おまえ船ダメじゃん

豪華クルーズ船の料理人をしている従兄弟スプークの話を熱心に聞いていた女房が「今度の旅はスプークの船に乗ろうじゃないの!」と言い出した。どうやら船内のアトラクションやディナーパーティーの話にすっかり魅了されてしまったらしい。

女房はリサール州のど田舎の生まれながら派手なものが大好きで、それもフォーシーズンホテルみたいな落ち着いた中の豪奢さなんかよりも、ラスベガスのホテルみたいなチンドン屋的賑やかさに心を奪われてしまう性質なのである。

女房はスプークの説明を曲解していている様なのだが、筆者は頭の中でマニラからベネチアの往復航空券の値段など計算しているうちにハッ!とあることに気が付いた。

オマエ・・フネ・・ダメジャン・・。





そう、小学生の時にミンドロ島に行った際に船で死にかけたという経験から、女房は船に対して激しい恐怖心を抱く性質なのだ。(ただし一緒に船に乗った義父や義弟、叔父叔母の口からはミンドロ行きの際に死にかけるような話は一切聞いたことは無い・・)

香港からマカオへ行くたった1時間のフェリーでさえも女房の顔には明らかに動揺の表情が浮かべているし、プーケットからピピ島へ向かうおんぼろフェリーでの3時間もどぎまぎしっぱなしだったし、和歌山にいた時にヒマなので対岸の徳島まで行くか!と言ったら、フェリーを見るなりこれを激しく拒絶したのだ。

「地中海のサンセットを見ながらのディナーなんてロマンチックだわね~」なんて抜かしているが、どうも女房には「大船に乗った気になって・・」という概念は通用しないようだし、予約したは良いが乗船直前になって急に怖気づいて航海中もずっと柱や壁にしがみついたままなのは火を見るよりも明らかだ。

あたしクルーズって一回乗ってみたかったのよ!とスプークの前で語る、いや騙る女房。おまえなぁ・・スプークが気を利かせて割引券くれる前にウソ言うの止めとけよな・・。






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フィッシングメール来る

メールボックスを開けたら「ご登録パスワードの変更完了のお知らせ」という題のメールが来ていた。発送元は三井住友銀行でアドレスも「info@smbc.co.jp」となっている。

あれっ?おれパスワード変えたっけ?と思ったが、下の方に「確認のためにメールを送信しています。お客さまご自身で変更した場合は、このメールを無視しても問題ありません。」と書かれてあるではないか!!

しかしその瞬間にもっと根本的なことを思い出した。

オレ・・ミツイスミトモ・・コウザ・・ツクッタコト イチドモ ナカッタワ・・

しかし「お客さまご自身で変更していない場合は盗用の可能性がございます。至急以下のURLをクリックしてください」というところにはこれも「wwww.smbc.co.jp.●●・・・」と三井住友銀行の正しいウエブサイトアドレスから始まっているのは変だ。

これもしも筆者の使ってる△△△銀行や◇◇◇証券からのメールだったら引っかかっていたかもしれない。今まではメールアドレスが正しいかどうかを判断基準にしていたが、同じアドレスを騙られればどうしようもない。

アドレス取得の際にどうしてチェック機能が働かないのか?またもしも引っかかった人間に損害が出たばあい銀行は保証などせぬから泣き寝入りである。

なので海外在住の皆さんは筆者同様に銀行の支店に飛んでいく訳にもいかんのだから、こういう悪質なフィッシングに引っかからぬ様十分ご注意ください。






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和風クルーズのすゝめ

豪華クルーズ船の料理人をしている従兄弟スプークが契約終了に伴い一時帰国した。次の契約まで2か月ほどあるので奥さんと子供のいるルソン島北端のアパリでゆっくりと過ごす計画だと言う。ふだん離れ離れになっているとはいえ、2か月も休めるとは全くうらやましい限りである。

「だけど次回はシンガポールを母港にする船に鞍替えできるかもしれないんだ。そうなりゃ航海ごとの休みにフィリピンに帰って来れるだろ!」と嬉しそうに言うスプーク。シンガポールが母港というとスタークルーズ社か?と聞いたら、違うよ!今までと同じ会社だよ!と言う。

筆者は海運業界には全然詳しくないのだけれども、世界の色んな国に配置されている大型クルーズ船は大抵の場合アメリカやイタリアのクルーズ会社の持ち物で、スタークルーズはじめアジアのクルーズ会社はこれら欧米企業が売りにしている豪華基準を満たしていないらしい。

なるほど、日本やアジアの有名ホテルが欧米に展開しても巧くいかないのと同じか・・、やっぱりこういった豪華系のソフトパワーではアジアは大きく差を付けられたままなのだな・・とちょっと悲しくなったが、その時ちょっと頭にビビッとアイデアが浮かんだ。

明治時代の鹿鳴館みたいに欧米のスタイルを猿真似をするんじゃなくて、最初から日本的なモノ、それも庶民的なモノだけで勝負すればいいんじゃないか・・。そう、クルーズを西欧式ホテル風にするんじゃなくて、最初から和風旅館、いや温泉町そのもの空間にしてしまうのである。





船の中には健康ランドのように大小さまざまな風呂を設置し、ドレスコードはもちろん全乗客とも浴衣+丹前である。レストランも豪華な懐石料理は一応あるが、やはり寿司にラーメン屋、立ち飲み屋までそろった新宿西口ションベン横丁なんて作ったらどうだろう?

それとマニアックなフィギュアを売る店や地下アイドルのショータイム、メイド喫茶、コスプレがひしめく秋葉原おたくフロアに、色とりどりの民芸品や日本風衣類が並べられた清水寺門前町フロア、パチンコ、フリー雀荘に丁半バクチ、お触りスナック、ピンサロ、デブ専ヘルス、飛田新地風の赤線が立ち並ぶ歌舞伎町フロアは欠かせない。

お前はふざけてんのか!と思うかもしれないが、日本に来た外国人は兎カフェや土建工事のオッちゃんが着るような作業着ショップといった変な店に集っては嬉しそうにしているのだから、だったらそれをこっちからパッケージにして持っていこうじゃないか!というコンセプトである。

アジア諸国だと船に乗るよりも飛行機に乗って現実の日本に来てしまうので「ゆけむり1号(仮称)」はアメリカの東海岸かロンドンからフランス北部、独ハンブルグあたりに配置して様子見してみたらどうだろう。5万トンクラスの中型クルーズ船なら2千人ほど乗れるそうだが、それくらいなら入りそうな気もする。

温泉の評判はイマイチだがオタク系ショップは人気が高かった、はドイツ人には大うけだった、お笑い系を盛り入れて欲しい・・なんて事になれば、航海の旅に船名を「オタク1号」や「吉本興業号」「デブ専丸」などと変更し、提供コンテンツも船名に合わせていけばよいのだ。さて日本郵船さま、いかがだろう?このビジネスモデルは?






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マツタケの危機

昨日の日記で書いたフグ好きの社長夫人も、筆者が最初に出会った20年前はフグどころか日本食全般が全く食べられない方で、来なきゃいいのに旦那との接待の場についてきては目の前に置かれた刺身を箸でいじっているだけ・・という体たらくであった。

それが数年たつと「サーモンの刺身は皮を炙った方が美味しいわね」くらい言うようになり、10年前には日常的に日本料理屋に出入りし始め、筆者が香港を去った4年前には週に4食くらい日本食で済ませるようになっていたのだ。

広西チワン族自治区という人間より猿やクマの方が多いド田舎出身の野生児も、生まれつきの美貌を武器に金持ちの男を引っかけて贅沢をすれば舌の方もかなり改善されるものらしく、ついにフグにまで手を出しやがったか!と驚いているのだが、この社長夫人も流石にコイツはだめだったか!と筆者が心の中で快哉を叫んだ事があった。

マツタケである。その昔この社長夫人と旦那を香港でも一二を争う寿司屋(香港の場合は寿司メインの割烹料理店という形態である)にお連れしたのだが、寿司屋の大将が気を利かせて出してくれた炙りマツタケを一口食うなり「なに、この不味いキノコ!」と怒りだしてしまったのである。

気の良い旦那と違ってこの奥方はかな~りプライドが高く「こんな美味しいものを判らないなんて・・」などと言えば怒り出してしまうので「実は私の母親もマツタケが駄目でしてね・・」など噓八百でご機嫌取りをしたところ、こんな変な食い物を有難がるのは男だけだわ!と鼻高々に言いやがったのだ。





しかし一応この社長夫人の名誉のために言うと、知り合いの台湾人のオヤジも「油タップリの料理に親しんでる我々中国人にはマツタケの味は理解不能だね」と訳知り顔で言っていたが、後でこのジジイは福岡に住む実姉から毎年日本産マツタケを入手していることを知った。

今食わないからと言って将来に渡ってそうとも言えないのが中国人なのだ。刺身が気持ち悪い!と言って逃げ回ってた香港人の同僚たちだって今じゃヒラメの造りを肴に吟醸酒をクイッとやる位だから、10年後には炙りマツタケを熱燗でキューッというのがたまらないわね!となるのは十分あり得る話だ。

それとフグよりマツタケが深刻なのは現在日本国内で流通している品は大半が中国産なことで、ひとたび中国人がマツタケに目覚めれば「こんな美味いモノ日本に輸出することはないだろ」と全部自分たちで食べてしまいかねない事だ。

そうなると今でさえ高嶺の花のマツタケが更に遠のいてしまうかもしれない・・。だったらフグみたいに人工的に栽培出来ないかと思うが、マツタケは自分で栄養を作る事ができない弱さがあるらしくこれは全くの望み薄だそうである。

ペチャクチャ!スズッスズ―ッ!と音を立てながら日本食にがっつく中国人。食事マナーの方は数千年に渡って全く改善される気配が無いが、舌の方はここ20年で劇的に敏感になり本当に美味いモノが判る様になってきつつある・・。これは人類にとって多大なる災難の前触れなのではないだろうか・・。






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犬と中国人はフグ食うべからず

以前勤めていた会社の中国人顧客から「大阪に面白いところない?」というメッセージが入った。送って来たのは会社のオーナー夫人(ナンバー2の総経理も兼任)で、なんでも従業員50人を引き連れて日本に遊びに来たのだが、コーディネーターの手違いでその日の午後数時間がぽっかり空いてしまったと言うのである。

それだったらマグニチュード7の地震体験が出来る阿倍野の防災センターや新世界にある巨大健康ランドなんかどうだ?と勧めたところ、ところでアンタ今晩空いてるのなら奥さんと一緒にウチの食事会に参加しないか?と聞いてきたのだ。

どうもフェイスブックの写真から筆者ら夫妻は年の半分くらい関西に住んでいると勘違いしているらしい。それで自分は今マニラにいるのだ・・と返事をしたら、それは残念だわね、私たちは今夜フグを食べるのに!という一文が目に入った。

