・ソウルの旅・・・。魅力度ガクーンのその案を見て筆者は思わずため息をついてしまった。だったらまだキューバにでも行った方がいいわ。






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Author by ほにょ / 全記事一覧 / ページトップ
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