足臭女がミニサウナを汚染

先日の日記で叔母から借りて来た簡易サウナが実に優れものである!という事を書いたが、筆者のこの密かな楽しみもたった1週間で幕を閉じることになってしまった。これはつい昨日から我が家に滞在することになった女房の妹の娘イナ(21歳)が、このサウナに目を付けたのか昨日中に入りやがったからだ。

むさ苦しい男の体液がこびりついたのならともかく、うら若い女性が小箱の中で汗をたっぷりかいたことに何の不満があるのか?と思うかもしれないが、実はこのイナは外出から帰って来て靴を脱いだだけで部屋の中にムワ~ンと蒸れた異臭が漂うほど足が臭いという致命的な欠陥を抱えているのだ。

このサウナは炊飯器上の鍋に水を入れて沸騰させ、そこから出て来た蒸気がパイプを伝って小箱の中に入るという仕組みなのだが、簡易サウナというだけあって排水設備は無いため蒸気と汗がボタボタと底に貯まってしまい、足は常時ビチャビチャと濡れている状態になるという構造的な問題があるのだ。

そこへ姪イナの蒸れた足が浸ったのである。たたでさえ常時蒸れてるイナの足が蒸気で蒸されることで強烈な臭い液が貯まりこめばそこには水虫菌や足臭菌が繁殖し始める訳で、イナの後にサウナに入ろうものならたちまち感染しそうだし、それに小箱全体に染みついたイナの足の臭みに悩まされる事は請け合いだ。

「あー気持ちよかったわ!これは毎日入るしかないわね!」と嬉しそうに言うイナ。それで筆者は恐る恐るサウナを見たところ、使用後はバスタオルで溜まり込んだ汗水を拭わなきゃならんのに(案の定と言うべきか)放ったらかしにしてやがった。コイツハ・・もう・・オセンサレテオル・・。

だけど筆者は自らの手で足臭菌の巣となりつつある簡易サウナに手を突っ込む気にはとてもなれず、黙ってバスルームのドアを閉じることにした。とても短い間だったけれども簡易サウナよありがとう。イナが我が家から出ていったらキミも元の持ち主へと帰ることになるからね。






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フィリピン人の新大陸

フィリピン人と言うと海外への出稼ぎ労働者が有名で、現在では公式・非公式合わせて300万人が外国に居住し、年間280億ドル(3兆1千億円)もの個人送金をしてくれる文字通り国の中核事業であるが、彼らの夢の目的地の1つであるサウジアラビアの経済不調が原因からか最近新たな新大陸を探索し始めるようになったらしい。

これはセクシー系女性の写真を掲載している成人雑誌に載っていた記事なので信ぴょう性は低いと思うかもしれないが、定期購読者である筆者の目から見ると時たまマトモな記事が掲載されることもあるので、今日の日記ではそこに掲載されていた「フィリピン人が目指す新たな国トップ10」をこの場で紹介したいと思う。





1位 ドイツ
求人の多い職種 :ソフトウェア開発者、機械系技術者、医師、テラピスト、修練された工場労働者
2位 オーストラリア
求人の多い職種 : 経理、保母とベビーシッター、ビルメンテ技術者、ビル建設作業員、IT技術者、
3位 ニュージーランド
求人の多い職種 : 看護師、旋盤工、金属加工技術者、自動車修理工、ソーシャルワーカー
4位 日本
求人の多い職種 : 医師、看護師、ビル建設作業員、銀行員、英語教師、バー店員、飲食店員
5位 スウェーデン
求人の多い職種 : IT技術者、介護職員、看護師、特定分野の教員、料理人、トラック運転手、塗装職人、





6位 韓国
求人の多い職種 : 英語教師、IT技術者、保険ブローカー、投資ファンドマネージャー
7位 シンガポール
求人の多い職種 : 教師、研究者、ビル建設作業員、支店等の駐在員、会社事務職、オフィス補助職員、
8位 アイルランド
求人の多い職種 : IT技術者、科学者、研究者、多言語習得者
9位 台湾
求人の多い職種 : 英語教師、ツアーガイド、支店等の駐在員、銀行員、保険アドバイザー、石油技術者、カスタマーサポート職
10位 ドバイ
求人の多い職種 : 航空会社職員、飲食店員、薬品技術者、海運業従業員、食品加工技術者





如何だろう?中には首をかしげたくなるような記述もあるけれども、日本がなんと4位に入っていたというのは驚きだし、オーストラリアとニュージーランドというアングロサクソン国家はまだしもドイツやスウェーデンなど中北欧や韓国と台湾が入ったというのも意外と言えば意外である。

まあ義妹の親友マアンは日本で働くべく目下日本語を勉強中だし、サウジアラビアからほうほうの体で帰って来た従兄弟ジャネルは韓国のIT企業相手に職探しをしているから人気が上がり始めたことは聞いてたけどまさかこんな高位にいるとは・・。筆者の周りでの海外就職人気ナンバーワンはここ最近は海外クルーズ会社だけれども、今後はこういう国へと向かっていくのかねぇ・・。






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クリスマスツリーでバカ議論

クリスマスの1か月前になったので我が家にクリスマスツリーを飾ることになった。筆者の女房は教会などめったに行かぬ無精者だがクリスマスを祝う思いは人一倍多く、来なくて良いのにデング熱で入院していた義妹や従姉妹ミレットおよび二人の子供を読んでツリーに飾り付けを始めたのである。

ワ~ギャ~ッ!!と喚きながら金銀色の玉やラメ色の紐状なモノの装飾品をかけていくガキたち。筆者は「うるせえなあ・・」と思いながらも傍のテーブルでウィスキーを飲んでいたのだが、従姉妹ミレットがクリスマスツリーはなんとか・・と筆者に話しているうちにエッ?と思ってしまった。

クリスマスツリーはキリストが生まれた時にお祝いしたもので、このモミの木でないと駄目なのだ!と言ったのである。ちなみにこのミレットは薬学部卒業と一族の中では一番理性的な学問を修めているし、筆者と話をしていても一番呑み込みが早い人間である。

あのさぁ、モミの木ってキリストが生まれたイスラエルじゃ生えないんだよね。こういう形状の葉(針葉樹)って冷帯しか生息できないし、キリストの十二人の使徒たちが布教に巡った土地だって温かいところばかりだからモミの木とキリストって全然関係ないんだよ・・と言ったのだが、そこへ病み上がりの義妹が反論してきたのだ。





そんなことない!だってアタシは映画で見たもん!というのだ。なんとキリストが生まれただか処刑された後だかに(説明は支離滅裂なためどっちか不明)のシーンにクリスマスツリーが映っていた!と言い張るのだ。おまえ・・、それってキリストがタイムスリップしたとかのSF映画なんじゃねえの・・。

まあこんなフィリピン人主婦相手に植物学と歴史学の話をしても時間の無駄なのだが、物は試しにパソコンでグーグルアースという世界地図を開き「イスラエルって何処なのか指さしてごらん!」と言ったところ、ミレットは自信ありげに旧ソ連のベラルーシ共和国近辺を指さした。

沈黙する筆者・・。しかしそれをご名答!と勘違いしたのか、ミレットは「ここからローマに向けて・・!」と南の方向にあるルーマニア、ブルガリアへと指を這わせているのを義妹もフンフンと頷きながら聞いている。

まあ女は生まれつき地図が読めないというからバカにしちゃいけないんだろうけど、このバカ主婦二人の子供たちは今後じぶんと間違ったキリスト像を植え込まれ続けるんだろうな。






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香港では超有名店で食すなかれ

香港に駐在していた時に友人知人がプライベートで遊びに来るたびに一番困ったのは世界的に知られた有名レストランに連れてってくれ!と言われる事であった。あんた香港に住んでるんだから福臨門や新同楽とかしょっちゅう行ってるんでしょ!アタシがお金払うからいいじゃないの!予約しといてよ!などと言われるのである。

しかし筆者が予約するのはスーパースターとかジェイドガーデンと言った評判の良いチェーン店か、小汚くて客でいっぱいだけど味は保証付きの九龍城の海鮮料理店で、こういう店の看板を見たとたんに「なによ!こんな店!」と怒りだされることは必至なのだが、それでも筆者は彼らを超有名店には連れて行かないのである。

理由は不味いからだ。いや、正確にはこれら有名店は香港の著名人や外国の賓客から絶賛される料理を提供しているのは事実なのだけれども、こういう店でその素晴らしい料理にありつけるのは本当に限られた人間だけであり、例え邦銀や大手商社の香港支店長であろうとも彼等だけで店を訪れた場合はグルメをうならせる絶品料理は出てこないのだ。





ちなみに筆者が働いていたのは香港と深センに万単位の工員を雇っている大手メーカーで、筆者はよく上司のカバン持ちで福臨門という香港屈指のレストランへ通っていたのだが、ある時筆者の顧客チャウ氏と一緒にこの福臨門レストランに行ったところ、これは同じ店なのか!と思うほど素晴らしい料理が出てきたのである。

それでその事をチャウ氏に聞いたところ「それは作った料理人が違うんだよ」と事も無げに言う。つまり日本の料亭の様に福臨門にも花板から一番、二番板という料理人の階級があって、チャウ氏は「アンタはいつも一番下の方の料理人が作ったものだけ食わされてるのよ」と笑いながら言ったのだ。

ちなみにチャウ氏がオーナーを務める会社は筆者の会社の千分の一規模ほどの規模しか無いし、福臨門で払ってきた費用だって筆者のいた会社の方がウン十倍も多いはずだ。にも関わらずチャウ氏の方が店から大事にされているとは「こりゃ一体どういうことなのか?」と煙に包まれてしまったが、客と一緒にいろんなレストランに行き続けるうちにカラクリが判って来たのだ。





他の国もそうだろうが香港のレストラン業界ではオーナーシェフというのはごくごく稀であり、ほとんどの店、特に市内の目抜き通りにある店はほぼすべてが出資組合、それも普段はテキスタイル業やプラスチック射出成型業など全くの畑違いの商売人たちが共同で出資し、信頼できる料理人やウェイターに店を任せるという形態なのだ。

なおこの任せるというのは給料制で雇われるという意味ではなく、営業利益の25%を特別報酬で貰える、或いは株式の15%を所有するというようにオーナーの一員になるという意味である。料理人の究極の目標は自分の店を持つことかもしれないが、繁華街の一等地に店を構えるだけの膨大な資金は自分では賄えないから、多くの香港人はこの「総支配人兼マイナー株主」を当面の目標にするのだ。

香港で最も評判の高い店には1億円や2億円をポンと出せる企業家が溢れるほど来る。だから頭の回るウェイターや腕の良い料理人たちはこういった出資者を見つけるのに必至であり、店を訪れるいろんな客と話しながら自分に出資してくれる財力があるかどうかも同時に見極めているのである。





そんなところへ日本の大企業の支店長様が来ても、ポケットからひねくり出せる金額はたかが知れているのだし、例えマーテルのXOを10本開けようが野心溢れる店員には何のメリットも無いわけだから、注文をキッチンに伝える際には「おい、あの16番テーブルの日本人向けの料理だけどな、先月入ったばかりのヤンに作らせとけ!」でお終いなのだ。

そこへ月一回で来る日本企業のマネージャーとか団体ツアーで来た日本人が入れば、一体どんな料理が出てくるのかはご想像の通りである。しかも料金は花板だろうが見習いヤンだろうが同じだから、期待が大きい分裏切られた感じは生半可なモノじゃなく、これはもう金をドブに捨てるのと同じなわけですよ。

もちろんどうしても花板は無理でも一番二番板あたりが作った料理を食べたいのなら、その店のオーナーの友人で店の常連さんと一緒に行くとか、日本の料理雑誌の取材チームの名で予約する、あるいは自分は名古屋のパチンコ屋の社長で香港に店を出したいのだ・・などと名乗り出る手もあるだろうが、筆者は単なるメシのためにそこまでやる気はない。





なお一番最初に書いたスーパースターやジェイドガーデンといったチェーン店の客は味にうるさい香港人で溢れているし、客もほとんどがサラリーマンや近所の零細商店の店主、それとそこらへんのオッちゃんオバちゃんに中流家庭の家族連ればかりだから、ウェイターたちは彼らに期待するのはせいぜいチップくらいなのである。

そこで筆者は毎回100とか200香港ドル(1.5~3千円)をお勘定の際にでっぷり太ったウェイター長や割と年かさのウェイトレスにねじ込むようにしたところ、次の回からはこのウェイトレスが毎回筆者のテーブルを担当する様になり、出て来る料理も目に見えて変わってきたのだ(ただしアルバイト店員は店内政治力が無いから幾ら渡そうが無意味である)。

「いやあ、この店最初見た時はどうしようかと思ったけど、食べてみたらえらく美味しかったわ!」というのが筆者が案内した客たちの弁。当たり前だ!オレは今までどれほど不味いモノを食わされてきたのか判ってんのか!という思いは口に出さずに「香港はB級グルメが美味いんだよ」と言うと相手も満足する。まあ正確には俺たちの財力じゃB級しか美味くないんだけどね。





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簡易サウナのすゝめ

1週間ほど前に従兄弟ジェンが大きな荷物を抱えて我が家にやって来るや、その後で女房と二人して何やら箱状の物体を組み立て始めた。おい、お前ら何やってるんだ?と聞いたところ、「ああこれね、サウナよ。ジェンのお母さんから借りたのよ」と女房が答えた。

皆さん昔のトルコ風呂(イスタンブールの本格サウナバスじゃなくて日本の風俗の事)に行かれた方ならこのサウナを見かけたことがあるに違いない。大きな玉手箱の表部分が左右にパカッと開く形状になっていて、そこに入り込んだ人が首だけ出している画像は日活エロ映画でもよく登場したはずだ。

それが何で我が家に来たのかと言うと、頸椎が原因で神経痛に悩まされてる女房は医者から体を温めるように!と指示されたからである。それで今までは氷枕ならぬ湯枕を首筋にあてていたのだが、やはりサウナが一番手っ取り早い!と早合点した女房はとりあえずどんなものか体験するため買わずに叔母から借りることにしたのだ。

この簡易サウナ器は炊飯器状の器具に水を入れ、そこからブクブク沸騰した蒸気がパイプを通って玉手箱へと入る仕組みで、箱から首だけ出してダラダラ汗をかいている女房を筆者は奇異の目で見ているだけだったのだが、一昨日なんとなくオレも試してみるかな・・と思いたったのである。