中国人がフグだって・・。この取り合わせに正直驚いてしまったのだ。いや勿論ここ数年は中国人が爆買いに来ているのだから当然フグ料理を食っても不思議ではないのだが、筆者は頭の中でこの頭の組み合わせは絶対にありえない!と思っていたのだ。

その昔香港にいた筆者ら日本人駐在員は一時帰国すると必ずお土産を買って帰る暗黙の了解があって、安く済ませるなら坂角の海老せんべいやヨックモックを持ち帰ったが、一番評判が良かったのは牛肉やヒラメを持ち帰って就業時間後にオフィスで鍋をやる事であった。





それである時に同僚がフグを持ち帰ったのだが(もちろん切ったやつ)、香港人の同僚たちに「これは実に美味いんだ・・」といくら説明してもこれが見事なくらい誰も食べない、いや筆者らが鍋を肴に酒を飲んでいる控室に足さえ運んでこなかったのだ。

こんなに美味いのに何でなんだろう?とその時は思ったが、あとで日本料理店のオヤジに聞いたら中国人の頭の中には「フグ=毒」というイメージが完全に定着してしまい、香港政府では一応合法に入る味醂干しさえもフグと知るやペッと口から吐き出してしまうのが毎度の事なのだと言う。

それで筆者は今までずっと中国人にはフグは禁物だと思い込んでいたために、この中国企業のオーナー夫人の「今夜は社員を引き連れてフグを食いに行くのよ」という一言に衝撃を受けてしまったという訳である。だってあの時の香港人の態度と言ったら危ない食い物というより伝染病を避けてるみたいだったもん・・。

さて翌日オーナー夫人から「防災センターは予約制で入れなかったけれど、健康ランドは気持ちよかったわ!」という感謝のメッセージが来たので、これは良い機会だと「みんなフグを食うのを怖がっただろう?」と聞いてみたところ、「ノー!」という即答と共に写真が何枚か送られて来た。

みんな美味しい美味しい!って言うから追加注文までしたのよ!おかげでえらい散財しちゃったわ!と宣うオーナー夫人。どうも現代の中国人は古いタブーなど気にしなくなっているようだ。だけど中国人がフグの旨味に目覚めたら日本のフグは根こそぎ中国に持っていかれるんじゃ・・。そうなる前に今のうちフグを食っとこう・・。






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麻薬戦争の死者数1202人

ニュースサイトを見ているとThe Death Toll of the War on Drugs(麻薬戦争での死亡者推移)というページを見つけた。なんだか面白そうだな・・とページをクリックすると、そこにあったのは「8月10日までの死者数1202人」という文字だった。

このデータは今年5月10日以降の麻薬関連の死者数を表していて、①警察捜査中に警官に警官に射殺された、②警官以外の誰かに殺された、③詳細不明、の3つの死因別の合計数なのだが、興味深いのは各州(マニラの場合は市ベースに細分化)ごとの死者数と殺された人間の名前が出て来ることである。

例えば目下のところ一番多くの死者数を出しているのはセブ州の116人で、次がマニラ近郊のブラカン州の109人、そしてマニラ旧市街地区(City of Manila)103人の順位なっているが、4位以降はググーンと落ちてカローカン市とケソンシティーがそれぞれ56人、パンガシナン州が54人と半分以下に減っている。





一方どう見ても犯罪者とシャブ中で溢れていそうにも関わらず案外と死体発見数が少ない州も結構あるので、どうもこの死者数はその地域の犯罪進行度を表していると言うよりも警察の犯罪撲滅の本気度に比例する傾向が強いようである。

その目で見てみると筆者の住むパッシグ市の死者数は16人・・。1か月前に従兄弟ジェンの家のはす向かいで死体が発見されたので筆者のまわりの人たちは「やっと町の治安が良くなり始めた」とぬか喜びしていたが、他の州の死者数と比べると「ちょっと少ないんじゃないかなぁ」感がぬぐえない。

やっぱり3カ月半で16人なんかじゃなくて、期待するのは「昨日に引き続き今日も16人射殺の見通しです」という発表ではないだろうか・・。フィリピン上院では法相在任中に犯罪者を野放しにしていたアホ議員が人権云々と抜かしているが、筆者が期待するのはこの死者統計が毎日右肩上がりになって万単位に到達する事である。






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だらしない下半身を持つ女

マカオのホテルで働き始めた従姉妹ボーヤから「マカオの良い医者を知らないか?」というスカイプ電話が掛かって来た。なんだか切羽詰まった感じだったそうなのだが、香港で二十年以上過ごした女房もお隣の国マカオは観光で滞在しただけだから全く情報が無い。

それでベッドに寝転がっていた筆者が呼ばれたのだが、筆者が画面上に現れるなりボーヤは急にモジモジするようになり、鏡湖医院(英語でKiang Wuと書く)とメモした後は「ちょっと忙しいからまた今度ね」と言って電話を切ってしまったのだ。

なんだよ愛想が悪いな・・と思ったが、ボーヤが病院・・と考えるとあるイメージが湧いてきた。妊娠である。以前の日記にも度々書いたがボーヤは二人の男との間に二人の子供を設けたシングルマザーで、さらに昨年勤務先のドバイでアフリカ人だかアゼルバイジャン人の男との子を身籠って堕胎のためにフィリピンに帰って来た色狂いなのだ。





あいつまた妊娠したのか・・。そう言えば先月頭にマカオに到着するや忽ち男とねんごろになって同棲し始めたから妊娠が発覚したとすればちょうど今頃である。それで医者の情報を聞こうとしたら筆者が出てきたので恥ずかしくなって慌てて逃げたってことだな・・。

まったく本当に下半身がだらしない女である。従姉妹たちの情報だとボーヤは言い寄って来る男の誰彼かまわず受け入れているだけでは飽き足らずに自らも積極的にアプローチするタイプで、かく言う筆者も今から10年以上前の初対面の時にモーションをかけられたのだ。

ただ筆者ら夫婦は子供を作ろうとしていた方だから堕胎医など知らないのだが、下手な医者に掛かって出血死でもされたか困るからその昔遊び人の友人から聞いた香港の名医を伝えようと試みたところ、すでに勤務時間に入ったのかボーヤはスカイプ電話に出で来ない。





それで女房がメッセージで香港の医者の名前と住所を伝えたのだが、その数時間後には事態は筆者らの予想とは全く違っていた事が判った。子供の咳が止まらないということでボーヤの妹フィリンがネブライザー(吸入器)を借りに来たのだが、筆者が作った大盛沖縄そばをガツガツ食いながらフィリンがボーヤの病の話をし始めたのである。

ボーヤが罹っているのは性病・・。抗生物質がどうのこうのとフィリンに相談した際にボーヤが口を滑らせたところによると、今一緒に住んでいるパートナー以外にも複数の男性と関係を持っており、どうもその一人からおかしな病気を移されてしまったという事らしい。

妊娠ではなく性病だった・・。これって喜んで良いのか悲しんで良いのやら・・。しかしこの女の精神は一体いつまで燃えあがる下半身の下僕でいつづけるのだろう?。ボーヤよ、そんなに疼くのなら柏原芳恵みたいに朝から晩までアソコにバ○ブを突っ込んでおいたらどうだ?。それなら医者のお世話になる事もないだろう。






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プノンペンより下なマニラの日本料理レベル

新入社員時代の同僚H君から現在カンボジアの首都プノンペンに一時的に滞在しているとのメッセージが来た。H君は同じ会社でも生産技術部という俗に言う工作機械屋で、プノンペン郊外に新たな工場を建設するので短期出張と言う扱いで同地に来ているのだそうだ。

プノンペンねえ・・。筆者はカンボジアに入ったことが無いので良く判らないが、狭いところにゴチャッと民家が密集していて、埃だらけの道を上半身裸の労務者たちを満載したピックアップトラックが行き来している光景が目に浮かぶ。

それでH君に生活が大変だろう、十分健康には気を付けてくれよな・・と在り来たりな返事を書いたら、なんと彼から直ぐに「とんでも無い!プノンペンはメシは美味いし買い物も便利だからフィリピンよりもよっぽど快適だよ!」という返事が返ってきた。

このH君は1年半前までラグナ州の工場にちょくちょく仕事で来ていて、ボ二ファシオのサービスアパートに滞在していたのである。ボ二ファシオと言えば現在進行形で発展中のなかなかな住宅街なのに、プノンペンの方がよっぽど快適だと・・。

その後H君のメッセージには彼が住むエリアはプノンペン旧市街の南側にあって・・とか、近所のスーパーの品揃えも良くて例えば昨日はこんなものが・・と具体的な記述が続いたのだが、最後に「日本食のレベルがマニラとじゃ段違いに良いんだよ」という驚きの一言で結ばれていたのだ。

フィリピンは何を食っても不味い事はとっくの昔に知っているが、カンボジアもフィリピンやミャンマー同様に○○○料理というのが全世界で全然知れ渡っていない国、つまり料理不毛の土地である。しかもつい20年前までは内戦下にあってメシ食うどころか生きるか死ぬかの国だったのだ。

ところが今じゃマニラの方が下・・。この事実に筆者は愕然としてしまったのである。ここまでフィリピンは駄目だったのか・・とガックシ頭を垂れている最中にも「最近行きつけの居酒屋は煮物系が美味くってね・・」とH君からのメッセージが入り続けたが、筆者はもう読む気にはならなかった。






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タイは遠し・・

友人のタイ旅行にすっかり感化されて思わずタイ行きの航空券を予約してしまった!ということを少し前の日記で書いたが、実はこの「感化されて」から「予約した」の間には小一時間ほどの間があってちょっと一悶着あったのだ。

「アナタ!またタイに行くの!」と凄い剣幕で怒りはじめる女房。女房とはかれこれ20年一緒に暮らしていて合計39回海外旅行に出かけたが、そのうち31回の目的地がタイだったため女房はウンザリしているのだ。

筆者ら夫妻は一年中何もしてないのだが、ひょっとして何かイベントがあるかもしれないと思って女房に一声かけたのが間違いの素だった。そこから「あ~、この日はアイリーン(妹)の誕生会で・・」「この日は従姉妹ミレットの娘のお遊戯会が・・」などどう聞いても重要とは思えない用事があれこれ出て来る。

じゃあ一体いつだったらいいんだ!と言っても沈黙したままなので、先ほど女房の口から出た意味の無いイベント群の空白期間が10月にあることを指摘して女房のグゥの音も出ない様にしたのだが、タイ航空のウエブサイトで予約をするときにも「アナタ!この3日前の帰りの便の方が5ドル安いわ!」などと言って旅行期間の短縮を強制し続けたのだ。





本当は直ぐに行きたかったのに女房の妨害工作のせいで行くのは2か月先である。これだと流石に友人から受けた紫の風もすっかり効力が弱くなってしまい、ここ1週間ほどはタイに行くトキメキ感も全然なくなってしまったのだ。