いつもシャワーを浴びるだけなせいか毛穴が詰まってる感じがしたからだ。それで意を決して素っ裸になると女房よろしく首だけ玉手箱から出す格好になったのだが、これが・・・案外とよろしいのだ。店のサウナみたいな高温にはならないから30分とか1時間入らなければ効果が無いのだが、この低温サウナは筆者に合っているのである。

香港に住んでいる時はHなサービスを受ける目的でしょっちゅうノースポイントのサウナに通っていたのだが、ドライであれスチームであれ湯船であれ筆者は高温が苦手な性質なため、いつもちょこっとだけ体を温めると直ぐにシャワーという烏の行水タイプなのである。

しかしこの簡易サウナは如何に隙間をピッチリ塞ごうが頭痛がするほどの高温には絶対ならぬから30分でも1時間でも蒸されていられるし、それに毛穴から汗や老廃物を出された事による肌のすべすべ感も普通のサウナとほとんど変わらないのである。

「こんなサウナ・・」と今までバカにしてたけど案外優れものじゃんか・・。それで筆者は3日連続で蒸気に包まれてトロンと心地よいまどろみをエンジョイしているのだ。この簡易サウナ気に入ったからLAZADA(フィリピンの通販サイト)で新品1セット購入すっかな。






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すれ違うインド人

世の中には何故だか頻繁に会う人と全く逆の縁が無い人がいる。例えば筆者の場合、ドバイ在住のラカというインド商人は毎年ヨーロッパの展示会では1日4回~5回も出くわすだけでなくバカンスで訪れたプーケットでは同じホテルの同じフロアに泊まっていたり、ミラノの空港から市内へと向かう電車の中でも隣り合わせの席に座るなど何か因縁めいたものを感じたのだ。

アンタとは何か縁があるねえ・・・とお互い神妙な顔で言い合うのだが、じゃあラカ氏とのビジネスが上手く行ってるのかと言うと案外そうでもなく、ラカはむしろ筆者のライバル会社のお得意さんなのであった。まあ取引が微々たる額でも因縁があれば何かの時に即ビジネスにつながるものだから、こういう出会いを大事にするのは商売人の鉄則だ。

しかし同じインド人でもラカ氏と全く逆なのがスペイン在住のラジュ・バラ二氏であった。この方は筆者の会社とは随分古くからの取引先で、実は筆者が生まれて初めて海外出張を計画した時に一番最初にアポを快諾してくれた方なのだ。当時筆者は電子部品ではなく完成品を担当しており、ドイツからイタリアを経てラジュ・バラ二氏のいるスペイン・マラガを訪れる計画だったのである。

スペインと聞くとマドリッドとバルセロナの二大商圏都市を思い浮かべるが、実はモロッコやアルジェリア、モーリタニアなど北西アフリカ向けの密輸基地としてのマラガは大きな存在で、ラジュ・バラ二氏の一族はその親玉的な存在だったのだ。実際筆者の会社で何か新製品が出ると数は少なくとも取り敢えず買ってくれたのも彼の会社だったのである。

しかし運が悪いことに出張計画中に欧州通貨危機が深刻化し、もともと財務体質が弱かったイタリアの最大手取引先が瞬く間に倒産してしまっため筆者の初出張は一時停止の憂き目に遭ってしまい、筆者は泣く泣くラジュ・バラ二氏に「今回あなたと逢えなくなってしまったことを残念に・・」で始まるテレックスを打ったのだ。





まあ1年もすれば通貨も安定するだろう・・と思っていたが、数日後に筆者は突然上司に呼ばれて「来月から電子部品営業部に移籍せよ!」と命じられてしまい、結局夢のヨーロッパ出張はキャンセルとなってしまったのだが、その代わり1年後に香港支店に赴任の身となったから、後から考えればこの人事自体は悪いものではなかった。

そして電子部品部に移ってからはアメリカや中国、そしてヨーロッパなどいろんな国を訪れるようになったが、ある時香港の展示会で筆者の会社のブースを訪れた方の名刺を整理していたらラジュ・バラ二氏の名前を見つけたのである。ちなみにバラ二氏は完成品のバイヤーであり部品を買うことは無いのだが、どうもどんなニューテクノロジーが発表されたのか見に来たらしい。

へえ、あの人が来たのか。また会えなかったな・・と最初の年は思うだけだったが、実はその次の年もその次もラジュ・バラ二氏は展示会を訪れていていた事を毎度展示会の後になって知り、直接ビジネスをする関係ではもう無いけれども(それに部品売りだと注文単位のケタが2つ違う)、もしも会えるようなら挨拶くらいしよう!と思ったのだが・・・、これは全然会えないのである。

何年目かのヨーロッパでの展示会で筆者は1週間の開催期間中6日間にわたって受付を担当したのだが、なんとラジュ・バラ二氏はそのたった1日の休みの日に現れたし、また別の年には明らかに筆者がその場にいたのに、おそらく他の客の対応をしていたのか彼の姿かたちさえ見ることなく再び会えずじまいになってしまったのだ。

それである年は受付担当を任された女に「ラジュ・バラ二って人が来たら俺を呼べ!」と命じたのだが、運悪く電話がかかって来たのはドイツの大手客と会食の最中だったために再び会えずじまい。そして別の年には冗談でなくトイレに行ってる時に現れるとか、筆者はその場にいるのに何故か気付く前に名刺だけ置いて立ち去っていたのである。





だったら展示会の前に「会いませんか?」ってメールを打つとか、スペインまで会いに行けばいいじゃないか!と思うだろうが、これは一種の運試しみたいなものだから筆者も意地になっていたのである。それに彼だって一度アポを入れて来た日本人の若造の事などいちいち覚えてないだろうし、だいいち彼は完成体しか買わぬからビジネスにはならないのだ。

で、それで結論はどうなったの?と言うと、展示会で彼の名刺を見続けるだけで(途中で名前がラジュ・ヒロ・バラ二に変わっていた)、なんと最初のアポキャンセルから20年たってもついぞ一度たりとも彼と会うことは叶わなかったのである。ご縁が無い人というのは世の中本当にいるものだけれども、ここまで縁遠い人と言うのは珍しい。

しかし仮にラジュ・バラ二氏と会えたとしても「実は20年前にアポをキャンセルしてから・・」以外は何も話すことが何も無いのだから向こうも困ったに違いない。だから会えなくてもよかったのだが、にもかかわらず筆者がなぜこんな事を日記に書いたのかというと、一昨日ヒマに任せて昔取引のあったイタリアやフランスの顧客の名前を検索していた時に彼の事を思い出したのである。

それで彼の名をグーグルに打ち込むと案の定その昔何度もL/C(信用状)ネゴ書類にタイプしたスペイン・マラガの住所が出てきたのだが、別の検索結果を開いたら何とそこには「157サランガニストリート、アヤラ・アラバン、モンテンルパ」という住所が現れたのである。こ、これは・・、ラジュ・バラ二氏は現在は今現在何とフィリピンにいたのである・・。

たった一度アポをキャンセルしただけでここまで縁遠くなってしまった男、毎年筆者の周辺にチラッチラッと現れる姿なき影の男ラジュ・バラ二氏。それが筆者の家から直線距離で20キロほどのところに住んでいる・・・。それで何だか不思議な気分になったのだけれども、でも今までの経緯を考えると・・、それでも彼とは会うことは無いだろうな。






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やっぱりデ・リマはヤッていた

昨日家でゴロゴロしていると隣のリビングルームから「&%$#!!」という歓声が上がった。サッカーでゴールが決まったかのような騒ぎに何事ならん!と駆けつけると、そこでは女房と従姉妹フィリンがテレビを観ており、筆者の顔を見るなり「ほら!やっぱりヤッてたのよ!」と叫んだ。

なおこのヤッてたというのは裏金を受け取ってた!とか殺してた!の「やってた」という意味ではなく、男女の秘め事を指す「F★CK」という単語を両名とも使ってたのだが、画面には冴えない風体の男が警察幹部たちに囲まれているシーンが移っていて、その後画面が変わって警察の親玉と記者だか議員との一問一答へと画面が切り替わった。

ヤッてたって誰がだ?と聞いたところ「デ・リマ上院議員よ!決まってるじゃないの!」と女房は言い、さらに御年26歳の従姉妹フィリンは「デ・リマが何度も何度も何度もヤッてた男の顔を見そこなったわね!」と快活な表情で言うのだが、あの~、それ以前にあの男って誰なの?という基本的な情報が無いのである。

それでこいつは麻薬カルテルの人間か何かか?と聞いたのだが、女房とフィリンは「WAIT!」と言って画面に見入ってしまい、そして一問一答のシーンが一段落すると「案の定ヤッてたのよ!」と言い、そして画面がまた緊張した局面になると二人して見入ってしまい、そして最後にまた「デ・リマとあの男はヤッてたの!」と言うだけである。





ヤッた!ヤッ!だけで何が何だかわからない・・。その後自分が確かめたところ、画面に映ってた冴えない男はデ・リマ女史のボディガード兼運転手で、目下フィリピン国内を揺るがしている麻薬カルテルと政治家の黒い癒着の関係者として指名手配されていたのだが、昨日逮捕された後に「自分はデ・リマ女史と肉体関係にあった」と述べたという事らしい。

ちなみに警察はこの男がデ・リマ上院議員と不倫関係にあったから逮捕したのではなく、あくまでも裏金受領の紐の結び目だったから逮捕したのだけれども、筆者の女房と従姉妹フィリンの口からは「ヤッてたのよ!」という卑猥な単語だけしか出てこないのだ。

それで記者会見が終わった後に二人に「一体あれは何のニュースだったのか?」と聞いたのだが、エスピノサ市長とその息子が・・とか、殺されたのは息子で・・、違うわよ、お父さんの方よ!エッ?そうだっけ!などと話があちこち飛ぶだけで何が何だかさっぱり分からない。

ただし全然合わない二人の発言も「デ・リマとボディガードはヤッてた」という一点だけは一致しているから、おそらくこの二人はセックススキャンダルという心のフィルターだけを通してこの事件を見ていることだけは理解できた。昼の泥沼愛ドラマを見て身悶えてる日本の主婦同様に、フィリピンの中年女も頭の中には「ヤッた」という言葉が渦巻いているようである。






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危なそうな輸血

タイタイ市に住む義妹の体調が優れないというので病院に行ったら何とデング熱であることが判った。数日前は風邪を引いたのと同じ症状だったので「今日一日寝てれば直るわ」と言っていたのだが、それが1週間以上続いているのに異変を感じた義妹の娘が無理やり病院に連れて行ったのである。

「ああ、この患者さんは軽い方のデング熱に感染したから数日入院すれば大丈夫ですよ」と変な事を言う医者。筆者の理解では重いデング熱は①治療が遅くて重症化する、②2回目の感染だと重症化する、の2つが原因だと思っていたが、この小島よしおみたいな顔つきの医者によるとデング熱のウィルスにもいくつか種類があるらしい。

それで重い場合はどうなるんですか?と聞いたところ、その場合は大量の輸血が必要で、実質的に血液を全部入れ替えるのと同じなんだよね・・と面白そうに言う医者。フィリピンで輸血・・そりゃ怖い話だ・・。しかしこの医者は一体何がそんなに面白いのか判らんが笑顔を浮かべながら「感染が怖いの?」と聞いてきたのだ。

ええ、そりゃまあそうでしょう。麻薬注射でAIDS感染するなら自己責任だけど、病院で治療受けに来て感染したんじゃ報われないじゃないですか・・と返事をしたら「オー、イェスイエス!だけど輸血でHIVに感染した事って何度もあるんだよね!」と言った後アッ!ヤベッ!というような表情をしたのだ。





ちょっと待てよ・・。ふつう輸血用の血液と言うのは何重にもチェックしてるんじゃないのか?と聞いたら、この医者はまたまたふざけた顔つきをしながら「もちろんチェックしてるよ」と言うのだが、筆者が「その感染事件はこの病院で起こったのか?」と聞いたら、ノーノ―!私はそんな事は言っていない!とさっきまでの冗談好きな態度は引っ込めて急に真顔になったのだ。

なんか怪しいな・・。というのは義妹が入院しているのはタイタイ市の公立病院で(私立病院はボッタクリで評判のため避けたらしい)、先日の日記で何度も書いた通りこの手の病院は医者が患者を放り出して途中で帰ってしまったり、レントゲンも整形外科治療器具も壊れていて常に使えない(或いは誰かが売ってしまった)などデタラメの極みにあるのだ。

検査住みの血液も保管担当者が赤十字から受け入れしたその瞬間に横流ししていて、代わりに自分の血液を袋詰めしてる可能性もあるよな・・と思い浮かぶ筆者。それで病棟の廊下の方を向くとすごい刺青をしたヒップホップ系介護士たちがゾロゾロ歩いているのが目に入った。こいつら風体も衛生状態も血液も相当ヤバそうだぞ・・。

おい、お前輸血しなきゃならん状態になったらすぐに電話しろよ!と思わず義妹に話しかける筆者。オレとお前は同じ血液型だからイザというときはオレの血を使えよな!と言うと、いやだー!だってブラザーは変な病気持ってるかもしれないじゃない!とよりにもよって女房の手前で言やがった。このバカ女・・じゃああのヒップホップの血入れてもらえ!。






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人さらい村伝説

筆者が子供の頃に祖母の家に良く出かけては公園で泥んこになるまで遊んでいると、夕方6時ころには決まって祖母が「人さらいが出るから家に帰ろう!」と迎えに来たものである。いくら昔とは言え昭和40年代の埼玉県川越市はそれなりの町だったから、年長になるにつれ「そんなことは無い!」と反発したのだが、祖母は「山からサンカが下りて来るんだよ!」と一喝するだけである。

なんでも祖母が小さい頃は近所の子供が突然神隠しになってしまうケースが結構多かったらしく、そうなる度に近所の人たちは「きっとサンカにさらわれたんだよ!」と噂し合っていたというのだ。サンカというのは日本版の山岳民族のことで、山で採れたシイタケや蓑造りを行商しに下界へと降りて来るのだが、そこで目ぼしいガキを物色しては籠の中に押し込んで山へと連れ帰ってしまうのだという。

あまりの荒唐無稽な話に筆者はバカ笑いしただけだったが、一方祖母と言えばこれは真剣そのもので、ある時など近所の婆さん仲間を何人か連れて来てきては「この子がアタシの言う事を聞かないから言い聞かしてくれよ!」と言って、サンカ族は子供が減ってるから他所からさらうのだ!とか、近親結婚が多いから新しい血が必要なのだ!など延々と聞かされてウンザリした覚えがある。





皆さん既にご存じのように子供をさらうのは変質者によるいたずら目的や女衒に売り飛ばす事であり(サーカスに売るという話も良く聞いたがウソである)、中世のヨーロッパじゃあるまいし種の保存の為に子供を籠に押し込めてさらっていくなどバカバカしいにも程があると思っていたのだが、今から数年前にある団体に関する本を読んだ時にピン!と来るものがあったのだ。

ヤマギシ会である。この狂ったカルト団体については一昨日とその前の日に日記にしているので繰り返しになってしまうが、この団体では子供はヤマギシ会の共有資産として親元から引き離して育て、また30歳を過ぎた女は元気な赤ん坊を産めない!という理念のもと強制離婚と結婚を繰り返しているという個所で目が留まったのである。

まるで豚の養殖ではないか・・。まあ実際ヤマギシ会は農業団体として牛や豚、鶏に野菜の生産を糧にしているのだけれども、この発想を極めていけば全ての財産を投げうってヤマギシ会に入信した信者たちの品種改良に取り組むのは自然の流れの様に思えるし、その延長で頭数の増加と健康な血を入れるためガキをさらっていても不思議じゃないな・・と思えてきたのだ。





「そんなバカな事はあるわけない」とお思いの方もいるので、ここでちょっと話をずらしてヤマギシ会の洗脳手口を説明したいのだが、他所から引っ張って来た人間が最初に参加する1週間セミナーのクライマックスは「怒り研鑽」というプログラムで、これは参加者全員に対してまず「あなたの人生で一番アタマに来た事」を話させ、そして全員の話が終わったら「では、なぜあなたは腹が立つのか!」と質問攻めにして参加者を考え抜かせるのである。

何を言っても「なぜあなたは腹が立つのか!」を繰り返す禅問答を集団でやるものだからそのうち頭が宇宙へ飛んでしまい、そして種明かしをすれば「頭に来た!と言う感情があるから腹が立つわけで、だったらそういう感情を生み出す思考回路を消去してしまえば良い」という境地へとたどり着くのである。こう書くと簡単だが、ここに至るまでに感情神経回路は断ち切れてしまっていて、洗脳されずに逃げ帰っても精神病院のお世話になるほど脳がダメージを受けているそうだ。

実がこれがヤマギシ会の信者飼いならし法のミソで、一旦怒りと言う感情を失ってしまった人間たちは上からの命令に対して反発することが無いのだから、全財産を寄こせ!とかあんたの奥さんをオレに寄こせ! アンタの子供を殴れ!ガキをさらって来い!お前はもう家に帰ろうと考えるな!などとトンデモナイことを言われようが、動く植物のように脳が漂白されちゃった信者たちはなにも疑わずに言われた通りにするのである。





さて話を元に戻すと、このヤマギシ会の最初の農場があちこちに設立されたのは1960年代だそうだからサンカの人さらいとは時期が明らかに異なるのだけれども、なんか彼ら独自の品種改良的な発想と1970年代に数多く流入した新左翼分子の突破型行動力を掛け合わせると人さらいとか平気でやりそうな気がしませんか?

もちろんこんなの筆者の推測だし、九分九厘間違っているに違いないのだけれども、三重県あたりじゃ「ヤマギシの村に近づくな!」と評判が立ってるとか、上の命令を何も疑わずに行動する漂白会員の存在、そして無農薬野菜や有機卵の行商をしているのは山岳民族サンカにそっくりでひょっとして子供の物色も兼務してたんじゃ・・など考えると、人さらい村って昔はサンカで今はヤマギシ会なんじゃあ・・と思えてきたのだ。

そこでもしもこの日記を読まれた方の中にヤマギシ会の元会員の方がいたら、あなたの周りに何処からかさらわれて来た人がいませんでしたか?とお聞きしたい。なお筆者はヤマギシ会を珍妙珍奇な見世物小屋感覚で見ているだけでアンタらがマトモな団体じゃない方が嬉しいから、もしも教祖山岸巳代蔵や農業実験法や最大目標のZ革命について書いたようなお便りは読まずに廃棄しますよ。






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精力剤を無心しに現れた義父

リサール州の奥地に住む義父が義妹の見舞いがてらに我が家にやって来た。今年71歳ながら相変わらず足腰は元気だし頭の方もクリアである。なんだよ、71歳なんてまだ若いじゃないか!と思うかもしれないがフィリピンの平均寿命は68歳と短いから日本ならさしずめ85歳くらいに相当する高齢である。

それで女房がバンコクで買ってきた牛肉やソーセージ、それとSIANG PUREという筋肉痛軟膏と鼻にズッポリ突っ込むメントール嗅ぎ薬ヤードムなどを差し上げたのだが、女房がシャワーを浴びている最中に筆者の傍にスッと来るや「エビオス余ってないか?」と言い出したのだ。

知らない人はいないとは思うがこれは「強力ワカモト」と同じ消化促進薬であり、最近胃もたれがするようになってね・・と義父がこぼしていたので日本旅行に行くたびに持ち帰って来たのだが、「貰った10瓶がもう無くなりそうだ・・」というのを聞いて呆れてしまったのだ。





これと同じ話は過去2回ほど日記に書いたのだけれども(筆者も義父の毎度同じお願い事には飽きてしまったが)、エビオスは消化を助けるという主目的の他に「勃って勃ってしかたがない」「精液がドバドバ出る」「射精感アップ!」という重大な副作用があるのである。

ちなみにこれはウソでもなんでもなく筆者自身がエビオスを服用してみたところ、最初の1週間くらいは腹が減って仕方が無いくらいだが、その後は毎日朝勃ちが始まり、Hなサービス込みのマッサージに行った時など肝心の部位を触られる前からピン!と反応しっぱなしになったのである。

それで今年の春先に2000錠入りエビオスを10瓶、合計2万錠差し上げたのだが、このクスリは1日30錠(毎食後10錠)と書かれているので、計算上は2年分に相当するはずなのだ。ところが何と半年もたたないうちに無くなりそうだとは・・。





失礼ですがどなたかに差し上げたんですか?と聞いたら、とんでもない!全部ワシが服用したんだんだよ!と否定する。ということは・・処方書きの4倍もの量をこの71歳のジジイは呑んでるのか・・とその無鉄砲というか性欲のための無軌道さに呆れてしまった。

これも前に書いたけれども義父はシングルマザーの女子大生(モカ・ガールズのフランツ嬢にすごく似ている)にハマっていて、毎回500ペソ払ってお相手をしてもらっているとは聞いていたが、去年よりも速いペースでエビオスを消化しているということは回数が増えたか、あるいは何人か別の女が増えたに違いない。

それで筆者がそのうち呑むだろう・・と思ってタンスにしまい込んであったエビオスを2瓶渡すと義父は実に嬉しそうな表情で受け取ったが・・。だけどこの2瓶も今のペースだと1か月で無くなる計算だから、クリスマスはまた同じように頼みに来るんだろうな・・。でももう在庫は無いよ。






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漂白されちゃった人たち団体

ヤマギシ会と聞くと有機野菜の移動販売や子供向けサマーキャンプを思い浮かべる人もいるだろうが、実はこの2つは新規会員獲得のための勧誘手段でもあり、ここで引っかけた人間を特講なるセミナーに参加させて洗脳する手口は他のカルトと似ているが、ヤマギシ会が違うのは在家信者という制度が無いため洗脳後は全員もれなく農場に送り込まれることである。

これは何も週末だけ農場に出向いて農作業するなんて甘っちょろい話じゃなく、仕事も学校も辞めた上に貯金や家など全財産をヤマギシ会に寄進して丸っきり無一文になった状態で農場に入るのだ。全国に二十数カ所ある農場には野菜栽培や養豚や養鶏の他に簡単な食品工場があって、はい!旦那は鳥小屋で奥さんはハム工場ね!という具合で仕事を振り分けられるらしい。

そしてここからが本題なのだけれども、ヤマギシ会は農地どころか鉛筆一本に至るまで個人ではなく集団のモノであるという無所有一体の建前上「これは俺のものだ!」という所有欲を持つことは危険思想とされており、毎日繰り返される学習会で所有欲は徹底的に消去されてしまい、そのうち無機物のように脳みそが漂白されてしまうと言うのである。

その極め付けが子供の隔離と強制離婚で、自分の子供である!という考え自体が悪なのだから家族で入信すると「子供たちは農場全体の子」という規定のもと別の建物で生活するようになり、また夫婦も最初は一緒に生活していてもある程度経過すると「あんたの奥さんは明日から田中さんの奥さんになりますよ」という強制離婚と再婚指示が来るというのだ。





これは所有欲の否定という理念とは別に、「女性は30歳を過ぎると健康な赤ちゃんを産みにくい」「男はジジイでも精液が出る限りは問題ない」という彼ら独自の科学的思想があって、要するに奥さんがある一定年齢以上に達すると厄介払いされ、旦那には入会したばかりの若々しい女性があてがわれて子作りに再利用されるというのだ。まるで球根や金魚の品種改良である。

当然こんな事を言われれば普通の人間ならば「冗談じゃない!」と激高して夫婦そろって脱会するはずなのだが、前述の通りヤマギシ会の会員たちはすっかり脳が漂白されてしまっているので、別段疑う事も無く「ああ、そうですか」と言って素直に指示に従うそうである。

それと集められた子供たちも毎日指導役から自我を徹底的に封じ込む教育(体罰込み)を施され、一応行政への手前から近くにある公立学校には通っているものの、同じ農場の子供以外と仲良くなって世間の毒にさらされないよう集団登下校と密告制度が徹底しているため、多くの子供たちは感情の破綻をきたして精神が壊されちゃうらしい。

いかがだろう?コルホーズどころかまるでポルポト派のキャンプである。ちなみにこの情報は何も米本和弘の本だけでなく他の人が書いた4~5冊にも共通した記述を元にしているのだ。筆者は今までいろんな狂ったカルトを調べて来たけれど、人間の本能を漂白して植物の様にしてしまう教団というのはここ以外聞いたことが無い。





そして全ての本を読み終わった後で、三上さん兄弟が何であんなに似ていなかったのか?お母さんがなんであんなに若かったのか?弟コージ君はキャンプに帰ってくる度になんであんなに異常なヒステリー状態になったのか?という謎が30年以上経ってやっと判ったのだが、しかしちょっと辻褄が合わない点も有るには有るのである。

前述の通りヤマギシ会は共同生活が基本なので、三上くん一家が貸家とは言え都内に居を構えていたのは変だし、仮にあの時はヤマギシ会を脱会していたのなら一応筋は通るけれども、その代わり休みの度にヤマギシ会のキャンプに子供たちを送り込むというのは理屈に合わない。しかし彼らの口からカスガヤマというヤマギシ会の農場の名前を何度も聞いたのは確かだ。

まあ今となっては確かめるべくもないが、例えば三上君のお父さんが東京地区の露店販売の責任者を務めていたとか、或いはお母さんだけがヤマギシ会の会員だった、もしくは一度脱会して東京に逃げてきたが再び農場に戻ってしまった等々だと思うけど、何せこの一家は奇妙なことが多すぎるので幾ら考えようが答えが出そうにない。

なので筆者としては三上昌一君がこのブログを読んでくれて、筆者に回答してくれることを願うしかないが、さて三上昌一くん!キミとは一年半という本当に短い間の付き合いだったが、キミら三兄弟と一緒に泥んこになって遊び続けた筆者としては君がヤマギシ会からは離れてごくごく当たり前の夫、父親となっている事を願っている。そしてもしも漂白されてないのなら君たち一家は一体あの時どういう状況にいたのかご一報いただきたい。






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奇妙な家族

筆者は統一教会やオウム真理教などイカれた宗教団体の話が好きで、いろんなメディアに登場する彼らの珍妙な教理や異様な行動、目がぶっ飛んだバカ女の叫びなどの奇態を見つけてはケタケタ笑い飛ばしている嫌な野郎である。

これは大学時代に駅前で雨の日も風の日も勧誘に粉骨砕身していた原理研究会を見物していた頃からの趣味で、桜田淳子の集団結婚式騒動や弁護士一家失踪事件が世間で騒がれていた時期にはカルトに詳しい筆者はオフィスで時の人となり、鼻の穴を膨らましていたのである。

パナウェーブ研究所にライフスペース、顕正会の時には生憎と筆者は外国にいたのだが、もちろんカルト好きな筆者はOCSという図書郵送サービスでいろんなカルト団体の書籍を取り寄せては読み漁っていたのだが、そういった書籍の一つである米本和弘の「カルトの子」を読んだ時に「アレ?」と思い当たってしまった事があった。

この本は自然農法と農業共同社会のヤマギシ会の子供たちがどれほど精神を破壊され病んでいるのかを詳細にリポートしてある衝撃の書なのだが、そこに登場する豊里実顕地とか春日山実顕地という名前を目にしたときに小学校時代のクラスメートからこの名を度々聞いた事を思い出したのである。

彼は三上昌一くんと言って小学校4年の時に他所から転校してきたのである。彼は快活な少年で筆者とは家が近かったこともあって直ぐに毎日のようにお互いの家を行き来する関係になったのだが、筆者と同級生たちは彼の家に行くたびにこの一家はなんか変だな・・と思うようになっていったのだ。





彼には二人の弟がいるのだが三人とも丸っきり似てないのである。いやもちろん双子だって似てないケースは沢山あるのだから別におかしくないのだが、ここで言う「似てない」というのは筆者ら10歳のガキの目から見ても彼らはお互い違う国籍なのでは?と思えるほど別血統なのだ。

それとお母さんがものすごく若いのだ。今じゃ美魔女とか呼ばれる40代の女性だっている日本だが、1970年代の小学生のお母さんと言うのはすでに女を捨ててブクブクになってるのが普通なのに、三上君のお母さんは3人の息子の母親にしては女子大生みたいに若々しいのである。

それと彼らが休みの度に行っていたキャンプである。夏休み明けなど彼ら三兄弟は真っ黒に日焼けして学校に戻ってくるのであるが、変なのは彼らはそこで何をしていたのか余り言いたがらなかった事と、キャンプから帰って来るたびに弟のコージ君が異常なほどヒステリー状態になっていて、校門で誰かとケンカをおっぱじめたり図書室の本を破る、火災報知機を鳴らす(正確には壊す)のだ。