さてそんなダラけた一日を過ごしていた今日、大阪のウィークリーマンション会社からメールが来て「秋のキャンペーン!1か月以上の契約で今すぐ入居なら大割引!」というリストが添付されていたのだが、そこに今年春に滞在した京都・寺町通り横のアパートがあるのを見つけた。

「おい、あの京都の部屋が1日3650円だってよ。すいぶん値下がりしてるなあ・・」とソファに寝転んでいる女房に言ったら、突然ガバッと起き上がるなり「いつから入居なの?」と聞いてくるので9月1日から4日間の内に入居、滞在期間は最低でも1か月だと答えたところ・・。

「あたし雪を見たかったのよね!クリスマスまではなんにも用事は無いから今から行きましょうよ!じゃあアナタは全日空のチケットの手配をして!アタシは・・!」と言うなりそそくさと動き始めた。タイと日本じゃずいぶん対応が違うな・・・。






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ブラック・タイ

先日の日記で鹿鳴館みたいな恰好をしてレストランに現れるフィリピン女のことを小バカにする論調で書いたが、今じゃ一年中ステテコ姿でいる筆者も昔はけっこう服装には気を配る人間で、いつもスーツをビシッと決めて颯爽と客先へと向かったものである。

ちゃんとした服装をする目的は自尊心を満たすよりも相手を不快にさせないためであり、いやらしいイタリア~ンな服装や蛇革のブーツなんてのはもっての他!40歳まで男は紺かグレーのスーツに白いワイシャツで身を固めるべし!なおワイシャツもボタンダウンは不可!というのが筆者の信条である。

それと財布に余裕が無いので青山とかアオキの吊るしを買うのは仕方が無いけど、男たるもの少なくともブルックス・ブラザースあたりの上質なスーツを一着は持つべきであろう。ホテルのドアマンやウエイターたちは服装の良し悪しを一眼で見抜く力あって、向こうの対応もササッと丁寧になるからこれは是非とも試してみることをお勧めする。

しかし高級スーツとは言え限界はあるもので、筆者の場合は今から約20年前の7月1日、ちょうど香港返還の日にそのことを知ったのだ。その日の晩に筆者と上司2名とよびその奥方の計5人はイギリス人顧客が開く返還記念パーティーに招待されており、会場のペニンシュラホテルから一番近い場所に住んでいた筆者の家で夕方待ち合わせすることにしたのである。





ピンポーン!というチャイムが鳴ったのでドアを開けると、そこにはタキシード姿の日本本社常務A氏が瀟洒なドレスを来た奥様を伴って立っていた。こりゃずいぶんと奮発したなぁ・・と思ったが、そのまま黙って自室へと招き入れお茶など飲んでいると続いて2回目のチャイムが・・。そこにはS香港支店長が上等なスーツ姿で現れたのである。

ところがその姿を見たA常務が「キミは!何をやってるんだ~!」を叫ぶや(S支店長夫人の面前である)、カバンの中から招待状をガサゴソ取り出して「この部分を見てなかったのかー!」と喚き始めたのである。え?なに怒ってんの?と訳が分からないS支店長と筆者が招待状を見ると端っこに小さな文字でただ単にBlack Tieの文字が刻まれている。

ブラック・タイとはドレスコードで黒い蝶ネクタイ、つまり一般的にはタキシードの着用が義務つけられていると事だとは当時30歳の筆者はもとより若い頃アメリカ勤務が長かったS香港支店長でさえ知らなかったのである。さすが若いころからヨーロッパ諸国で駐在を重ね、つい数年前まで元ロンドン支店長だったA常務である。

あの~・・じゃあ葬儀用の黒いネクタイをすれば・・と言う筆者の質問に「バカモノ!」とピシャリと返すA常務。ご察しの通り筆者もブラックタイの意味は全然分からずに当日はS支店長同様にダークスーツにえんじ色のネクタイで行く気だったのだ。しかしここで幸運だったのは筆者は学生時代に買った吊るしのタキシードを香港まで持ってきていたことである。





戸棚の奥から取り出した安物のタキシードについたホコリをセロテープで払う筆者とA常務(この方は口は悪いけど根はものすご~く親切なのである)。そして筆者のタキシードを手に取ってS支店長の身体にあわせるなり「○○くん!キミには悪いがこのタキシードはS支店長に今日一日貸してあげなさい!」と言い出した。

主催者であるイギリス人社長と一番近しいのはS支店長だから恥をかかせるわけにはいかない!と言うのである。まあこの点は筆者も十分納得できたので、じゃあワタクシメはどうすれば・・と聞いたところ、A常務の口から「キミは本日パーティーを欠席して日本から来た招待客の接待役チームに入りなさい」という命令が・・。

そりゃないよ!!と内心怒ったが、只でさえ申し訳なさそうな顔をしているS支店長の奥方をこれ以上追い込む訳にはいかない。それにA常務は「幸運なことにキミは独り者なのだし、それに物事には優先順位があるのだよ」と厳粛な面持ちで言い渡すので、仕方なく香港ジョッキークラブに向かって役員面々の奥方や会社のお局様たちの相手をさせられたのだ。

まあ正直言うとこっちの方が気楽だったし、それにフルコースのフランス料理と最高級ワイン、そして香港返還という歴史的な日に居合わせたことに酔いしれて急に発情しはじめるオバさんがいたりとこれはこれで結構面白かったのだが、でもドレスコードって言ったってここは香港なんだぜ!だいたいA常務は何でもかんでも杓子定規すぎるんだ!ケッ!などと内心思っていたのだ。





しかし休み明けの朝一番、同じくパーティーに招待されていた関係会社T社のT社長からの電話が掛かって来るや開口一番「なんで事前に言ってくれなかったんだよ!」と大声でわめくのを聞いた時に筆者は自分が間違っていたことに気付いた。このTさんはなんとネイヴィー・ブルーのブレザーにグレーのパンツ、そして足元はローファーという御自身の持ち味な格好で出向いてしまったと言うのである。

会場に着いてみると招待客全員が男はタキシード、女性はイヴニングドレス姿なのに自分だけはアイヴィー・ルック・・。しかもイギリス人社長が入口で狼狽えるT社長のもとに歩み寄り迎え入れたために「この人物はドレスコード適用外」の御朱印をいただけたのだが、正直追い返された方がまだマシだと思うほどの酷い疎外感を後から味わったらしい。

だからもしもあの時A常務からブラックタイの意味を聞いていなかったら・・と思うと今でも背中がむず痒くなるのである。ここ最近は高級ホテルのバーの常連として認められるようになりまして・・程度のモノサシでは測れない世界というのが案外とそこら中にあって、そこで快適に過ごすためにはまずは身だしなみから・・なのである。

となると香港の小洒落たレストランで鹿鳴館みたいな服装をしていたあのフィリピン人のオバさんは、周りの人間が全員カジュアルでいるという現実を受け入れなかった事、そして周りが「あの人たち変じゃないか?」とヒソヒソ囁かれているのに耳を傾けなかった事を除けば案外と真っ当な事をしていたのかもしれない。という訳で笑ってごめんなさいね。イメルダ・マルコスみたいなオバさん。






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麻薬犯罪者の目標殺害数

デ・リマ上院議員の人権侵害発言関連のニュースを見ていた従兄妹たちは「このババアは一体何を抜かしてやがるんだ!」と息巻き始めた。毎日のように麻薬関連の犯罪者が殺されているのは大変結構な事じゃないか!だいたいこのババアが司法長官在任中に麻薬組織が蔓はびこったんだ!と凄い口調である。

従兄妹たちはデゥテルテ新政権による犯罪取り締まりを頼もしく思っており、そこら中に麻薬が蔓延していていつ自分の子供がシャブ中になるのかハラハラしているよりも、犯罪者があちこちで誰かに殺されている社会の方がよっぽど好ましいと考えているのだ。

「裁判なんかやってたらいつまでたっても犯罪者を撲滅できないよ」「刑務所の収容キャパシティーだって限界があるんだしね」「見つけ次第その場で射殺するのが手っ取り早いわ」というのか従兄妹たちの弁。これには筆者も激しく同意である。カトリック国の犯罪の闇の深さは先進国の物差しでは測りきれないのだ。





さてウィスキーの杯が進むにつれて誰かが「いったい何人くらい殺せばフィリピンは安全になるのか?」という話題になったので筆者も参加することにした。デゥテルテがダバオ市長だった1990年代には約500人約1000人の犯罪者がダバオ・デス・スクアッド(死の部隊)によって殺されたのが参考になる。

えーと・・当時のダバオの人口が100万人で今のフィリピンの人口が1億人だから・・同じレートをかけると・・5万人10万人。こりゃ結構な数字である。ところがこれを聞いた従兄妹たちは「そんな数字じゃ全然駄目だよ!」と言う。ダバオみたいな田舎とマニラ首都圏が同じ比率なわけが無いというのだ。

「こういう数字は二乗になるんだよ。ダバオが100万人当たり500人1000人ならマニラは2万5千人100万人殺さないと!」と元銀行員のジャネルは言い張るが、酔いが回った一同の中でさえ「その計算方法って算数的に間違ってないか?」と物言いがつき、あーだこーだ!の議論の末に10倍で良いだろうという事になった。





えーと・・首都圏人口かける0.5%1%にその他を0.05%0.1%とすると、1億ひく3千・・で計算していくと合計は・・20万人40万人・・。「まあそんなものじゃないか・・」「イメージに近いわね」と次々と頷く従兄妹たち・・。実は筆者もその時「そうだな。ここら辺が妥当だろう」と思っていたのだが、翌日酔いがさめて昨夜の会話を思いだしたらちょっと背筋が寒くなってきた。

20万人40万人って・・これ凄い数字である。もちろん歴史上にはホロコーストやスターリンにクメール・ルージュ、それと毛沢東の大躍進なんて超然とした虐殺がもあるけれども、街には買い物客が溢れ、お母さんが朝からテレビの料理番組を眺めている平時にこれだけの人数が殺されたという事例は聞いたことが無い。

だからもしもこの20万人40万人殺害が現実となれば、後の歴史認識過程で「人類の負の遺産」と認定される時が来るだろうし、その当時フィリピンに居合わせた筆者は歴史の証言者の扱いになるのかもしれない。だけどその時に聞かれても何にも答えることないよ。だって犯罪者の大量虐殺なんて所詮は蚊帳の外だもんね。

注)この会話をした時点でのダバオでの殺害人数把握に誤りがありましたので修正しました。






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フィリピン人の悪癖

昨年初夏に長崎のグラバー邸を散策していた時に、溢れかえる中国人たちの中にフィリピン人の一団がいた。埠頭にはダイアモンドプリンセスとかいう大型クルーズ船が横付けされていたから、どうやらこのフィリピン人たちは乗組員のようなのだが、ジーンズにTシャツというシンプルな出で立ちの一行の中に二人だけ奇妙な女がいるのに気が付いた。