三上君の家に行けば行くほど不気味な新発見があるものの、しかし筆者らは10歳の少年だからそんな事も直ぐに忘れて彼ら三兄弟とは仲良く遊んでいたのだが、ある日突然彼は学校に来なくなってしまい、そして2週間くらい後に担任の先生から他の学区へ転校しました!と聞いたきり彼とはそのままになってしまったのである。

その三上君を知るキーワードがこの本にあった・・。それでヤマギシ会に興味を持った筆者はこの教団について書かれた他の本なども取り寄せて読んでみたのだが、このソ連のコルホーズみたいな農業団体だと思っていたのが実はとんでもないカルト教団であり、そこにいる信者たちは別の惑星にいるのではないかと思うほど珍奇、珍妙、いや壊れていることを知ったのである。(続く)






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銀座 ギンザ GINZA

子供の頃から将来は海外で過ごしたい!と漠然と考えていた筆者ではあるが、高校の物理教師の「お前は理系に向いている」と言う要らぬアドバイスのせいで理工学部へと進学してしまい、その結果として卒業後は新幹線に乗ってウン時間の田舎にある某メーカーで設計技師になってしまったのだが、入社3年目にしてついに破綻をきたすことになった。

オレはCADと設計図面を相手に人生を終えるつもりは無い!そう炸裂した筆者は早速人事部に掛け合って海外へ出られる職場を模索したところ、それだった海外営業本部の○○部が人を募集しているんだが、ここだけ飛び地みたいに他の営業部と離れた場所にあるんだけどね・・と言われたので、自暴自棄になっていた筆者は一も二も無く了解したのである。

そしてやって来たのがなんと花の銀座なのだ。他の海外営業部門は新宿の高層ビルの一角にズラリとひしめいていたのだが、この銀座オフィスは筆者のいた会社がまだ吹けば飛ぶような小さな町工場時分に東京営業所として買い求めたもので、この○○部だけは設立以来ずっと銀座に居座っていたのである。

新潟県の田舎駅前の居酒屋うず潮で送別会を開いてもらった翌週月曜に銀座オフィスを訪れると、最初に配属された輸出業務課の課長から「今夜キミの歓迎会をやるから空けておくように」と言われて連れて行かれたのはなんとホテル西洋のイタリア料理店・・。筆者は全く知らなかったのだが同じ会社でありながら銀座オフィスにいるのは全くの別人種であった。





実はここには会社のオーナー一族のコネで入社した社員が集められている特別な部署で、当然彼らは慶応や青学、立教、学習院に白百合といった大学の出身者が圧倒的に多く、特に女性陣は全員が全員とも東京都内のそれなりの資産家の娘であり、同じ東京23区民とは言え隅っこ生まれの学校教員の倅である筆者とは明らかに文明圏が違う方たちだったのだ。

しかし東京でも港区から渋谷、目黒に世田谷へと抜ける地域にお住まいの方ならよくご存じの通り、こういったお上品な方たちは子供の頃から心と懐に余裕があるため他所から来たニューカマーでも自分たちと同程度の教養と常識を持っていると判断すれば案外と鷹揚に受け入れていくのである。

それは銀座という街も同じで、知らない人は高級ブランドと高級クラブがひしめく庶民とは縁遠い異次元空間というイメージを持つだろうが、給料袋を叩いて遊んでいるうちに気づいたのは銀座と言っても目の玉が飛び出るほど高い店はごくごく少数であり、しかも銀座で供される料理やサービスは新宿、渋谷に青山、赤坂に比べると格段に秀でていたことだ。

本当に美味いものも遊びも知っている大人たちの世界、ガキがシャットアウトされた30歳以上の遊び場。筆者はそんな銀座が大変気に入り、ブルックスブラザースのスーツなど着こんでは身分不相応な店など出かけたものだが、粋な銀座の大人たちはそんな無分別な筆者でも快く受け入れて随分と可愛がってもらったものだ。





さて何で筆者が本日こんな日記を書いたのかと言うと、銀座オフィスでは毎年11月下旬のボージョレーヌーヴォー解禁の日にワインパーティーを開いていたからで、今から四半世紀前の今日この日オフィスで一番下っ端の筆者は近所の三越や松屋の地下食品売り場に出向いてパテやチーズや小洒落たツマミ類を買い出しに行かされたのを思い出したのだ。

生憎と筆者はワインが嫌いなので部課長たちが持ち込んだグランクリュとかシャトー・ドゥなんとかと言われても美味くもなんとも無かったのだが、ワイングラス片手に教養溢れる冗談話に興じている先輩や同僚たちを見ていると「海外に行けなくともここなら引退するまで働いてもいいかな・・」などと思ったものだ。

しかし人事と言うのは思惑とは反対に動くもので、銀座で3年過ごしたある日に部長に呼ばれ「来月より香港支店勤務を命ず!」との辞令を戴き、結局その後足掛け16年も香港に勤務したために銀座に戻ることは叶わなくなってしまったのだが、しかし今でもサラリーマン人生を振り返るとあの銀座で過ごした日々を懐かしく思い出すのである。

希望したタイ駐在は叶わなかったものの会社人生の7割を香港で過ごしたのだから筆者の人生は満更でもなかったと思っているけれど、もしもタイムマシンが目の前に現れて今から四半世紀前へとタイムスリップし、目の前にくじ引きの箱を出されて「赤い玉なら海外に出る、青い玉なら銀座で人生を終える!さあ玉を引け!」と言われたら「どっちでもいいですよ・・」と答えるかもしれない。






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リタイアしたらまずは姿勢から

公立病院がちっとも当てにならないので、しびれを切らした女房は従姉妹フィリンの知り合いが働く個人営業クリニックを訪れたところ直ぐに病名が判明した。変形性頚椎症、7つある首の骨の5番目(C5)が変形することで神経を圧迫し、極度の肩のコリと手のしびれを引き起こしていたのである。

ねえ!この病気ってどうなっちゃうの!とすごーく女房は不安そうだが(医者の説明を何度聞いても理解できない)、もっととんでもない病気を予期していた筆者はこれを聞いて「なんだよ、頸椎か」と正直ほっとしてしまった。というのは筆者も頸椎の変形症を抱えているからである。

フィリピンに移住して半年たったあたりから筆者は身体のあちこちに不調が現れ始めたのだ。もともと肥満気味な上に脂肪肝と痛風持ちのミスター不健康だから何を今さらという感じだが、中でも朝起きると左手が強張っている現象が気になるので日本帰国時に近所の医者に行ったら「これは痛風の薬をちゃんと飲んでいないせいです」と診断されたのだ。

それで製薬会社に勤める従兄弟ラフィーから痛風薬アロプリノールを格安で恵んでもらい、処方箋通りのみ続けたのにもかかわらず半年たっても症状は改善するどころかコワバリ面積は広がっていくばかり・・。あの医者間違ってやがった!と再び帰国した際には今度は亡父行きつけの病院に行ったところ直ぐに変形性頚椎症と診断されたのである。

筆者の場合は子供の時から首をひねってコキコキ鳴らす悪癖があったのでそれが原因なのか?と聞いたところ、この医者は「いや、それよりもあんた柔らかい枕で寝てるだろ?それもかなり長い間寝てないか?」と言われてギクリとした。そう、フィリピンで見聞した日本人アントレプレナーたちの惨状に呆れた筆者はビジネスを諦め、結局朝から晩まで寝っ転がって株を見る生活になったのだ。





「柔らかい枕だとね、首がズズズ・・と下に沈むんだよ。だからちょっとした動きでポキッといきやすくなるの」と愉快そうに言う医者。それで筆者は医者の言う通り「革命的な枕」なる品物を西友で買い求め、首を回したり前に出したりする首体操をするようになってからは朝のコワバリは相変わらず続いているものの進行速度はだいぶ収まってきたのだ。

それと同じことが女房に起こったという事だが、確かに考えてみると1年前までの女房は同居人の4歳の娘を遊んでいる時間が長かったのだが、タイタイ市からパッシグ市に引っ越してからは筆者しかいないからアザラシのように始終ベッドやソファに寝っ転がっているのである。当然枕はマシュマロみたいにフカフカな上等品だ。

その昔サラリーマンをやっていた時に産業医セミナーというのに呼びつけられて、不出来な椅子による姿勢悪化が原因で労災認定がうんたらかんたらと言うのを筆者はずっと小馬鹿にした目で見ていたが、まさかあの時の話が自分と女房の身に降りかかるとは思いもしなかった。

リタイアすると今月の業績とか今後の市況から見た新規設備の投資対効果・・なんて不毛な苦しみからは解放されるし、朝から晩まで寝っ転がって好きなスパイ小説や考古学に没頭していられるのは嬉しい事だけれども、その反面こんな意外な病魔が潜んでいるとは思いもしなかった。それに糖尿の方も出てしまったのだ。

なのでこれから引退される方に言いたいのは、(こんなの知っとるわい!と思うだろうし、実際自分が場違いだとは知ってるけれども)いくら楽だからと言っても昼間っから寝っ転がるのだけは止めといた方が良い。ボディビルやジョギングに飛びつくもの結構だが、何よりもまず立ち位置でいる時間を一分でも増やすことを心掛けていただきたい。






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ツイてる女

女房には十数人の従兄妹がいるが、その中で最も阿呆なのはメイとボーヤという二人の女である。年齢はともに30歳でしかも二人ともシングルマザーなのだが、メイはクズみたいな男とシャブにのめり込んでいるが頭の方は案外とよろしいのだけれども、ボーヤの方はこれはもう生まれつき頭のネジが緩いのである。

女房の記憶によれば幼少期のボーヤは一日中指を鼻の穴に突っ込んで鼻くそほじりばかりしており、こりゃアタマが足りないんだな・・と一族全員で不安げに見つめていたそうなのだが、なんとか小学校と中等学校を下から数えて5番以内の定位置で卒業し、その後どうも内務省役人で裏金を稼いでいた父親が金を積んだおかげで下の方の大学に紛れ込めたのである。

しかしいくら学業を修めようが生まれつき頭は空っぽな上に性格的にはかなり享楽的だったから、言い寄って来る男は誰彼かまわず受け入れてしまい(正確に言うと自分からもモーションをかけ)、結果として十代で一人、二十代でもう一人と子供を産み、つい昨年も出稼ぎ先のドバイでアフリカ人だかパキスタン人の子を妊娠するや「流石にこりゃ産めない」と言う事で仕事をなげうって堕胎のためにフィリピンに帰国したような女なのだ。

最初の子の父親は赤貧洗うが如しのウラナリ大学生で、二番目は既婚者のこれまたクズ男だったから養育費などただの1ペソも取れず、結果としてボーヤは本人曰く「自分の夢を諦めて」働きに出ねばならなくなってしまったのだが、しかしいくら大学でHRM(ホテル・レストラン経営学士)を取得したとはいえ愚鈍なボーヤにはマトモな仕事に来るわけない・・はずなのである。





ところがボーヤは何故だか仕事に関してだけはツイているのだ。まず最初の子供を産んだ後にボーヤは大学を一時休学して姉のアダがいるバンコクへと遊びに行ったのだが、そこで小遣い稼ぎにと姉のアダが働いていたコールセンターに1か月の短期バイトとして働き始めたのである。

ところがボーヤが働くや直ぐにこの会社が猫の手も借りたいほど忙しくなってしまったためにボーヤは会社から給料アップを条件に慰留され、それが1カ月どころか半年1年と続いていき、結局大学復学のタイムリミットが来てこれ以上タイ滞在は無理!となるまで2年ほどバンコクで働いていたのだ。

そしてフィリピン帰国後に新聞だか雑誌の求人欄を見て入ったのがオルティガスの旅行代理店で、ここでは当然ながら一番末端の書類整理係からスタートしたのだが、これが不思議なことに教育係だった先輩や上役たちが妊娠したり外国に移民したりと相次いでいなくなってしまったため、入社3年目にしてボーヤはオフィスのトップ5のポジションについていたのだ。

しかし身分不相応なこのポジションも同僚の既婚者と不倫関係に陥り、そこで妊娠から男の妻との対決に最後は裏切りとドロドロの男女関係を繰り広げたあげくに遂に会社に辞表を叩きつけることになるのだが、2番目の子供を出産後に今度は一番上の姉ティナイの夫ボブ(イギリス人)の紹介で、アブダビにあるヨットクラブへの就職が決まったのだ。





このヨットクラブでの仕事はかなり気楽で本人は結構エンジョイしていたのだそうだが、それが何故かマネジメント会社から系列のドバイのクラウンプラザという一流ホテルへの転籍を命じられ、そこではカスタマーリレーション・スーパーバイザーなるちょっと聞きには立派なタイトルに昇格し、(あくまで本人にとっては)キツイ仕事なものの給料がかなり良かったらしい。

しかし前述のようにここでもアフリカ人だかの子供を孕んでしまい、結局全ては水の泡になってしまったのだが、帰国後にクルーズ会社やバーレーンのホテルなど幾つかの会社の面接を受けたボーヤが選んだのは今年鳴り物入りでマカオにオープンした客室数3000の豪華ホテルで、現在のボーヤはそこでチーフなんとかという役職に就いているのである。

「ボーヤは別に仕事ができる訳じゃないのに、なぜだか知らないが仕事にはツイてるよよ!」と嫌味っぽく言う義妹。たしかにフィリピン人が海外で仕事をしようにも巧くマッチングすること自体が難しいし、それに大学を出たって月5万円で香港の家政婦として働いている人間が多いのに、その3倍を稼ぐボーヤは極めて異例なケースである。

「人生って不公平に出来てるわよね?」とボーヤと一族バカ女選手権を争うメイは言うけれども、誰でも股を開く女ってのはある意味恵まれない男たちに施しを与えているんだから、案外そのお返しとして運が巡ってくるものなのかも・・などと思ってしまった。まあ日本でも昔から女性のアソコを観音と呼称するくらいだからね。しょっちゅう御開帳しているからお布施が集まるんだろうよ。






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井の中の蛙の袋小路思考

フィリピンのダメな医療サービスで苦労させられているとは言え女房の左腕の症状も幾分軽くなったため、我が家に親戚連中を読んでタイのお土産を食べる会を開催することにした。まあお土産と言ってもタイのスパイスを使ったサラダやスープ、それとスクムビットの精肉店のステーキくらいだが、この催しは結構みなから高評価なのである。

それでウィスキー片手にタイで起こった事など話していたのだが、当然ながら今回のタイ訪問で一番ショックだった国王の崩御について語った時に、女房の甥っ子AJが「これでタイ人は自由になったね」と話し始めたのである。自由になった?お前なに言ってんだ?と聞いたら、だって次の王様はバカだから王政はすぐに倒れる、つまり民主国家になるじゃないか・・と言い出したのだ。

こんなバカガキ相手に説教しても時間の無駄なので黙殺していたのだが、意外なことに女房と従兄弟ジェン、それとジェンの妻ジュミがAJに反論し始めたのだ。ちなみにジェンとジュミは10年ほど前にバンコクのコールセンターで働いていたことがあって、多くのフィリピン人と違い一応外の世界の空気に触れているのである。

これは以前の日記で書いたことがあるので同じことを繰り返して恐縮だけれど、元アメリカの植民地で行政や司法制度など何から何までアメリカを模倣したフィリピンでは、世界で一番進んだ国はアメリカである⇒フィリピンはアメリカの制度をコピーしている⇒だから我が国はアジアで最も進んだ社会制度の国である!と思い込んでいるのだ。

だから当然ながら18世紀建国以来ずっとアメリカが否定し続けて来た王制度を採用しているタイは打破されるべき政体の国であり、それに日本やマレーシアなどの議員内閣制度も古臭い弊害の多い政治体制なため(ホントかよ?と思うかもしれないが)心の底では思いきり見下しているのである。





しかし海外で働いた経験がある筆者の女房や義妹、そしてジェンやジュミらは自分たちの前提が間違っていることを感づいている(或いは女房のようにフィリピンは何から何まで駄目だ!と思っている)のだが、その一方の純国内派の従姉妹ミレットとその夫ラフィー、それと学校の教える噓八百を丸ごと信じているバカガキたちはそれがちっとも理解できないのである。

だいたい国民投票による大統領制がそれほど優れた政治制度なら、東南アジアでこの政治体制を取っているインドネシアとフィリピンはどうして断トツに貧しいのか?、そしてなぜ最も不正が多い国なのか?、逆に議院内閣制のマレーシアが豊かなのはなぜなのか?、こういう素朴な質問はフィリピン人の論理では全く説明できないのである。

そして不快なのは上に書いたような反論をすると、純国内派は決まって目を落として「フィリピンは元々豊かであり、アジアで最も古い民主国家であり、政治社会制度は最先端だけれども、問題はそれを悪用する政治家たちのせいである」と逃げ込むのだが、だったら君たちは世界最高の民主手段をもって腐敗政治家を選んでいるんだね?と聞き返したくなってしまう。

はっきり言うとアメリカ型の行政システムは別段優れている訳ではないのである。そしてそのことはアジア各国の首脳たちはとっくの昔に気づいていて、それぞれの国が自分たちの特性に適合したシステムを取り入れてきたのだが、残念ながらフィリピンの元勲たちはアメリカをそのまま持ち込んでしまい、そして想像力の欠如した後継者たちは愚鈍にもそれをメンテしているだけになってしまったのである。

さて場面を我が家に戻すが、「なあブラザーも何か言ってくれよ!」と従兄弟ジェンは言うけれど、筆者は今まで彼らとフィリピンの問題点云々はさんざん話してきて食傷気味だし、それに井の中の蛙のおバカさん相手に説明しても時間の無駄だからサッとテーブルを離れ、BBC放送が丁度良いタイミングでやっていた「米大統領選を振り返る」という番組を大きめの音量で流す事にした。これ見てちょっと考えれば何が問題なのか判るはずだけど・・。無理かな・・。






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不気味な沈黙教団

日本で大して親しくもない人間に対して宗教の話をするのはタブーだけれども、香港に長い間住んでいると友人知人の口から自分はクリスチャンなのだ!とか、オレは概念的には宗教は持っていないが黄太仙(香港最大の道教寺院)には毎週お参りしているのだ!などという話をよく耳にすることになる。

一神教国に住まれた方ならよくご存じの通り、無宗教イコール自分はモラルを持っていません!と宣告するのと同じだから、筆者も仏教徒なのだ・・とか、ここ十年くらいは神道という日本古来の神官の末裔でございまして・・などと説明するのだけれども、日本独自の宗教・・と聞くと、香港人たちは「ああ、あの教団ね」と全く別の宗教団体をイメージし始めるのである。

それは神慈秀明会である。この名前を聞いても99%の方は全くピンと来ないと思うが(筆者も実はそうであった)、実はここの信者って香港にもの凄く多いのである。世界中どの宗教団体も大抵の場合は公称〇〇万人と多めに言うものだが、かのウィキペディアに書かれた香港人信者3万人というのはちょっと少なく見積ってないか?と思うくらいなのだ。





この宗教団体はもともと世界救世教(熱海に美術館持ってる団体ね)の一部らしく(源流は大本教だそうだ)、天理教のように昔から海外布教に熱心だったことから香港とブラジルでは万単位の信者がいると書かれているけれども、しかし香港にいる日本人でも何年か住んだくらいではおそらくその存在どころか名前さえも知らないに違いない。

なぜなら彼らだけは自分の信仰を名乗らないからである。例えば香港のバーなり居酒屋で香港人と出会い、自分は日本人である由を名乗ると、へえ、そうなの!アタシ日本の宗教に入ってるの!と言ってダイサクセンセイがうんたらかんたら・・とか、奈良では天理教のツメショ(ゲストハウス)に泊まってて・・といった話を聞かされる事はままあるのだ。

相手の信仰なり事情は一切考慮せず言いたいことをベラベラ話し続けるのが香港人の流儀で、実際筆者は「日本にこんな宗教あるの?」みたいな教団の話を聞かされたことがあるのだが、しかしその一方香港ではメジャーなはずの神慈秀明会とその兄貴分だかの世界救世教の信者はこれが不思議なことに自ら名乗り出たことはただの一度たりとも無いのである。





例えば取引先の社長であるウォン氏でそうある。この方と寿司をつまみながら新規ビジネスの話などしている時に「オレはEMを商品化する予定なんだ」と言い出したのだ。なんでもEMというのは微生物の一種か何かで、日本のドクター・ヒガが発見した未来を切り開く農業革命の!と熱心に話すのだけれども、ヒガって誰?EMって何?と聞いても結局一体何だか話が要領を得ずチンプンカンプになってしまったのだ。

それで後日ウォンさんの秘書であるバネッサに「EMって何?」と聞いたところ、ああ、あれはウォンさんが信仰している日本の宗教団体の信者が世紀の大発見だって大騒ぎしてる物質らしいわよ!ただ世間一般では完全に無視されてるみたいなんだけどね!と言うのだが、それを聞いた筆者ら支店メンバーはハァ?となってしまったのだ。二十年近く取引しているにもかかわらずウォン氏がそんな宗教に入っていた事など誰も聞いたことが無かったからである。

それと筆者の会社のメリンダという女である。コイツは毎年必ず2回日本を訪問していて、休み明けに会社に来ると日本で撮った写真を皆に見せているのだが、筆者はそこに神慈秀明会と書かれた建物を見つけたのである。それでキミはここの信者なのか?と聞いたところ、大変不思議なことに彼女は急にだまーってしまい、そこにいた全員が狼狽してしまう一幕が起こったのだ。





そしてもう一人、これも筆者の会社にいたジェシカで、10年くらい前に神慈秀明会がチャーターしたバスが崖に激突して十何人も死ぬという凄惨な事故が起こったのだが、この女はなんと世話役として一行に加わっていたのだ。しかし幸運なことにジェシカは無事で翌日には会社の戻ってきたのだけれども、事故の経緯については能弁に語ったのにもかかわらず、神慈秀明会って何なの?という誰かの無邪気な質問になるやこれまた急に沈黙してしまったのだ。

おい、あの宗教団体なんかあるぞ?と思った筆者ら支店の日本人メンバーは早速噂話が大好きな香港人部下に命じて神慈秀明会を調べてみたのだが、しかし出てくるのは自然農法に傾斜しているとか手かざし治療くらいであり、創価学会にとっての日蓮正宗のような敵対教団も無さそうであった。それで信者たちが沈黙する理由は未だに分からないままなのだ。

ひょっとすると統一教会みたいに信者以外は全て穢れているという宗教原理なのか?それとも隠れキリシタンみたいに隠れる事自体が宗教目的になってしまったのか?しかしそんな尋常でない教理を持っていたら普遍性がないから香港だけで3万人なんて信者数にはならないだろう。だけど神慈秀明会の信者はなんでいつもあんなに警戒しているのだろう?。考えれば考えるほど謎が多い教団である。


3333治安警察



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嫉妬深いレズビアンの正体

女房の左腕がおかしくなったため従姉妹ローズアンに我が家に住み込んでもらって掃除や洗濯をお願いしているが、1週間ほど彼女を見ているうちに「なんか変だな・・」と思うようになってきた。

電話から逃げているのである。フィリピン人は電話中毒でヒマさえあれば誰かと電話している民族なのに、ローズアンときたら姉のミレットや従兄妹たちに電話を掛けるとき以外は常に携帯の電源自体を落としているのである。

それで思いきって「お前は借金取りから逃げているのか?」と聞いてみたところ、実は・・と言って、なんと恋人であるシーラ(女性)から逃げているというのだ・・と話し始めた。ちなみにローズアンはトムボーイ(日本でいうオナベ)で、この二人はレズビアンのカップルである。

昨年我が家に二人で滞在したときは夜中に奇妙な息遣いから始まって、やがてアア!〇X!〇▲!というシーラの喘ぎ声と同時にブオーン!ブオーン!と何故か掃除機が鳴るなど謎の性行為を繰り広げていた二人だが、あれから1年経って二人はついに暗礁へと乗り上げたということらしい。

さてローズアンとシーラがマハ・サルバドールやサム・ピントのようなセクシー系美女であれば根掘り葉掘り二人の愛と性の軌跡を聞くのだけれども、残念なことにこの二人は辛うじて哺乳類と認識できる程度のご面相なため、筆者はそのままやり過ごすつもりでいたのに何故かローズアンは口を開き始めたのだ。





「シーラは嫉妬深いだけでなく嘘つきなんだ」というローズアン。はあ、そうですか・・と筆者は肯くだけだったが、続いて「彼女は夫がいるんだ」と聞いた時にはちょっと驚いてしまった。真正レズビアンだとばかし思っていたがシーラは両刀使いだったのか・・。でもまあそういう例もあるわな(そう聞いても全然興味なかった)。

それで一応気興味あるふりをするため「シーラは今何をしているのか?」と聞いたところ、なんと故郷ビコールに帰って夫と4人の子供と一緒に住んでいるが、一日何度もローズアンに電話をかけて来て復縁を迫るし、リサール州の友人に頼んでローズアンの動向を探らせるなどストーカーと化しているというのである。

エッ?なんだって?4人も子供がいるだと?と呆れる筆者。それに旦那と一緒に暮らしている?、じゃあシーラは旦那とは離婚寸前だったのか?と聞いたら、とんでもない!シーラは夫を愛していてビコールの家庭を壊す気は全くないんだよ!と言い張るローズアン。それなのにお前を失いたくない!と付きまとっているのか・・?

夫と子供に愛されて暖かい家庭は続けたいが、不倫相手ローズアンが他の女に近付くのは許せない。要するにシーラは脳内設計が不完全なメンヘラ女だったって事らしいけど、だけど、だけどさぁ・・、シーラのアソコに掃除機当てるくらい愛でてたんだから、お前も4回ポン出ししたアソコ見てなんか変だとは気が付かなかったのかね?。






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棺桶直行ホスピタル

自宅でインスタントラーメンの昼食を作っていると女房と臨時家政婦役の従姉妹ローズアンが外出から戻って来たのだが、その表情が怒りに満ちている事に気が付いた。筆者の女房は温和な人間であり、ローズアンも人間と言うよりも牛や山羊のような草食系動物なのでこういう雰囲気になるというのはかなり異例なことである。

それで恐る恐る二人に何があったのか聞いてみたところ、これが何ともフィリピンらしい話なので怒るどころか筆者はついつい大笑いしてしまった。そして当然ながら筆者の反応を見た二人はお冠になってしまったのだけれども、本日の日記ではこの何とも阿呆らしい話を日記としてご披露したい。

数日前の日記で書いた通り左肩と左腕の痺れのテラピー治療を受けようと女房は1週間前にパッシグ市の公立病院を訪れたのだが、何事もすんなりと進まないフィリピンだけあって過去合計4回訪問したにも関わらず(詳細は下記参照)、この病院では未だになんの治療も受けられないでいたのだ。

**女房の病院訪問歴と結果**
1回目 - 3時間待たされて診察室に入ったが、レントゲン写真が無いと診断できない!と医者が言い出した上に、この公立病院のレントゲン機器は修理中だから別の病院で撮影してもらって来い!と指示。
2回目 - 同日、同じパッシグ市内の小児科病院まで出向いてレントゲン撮影を行い、写真のコピーを持って公立病院に戻ったら件の医師は午後帰宅していたために退散した。
3回目 - 翌日、公立病院を訪れて患者で溢れかえる待合室で診察を待っていたが、結局医者の帰宅時間となってしまい1/3の患者が診察してもらえずに退散(女房のその一人)。
4回目 - それから2日後、今度はやっと診察室にたどり着けたが、レントゲン写真がオリジナルで無いからだめだ!という理由で診察に進まず却下された。





それで本日、やっと小児科病院のオリジナル写真が上がったというので(なんでこんな簡単な事に数日かかるのか?この病院も筆者には理解不能だが・・)、それを手に公立病院へと向かい、さんざん待たされた挙句にやっと例の医者に診てもらうところまでたどり着いたのだそうだ。

この医者はレントゲン写真をチラッとみただけで、これならコピーでも良かったんじゃないか?と女房は思ったそうだが、やがて「これは骨が原因じゃなくて筋肉のウンタラカンタラ・・」と説明した後で「これだと整形外科(Orthopedics)の分野だなあ・・」と言い出したそうなのだ(ここで筆者は疑問を感じたのだが、これは後述する)。

そしてこの医者はその後になんとである・・、なんと「うーん、うちの病院の整形外科の治療室はリノベーションでしばらく休業してるんだよ。だからキミはウチじゃなくて別の病院に行って治療してくれる?」と大真面目な顔で言ったのだそうだ。