この二人はこの暑いのに上から下まで高級ドレスを身にまとい、指輪やアクセサリーにヴィトンのバッグで重武装している上に、坂道の多い長崎にもかかわらず今にもポッキリ折れそうなハイヒールを履いていたのだ。そして乗組員らしき連中がタガログ語で話しかけてケータイを向けたところI don’t like to take a picture when I am traveling(あたしは旅行中に写真を撮るのが嫌いなの)と言った。

同じ言語で返事すれば良いのにわざわざ英語・・・。しかもこの言い方がこれまた思いっきり巻き舌のイントネーションで厭味ったらしいのだ。この二人の女たちは同じ乗組員かそれとも乗客なのかは不明だが、とにかく「アタシは特別なのよ」というオーラを全身から発しているのである。

なに!あの女!と言わんばかりに罵る女房。筆者の女房は義弟の嫁をいびる以外は人間に対して非常に鷹揚なのだが、赤塚不二夫の漫画で「ミーはおフランス帰りザンス」を連発するイヤミみたいな人間を見ると虫図が走る性質であり、特に同じフィリピン人に対しては大変この傾向が強いのである。

十代に香港に移り住んでから長年生地問屋の香港人やイギリス人デザイナーの下で働いたことが女房の人格形成に影響を与えているのだ。中国人と聞くと成金趣味と思うだろうが、意外にも彼らは他人の目にどう映るか?というのは余りに気にしない民族なのである。





この生地問屋の親方は筆者も知っていて、香港の高級住宅地にある豪邸に住んでいる大金持ちだが、普段はナイキのポロシャツとジーンズにサンダル履きと言った貧相な出で立ちで、愛車メルセデス・ベンツを駆って旨いので評判のボロッちい店で麺などすすってるのである。(ベンツを買った理由を聞いたら「丈夫だから」と言う答えだった)

そしてルイーズというイギリス人デザイナーもロードの名称を持つ有力者の娘として生まれ、高級住宅街ナイトブリッジにあるフラットを父親から与えられてロンドンのアートスクールに通っていたという大層なご令嬢なのだが、女房はルイーズが自分の出自を自慢したりせず、また質は落とさないが案外と質素な生活をしていることに大変感心していたのである。

あたしがフィリピン人で嫌いなのは、ちょっとでもお金が出来ると「アタシは特別なのよ!」って態度に出ることなの!と憤慨する女房。まあフィリピンだって昔からの大財閥の人間ならそういう傾向は無いのだろうが、テレビに登場する政治家やスターたちの立ち振る舞いを見ると女房の言う事には案外と頷けるところがある。

それに香港に住んでいた時によく行った小洒落たレストランにも鹿鳴館みたいな恰好をしたフィリピン中年女性が良く来ていて、ホテルのハウスキーピングみたいな制服着こんだメイドが傍らで女主人がメシを食うのをジッと見守ってたっけ・・。あの鹿鳴館がいる席には不気味なオーラが立ち込めてたな・・。

自分はそこらへんのフィリピン人と同じじゃない!自分は特別なのだ!格下に見るな!と言いたい気持ちはわかるけども、他人の目と言うのはその人間の持っている教養や人間力というのを案外と性格に見抜くものなんだよね。残念ながらフィリピン人には自分の内面を磨くと言う価値観がかなり欠落しているようだ。植民地根性は百までも・・か。






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ユダヤ流ニセモノ駆逐法

その昔筆者が営業マンをやっていた業界ではニセモノ(コピー商品)が大きな問題になっていた。ふつう正規品の場合は工場出荷コストの4倍が小売価格という流通構造だが、ニセモノは商品開発費や広告費はタダ同然だし流通はバッタ屋と同じ構造なので小売価格は高くても3倍、下手すると2倍まで抑えられるのだ。

しかも部品は香港・中国でいくらでも手に入るし、それほど作るのが難しい商品では無いので正規品とニセモノの差別化はチョット見では大変難しい。それで多くの顧客と会うたびに「なんか良いニセモノ対策法は無いかね?」と良く聞かれたものである。

この時筆者は必ず「だったらアナタ自身の手でニセモノを作って売り捌いたらどうか?」と言ったのだが、大抵のお客は「お前バカか?」とソッポを向かれてしまうのがオチだった。でもこれって筆者のお客の中でも最も知恵者のマギット社長から聞いた方法なんだよね。





マギット社長のやり方はこうだ。ニセモノを駆逐するためにはまず全くマギット社長とは繋がりの見えないダミー会社と信頼の置けるマネージャーを用意する。そしてマギット社長の自社工場で作られた正規商品の一部をダミー会社に利益ゼロで渡し、マネージャーに如何わしい裏の世界へと売り込みに行かせるのである。


「これは最新モデルじゃないか?」「それにモノも上質だぞ?」と訝しげに聞く如何わしいニセモノ商人。ええ、俺の弟があそこの商品開発部に勤めてまして正規品発売前にデザインが入手できるんですよ・・と説明すれば案外すんなり買ってくれるらしい。大企業とは違ってニセモノ業界は取引先の素性などじっくり調査する余裕などないのだ。

こうしてニセモノ商社を何件も当たっていき、売り込みを1年も続けていれば他のニセモノメーカーは利益がいる分だけ単価が高いし、それに新モデルの出荷タイミングだって遅いから黙っていても駆逐されてしまう。それでニセモノ流通の注文は一気にマギット社長のダミー会社に集まることになる。





それとニセモノ商社の連中と話をすれば、ウィーンやドバイのナントカ商会とか、マイアミやロサンゼルスから中南米にかけてのルートなど世界各地の顔役の話が漏れてくるので、それを聞き耳逃さずに覚え込み、じっくり時間をかけてコピー商品の流通網を把握していくのである。

そして世界中で氾濫しているニセモノの三分の一くらい賄うようになったら、ダミー会社を突然と閉鎖し、EUやアメリカなどちゃんとした国に対して輸入手続きの差し止め依頼をする、あるいは訴訟に持ち込むなど一気に攻勢に出るというのだ。

こうなると相手は完全にお手上げである。金を払った品物は税関で止まってしまえば資金も商品もショートしてしまうし、おまけにお尋ね者になる可能性があるので暫く姿を隠さなければならない。一旦ブツの流れが途切れれば廃業になるのは何処の世界でも同じである。




筆者は文章力が無いので補足するが、弁護士にいくら金を注ぎ込んでるだけだったらニセモノ商人達は痛くも痒くも無い。だから彼らを絶滅させるには奴らのチャンネルに自ら手を突っ込んで彼らの流通網を破壊するしか方法が無い。これはマギット社長の祖先である東欧のユダヤ人たちが昔からやっていた手法なのだそうだ。

それで浅はかな筆者は中国人に問われる度にマギット家の虎の巻を伝授しようとしたが、目先の利益に拘りがちで抽象的な概念が苦手な中国人にはこのコンセプトがイマイチ近い出来ないらしく前述のように「お前はアホか!」で終わってしまうのである。

中国人が理解できないということは、これは真っ当な作り方で世界にモノを供給しながらもニセモノ(大部分は中国・韓国製)に苦しむ日本企業にはチャンスである。なのでもしもニセモノに苦しむ日本企業の方がおられたら是非とも東欧ユダヤ人直伝のこの方法をお試しあれ。






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世代を超えた職業DNA

大阪平野の東端、生駒山の麓に石切神社という有名な社がある。古代の大和王ニギハヤヒとその子ウマシマデ奉るこの神社は何故だか歴史の途中でデンボ(腫モノやデキモノ)にご利益があるとされてしまい、現在ではガン患者の祈祷場所になってしまった主祭神には全くもってお気の毒な神社である。

昨年春に1か月ほど大阪に滞在した筆者は古代史への興味からこの石切神社へと出かけたのだが、近鉄石切駅から坂道をずっと下っていくにつれその門前町の光景に驚いてしまった。手相から、四柱推命、家相やタロット、さらには降霊術を謳う怪しげな店があたり一帯にひしめいているのである。

有名寺社にはこういう店が集まるのは昔からの事だし、それに筆者が長らく住んでいた香港にも黄大仙(ウォンタイシン)という有名な仏教寺院があって、そこにも占い師の婆さんたちがズラリと並んでいるのだけれども、この石切神社のボリュームはその比では無く、おそらく世界有数の繁栄ぶりではないかと思う。

さて先日の日記で日本のスピリチュアル産業には在日朝鮮人がやけに多いという事を書いたが、何となくその辺りを調べていると石切神社の名前が出てきた。それは大阪在住の在日朝鮮人の学生が書いた長ったらしい修士論文で、内容は自分たちの祖父母の代がどういう形で日本に定着していったのかを論じたものである。

一口に在日朝鮮人と言っても日韓併合から終戦までの間に移住した合法組から、終戦後のドサクサに紛れて入り込んだ密入国組、そして高度経済成長期以降に観光ビザで入国したまま居座ってるオーバーステイ組などいろいろあるが、大阪にいる在日の大半は韓国南部の済州島から来た密入国組なのだそうだ。





済州島というと李承晩政権期の大規模な反政府運動で数万人の島民が殺されたことで知られているが、この難を逃れるために大阪行きフェリーに飛び乗った済州島民が船の中で「何の商売で身を立てていくか?」を話し合ったそうなのだが、その際に名のあがった仕事の一つにスピリチャル系があったと言うのである。

筆者は韓国の階層については全く詳しくないのだが、済州島は長年にわたった流刑の地であり、さらに住民の大半は白丁(ペクチョン)という特殊な階層に貶められたため一般の人からは蔑まれてはいるものの、その一方で何十世代にもわたって芸能と祭事(つまり巫女的なこと)を掌ってきたのだそうだ。どうも歌舞伎の何代目○○とか猿まわし三世みたいな世界らしい。

つまり運命とか霊を肴に何がしかの金を巻き上げるのは済州島民にとってはお家芸であり、フェリーが大阪港に着くや一部の済州島民は一旦は生野区周辺のスラムに居を構えて繁華街や駅前で易者や手相占いを開業し、そしていくばくかの元手が貯まると神社仏閣の門前町に店を構え始めたということらしい。

なるほど日本のスピリチャル業界で在日が根を張れたのは、何十世代にもわたって霊感ビジネスで金をかすめてきた済州島民(=白丁)の血のおかげだったのか・・と思わず納得してしまったが、この論文をもう一度良く眺めてみると「長年にわたって芸能と祭事を・・」という一節に目が留まった。

「我々がいなければ紅白歌合戦は成り立たない!」と豪語した在日の大物歌手の発言は良く知られているが、筆者が幼少の時分からアイドル歌手やタレント、グラビアアイドルには何故だかやたらと大阪出身者が多いのも事実。なるほど・・そういうことね。世代を超えた職業DNAとは全く大したものである。