「だったら最初の診察の時に、ウチじゃ治療できない!って言えばいいじゃない!何よ!あのバカ医者!」と女房は悪態をつくが、それ以前にその医者は本当に医者なのか?とか、なんで受付は最初から整形外科に振りわけなかったんだ?とか、もっと根本的にレントゲン機器がなぜ無いの、なんで医者が患者を置いて帰ってしまうのか?など疑問が尽きない。

しかし確信をもって言えるのは最大の過ちはこんな病院が世の中に存在していることで、交通事故で運悪くこのパッシグ・ゼネラル・ホスピタルに担ぎ込まれなどしたら歯科医や皮膚科をたらい回しにされた挙句に廊下で死ぬのは間違いないだろう。重病でこの病院に行くくらいなら葬儀場に直接出向いた方が手っ取り早いし気が楽である。






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マニラ喘息シティー

先日従兄弟ジェンの子供オジーの生後何ヶ月かのお祝い会をやっていた時に、ジェンの女房のジュミから「悪いけどアンタの家にあるネプライザー取ってきてくれないか?」と頼まれた。ネプライザーとは気管支を広げるための自動吸入器のことで、喘息持ちの姪っ子イザベル(女房の妹の次女)が遊びに来た時に使えるよう我が家には1台常備してあるのだ。

レストランから5分ほど歩いてネプライザーを持ち帰ると、早速赤ん坊オジーにガガガと吸引させる。なんだオジーは喘息持ちなのか?と聞いたら、そうなのよ、上の子のオレンジも喘息なの・・と筆者が知らぬ事を言う。二人の子供が喘息持ちとはそりゃ大変だな・・と思っていると、そこへ従姉妹メイが現れた。

このメイも今年になって父親が誰だか分からない子を生んだのだが、なんとこの赤ん坊も喘息持ちだと言うのである。ちょっと待てよ!今年4歳のイザベルだけじゃなく姉のイナも子供の頃は喘息持ちだったじゃないか!、一体従姉妹の子供たちで健常な肺を持ってる人間はいるのか!と聞いたところ、意外な結果に驚いてしまったのだ。

その場で確認できた12人の子供のうち8人が喘息持ち(軽症も含む)で、これが全員が全員ともマニラ在住。そして全くの健康体な4人はと言うと1人はマニラ在住だがすでに19歳と大きく、2人はリサール州のど田舎村在住に最後の1人はアパリという台湾が対岸に見えそうなルソン島北部辺境に住んでいるのだ。と言うことは、これって遺伝とかダニが原因じゃなくてオレが子供の頃の四日市と同く大気汚染が原因なんじゃ・・。

筆者が持って来たネプライザーを口に当てて心地好さそうに吸引するガキたちを母親たちは安心した表情で見守っているけれど、一見慈愛に満ちたこの光景を前にしても筆者の脳裏に浮かぶ疑問符は大きくなるばかり・・。あのねえ、子供の身体の事を考えるんだったらマニラなんか住んでちゃいけないんじゃないか?。






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裏口が快適なフィリピン

昨日の日記でフィリピンの病院の余りのダメさのため、病院に4回行ったにも関わらず未だにテラピーを受けられないという呆れた話を書いたが、本日問題はあっさりと解決した。なんと腕の立つテラピストが自宅まで来てくれたのである。

我が家に粉ワサビの缶を借りに来た従姉妹ジュミ相手に本件の悪態をついていたら「だったら私に任せてよ」というや何処かに電話をし始め、何やら話し込んだ後で女房の方を見て「今夜11時以降だったらオーケーだけどどうする?」と言うのだ。

いや今夜って随分と早くないか・・、それにその人誰?と聞いたら、私の知り合いで病院に勤めているテラピストなの!という答えである。それで明日夜8時となったのだが、その彼女キャットの事をジュミから聞いた女房は驚いてしまったのである。

キャット女史は有名なスポーツ選手が通うクリニックの専属テラピストだったのである。何でもそこは一回の通院で最低ウン千ペソはかかると言うのだが、クリニックがキャット女史へ支払うのは微々たる金額なために6時に仕事が終わるや自営業者に化けるといいのである。

通常1セット900ペソだがジュミの友人という事で700ペソで良いという。バンコクのアユルベーダ治療院が大体550ペソくらいだからまあいいか!と思ったが、ケチな女房が毎週3回予約するから負けろ!と言ったら紆余曲折の末に最終的に1回400ペソにまで下がった。





さてこのキャット女史の腕の方はバンコクのアユルヴェーダ治療院には敵わないものの、女房にとっては十分及第点を与えられるチェンライのオーバブルック病院とは同じくらいだと言うから、これは何をやってもダメなフィリピンにしてはかなりの上出来である。

しかし出来れば首の牽引機械とかショックウェーブなどの設備を使ったテラピーを受けたいので、アンタのクリニックに行きたいんだが・・と言ったところ、いや、それは無理だ、だって予約が一杯でいつ入れるか分からないし、それに単発では受け付けてないから10回通院コースでウン万ペソ支払うことになるわよ!と言う。

まあ自分の取り分が減るからこういう発言をしたのだろうけれども、しかしこれは患者が増えても儲かるのは経営者だけで、医者や看護師たちは安い給料でこき使われピーピー言ってるフィリピンの医療事情を実に良く言い当てていると言える。それに4年前永住権取得でやたら煩雑な手続きに直面した時に気づいていたではないか。

懐に札束が溢れてもいない限りフィリピンでは表玄関から入る事など無意味なのだ。家族のツテを辿って「ドンピシャリな人物」にあたりを付けるか、あるいは裏口でじっと待ち構えて出てきたキーマンに裏金を掴ませなければ何事も思い通りには進まないのである。

だったら朝9時から12時までしか働かない公立病院の医者も裏口で・・と思ったが、「あの医者はとっくにバイトで埋まってるはずだから、今から裏口に並んでも表玄関から入るのと待ち時間は大して変わらないわよ!」と女房に諭されてしまった。なるほど、裏口も青田買いが必要か・・。フィリピンに住むってのはつくづく難しいね。






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一寸先は闇

アジアで営業の仕事に従事された方なら密貿易業者との付き合いは随分してきたはずである。もともとアジアのどの国も経済には暗い軍人や共産主義者が治めていたために関税がウン十%と非常に高かったから、輸入関税など払っていたら商売にはなるはずもないのだ。

まあ現地にノックダウン方式の合弁工場を作って税コストを下げる方法もあるけれど、これが出来るのは資本に余裕のある企業だけだし、それに各国に工場を作るとなると効率的には非常に悪いから、結局は密貿易業者に品物を流す方が利便性が高いのである。

一旦香港やシンガポールら自由貿易港に荷揚げされた製品はスラバヤからラホールまでのグローバルな地域にコンテナ船やトラック、あるいはロバの背中で運ばれて行くのだが、一方カネの方は各地の密貿易業者が持っている香港の銀行口座間という案外狭いところで決済される仕組みなのである。

例えば家電業界にいた古老の話だと、1970年代以前の全アジアの取引のうち7割は密輸で賄われていたそうだが、80年代になると関税率の低下や域内自由貿易制度の拡充、それと各国の取締強化によって密貿易は三分の一以下に減り、90年代には旧モデルのショッタレ販売以外は密輸がごくごく少数になってしまったそうである。





この古老は共産軍の支配下に入ったラオスで捕まってしまい、差し出した賄賂を叩き返した政治将校から「お前は死刑になるかもしれないぞ!」と脅された話を面白そうに笑いながら話していたが、それを聞いた筆者は思わず苦笑いしていたのだ。と言うのは筆者が当時担当していたのは99.9%密貿易の世界で、しかも敵に回すのは天下の死刑大国である中華人民共和国だったからである。

筆者が扱っていたのは電子部品で、80年代までは香港域内にある無数の中小企業相手に販売していたのだが、90年代以降は中国が世界の工場と化したため、香港域内の工場から香港人顧客が中国国内に作った工場へと送り先が変わっていき、世紀の代わり目あたりには中国人が中国内に作った工場向けが4割くらいに達していたのだ。筆者はこの4割ビジネスの担当を押し付けられたのである。

中国国内に輸入する際には関税として申告単価の25%、さらにVATとして15%が徴発されるのだが、密輸による運び込み費用は3%程度しかかからぬから幾ら申告単価を低くしようが密輸入が減るはずもない。それと一旦部品を正規輸入しても加工後に正規輸出すれば支払った輸入関税は還付される制度にはなっていても、それを利用出来ない理由が筆者の顧客にはちゃんとあったのだ。

中国国内の顧客たち、つまり色んな部品を買ってきて最終製品へと組み立てし、アメリカなり中近東向けに売る会社はどれも正規には存在してなかったからである。いや実際その会社に行けばちゃんと建物があって数百人の女工たちが働いているし、社長室に行けば営業や調達担当者らがやかましく電話口で叫んでいるのだけれども、ここで言う存在しないとは法律上あるいは登記上は存在していない・・という意味なのである。





つまり白タクと同じなのだ。正規に登記されていないから正規輸入も出来ないし正規輸出も出来ないのである。それじゃ不便だから正規登記すればいいだろうが!と普通の日本人は思うだろうが、そうすると法人税や固定資産税、社会保険などを払わなければならなくなるので、カネに対する執着心が普通じゃない中国人達は嫌がるのだ。

今でもそうだろうが、中国にはこういう白タク企業が数十万いや数百万社あって彼らは税金なんか一元も払って無いのである。そして中国担当だった筆者の仕事とはこういった有象無象の白タク企業相手に切った張ったの値段交渉を繰り広げ、同時に販売チャンネル(と言うか密輸ルート)を整備してビジネスを拡大していく事だったのである。

当然中国政府にとっては巨額の税収損失になるわけだから、共産党は「密貿易を根絶やしにせよ!」と言うけれど、資本と技術蓄積が進んで産業基盤が盤石になるまでは悪事に対しては目をつぶった方が得策と言うのが本音であったし、それに上に政策あれば下に対策ありが本場の中国では、地方政府の役人から税関職員まで白タク企業や密輸業者によって賄賂漬けになっていたのだ。

かく言う筆者も中国の顧客や密貿易業者の主催する宴会の席では色んな役人達と乾杯を重ね、なんか問題があればオレに頼みに来い!などと言われて実際そうしたケースも何度かあったのだけれども、意地汚く酒や女に食いついている下級役人を除くと全員が全員とも「どこかで潮目が変わって一気に締め付けが厳しくなるだろう」と割と冷静に思っているのを知って背筋が寒くなった覚えがある。





もしも仮に清廉潔白な人物が中国のリーダーになったり、あるいは(こっちの方が遥かに可能性が高いだろうが)不正と汚職の親玉である江沢民ら上海派が失脚して共産主義青年団が政権を取れば当然利権潰しに走るわけだから、その時にはこの宴会場にいる全員ともお縄頂戴の身分になるだろうな・・と思っていたのである。

しかし密輸業社の話だと、もしもその日が来てもあんたら外国人まで根こそぎ逮捕!となると外交問題に発展するから、たぶん一罰百戎という方式を取るだろう!。つまり日本人一人を密輸の罪で拘束し重罪に課すことで見せしめとし、他の日本企業が怖がって密輸に手を貸さないようにするんだよ!と言ってジッと筆者の顏を見るではないか・・。

それはオレだと言いたいのか?と聞いたが相手は何も言わない。だけどあんだけ中国国内で名刺を配ったんだから中国の税関は当然オレの名前は掴んでるはずだし、それにこの業界ではオレの会社が売ってる基幹部品を使わないと最終商品にならないから、数千社ある白タク企業群に大打撃を与えるのなら一番手っ取り早い方法は・・と考えた時には生きた心地がしなかったね。。

さて筆者をさんざん脅かした密輸業者の親父は本人の代わりに奥さんが拘束されて巨額の保釈金を払わされたり、税関のボスが汚職で刑務所に入れられたりと色んなアクシデントにみまわれたが、幸運な事に筆者はその日が来る前にアーリーリタイアをしたので家電業界の古老の様に昔の話をここに書いてるのだが、正直言って古老みたいには笑えないですね、はい。






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フィリピン医療最底辺

左肩から腕にかけての極度のコリと痺れの治療に行っていた女房が帰ってくるなり「ああ、頭きた!一体いつになったらテラピーを受けられるのかしら!もう2週間も受けてないから肩がパンパンに!」と言うのを聞いて驚いてしまった。2週間?そんなはずはないだろう!2週間と言ったらお前がバンコクのアユルヴェーダ治療院を最後に訪れた日じゃないか!

筆者ら夫妻は10月27日の朝にBTSアリー駅にある治療院を訪れて、その後すぐにバンコク空港へと向かったのである。そしてフィリピン帰国後数日間はグダグダしていたのだが、11月4日からは毎日のように地元パッシグにあるエスター叔母が勧める公立病院に通っていたはず・・。それがなんで今だに治療を受けられない!などと言い出したのだ?。

すると女房は「実はあんたに言うと怒るから黙ってたんだけど・・」と前置きして事のなり行きを説明し始めたのだ。まず1回目の通院では2時間待たされた挙げ句にやっと医者と面談になったのだが、症状を聞くうちにこの医者は「頚椎のX線写真を見ないと判断しかねる」と言い出したというのである。

ふん、それで?と答える筆者。これはまともな対応である。だけどね!その公立病院のX線の機械は壊れてて使えないから、パッシグの小児科病院まで撮影に行って来い!って言うのでトライシクルに乗って行ってきたのよ!という女房の説明を聞いて唖然としてしまった。公立とは言えX線の機械が無いなんて・・そんなことあり得るのだろうか?。

それで小児科病院でこれまた待たされて、やっと写真を撮ってもらって公立病院に戻ったんだけど、受付に行ったら「あの先生は朝9時から12時までしか居ないから今日はもう診察出来ません」「代わりの先生もいません」って言われちゃったのよ。それで翌日また病院に行ったら、遅く行ったせいかそれがもうすごい人だかりで、結局待合室にいた三分の一は足切りになっちゃったの。





呆れてモノも言えない筆者。これ以上書くと長くなるので先は端折るが、それで3回目にやっと診察室にたどり着いたが、X線写真がオリジナルではなくコピーだから診断不可!とハネられたという次第なのだ。「でも診療費が60ペソ(130円)とバカみたいに安いのが救いなのよ!」と女房は言うのだけれど、いくら安かろうが診断してないんだから無料なはずなんじゃないの・・

さてここまで読まれた方は「お前は日本人なのに女房をそんな安い病院にしか行かせないとは全くもって酷いやつだ!」と思うはずなので一応経緯を説明するけれど、実は女房が最初にこの病気にかかった時にはタイタイ市にあるマニライーストという町では一番と評判の私立病院へ行かせたのだが、結局何の治療もしない割には随分と高い治療費が書かれた請求書をよく見たら「妊娠検査」というあり得ない項目があったのだ。

「この注射は胎児に悪影響があるかも知れないので、妊娠していない事を確認しないと打てません。どうしますか?」という具合に誘導され、よく見たら皮膚の細胞なんとか検査まで何でもかんでも上乗せされていたのである。ちなみに筆者も痛風の処方箋をもらうためにこの病院に行ったら色んな検査を受けないと出せません!と言われ肺のレントゲンまで取られた覚えがあるのだ。

そして1ヶ月ほど滞在したタイでも私立のバンコク病院という建物と請求費用は超一流な病院よりもチェンライのオーバーブルックというカトリック系のボロっちい病院の方が遥かに腕が良かった事を実感した筆者は女房に対して「フィリピンに帰ったらお前の親戚が通っている一般庶民向けの病院に行け!」と命じたのだが、この結果がこれである。

女房に対して申し訳ない事をしたという思いの他に、フィリピンの底の奥行きが深さというか、何から何までとことんまでダメな国だな・・と今さらながら納得してしまう筆者。それで「こりゃ、やっぱりタイに戻ってしばらく治療に専念した方がいいぞ!」と女房に諭す事にした。暫くってどれくらいかって?、そうだなあ、まあ最低2ヶ月とか1年とか、出来れば30年とかじゃないの・・。






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気をつけよう暗い夜道と黒社会

おい!ニュース見たか!ユーロ社(仮称)の支店長が殺されそうになったぞ!と電話がかかって来たのは今から20年前のある日のことである。ユーロ社というのはヨーロッパに本拠を置く競合メーカーで、業界ではA社と筆者のいたB社とジャップ社の日本勢3社とヨーロッパのユーロ社が四つ巴のシェア競争をしていたのだ。

事件はこういうことであった。深夜自宅近くを歩いていたユーロ社支店長は突然3人組に襲われ、一応生命は取り留めたものの頭蓋骨陥没で一時期意識不明の重体になってしまったのである。警察はユーロ社が香港の犯罪組織と関わりを持っており、何か重大なトラブルに発展したと見ている・・という報道であった。

しかしこのニュースを見た筆者は「そんな事誰でも知ってるわい!」と吐き捨ててしまった。ユーロ社が香港でも悪名に高いトニー・チャンを販売代理店に指名してからというもの数々のトラブルに見舞われ、つい最近この悪党に対して絶縁状を突きつけていたことは業界の誰もが知っていたからだ。

香港に支店を持つのなら何百と言う顧客相手に直接販売しているんだろう・・と思う方もいるだろうが、売掛金の回収リスクや他の商品との抱き合わせ販売など顧客利便性、それとやはりマンパワー上の問題から直接販売は大手顧客だけに絞り、売上の7割程度は香港人がオーナーの販売代理店経由で賄うのが電子部品業界の一般的なスタイルであった。





そしてユーロ社も90年代初頭に事業参入した頃は堅実さで知られた販売代理店2社を活用していたが、ビジネス規模の急拡大により手が回らなくなったため新たに代理店に任命されたのがトニー・チャンの会社である。この男、元々は債権回収を生業としており香港の黒社会(マフィア)一員だとの悪評のある人物であった。

一口に販売代理店と言っても顧客サービスに優れて評判は良いが保守的過ぎて成長が期待できなかったり、反対にアラは目立つけれども競合他社からシェアを分捕ってくるだけの野性味があるなどそれぞれ一長一短が有るわけで、それをポートフォリオ式に巧く組み合わせて業績をあげるのが支店長の腕の見せどころなのだ。

ユーロ社は新興という事もありずっとシェア4位だったからヨーロッパ本社は「何が何でも日本企業のシェアを切り崩して3位を目指せ!」と命じたのだろうが、これはユーロ社にとっては致命的なミスとなってしまった。トニー・チャンはユーロ社の言う事を聞いて地道に客を増やすつもりなんかハナから無く、最初からユーロ社そのものを食い物にする腹だったのだ。

営業担当にバックマージンを渡して懐柔し、特別に安い値段や支払い期間の延長を勝ち取るのは誰でもやる事だが、トニー・チャンが得意なのは狙った相手の内部に自分の言う事を聞く人間を仕立てる事で、標的になったのはユーロ社香港支店の業務主任だったドルフィン・チューと言うどこの会社の支店や営業所にもいるうるさ型、しっかり型の女主任であった。





仕事上ドルフィンはユーロ社の全てのデータにアクセスする権限があったから、情報を取るにはこれ以上の存在は無いのである。それでトニー・チャンは彼女の唯一の弱点、つまりあまり見てくれもパッとせず三十路で恋人もいない寂しい女だった点につけ込み、若い男とカネを与えて籠絡したのだ。

どこの会社に何を幾つ幾らで売っているのか、今後3ヶ月なり半年先はどういう需給バランスになりどの製品群がモノ不足になるのかを把握すれば無敵である。案の定ユーロ社の他の2つの代理店は徐々に劣勢に追い込まれ、やがて1年もするとトニー・チャンへの徹底的な依存体質へとなり始めたのだが、そうなると次の一幕がはじまるのだ。

保険代理店や運送会社、広告会社、それと中国に作った修理サービス委託先などユーロ社香港支店のアウトソーシング先がトニー・チャンの仲間たち(黒社会の企業舎弟)にどしどし切り替えられていったのである。その頃にはドルフィン以外にも鼻薬を嗅がされたスタッフが増えていて経営の根幹にまで浸透しつつあったのだ。

異変に気が付いたヨーロッパ本社が送り込んできたのが新任の支店長だったのである。彼はトニー・チャンに取り込まれてしまったドルフィンら香港人スタッフを即座に清風運動を取り組み始めたのだが、その結果が前述の路上での襲撃事件となってしまい、数ヶ月後には病院から空港に直行して故国へ帰る身となったのだ。





一時期世間を賑わせたこの事件の捜査は何故だかさっぱり捗らず、ついにはICACという経済犯専門FBIまで登場したのだが誰一人逮捕されることもなく幕引きとなり、結局ユーロ社はしかるべき代理人を立ててトニー・チャンと交渉し、手切れ金として十数億円支払う事で黒社会の連中から手を引いて貰うことが事が出来たのだ。

そしてこれだけ悪評が立ったトニー・チャンだが彼は逮捕される事もなくぬくぬくと他の会社の二次代理店として商売を続け、やがて10年後に再び騒動を起こす事になる。それは筆者のライバルである日本企業ジャップ社で、まず同じ様にシステム担当の香港女性社員が籠絡され、やがて他の代理店を蹴落としてトニ一・チャンへの徹底的な依存体質にはまり込んで行ったまではユーロ社と同じだが、その後がちょっと違うのだ。

ジャップ社の日本人支店長までもが金と女で籠絡されてしまったのである。結果としてジャップ社の別の主力商品の中国販売代理店や中国工場進出プロジェクト、さらに東南アジアのさる国での合弁事業などで得体の知れない連中に食い尽くされてしまうのだが、これはこのジャップ社支店長のその後を含め結構面白い話なので後日別の日記としてご披露する。

さて日本では元住友銀行員がイトマン事件の裏幕を書いた本が評判になっている様だが、それに比べて規模は遥かに小さいけれども中国文化圏では似た様なケースはごくごく普通にあって、エッ!と驚くような企業がぬかるみに足を取られていたりするのである。海外駐在と聞くと一見華やかな印象を受けるかも知れないが一寸先は闇なのである。






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一世一代の賭けに出た根の優しい男

パナソニック社の社員90人が取引先から過剰な接待を受けたという理由で降格処分を受けたというニュースを見た時に「松下は相変わらず厳しい会社だな」と思わず納得してしまった。なんでも同社の部品調達部門の社員90人が中国など海外に出張した際、同社に部品を納める複数のメーカー担当者らからのべ2千回以上、飲食などの接待を受けていたのだそうだ。

実は筆者も香港支店に勤務していた頃はパナソニックとは取引があったのだが、この会社は当時の香港では異例中の異例とも言えるほど接待には厳しい会社で、筆者は何十回もパナ社の調達担当者をお誘いしたものの食事をしたのはたったの1回、しかも最後は割り勘になってしまったのだ。

今でもそうだろうが本社の目が届かない香港では調達担当者は取引先払いで酒池肉林にふけるのなんて当たり前であり、取引先と一緒に飲み屋に行って払ってもらうどころか、自分一人で尖沙咀東の超有名ナイトクラブに出かけて、そこの飲み代と連れ出し料を取引先にツケなんてのは常態化していたのだ。

それで月末になると筆者のもとにナイトクラブのママから利用者の名前が書かれた請求書が回って来るわけだが、そこには毎週欠かさず3回、しかも一人じゃなくて二人連れて帰る強者や、仲間数人と連れ立って来たらしく一晩で五十万円使った阿呆が居たために経理処理に大変手間取った覚えがある。





まあそこまで女好きでも金欠でも無い相手でも案外すんなりと受け入れてくれたのは旧正月休みの時の家族旅行券とか高級ワインを(当然会社ではなく)自宅に送りつける方法で、相手に警戒心を植え付けずにさりげなく筆者の会社にシンパシーを感じてくれるよう奥さんや家族を巻き込むのはなかなか効果的であった。

しかしこういう費用は何倍にもなって結局向こうの買値に反映させるから結局は接待する側が勝つ仕組みになっているのだけれど、向こうもだんだんと調子に乗って来ると酒や女だけでなく現ナマを寄こせ!と言い出すのが人間と言う生き物で、仕入れ金額の3%のバックマージンとかライバル社から切り替える謝礼金にステップアップ(?)するのだ。

金額が十万円とか二十万円なら現金で渡せるが、それを上回るとこっちの都合上銀行を通さないといけない!となると万が一裏金を貰っていると疑われて通報されるとアシが付くから、銀行口座はアンタの奥さんのお父さん名義にするとか、香港域外のマカオの銀行に口座を開いてくれ・・という所まで入れ知恵をする訳である。

こうなるともう犯罪だから相手には負い目が出来てしまう訳で、それにつられて向こうの買値もズンズンと上がっていくのだけれども、こっちが困るのは相手が無事任期を終えて日本に帰任すると一切合切が「ごわさん」になってしまい、後任者から「ウチの買っている値段はちょっと高くありませんか?」と言われて再び振り出しに戻る事であった。





しかしそんな筆者でさえ「これはいくら何でも・・」と躊躇したケースがある。それは元ヤクルトスワローズの古田選手に似た大手メーカーX社の商品開発屋からの申し出で、ふだんはごくごく真面目で大人しい彼がある時切羽詰まったような表情で「オタクの会社の資材を使い続けるように選定するから、その代わり毎月3万元(当時のレートで36万円)をずっと自分の指定した口座に払い続けて欲しい」と申し入れて来たのだ。

ちなみにこの選定を最初にしてしまうと設計上の理由からX社がライバル社に仕入変更するのは無理なのである。つまりX社のその商品、それとモデルチェンジした後継機種が続く限り筆者の会社の部品を使い続ける訳で、その商品の将来性も結構見込めたから計算上は悪くない裏取引なのだが、筆者が問題にしたのはその時間軸の長さだ。

これが一回きりの支払いで500万円とか1000万円なら迷わず了解しただろうが、仮に商品がロングセラーとなって20年以上も払い続けるとなると億に近い金額になるし、それに筆者の会社だっていつ何時こういった裏金作りにストップをかけるか分かったものではないから、とてもじゃないが継続的に・・と言うのは出来ない!とお断りを入れたのだ。

そうすると古田氏は「そうですか、分かりました」と言ったきり黙り込んでしまい、それにこっちも別の取引があるから古田氏の申し出は公にせずに沈黙を守ることにしたのだけれども、数か月後にX社は資材調達先として筆者のライバル会社を選定したことを知り「あの条件を呑む会社がいたんだ・・」と驚いたのである。





その後古田氏は任期が切れて日本に帰国してしまい、時々香港やヨーロッパの展示会で顔を合わせて立ち話をする程度の付き合いになってしまったのだが、それから暫くして彼の次の次の後任として深センの開発センターの親玉に収まった男から昔の深セン駐在員たちの私生活ぶりを聞いた時に、なぜ古田氏が継続的な支払いに拘ったのかを知るヒントが聞けたのである。

なんと不倫関係にあった中国人女性との間に子供が出来たと言うのだ。当時の深センは安全上の理由から単身赴任が原則だったために駐在員たちは現地の女を金で囲うのが常態化していたのだが、ふつう囲った女が妊娠したなら迷惑料を積んで堕ろせば良いものを根が優しい古田氏はそれが出来なかったんだよ!と聞いたのだ。

この話を聞いた時にオドオドしていて、ぎこちない態度で筆者に申し出をする古田氏の姿を思い出した。そうだったのか・・。だからあんな慣れないことを・・。女と子供の養育費のために一世一代の賭けに出たってことだが、その前には相当苦悩したに違いない。支払う側にとって時間軸がリスクになるところまで知恵が回らなかったんだな・・。

さてこの話は今から十年近く前の話だから、古田氏の隠し子はもう小学校の高学年になっているはずである。古田氏と中国人の愛人の関係は今でも続いているのかどうかは筆者は数年前にリタイアしたから知る由もないが、彼が開発した商品は筆者が住むマニラの量販店で今でもショーケースに陳列されている。






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アユルヴェーダを学ぶとなると

バンコクのBTSアリー駅近くにあるアユルヴェーダ治療院でテラピーを受けたら女房の肩の調子が劇的に良くなった!という話はこれまで何度か日記に書いてきたが、この治療院の待合室に座って女房が戻って来るのを待っている間にあるアイデアが閃いた。

おれアユルヴェーダ勉強しようかな?。そう、実は筆者はあまりのヒマさから「チェンマイのタイ式マッサージスクールに留学するかな?」などと考えていたのだが、東京で個人営業のマッサージ師をやってる男から「それはやめといた方がいいよ」と言われたのだ。

なんでも今や日本ではタイ式マッサージの免状保有者が溢れかえっている上にマッサージ料金の値下がりが止まらず、今後は店舗型、しかもオーナーがマッサージ師を雇うという形態でのビジネスは採算的に成り立たない!と言うのである。