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冷や汗をかかせる名医

過去2週間の間ずっと風邪の症状が治らないのでパッシグの医者に行ったところインフルエンザであると診断された。この医者大丈夫かよ・・?たしかに咳はゴホゴホ出るし体はだるいけれど体温の方はずっと36度5分前後なんだけど・・。

しかしこの医者は「そういう種類のインフルエンザもあるのです」と言った後で処方箋を書き始めたのだが、何事も不信の目でもって見る筆者は薬局には向かわずに家で生姜茶など飲むようにしたところ、どうもこっちの方が効き目が良いのか少しは快方に向かいはじめた。

しかしちょうど2か月前に日本に帰って来てからこれで2回目である。最初の時は約2週間もゲホゲホやっていたからそうとう体内に抗体が出来ただろうと思っていたら、一息つく間もなく再び同じ症状になってしまったのである。

さて本題に入る。先ほど書いた様に筆者はこのパッシグの医者をヤブだと思ったが、一応パッシグ市のそれなりのビルにクリニックを構えているだけあって医者の能力には首をかしげざるを得ないにしても人間としては案外と侮れない面もある事に気づいたのだ。





というのはふつう医者は「どこで感染したか心当たり有るか?」なんて聞かないものなのに、このヤブ医者は「短期間に2回も同じ症状になったようだけど、アンタ風邪の症状が出る1~2日前にどこか湿り毛の多い場所(原文wet)に行かなかったか?」と最後に聞いてきたのである。

それでケータイのカレンダーを見てみたところ思わずギクリ・・。そう、2回ともちょうど1日前に近所にあるHなマッサージ屋に行った事を示す秘密記号がそこに打ち込まれてあったのである。湿っている上にヤラシイ場所・・文字通り二重の意味でウエットだ。そして筆者の傍には別に居なくても良いのに通訳を買って出た女房がいて筆者の顔を窺っている・・。

ど・・何処にも行っていません・・とドモりながら答える筆者。その瞬間ヤブ医者の目は何かを悟ったのかピカリと光ったような気がしたが、案外と人が良いのか、或いは自身も湿った事を良くしているのか別段何の反応もしなかったのである。

さてパッシグからの帰り道に女房が「あんた診察の途中で急に汗かき始めたけどどうしたの?」と聞いてきたので、いや~肺ガンとでも言われたらどうしようかと怖くって・・と誤魔化しておいたが、正直あの一瞬は冷や汗ものだった。という事でヤブ医者くん、余計なリアクションしてくれなくてありがとう。






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オマエが言うなー!!

大統領府の発表によると新政権発足後の犯罪発生数に目覚ましい成果が表れたそうである。昨年同月には17105件の犯罪が発生していたのに対して今年は11800件と31%減、なかでも窃盗や強盗などモノにたいする犯罪は40%減となったらしい。

これだけ連日のように麻薬密売人が拘束されたり殺されているのだから犯罪が減少するのは当たり前だし、それにモノではなくヒトに対する殺人や傷害事件の方はたったの14%しか減っていないことにもフィリピン人の犯罪傾向の高さが見て取れるが、まあ新政権の1ヵ月目としてはかなり上出来であろう。

さてこういうニュースを見て喜んでいる時に現れたのが中国人の旧友ジャン嬢で、共通の友人が病気になったことを知らせてくれたまでは良かったが、その後に「フィリピンはいま大変なことになっている様ね」と言い始めた。どうも中国のテレビニュースをみて浅知恵を付けた様だ。

「もの凄い人数が殺されているみたいじゃないの!」で始まるジャン嬢の長い話を要約すると、どうやらフィリピンが1970年代のラテンアメリカ諸国みたいにな危険な国になりつつあるようだから、アンタはそんな危ない国はさっさと捨てて今すぐ香港に避難すべきだ!ということである。

あのねえ、いまフィリピンで殺されてるのは麻薬密売人で、殺しているのも同じカルテルの人間なんだけど・・と浅はかなジャン嬢に説明したのだが、大してアタマは良くないくせに中華思想の影響だけはたっぷり受けたのか、東南アジアは全て蛮族としか見なさないジャン嬢は筆者の説明に全然納得しようとしないのがPC画面上から見て取れる。

やがて筆者の説明を聞き終わったジャン嬢は満を持したような表情で「だけどフィリピン政府は人権を軽視している事が判ったわ!」と言い出したのだが、これを聞いた筆者は思わず「お前が言うなー!!」と叫んでしまった。

なんで人権軽視大国、死刑大国、国際法規無視大国である中華人民共和国の一員であるオマエが他国の人権状況を批判しとるんだ!。だったらお前は今から中南海に行って「人権抑圧をする共産党を打倒せよ!」とデモ行進して来い!






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スピリチュアル系ペテン師の母体

何日かに渡って怪談サークルに忍び寄るカルトの話を書いてきたが、日記を読んでいただいた「ま」というハンドルネームの方から「中心人物のB女史は朝鮮人ではないだろうか!」という大変良い指摘を戴いたので、今日の日記ではその事について書きたいと思う。

在日ビジネスと言うと真っ先に思い思い浮かべるのはまずパチンコ、それから焼肉店とリサイクル業者と靴カバン製造にサラ金の5業種、それからピンサロなどの風俗店にダイヤルQ2から始まるテレクラと出会い系、あと最近だと健康ランドなどが候補にあげられるに違いない。

しかしずいぶんと昔北朝鮮への送金が問題になっていた時期、ある報道番組で在日ビジネスの特集が組まれていたのだが、その中で意外なことに占いなどスピリチュアル業界の名が有るのにちょっとビックリしてしまったことがあるのだ。

易者や手相、占星術に風水などに外国人が多く従事しているにしても中国系というイメージが強かったからだ。ところが取材をしたジャーナリストは「彼らは中国人や欧米ハーフ、あるはアラブ人の振りをしているだけで中身は朝鮮系です」とはっきり言い切ったのである。

なんでも終戦直後のドサクサに紛れて日本に密入獄した朝鮮人たちは、駅前の土地を乗っ取れればパチンコ屋、金の代わりに頭と度胸が有ればバッタ屋、見た目が良い女なら売春婦という具合に仕事を選んだが、大して才覚も無い人間の中には占い師になった人間がけっこう多いのだと言う。





占い師と言っても大きな寺社に属している訳ではなく駅前とか地下街で机と椅子に座って客待ちしている路上系である。まあ確かに開業にあたって身分証明書の提出義務は無いし、それに場所代はタダだし仕入れは無いからニセ傷痍軍人同様に最底辺の朝鮮人でも容易に始められる商売だ。

もちろん日本にも易者とか在宅霊能者みたいな商売が昔からあるので彼らと競合するような気もするのだが、このジャーナリストによると案外すんなりと棲み分けが出来たのと、高度経済成長期の日本人はもっとマトモで安定した仕事を選んだため、いつの間にか占いビジネスは在日に乗っ取られてしまったというのである。

現在でも占いサイトを提供する業者の90%は在日企業であり、巷で活躍する占い師や霊能者も相当数が在日であると言われている。つまり他人を煙に巻いてカネを頂戴するこの手のビジネスは今も昔も朝鮮人の縄張りだから、なるほど霊感商法に在日が多いのは自然の成り行きだ。

しかも元々朝鮮民族は自分で何も生み出す事なしに他人から巻き上げるだけの寄生虫なのに、その中でも素行も頭も人格も悪くてマトモな仕事に就けない在日たちの就職受け皿になっているのが占い業界ということだから、なるほどこれは相当悪辣でかな~り闇が深い事に思わず納得である。

さて冒頭に登場したB女史は本人が出自について口外している訳ではないので確かな事は不明のままだが、旧姓を片○という在日に大変多い苗字であり、その陰湿で狡猾な手口から如何にもそれらしさを感じる。なのでこのババアに一言。とっとと日本から出ていけ!。






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無能の迷宮フィリピン郵便局

メールボックスに日本の郵便局から「配達完了メール」というのが届いていた。そうか・・5月に京都から送ったSAL便(航空小包)の追跡サービスに登録していたんだっけ・・とこの事自体すっかり忘れていたのである。

このSAL便ではちょっと一悶着があって、本来なら2週間でフィリピンに届くはずが1カ月過ぎても到着しないのでフィリピン全体の郵便を統括する総局に電話したところ「送り先住所を担当するパッシグ郵便局に1か月以上前に転送してますけど!」という答えが返ってきたのだ。

なんと近所の郵便局内でほったらかしになっていたのである。これまでさんざん「まだ総局から届いていません」と抜かしていた窓口の女は今度は「担当者の親族が無くなって故郷に帰っていたので・・」と唖然とするような説明をしやがったが、とにかく発送日から6週間を経てやっと入手できたのだ。

それが6月20日あたりだったから、更に7週間もかけて(つまり発送日から13週間後である)荷物を客に引き渡しました!という連絡がやっと日本に伝わったのか・・とフィリピン郵便局の悠長さに呆れつつ日本の郵便局追跡サービスから来たメールを開けてみたところ、そこにはこう書いてあった。

【配達状況】
郵便物を引き受けした時点から91日経過しましたが、配達完了の情報を確認することが出来ませんでしたので、お近くの取扱店へお問い合わせください。


パッシグ郵便局は受領どころか顧客への引き渡し連絡さえもできなかったのかよ・・。ここまでダメとは思わなかったわ・・。でもこれって日本の郵便局に損害請求したら内容物の申告額と送料は弁済してくれんのかね?もしそうだとしたら最下等の連中とパートナーを組まなきゃならない日本の郵便局は全くご愁傷さまとしか言いようがない。






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逃げ足の速い謎の兄弟

2日間に渡って怪談サークルに巣くうカルトの事を日記にしてきたが、今日はそんなに大きな問題にならなかったが「一体あの連中は何者だったのだろう?」と今でも不思議に思う兄弟の事について書きたい。

今は随分すたれてしまったがライブドアが提供するインターネットラジオは毎数年前まで大変活況を呈していて、毎晩色んな怪談番組が放送されるので香港にいた筆者は楽しみに聞いていたのである。ただ番組と言ったって視聴者数は多くても300人くらいのあくまでアマチュアの趣味の域だ。

その中に京都のヒロとタケという兄弟が放送主の怪○夜行という番組があって、毎回ゲストを呼んでは自分の体験した怪奇現象を話してもらうので筆者は結構楽しく聞かせてもらっていたのである。この番組の最後は「阿倍野晴明神社にお出かけの際は是非とも当店ILS晴○庵におこしやす~」で締めるのが常だった。





ウエブサイトを見てみるとILS晴○庵は京都駅南の東寺付近にある開運ショップで占いや数珠などを販売している店であった。こう聞くと怪しく思われるだろうが、大阪の石切劔箭神社みたいに大きな寺社の周りはこういう店で埋め尽くされているから正直言うと別に気にもしていなかったのだ。

それで阿倍野晴明好きな高校生に数百円単位のビー玉もどきを売りつけてる店なんだな・・と思っておたところへ、3年前の別の怪談サークルのカルト浸透騒動の際に関係者が集まった情報交換会(これもインターネットラジオで放送された)で「ILS晴○庵は霊感商法ではないか?」と誰かが言い出したのだ。

「裏では心霊鑑定と称して高額なお布施を取っている」「6万円の水と30万円のセミナーが本業」「関西の有名怪談師ファンクラブの事務局役を買って出たのはメルマガリストを入手して詐欺商法の餌食にするため」という内容である。しかし占い師や風水師が十万単位の金を吹っ掛けるのは何処にでもある話だ。





ところが驚いたことにこの暴露話の翌日に怪○夜行の放送は突然打ち切りになった上に過去のアーカイブもすべて削除、さらに信じられない事にILS晴○庵というショップまで廃業してしまったのだ。ここは路面店だったから敷金礼金だって相当額を払ったはずだし賃貸契約期間の問題だって生じて来るはずなのに・・。

繰り返しで申し訳ないがたかが視聴者数200人程度の番組でほんの3~4分話されただけなのだ。それに霊感商法の疑いがあるだけで刑事告発されたわけでもないのだから黙殺するか或いは「当方はカルトではありません」と公表すれば良いだけなのだ。にもかかわらず驚くべき速さで撤収したという事は、つまり・・・。

少しでも危ないと思えば一気に逃げるという鉄則通り京都の兄弟は怪談の世界からは姿を消してしまったが、おそらく現在でも健康食品や自己啓発セミナーなど別の業種で暗躍しているように思われる。さて、もしもアナタが岡本と名乗る兄弟に出会ったら、それはILS晴○庵の二人です。






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ミニカルトの仕掛け人たち

昨日の日記で怪談サークルがカルトに乗っ取られ、そこが霊感商法のための釣堀になっていた事例を紹介したが、多くの方はこのカルトは統一教会や創価学会といった比較的大きな組織であるとご想像されたに違いない。

しかし皆さんのご期待を裏切るようで申し訳ないが、実はこの乗っ取りを行ったのは手かざし治療と言っても真光文明教団のようには組織化されていないグループで、教祖とか経典、さらには聖職者や分教会といった宗教団体に必要なモノが無いのである。

彼らは○○師匠の弟子たちという繋がりがあるだけで各メンバーはそれぞれ独立商店の様に活動しているようなのだが、各メンバーたちは手かざし治療の他に幾つもの如何わしい別収入源を持っていて、これが実に人を騙すのに長けた構造をしているのだ。。

例えば昨日の日記で書いた怪談サークルの女番頭B女史である。この女は手かざし治療の他にフラワーエッセンスと気功マスターという別の顔を持っているが、これはあくまでカモを引き込むための看板であり、上手く網の中に入ればパワーストーンや浄化スプレー、不気味な文様の入ったエネルギーカードなどを売りつけ始めるのだ。





さらにカモが信用しきったら「邪念が憑いている」「悪霊を追い払わないと取り殺される」と脅しあげ、高額なお布施で霊視や魔除け、さらには巨額の寄付を行わせることで全財産と河童いでいくのだ。なおこのB女子は十代の頃からクラブのホステスをしていたそうだから、人に取り入ってかっぱぐのはお家芸なのだそうだ。

それともう一人サークルに途中から参加したのにもかかわらず直ぐに幹部に昇格したF女史である。この女は自宅で耳つぼマッサージ師の看板を掲げてはいるが、心の健康と美容アドバイザーを売り文句に健康食品やタロット占い、それからオーラトリートメントなる不気味な施術を行っているのである。

さらにこの健康食品と言うのを調べてみたら、これが悪どいことで有名なアメリカのマルチ商法の品物で、どうもこのF女史はマルチの代理店をずっとやって来たようなのだが、さらにこのマルチを調べていくと今まで何度も裁判沙汰を起こしているこれまた悪質な自己啓発セミナーの兄弟分であった。

自己啓発セミナーの歴史にお詳しい方ならよくご存じの通り、これは宗教が持つ洗脳能力に着目した科学者が「神の存在」を抜きにしても人間を支配できるのではないか?という仮説を元に実験と検証を重ねてきたスキルである。つまり最初から人間を騙すことを目的にしているものである。





つまりこの怪談サークルの流れを要約すると、①霊感商法の悪党たちが釣り堀を作るために怪談サークルを思いつき、②知名度の高い人間を前面に立てて順調に会員数を増やしていったが、③カモの臭いを嗅ぎつけたマルチ商法=自己啓発セミナーのこれまた悪党が入り込んできて、④お飾り会長が異変を感じるやサッサとサークルごと潰して、⑤次のサークルを立ち上げた、ということになる。

おそらくB女史もF女史も怪談なんてこれぽっちも好きでは無くて、いやそれどころか手かざし治療や耳つぼマッサージなんてのもハナから信じてなんかおらず、単に金をだまし取るための手段として活用していただけでは無いか?と思う。

宗教団体に取り囲まれても心の中で無神論を唱えていれば洗脳されることは無いが、B女史やF女史は健康とか先行き不安感、さらには儲け心など相手の心の隙間に入りこむ幾つもの切り口を持っているし、それにホステスや自己啓発セミナーで鍛えた騙しの話術を駆使されればかなり強固な精神を持った人間でもイチコロであろう。

そんな連中が集まっているところへ「新しく引っ越した家で時々黒い影を見るようになって・・」みたいな話をしに行きようものなら、これはもうカモネギどころか松阪牛が塩コショウとフライパンを背負って歩いてきたのと同じである。






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怪談サークルにご注意

筆者は子供の頃から怖い話が好きで毎晩怪談の話を聞いては眠りに落ちるオカルトマニアである。主に聴くのは全国津々浦々にいるアマチュア怪談師の音源で、これはプロに比べると技法的にはいささか落ちるものの量がやたらと多く、また3時間とか5時間も話し続けてくれるのでBGMにはうってつけなのだ。

アマチュア怪談の世界は案外と裾野が広くて、上の方にはテレビに出るくらいの人から下は持ちネタが2〜3話だけの箸にも棒にもかからない人まで色々いるのだが、彼らは単独で行動している人はごくごく少数で、その大部分が全国に幾つかある怪談サークルに入っているのである。

人前で怪談を話したいけれどもイベントが成り立つのは東京だけだから、地方に居る人たちはそうそう出かけていく訳にもいかない。それでミクシイなどSNS上にある近畿○○怪談倶楽部とか怪奇紀行△△というサークルに登録し、毎月何度か開催されるスカイプ怪談会で自分の体験を語るのだ。





さて怪談好きな筆写も当然ながらこのサークルに入ろうとしたのだが、ちょうど参加申し込みをしていた時に起こったある異変のために急きょ取りやめたのだ。それは北海道や近畿、北陸と言った地域支部の他に海外部会がある当時日本最大の怪談サークルだったのだが、その会長が突然解任された上に組織ごと解散してしまったのである。

表向きは会長の女癖の悪さとイベント収益金をネコババしたことが原因とされていたが、時間が経つに連れてこのサークルの幹部たちの多くがあるカルト団体のメンバーであることが判ってきた。この連中はアマチュア怪談の世界ではかなり知名度のある会長を持ち上げて多くの無垢な会員を集め、カルトの霊感商法の場として活用していたのである。

こういうサークルに来るのは「水子の霊が祟っている!」と言われればなにも疑わずに供養料ウン十万円払ってしまう人たちが多い。イベントで一人千円徴収するなんて薄く広く収奪するよりも人数が少ない方が警察の網に引っかかるリスクが少ないから騙す側にとっては手っ取り早く金になるカモの群れである。





しかし会長がどうやら自分の組織がカルトに侵食されている事に気づき、これを排除しようとしたことから前述の解任騒ぎになったのだが、失脚後の幹部たちによる会長非難のやり方というのが陰湿かつ巧妙な代物で、人格破壊寸前までいった会長は遂に自殺騒ぎまで起こしている。

そしてサークルを潰した幹部たちはその後もアマチュア怪談の世界に留まり続けて、現在はより巧妙に一見横の繋がりが全く見えないより小規模なサークル群をあちこちに作り、吉本の売れない芸人なぞ引き込んでは「真夏の怪談スペシャル」といったイベントを企画しているのだ。目的は当然ながら次の獲物獲得である。

なのでもしもアナタの住む街でこういったイベントが開催されていたり、或いは夏祭りのアトラクションとして町内会に売り込みに来るようだったら十分お気をつけください。奴らは一度取り憑いたら何もかも収奪するまで離れない死霊のような連中です。






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抜き打ち検査の前にトンズラ

先日従姉妹アニーが筆者の家に遊びに来た際に職場での麻薬検査の話が飛び出した。アニーはロビンソン・ギャレリアの映画部門に勤務しているが、つい最近上から「麻薬検査を受けて結果を会社に提出しろ!」という厳命が下ったのだそうだ。

アニーは品行方正だから何の問題も無かったのだけれども、なんと別の職場に働く男性社員はいつまで経っても検査結果を提出しなかったため会社を辞めさせられてしまったのだと言う。自分はヤクやってますと言ってるようなものだ。

でもねえ、コールセンターなんて当日抜き打ち検査だからメイが辞めたのはタイミングが良かったわね・・とアニーが言った瞬間に筆者と女房はエッ!と引き込まれてしまった。なに・・メイが会社を辞めただって?