まあ筆者は日本に戻る気は無いから彼のアドバイスは的外れなのだけど、確かにちょっとタイ式マッサージを勉強したくらいではお客からお金を頂戴するのは難しそうだ。それでタイ式でもカルサイという婦人科系の特別コースなら差別化できるな?などと思っていたが、だけど50過ぎの脂ぎったオヤジにアソコに手を突っ込ませる施術を頼む女性客なぞ居ないだろう。





そこへ筆者の前に現れたのがアユルヴェーダである。筆者に付き合わされてあらゆるマッサージを受けてきた女房が「ここが一番!」と太鼓判を押すのだから技術の方はかなりのものだろうし、それにタイ式と違って稀少性があるのがよろしい。それで治療院の受付のオバちゃんに「ここで勉強できるのか?」と聞いたところ、一応学校もあるけれども授業は全部タイ語なのだ・・と聞いて諦めてしまった。

それじゃあ英語で勉強できる学校は・・と探して見たところ、これが場所がインドの南部ケララ州で、1週間とか2週間の短期コースもあるにはあるけれども「アユルヴェーダの基礎から応用までをキッチリ学ぶ」というコースには何と終了期間5年という文字が・・。

これがタイで5年ならまあ我慢できるがインドで5年なんて冗談じゃない。それでアユルヴェーダの事は諦める事にしたのだが、でもああいう施術ができる治療院が身近にあったら便利だよなあ・・と思っている時に我が家の食卓で特製ソース焼そばをパクついてる女房の姪イナの姿が目に入った。

そうだ!お前ちっとも向いてない経理の仕事なんか辞めて、オレがカネを出してやるからインドに五年行ってこい!と言ったら、「なんのこと〜」と言いながら話に食いついてきやがった。どうやらこの阿呆女はインドの衛生状態を知らないらしく、海外留学という単語につられた様だ。でも・・常識的に考えてインドなんか行ったら1週間で逃げ出すだろうな。






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メイビーの迷宮

一ヶ月前に左肩のひどい痛みと左腕の痺れを発症した女房はタイ旅行の最中にすっかり旅のお荷物と化していたのだが、バンコクのBTSアリー駅にあるアユルヴェーダ治療院に通った事で症状は多少改善し、旅の後半にはなんとか外を出歩けるまでになった。

しかし良くなったとは言ってももちろん万全なわけでは無くて、テラピーを受けた直後は良くても数日後には筋肉がギュッと固まり始め、痺れが左腕全体にジワワワワ〜ンと広がっていくし、それに重いものは持てぬからアユルヴェーダの医者からは「数ヶ月はテラピーを続ける必要がある」と診断されていたのだ。

まあ筆者はフィリピンなんぞよりもタイの方がよっぽど居心地が良いし、それに入国時に戴いた観光ビザ30日はあと数日で切れるものの、現地のイミグレに行けばあと30日延長出来るし、さらにビエンチャンかプノンペンに一時出国して飛行機で戻ってくれば更にあと30日目だけ再延長可能である。

それで女房にあと2ヶ月ほどタイにいようじゃないか!と申し入れたのだが、なんと当初の予定通り10月末に帰国すべきだ!と言い出したのだ。その理由が「エスター叔母が通っているヒロット(フィリピンの民間治療)と従姉妹フィリンの知り合いの専門テラピストを紹介されたし、多分(メイビー)そっちの方で治してもらう方が良いと思うの」と言うのである。





本来なら女房だけ追い払って筆者だけタイに居ても良かったのだが、しかし女房は病気だから人道的にそうもいかない。それで渋々ながら一緒にフィリピンに帰国したのだが、帰国翌日に荷物の整理や土産目当てに押し寄せてくる親戚知人の対処に明け暮れたのは良いけれども、翌々日も女房は治療に出かける様子が見受けられない・・。

それでお前は一体いつ治療しに行くのか?と聞いたら「(メイビー)かなり良くなったみたいだから出来るだけ我慢してみようと思ってる」という答えであった。良くなった?本当かよ?と聞き直したところ「異国にいるストレスが無くなったからじゃないかしら(メイビー)」と笑いながら言う。

へえ、まあそういう事なら・・と筆者はその翌日も翌々日も引っ切り無しにくる友人たちと嬉しそうに話す女房を横目に見ていたのだが、ところがフィリピンのお盆休み(オール・セインツ・デーと言う)の前日31日になって女房の症状が突如ぶり返したのである。

痛い痛い!と顔を歪めているので慌ててエスター叔母経由でヒロットの先生に連絡をとったら、その十分後に「(メイビー)先生はいつでも働いていると思ったんだけど、明日からのオール・セイント・デーで田舎に墓参りに帰っちゃったようだわね」という返事が返って来た。





それで今度は専門テラピストなら!と思い従姉妹フィリンに連絡をとったところ「(メイビー)◯◯クリニックはお盆休み中も開いてると思う」とちょっと一抹の不安を感じさせる事を言ったのだが、さっそくタクシーを捕まえて件のクリニックに行ったところ、これがまあお休みどころか遠の昔に閉業していやがった・・。

それじゃ病院にでも・・と向かったものの、これがまた利用客が待合室からはみ出ているような混雑ぶりで、とてもじゃないが本日中に治療室にたどり着けるとは思えない。それでこりゃヒロットの先生を待つしかないぞ・・という事になり、エスター叔母に再開予定を聞いたら「(メイビー)3日だと思うよ」という答えが返って来た。

そして昨日3日の朝一番にヒロットの先生に電話をしたところ、やはり予想通り誰も受話器を取らない・・。その一方筆者の傍らでは女房が「肩がギューッと固まって!あなた!何とかして!」と女房は叫んでいるが、お前なあ・・だから最初っからタイでアユルヴェーダの治療を受けていれば、今ごろチャーン島のビーチリゾートでまったりとトロピカルカクテルなぞ飲んでいられたんだよ・・。

フィリピン人というのは斯様に何事もいい加減な民族で、彼らを当てにすると二進も三進もいかなくなり、最後は外国人に「助けてくれ!」になるのである。まあ昔なら助けたけど4年間フィリピンに住んで彼らの言動を見て来た筆者も彼ら同様に「メイビー、明日は良くなってると思うよ」と的外れな回答だけして女房の事は自業自得と放ったらかす事にした。






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お気楽マッサージ

フィリピンに戻って来るや翌日から疲れがドッと出てしまった。昔は1日眠ればスカッと爽快になれたものだが、最近は後に行くほど体がヘタってきてしまうのには困ってしまう。全く年は取りたく無いものである。

さて疲れを癒すために馴染みの出張マッサージ師を呼んだのだが、生憎フィリピンのお盆(オール・セインツ・デイ)で実家に帰ってしまったので向こうが勧める「そんなに悪く無い(not so bad)」マッサージ嬢にしたのだが、これがなかなかの技を持つ女ですっかり気を良くしてしまった。

筆者は大学時代のバイトが原因で慢性的な肩こりに悩まされ、以来日本の指圧や本格中国按摩にタイ式マッサージ、それと出張先でも色んなマッサージ屋に毎週最低一回は通ったものだが、フィリピンに移住して4年経過した今「マッサージはフィリピン人が一番巧い」と思う様になった。

皆さんの中にはハァ?こいつ何を言ってるんだ?と思うかもしれないがこれは事実である。あるいは当たり外れが少ないという言う方が良いのかもしれないが、とにかく今までマニラでもダバオでもバギオでも箸にも棒にもかからないマッサージ嬢というのに当たった事が無いのだ。

ちなみに筆者が行くのはタイだったら1時間200バーツ、香港なら100香港ドル、フィリピンでも250ペソくらいのやす〜い店である。当然こういう店には指を添えているだけのダメ女もいるのが普通だが、幸いな事にフィリピンではそういう体験が一度もない。

なので筆者はヒマさえあれば(Hなサービスを含み店も含めて)しょっちゅうマッサージを受けているのである。えっ?贅沢な奴だって?だけどフィリピンはメシが壊滅的に不味いからマッサージくらいしか楽しみが無いんだよ。それに1時間500円しないんだから行かない方が損だろうが。






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30年ぶりに聞いたヒッピーのその後

先日クーロン黒沢の シックスサマナをポッドキャストで聞いていると、ゲストスピーカーが「パンガン島名物のフルムーンパーティーを立ち上げた当初は島民の猛反対がすごくて・・」などと興味深い話が始まったのだが、その後「ゴア風のトランスをパンガン島に持ち込んだ前山さんが・・」という言葉を聞いた時に思わずハッとしてしまった。

ゴアの前山・・。聞いた事があるぞ。そしてしばらく考え込んだ後でついに思い出した。そうだ!アンジュナビーチのフリーマーケットでオニギリ売ってた人だ!それに半年後にバンコクの空港で再会したじゃないか!。あの時荷物預かってくれって言われた人だよ。

今もそうだろうが当時インドのゴアには世界中のヒッピーが集まっていて、みんなインド人の建てた小屋を間借りし、水は井戸から組んで自給自炊生活をしていたのだが、毎週水曜日にビーチの脇にフリーマーケットが設営され、ここでは民芸品に中古品のカメラや寝袋、ハッシシ入りのクッキーなどが売られていたのだが、そこでオニギリ売ってたのが前山さんである。





年齢は三十代前半だったと思うが、インドの行者サドゥーそのものの風体は社会の落伍者ヒッピーだらけのゴアでもかなり異質であり、筆者らゴア初心者は「ちょっとあの人に近寄らない方がいいぞ」と避けていたのだが、それから半年後にバンコク空港のチェックインカウンターでばったり再会したのだ。

あのぉ、前山さんですよね?ゴアにいた?と話しかけた事で彼との会話が始まり、前山氏は自分は原宿の露店でアジア風アクセサリーを売っている事、仕入れはインドとタイでするので旅は役得なのだ!などベラベラ話し始めたのだが、その後で「キミのキロを分けてくれないか?」と言い出したのである。

要するに自分の荷物を預かってくれという申し出なのだが、場所はアヘン産地のバンコクで、相手はインドのヒッピーの聖地の主みたいな男な上に誰がどう見てもヤバイ風体をしている・・。それで「アナタは何か持ってそうだからお断りします」と断ったのだが、その時のなんとも言えない表情と来たら、ちょっと悪い事したかな・・。





しかも運が悪い事に飛行機では席が隣り合わせになってしまい、非常に気まずい雰囲気のまま離陸したのだけれども、1時間もすると彼はウォークマンを取り出して「ヘビメタは好きか?」と言うやメタリカやホワイトスネイクなど彼が好きなグループの事をずーっと話し続けたので少しは気楽になれたのだ。

そして成田空港で別れる時に「ヒマになったら遊びにおいで」と言われたのだが、生憎と筆者は大学の研究室の残務をこなしたり、二ヶ月後の卒業旅行の資金を貯めるためのバイトに忙しく、そして就職後は新潟県に移動したために前山氏に戴いた住所と電話番号にはついぞ連絡はせず、そのまま30年近く彼の事を忘れていたのだ。

その前山氏がポッドキャストを通じて蘇って来た。それで耳をダンボの様にして聞き入っていたところ「ワタシがその家を出た直後に警察に踏み込まれてしまいまして、それで彼は麻薬の罪で檻の中に入れられてしまったんですが、いやぁ刑務所から出すのにずいぶん苦労しましたよ、ハハハハハ」という話が・・・。

やっぱりバンコクの空港で荷物を預かるのを断って正解だった・・。






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不味いモツ煮を美味く変える方法

筆者は子供の頃から刺身が好きで、昼飯を食えば刺身定食!、居酒屋に行けば何はともあれ刺身盛り合わせ!を頼む人間だったが、齢四十を超えてから刺身に代わって酒の友の定番になったのは冷奴と湯豆腐、そしてモツ煮である。

特にモツ煮については色んな店で食って来たおかげでやれ豚モツより牛モツだとか、上野の某名店の煮込みは馬が入ってるからダメだ・・などと色々煩くなって来たのだが、かなり出来が悪いモツ煮に当たってしまった場合でもある事をすれば劇的に味が好転する事をこの場でご紹介したいと思う。

それは胡椒をちょっとビックリするくらい大量にぶち込むのである。この大量と言うのは何度も振り掛けました!なんてレベルじゃ無くて、SB食品のテーブル胡椒の小瓶の最低でも1/10、出来れば1/4くらいモツ煮小皿に振り掛けてかき混ぜるのである。





実はこれ一時期筆者の上司だったMから聞いた話で、この男は昔から馬肉、とくに馬の内臓料理が名産な日本のチベット生まれの辺境民で、内臓料理煮は胡椒をぶちまけて食べるのが俺の村の流儀なんだ!と言い出すや、せっかく頼んだモツ煮に胡椒を大量に混ぜ始めたのだ。

こんなもん食えるか!とその時は思ったが、このMは辺境山岳民族特有の陰湿な性格でつとに知られた男であり、つまらぬミスを見つけては部下の査定評価を落とす事に無上の喜びを感じるような野郎だったから、たかが胡椒くらいで人生誤る訳にもいかない。

それで仕方なく一口だけ口に含んでみたところ、予想通り胡椒の強烈なインパクトは直ぐに襲って来たのだけれど・・、その潮が引けた後にモツの旨味が濃縮された感じとなり、それが口の中に膨らんでいくのが直ぐに感じ取れた。





なにこれ?旨いじゃん!と言ってモツ煮にパクつく同席の同僚たち。そう、香港のありきたりな居酒屋のモツ煮なんてたかが知れたものなのに、なぜか月島の某有名立ち飲み屋の煮込みを食った時みたいにみんな箸が止まらなくなり、慌ててもう一品二品と追加してしまったのである。

このMはチンパンジーに毛が生えた程度の知能しかない男だったが、この胡椒たっぷりのモツ煮だけはこいつが皆の役に立った唯一のケースで、今でも大して美味くないモツ煮に当たった時は「おい!胡椒!」の一言とともに、陰険な顔つきのチンパンジーが美味そうに餌を食っている光景が頭に浮かぶのだ。

さてマニラの居酒屋なぞろくなモツ煮が出るわけ無いから、これを読んだ皆さんは騙されたと思ってこの胡椒たっぷりモツ煮にトライしてもらいたい。ただしMは胡椒の取りすぎが原因でひどい痔主となり、モツ煮を食った翌日には毎回座薬のお世話になっていたので、痔主さんは十分お気をつけ下さい。






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