メイはアニーと同じく女房の従兄弟で、未婚ながら2人の子持ち(しかも父親はそれぞれ別々の男である)と素行に問題のある上に、ここ数年の間に付き合っていた二人の男の影響でシャブに手を出していたのである。

まあそれでも今年1月に2番目の子供を産んで、仕事も以前勤めていたコールセンターに戻ったから少しは落ち着いたと思っていたのだが、つい先週突然と会社に辞表を出したことは・・そんなこと知らなかった。

確かに最近のメイがアメリカのクルーズ会社に職を見つけようとあちこち掛け合っている事は聞いていたから、ひょっとして就職活動に注力するため仕事を辞めたのかもしれないけれども、タイミング的にはやはり検査逃れと考える方が自然なような気がする。

しかしメイの素行を考えるとクルーズ会社の給料に惹かれたと言うよりも、フィリピン国内で麻薬取り締まりが厳しいから海外なら・・という浅はかな考えから来てるのでは?と言うアニー・・。人間シャブ打つと知恵が回らなくなると言うけど、メイもそこまで行っちゃったかな・・。






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不思議な残務整理とコカ・コーラ

4日間に渡って731部隊に関する日記を書いてきたが、読まれた方の中には「こいつの祖父は中帰連じゃないか?」と思われた方もいるに違いない。これはソ連に拘束された後中国・撫順にあった収容所で共産党にすっかり洗脳され、涙にむせびながら有りもしない罪を騙りだすイカれた連中の集まりである。

残念ながら筆者の祖父は祖母たちとは違う列車ではあったもののソ連侵攻後に列車に乗って日本に帰って来たので収容所に入ることは無かったし赤旗を購読するようこともなかったので、731偽証説を何が何でも言い張りたい右派の期待には沿えないのが残念である。

さらにそれ以前に筆者が者心をついた頃には祖父は重度のアルコール依存症になっていて、家に遊びに行ってもいつも2階に籠って朝から酒ばかり飲んでいたので、正直会話らしい会話をした覚えが無いのだ。したがって731関連の話はすべて祖母から聞いたのである。





さて前の日記で「祖父は下っ端の総務係員だった」と書いたが、祖母や叔母たちが最後まで不思議に思っていた事があるので大して面白くは無いけれども書いてみたい。前述の通りソ連侵攻から1か月以内に祖父は日本に戻ってきていたのだが、家族の前に姿を現したのはそれから3年後なのである。

これは食糧難で逃げていたとか、別に女が居て駆け落ちしていたというわけではなく、ちゃんと復員扱い(正式に任務から解放されること)になっているので部隊の残務処理をしていたという事になるのだが、この残務処理というのがやけに引っかかるのである。

祖父は英語が出来る訳でもないし帳簿や算盤が得意なわけでもない下っ端隊員なのである。それが日本国内で部隊に関する何かをしていたわけだけれども、祖母や叔母たちは「元々部隊の事は何も話さない人だったけど、あの3年間の事は本当に何にも洩らさなかった」と言っていたのだ。





731関連の本を読めば、この時期はGHQ相手に戦犯訴追を免除してもらうために実験データをアメリカの医学部隊に引き渡していた頃だし、それに戦後の混乱期に起こった帝銀事件の様な不可解な事件に731部隊の隊員たちの関与が疑われていた頃でもあるのだ。

それから筆者の母親が祖父と3年ぶりの再会した時の思い出話のなかに、東京中央区の勝鬨橋(かちどきばし)で待ち合わせをした際に(どうもこの近辺に部隊の事務所があった様である)、当時大変珍しかったコカ・コーラを何本も手に抱えていて「これ美味いから飲んでみろ!」と勧めたのだそうだ。

謎の残務処理とコカ・コーラ、そしてこの近辺にある終戦直後GHQに接収された大変有名な病院とそこにあったとされる米軍医学情報班・・。この繋がりは単なる筆者の想像だから歴史的事実かどうかは不明だが、祖父がなぜ最後まで一言も話さなかったのかを考えると、なんとなく後ろ暗いモノを感じてしまう。






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731都市伝説への反論

3日間にわたって筆者が731部隊の事を書いた理由はあるメディアで「731部隊は都市伝説である」という論調がなされていたからである。このメディアは自ら保守を名乗るだけあって中国・韓国による歴史の捏造については中々立派なモノもあるので時々拝見しているのだが、こと731部隊に関しては全くお粗末としか言いようがない代物だったのだ。

確かに731部隊の正式名称である関東軍防疫給水部という組織はあったが、ここは戦地での飲み水確保のための浄水器製造や殺菌処理をしていただけで、細菌の兵器転用のための培養や生体実験など丸っきりのデタラメであり、さらにはアメリカの国立公文書館にもそんな資料は一切見当たらない!とかなりの事実誤認をしているのである。

実際はその手の文書はアメリカからぞろぞろ出ているのと、それと戦後ソ連に捕まった隊員がソ連の軍事裁判にかけられて細菌研究の事を証言しているのだが、しかしこの件を説明するととんでもなく長くなるので、今日の日記では誰でも簡単に理解できる方法で731部隊は単なる保健所みたいな部隊では無かったことを証明したい。





まず最初に筆者の祖母が語った満州からの引き上げ時のキーになる部分だけを説明すると、夜中に祖父から「ソ連が攻めてきた!」と連絡が入り、指示通り直ぐに荷物をまとめるとハルピン駅に部隊がチャーターした列車が何両も待機していて、もの凄い人数の部隊員と家族が乗り込んだ。これはおそらくソ連が攻めてきた8月9日か遅くとも翌日の事と思われる。

そして道中いろんな所で停車したりとスムースな移動は出来なかったが、朝鮮半島を南下中に「日本が負けた!」というニュースを聞き、やがて8月の終わり頃に釜山から船に乗って山口県の仙崎港へと到着、一同はそこで解散命令を受けて各自がてんでバラバラに故郷へと帰ってった。

どうだろう?満州引揚者のことに詳しい方ならこの祖母の言うタイムラインに違和感をもたれるはずである。満州国皇帝だった愛新覚羅溥儀でさえ侵攻してきたソ連軍に捕らえられているのに、731部隊の関係者は隊員のみならず女子供までほぼ全員が1カ月以内に日本に無事帰還しているのだ(ソ連国境にあったチチハル支部の隊員は捕まっている)。





それと「もの凄い人数の部隊員が列車に乗って・・」の下りである。ソ連の侵攻を食い止めるため関東軍の兵士たちは前線で戦っていたわけだから、当然ながら司令部は弾薬や食料とともに安全な飲み水を提供する資材や専門家を前線に送り届けるはずである。ところが膨大な人数の731部隊隊員たちはソ連侵攻の当日或いは翌日にさっさと日本へと引き上げ始めたのだ。

つまり731部隊は部隊のつけられた正式名称の防疫給水なんて業務は全然やってなかったという事ではないだろうか。そして最後にこんな脅威ともいえるスピードで、しかも満州国皇帝よりも早い段階で撤収しなればならなかったのはバレたら大変な事態に発展しかねない秘密を抱えていたからであろう。

当時の国際法では細菌兵器の研究や開発は禁じられていたわけではない。にもかかわらず全部隊員を速やかに接収し、さらに部隊施設を自らの手で徹底的に破壊しなければならないほどの秘密とは、やはり生体実験であったと考える方が自然なのではないだろうか。それでも731は都市伝説だと唱える方は筆者の説明に対して合理的に反証していただきたい。






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戦後を逃げ延びた白衣の悪魔たち(3)

満州から日本に引き揚げて十年以上たった頃、祖父から「お前これ見てみろ」と新聞だか雑誌を渡された祖母は有名な心臓外科医の特集記事が掛かれているのを見つけたのだが、その名前に目をやるとアッ!と驚いてしまったらしい。

そこに書かれていたのはS教授(当時は助教授くらいだろうが面倒なので教授と書く)の名前だったのである。このS教授はハルピン常駐の隊員ではなく、日本国内から出張と言う形で頻繁に来ており(こういう人は結構多かったらしい)、部隊の婦人会メンバーだった祖母たちが身の回りの世話を焼いていたのだ。

しかし防疫や伝染病など純粋に内科的な研究施設になぜ心臓外科医が必要なのか?と疑問に思った祖母はそのことを祖父に聞いたところ、いろんな手術をやっていたんだ!と言うやそのまま黙ってしまったらしい。祖父は部隊が解散しても守秘義務を守り続ける人だったのである。





さてその何年か後に祖母とS教授は意外な形で再会することになる。祖母の長男(筆者にとって叔父)は生まれつき心臓にトラブルを抱えおり、20歳に成るかならない頃にかかりつけの町医者から「早く手術をしないと危ない」と言われてしまったのだが、この手術をしたのがなんとS教授なのだ。

祖父が裏で手を回したのがS教授のいる東京の大学病院への入院で、しかも担当はなんと稀代の名医S教授という破格の待遇である。単なる下っ端公務員には出来ない芸当だ。やがて懸念されていた手術もあっさり成功裏に終わりS教授から説明を受けることになったのだが、ここで問題が起こってしまった。

先生!ありがとうございます!と感謝の言葉を述べる場で祖母は「私の事を覚えていますか!ハルピンで・・」と話してしまったのである。「そしたらS教授はアタシの顔を怖い顔でジッと見て、話はまだ終わってないのに『それは人違いですよ』と言って席を立ってしまったの・・」。





731部隊のOB組織を通じて手術の手配を取り付けたのだからS教授が否定すること自体に無理があるのだけれども、同じ隊員ならともかく祖母や病院の職員の前では自分がハルピンに出入りしていたことは何が何でも隠し通したかったのだろう。

その後もS教授は数多くの難手術を成功させ、さらにいろんな学会の会長職を経た後でご自身の病院を立ち上げるのだが、この医学界の重鎮の表向きの経歴のどこと見ても731部隊との関連は(当然ながら)一切出てこない。

命の恩人だから祖母はS教授について最後まで悪くは言わなかったが、あの先生がなぜ数多くの難手術を成功し続けることが出来たのはおそらく若い頃に冒険的で実験的な手術を何度も何度も経験していたからではないか・・・と気になる言い方をしていた。もちろん満州で・・という意味である。






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戦後を逃げ延びた白衣の悪魔たち(2)

筆者の祖父は梅田徳次郎という名前で、当時の多くの日本人同様に大した学の無い人間だったが、731部隊長である石井四朗と同郷という縁で下級隊員(軍属)として徴用され、庶務や運転、伝書鳩養育など何でも係として従事していたようである。

最初の勤務先は部隊本部のあるハルピン郊外の平房だったが、やがてハルピン駅近くの支部に勤務となり、祖母と4人の子供たちともども市内の馬家溝(まじゃこう)という白系ロシア人が多く住む瀟洒な住宅地に居を構えることになった。

祖父と似たような学歴の人間が赤紙一枚で前線に送られて虫けらのように死んでいったのとは対照的に、731部隊の給料や待遇はビックリするくらい良いので、まったく自分たちはどこまでツイているのだろう!と喜んでいたそうである。





さて外地の日本人社会では良くあるように731部隊も隊員の奥方たちで構成する○○婦人会なる団体があって祖母もそのメンバーに組み込まれたのだが、同じくハルピン市内に居を構える奥様たち(将校以上)と付き合ううちに「夫の配属された部隊には何かがあるな・・」という疑念が深まっていったらしい。、

防疫給水部という正式名称から浄水器作りの技術者だけでなく保健所の様に医者が働いているのは理解できるが、奥方たちが話すご主人像というのはそんじょそこらの町医者なんかじゃなくて、医学専門学校出どころか帝大医学部出身、それも病理とか微生物研究に従事する超エリート研究者だらけだったからである。

それと部隊には祖父と同じような単なる用務員的な下っ端隊員たちも沢山いたらしく、尋常小学校での祖母は当然ながら彼らの奥方の方が気が合ったに違いないのだが、不思議なことに下っ端の隊員たちのほぼ全員が千葉県の成田あたりの出身者ばかりで占められていたというのである。





いくら陸軍の将軍とは言えワンマン経営者みたいに人事のえり好みが発揮できるというのは尋常でない。それで祖母や同じような疑問をもつ奥様たちは一体部隊では何をしているのか?と夫に聞いたらしいのだが、どのご主人も全員漏れなく機密事項を理由にがんとして口を閉ざしたままだったそうである。

超エリート医学者と同じ地域出身の隊員、さらに破格の待遇と妻にさえ何も言えないほどの秘密主義・・・。どうやら夫のいる部隊は医学関連の研究機関であり、外部に絶対漏らしてはいけない秘密を抱えていることは余程の阿呆でもない限り判る。

しかし祖母もまさか生体実験をやっていたとは当時は知らなかったのだそうなのだが、戦後日本に引き揚げてきた後に部隊の恐るべき実態に気が付いたらしい。そのきっかけは昨日の日記の冒頭に登場した日本医学会の重鎮であったS教授その人である。






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戦後を逃げ延びた白衣の悪魔たち(1)

西新宿の高層ビルの中にS記念クリニックという有名な医療施設がある。このSというのは数多くの難手術を成功させた心臓外科の権威であり、また医大教授として日本医学会の重鎮でもあった人物の苗字である。おそらくある一定年齢以上の方ならS教授の名前をお聞きになった方も多いのではないかと思う。

しかし筆者の一族、正確には母方の一家にとってはS教授の名を聞くと世間とは少しばかり違う印象を持つのである。そして筆者は昔勤めていた会社の定期検診でこの西新宿のクリニックに行く度に子供時代に祖父や祖母から聞かされた話を何度も思い出したものだ。

今から40年近く前の事である。筆者が受話器を取るなり向こうから「6チャンネル(TBS)つけてみな!」という声が聞こえた。川越に住む叔母からの電話である。それで言われたとおりテレビをつけると画面には「悪魔の731部隊」という題のドキュメンタリー番組が始まっていた。





当時TBSは吉永春子ディレクターが中心になって戦前満州国で生体実験を行っていた疑いのある関東軍防疫給水部(略称731部隊)を追跡する番組を制作していたのだ。筆者の記憶では確か2~3年に渡って数本の特別番組が放映されていた記憶がある。

新聞のテレビ番組欄や画面で731部隊の番組が放映されることを見つけるや、この番組を見逃さないために祖母と4人の子供たちはお互いに連絡を取り合っていたのである。なんといっても現在と違ってビデオが無い時代だったから確実に番組を見るためにはこうするしか方法が無いのだ。

731部隊は良く知られた存在なので詳細には触れないが、表向きの任務である戦地での飲み水の確保のための浄水器の開発とは別に、ベストやコレラ、凍傷などの伝染病や疾病の研究と細菌兵器の開発と生産を主な任務としており、更にこの部隊が問題視されているのは捕虜を使った人体実験を行った疑いが濃厚だからだ。





731部隊の人体実験による犠牲者数は数百人から数千人と言われているが、この犠牲者は実験中の不測の事態で死んでしまったのではなく、あらかじめ死ぬ事を前提にペスト菌を注射したり、新しい結核手術法の確率のため健康な被験者の肺を何%切除したら死ぬかというような実験をしていたと言われている。

この事については森村誠一の上梓した「悪魔の飽食」という本が有名だが、悪魔の飽食には731部隊とは関係ないデタラメ写真が数多く掲載されていたことと、森村氏自身が日本共産党の党員で公平な立場でモノを見れない立場であるため「悪魔の飽食は捏造本だ!」というキャンペーンが展開され、それから30年が経過した現在では731部隊の存在そのものが都市伝説であった・・などと言われるようになってしまった。

さて筆者は思想的には右の人間だし、南京大虐殺や従軍慰安婦、強制連行などは丸っきりの捏造だという歴史観の持ち主であり、中国共産党から賄賂を貰っていた訳でもないけれど、こと731部隊に関しては都市伝説であったという意見には組みしないのだ。その理由はもうお察しの通り筆者の母方の祖父はこの部隊の隊員だったからである。






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海の上の黄金郷

マカオの高級ホテルに就職が決まった従姉妹ボーヤが出国前の挨拶ということで我が家に来た。ビザを獲得次第すぐにマカオへ飛ぶ契約のため、あと数日しか時間的余裕が無いとのことである。

さてお前は一体いくら給料がもらえるのか?と聞いたところ、なんと昨年まで働いていたドバイのアメリカ系ホテルの50%増しと好待遇なほかに、寮や諸々の手当てが充実しているのだとか。中国人観光客の大量流入でマカオ経済も随分とよろしくなったらしい。

まあ石油価格の下落で中近東は軒並み景気が悪いし、なかにはサウジアラビアにいる義弟フランシスのように1年近く給料が払われないなんてケースもあるから、距離的に近くて治安も良いマカオで仕事を見つけられるというのは僥倖である。





それでお前はラッキーだな!とお世辞を言ったのだが、このボーヤは筆者の方をジッとみて「でももうちょっと待てば他にもっといい仕事があったのよ」と言い出した。他の仕事?カナダやアメリカのホテルでも求人してるのか・・と聞いたらなんとアメリカのクルーズ会社だと言う。

ボーヤが見せてくれたのが「掃除婦1500ドル・・」などと書かれたリストである。よく見てみると電気技師4200ドルとかハウスキーピング3900ドルなんて驚くような額が書かれてあるが、ボーヤによるとこれはその職種で最高位の人間に払う対価とは言えまるっきり大げさな額でも無いと言うのである。

昔は中近東に行くことが一種のステータスだったけれど今その地位はクルーズに変わりつつあるのよ!と鼻を膨らませるボーヤの妹フィリン。確かに筆者の周りを見回してみればボーヤの二人の兄は料理人として、また親しい友人ジェリーの娘プリンクリンはスチュアードとしてアメリカのクルーズ会社に勤務している。





筆者の知る限りフィリピン人は昔から海運業界ではかなりメジャーな存在で、太平洋航路の貨物船やタンカーの船員の8割を占めていたなんて嘘みたいな話を聞いたことがあるが、海運業の継続的凋落とは反比例する形でクルーズ業界が取って代わり、フィリピン人労働力を吸収しているようである。

「サウジから買ってきた(従兄弟)ジャネルも船会社に当たりをつけてるし、(従姉妹)メイもコールセンターの仕事に見切りをつけてジャネルのコネに乗っかる算段なのよ!」と言うフィリン。サウジもコールセンターもこれまでは花形職場だったはずだが、どうもここに来て流れが変わって来たらしい。

しかしチーフパーサー5300ドル、空調主任4500ドルというのはちょっと凄い給料である。本当にこんな金額を貰えるならフィリピン人の誰だってクルーズ会社に飛びつくだろう。それに・・、だったらオレもどこかの船会社に雇ってもらおうかな・・。船乗りって子供のころからの夢だったんだよね。






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旅の虫が鳴く瞬間

級友H君がまた旅に出た。T君はつい2か月前に筆者ら夫妻と沖縄で投合したばかりなのに、今回はクアラルンプールからペナンを経てチェンマイに移動し、チェンライやメーホンソン、メーサイなどしらみつぶしに訪れたうえに現在はミャンマー国境近くの全然聞いたことがない町にいるのだ。

T君と出会ったのは今から30年前近く前のバンコク・ヤワラートにある安宿で、それから筆者はお堅いメーカーのサラリーマンとなって香港に定住し、一方のT君はいくつかの専門商社で海外ビジネスのエクスパートとしてのキャリアを積んだのだが、奇しくも二人とも途中で道を降りることになった。

「机仕事をずっとしていると旅の虫が鳴くんですよね。それでアジアの香りに無性に触れたくなっちゃって」と泡盛のソーダ割りを呑みながらニコニコ笑っていたH君。そう言えばあの頃ヤワラートに沈殿していた連中で丸っきり海外と縁が切れた奴って一人もいないな・・とT君の話に頷く筆者。

一つの出来事がその後の人生を大きく左右してしまう運命の瞬間というのは誰にでもあるそうだが、80年代に混沌としたヤワラートの空気を思いきり吸った人たちは筆者やT君同様におかしな魔術に取り憑かれているようである。

ここ1年ほどはすっかり日本旅行贔屓となり、次は北海道だ!いや東北をぐるっと回って!などと考えていたが、T君の旅の写真を見るにつれムクムクと旅の衝動が沸き上がってくるのを感じる。

それで何気なくタイ航空のウエブサイトを見たら「マニラ発のチケット現在プロモーション中」の宣伝文句が有るではないか。そこから先はパブロフの犬と同じ状態でもはや湧き上がってくる衝動を抑えることなどできる筈も無く・・。はい、旅の虫に鳴かれました。






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サウジアラビア版『蟹工船』

数日前にサウジアラビアにいる義弟フランシスが警察の取り調べを受けていると聞いて驚いてしまった。フランシスは知的で温和なタイプでモノを盗んだり人を傷つけたりする様には見えなかったからだ。

女房の説明をいくら聞いても要領を得ないので義妹アイリーン(女房の妹でフランシスの妻)に連絡を取ったところ、「今から新聞記事を送るからそれを見て」と言ってメールボックスに来たのが下の写真である。

「7カ月もの給料遅延に従業員が抗議」という見出しと共に、そこにはプラカードを掲げた人間の写真と義弟がマネージャーを勤める会社名が書かれてあるのを見つけた。なるほど・・フランシスはこのデモに参加したんだな。





義弟は15年以上この会社で働いていて結構な額の給料と厚い待遇を享受してきたのだが、それが昨年になってから給料の遅配が目立ち始めるようになり、ついに義弟の片腕だったジャネル(こいつも女房の従兄弟である)はサウジに見切りをつけて今年の春に帰国してしまったのだ。

一方の義弟フランシスが未だにサウジに残り続けている理由は今年2月に支給されるはずだった勤続10年の一時金(結構な額らしい)の権利を失いたくないからなのだが、給料も払えないのだから一時金などもらえる筈も無い。

オーナーのフランス人は忽然と何処かへ消えてしまい、突然現れたレバノン人の番頭による強制労働(もちろん無賃)から自殺者まで出てしまったが、この番頭はそんな事は素知らぬ風で今だに従業員にびた一文給料を払ってこなかったのである。





それが遂に爆発したってことか・・と筆者は肯いたが、その後義妹アイリーンのメッセージには「フランシスはデモに参加していなかった」という一文が・・。じゃあ何の容疑で?と訝ったが、義妹のカンではレバノン人番頭が労働争議の黒幕として警察に密告したように思えると言う。

フィリピン人労働者のリーダーの一人で一時金を支払うまで粘り続けるフランシスが疎ましくなったってことか・・。しかし自分のところの従業員が自殺したり、給料未払いで今までさんざんメディアにバッシングされても一向に改善する気が無いとは・・。このレバノン人にとってはカエルの面に小便でしかないようだ。

まあフランシスは実際にデモには参加していないのだし、仮にデモの影のリーダーだったとしても罪状は交通渋滞を引き起こしたくらいだから大した罪ではならないだろうから引き続き労働争議を継続してほしい。フランシス!お前に貸した金の支払期限は6か月前だぞ。





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Author by ほにょ / 全記事一覧 / 次のページ / ページトップ
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